掌の効率

眠りに付く前に、これから意識が途切れるときの自分のことを考えはじめると、とてもながい時間、眠れずにもぞもぞすることになるのだけれど、それでも連想の蔦をがさごそと脳表の掌で手繰っていくと、自分の意識から少しだけ離れたところにある、人間、間柄、偶然、めぐりあわせ、そういったものに思いを散らす瞬間が必ず来て、その、自分の意識から少しだけ離れたところにあるものの、アフォーダンスを少し欲張って拾い集めようと思った瞬間に、カオスエッジの片側に急峻に落ち込んでいくように意識は拡散して人格の境界があいまいとなっていく。

みずからの境界が薄ぼんやりとしはじめたことを数秒遅れて自覚すると、とたんに、レリーズボタンを半押ししたときのように、私自身の細胞膜がぎゅっと明瞭化する。

それはあたかもレーザーの束をレンズに3回通したときの、あの、いったん広がって、そこから細く、さらに細くなって最終的に薄切のような薄いシート状になるときの、エンジニアの確信的ほくそ笑みを伴う調整のようである。

透明になった組織内の細胞核から励起光を取得するにあたっては、いったん太くぼかしたレーザーをあらためて細く収束させるのが一番ぶれがない。

その励起光を奥行方向に物理で移動させて、3次元の組織ブロックを立体にスキャンするにあたって、レーザーの最終反射源を組織ブロックに対して移動させるだけではなく、カメラのレンズも同期させて動かさないといけない。

これはつまり、なにかをみるための励起光と、それを取得する受像機とは、いつも連動した状態で等間隔を保っておかないと、立体を3次元に走査するだけでは不十分だし、カメラの被写界深度だけで奥行きをすべて捉えるのも不可能だということである。

私はこの励起と受像との関係に、意識をのぞきみるときの心の動きを重ね合わせていた。


見せてもらったラボの記憶が蘇る。このまま意識が切断されて今日の死を迎え、明日また新生するまでの間に、今日のこの、脆く心細いおびえのようなものを、あるいは私は失うのかもしれなかった。自分を守るための腕組みをした。自分を守るために足を組み替えた。そういった細かな反応、適応、ランチョンマットの上にこぼした小さなビーズを、掌の小指側のふくらみで、そっとこすって集めるときに、必ずマットにひっかかって取り逃がす、ランダムに回収できないでいるあのいまいましいビーズ達のように、私はこの眠りの奥に何かを落としていく、そのことが怖くて怖くて、私は自分から離れたところにある人間、間柄、偶然、めぐりあわせのことを集中して考えることができずに、何度も何度も自分の細胞膜の中にある、ゴルジ体や粗面小胞体ばかり撫でて夜を過ごしていた。

衣替え

真後ろから見える毬栗頭がときどき揺れる。頭には大きめのヘッドホンが覆いかぶさっていて彼はおそらく、自らの、声帯の震えが鼓膜に届くかのような猛烈な咳の、音を自らは聞いてはいないのだろう。私はマスクをしておいてよかったなと感じる。もうすぐ年末がやってきて、両親をはじめとする多くの人間に会う。その前に、こんなところで、こんな咳をもらっている場合ではない。


タイムラインはてっきりM-1の余韻にひたっているのかとも思ったが、いいねやRPの挙動によって調教されたアルゴリズムはなぜかピン芸人の孤独な活動ばかりを提示してくる。AIがありとあらゆる購買行動を、本人の性格や行動や趣味嗜好などを把握した上で完璧に提示してくるから、広く告げるという意味の広告はがらりと様変わりするだろうと、さとなおさんは書いていた。それはたぶんそうなのだろうなと思う。ただ、そうなるのは来月とか来年のレベルではないのかもしれないなと思った。過去の学習をいくら積み上げても諸行無常の先を予測できるわけではなく、生々流転に揉まれて流されていく私たちの都度の気まぐれを、仮にAIが予測して最適解を叩き出してきたとして、それは私にとって果たして魅力的なものになりうるのだろうか。


雪原の向こうに白しか見えない。ケント紙のような空。薄く灰色を塗った。大きな仕事が待っていて、私は英語がしゃべれず微分方程式も解けずPythonも扱えず政治家とのコネもないのに、こんなところにいてよいものかと、網膜に白を転写して細胞診で観察をはじめる。良性。良性。良性。


ゲラをずっと読んでいる。すごくおもしろい。自分で書き上げなければいけない原稿の締切が1か月後に迫っていて、私はそれをまるでうまく書けないでいるのだけれど、人の話を聞いてまとめたこの、趣味の延長のような本のゲラがおもしろくて、義務をとろけさせて権利をふりかざす若者のような不安な笑い方をしてしまう。『がんユニバーシティ』という名前の本なのだ。17名の方々を架空の大学がんユニの教授に見立てて、私はそのいち学生として彼らの補修を受けに行く。通り一遍のQ&Aにもそれぞれ異なる返事。ダイアログがおもしろい。説話をいただくつもりが対話になってしまっているのは私の編集能力の低さ故だ、笑って見逃してほしい。ゲラをひたすら読んでいる。本当におもしろい。みな、私より大きな仕事を成し遂げてきた人ばかりで、そのような人々の歩んできた歴史、思想、そういったものをじっくり、つくづくおもしろいなあ。


私は大きい仕事がしたいわけでもできるわけでもない。ただ、連なりの中で、分担して、人が大きな仕事をする手伝いくらいはしなければいけない。そういったものから目を逸らさないようにするための、眼差す力と、震えずに立っているだけの体幹の筋力、だけは筋トレしておかないとな、ということを思う。近頃の私は筋力を失いすぎて、これまで着ていた服がどれもぶかぶかになってしまった。買い直す必要がある。AIを捨て、気まぐれに身を委ねながらの試着室。

16巻で決着するとも限らない

フリーレンの15巻を読んだ感想であるが、16巻とまとめて読まないと懸念事項ばかりが積み上がってなにも解決していなくてしんどいなー、というのが正直なところだ。ショート動画より長いコンテンツを楽しく待てない人間になってきているのかもしれない。しかしそう考えると、横山光輝『三国志』を連載版で読んでいた人というのは、毎週、か毎月かは知らないが(今調べたら月刊誌三誌にまたがり、15年かけて連載されていた)、いったいどういう心持ちで、物語を追いかけていたのだろう。我慢強いというか、気が長いというか。まあ、でも、15年であれが終わるというのもある意味すごいことだ。よつばと! もまだ続いているわけで、ほかにも15年以上連載されているマンガなんて山程あって、三国志はむしろ短期連載(完結)という言い方もできる。笑う。ちなみにフリーレン、おもしろいよ。フリーレン自体が終わらないほど長い人生を暮らしているのだから、読者のほうがこれくらい待てなくてどうする、と、軽く自分を説教してみたりする。

自分を説教する機会が増えた。私はもうあまり怒られにくい立場にいて、それはメリットよりもデメリットのほうが大きい。もっとずっと、毎日自分を叱りつけるくらいでちょうどいいのではないかと思うこともある。市原ハラスメント・略して・イチハラ。自己肯定感を高めよという命令ばかりが蔓延してかぜをひきそうだ。自己の効力が及ぶか及ばないかの縁辺の部分を他者と協働して拡張していくことをやりたい。じわじわと包囲が狭まっていく展開、多数の登場人物が互いに目を光らせつつ緊満していくときの微弱な振動、その振動に同期してしまう鼓動、みたいなものを、おそらく私はやっていきたいのだと思う、それはまるで、フリーレンの15巻みたいなものだよ。

尻に手を当てる

雪原の向こうに遠く眺める大雪山は奥にゆくほど青白く。冠雪どころか鎧雪のようにまとわりついて、山の木々は相対的に鈍色化して、目から飛ばした指でなでるとイザイザとざらついて私は髭をもう少しあたってくればよかったなと顎をなでた。

Zoom会議で顔に手を当てる人間は素人だ、みたいな話を、かつて、聞いた。ほぼすべての参加者が、カメラオンの会議で自分の顔しか見ていなくて、手を顔に持って行くなんて不潔で下品でとんでもない、みたいな感じで、肌を白飛びさせシミを消去するアプリの設定をいじるのに忙しく、だから私は近頃は自分の顔を最後まで見ないチャレンジをしているのだけれど、そうするとやっぱり、気づくと私だけが顎に手を当ててなにやら考え込んでいるふりをしている。それがいやでも目に入る。素人なのだろうな。

痔の悪化が止まらない。顎に手を当てるよりも肛門を手当てしたほうがよほど私は落ち着くだろう。しかし現代社会は人前で肛門をなでなですることを許されるようなシステムにはなっていない。システム・エラーだ。次のアップ・デートでKAIZENが要求されるがバージョン・アップのお知・らせはまだ当分やってこない。むかしこうやってなんでもナカグロを使ってアピールするオタクがいたけれど、彼は、元気だろうか、Twitterの初期に私はたしかブロックされてしまったのだけれど。

DAZNでプロ野球を見るためにDocomoのギガ放題サービスを契約したがやっていることはテザリングでPCを開いてブログを書くことばかりだ。近い将来、テラ放題サービスというのも登場するのだろう、軽薄なことを書いてしまって少し落ち込む。

ああ、眠気が増す、電車の揺れと木漏れ日の逆フラッシュが、サン・シェードの向こうからPCの上で戸惑う指をパカパカ照らしていてなんだか目がつらくなってきた。指で目頭を揉もうとしたら思い切りメガネに指紋を付けてしまって、何年伊達メガネをかけても私はやはりメガネ素人なのだなあとさらに落ち込む。電車はするするすべって札幌ににじり寄っていく。虚勢を張れるだろうか。張り子を被れるだろうか。顎と肛門を気にしながら目頭を揉む。目尻も揉んでみたがそちらは別にあまり気持ちよくはなかった。やはり尻を撫でてもろくなことは起こらない。

偽物の粉雪

若手がばんばん酔っ払って組んず解れつしているのでびっくりしてしまった。彼、既婚なんですよ、へえ、それは立派だねえ、でもそれ隣の先生との距離大丈夫なんですか、はい、今だけですから、そういうことじゃないよね、みたいな会話をいくつかした。感心すらしてしまう。まったく最近の若い者はしっかり若い者だな! 帰りのタクシーに偉い人といっしょに乗って、先にその人の家の方向に向かう、私の歓迎会とのことでたくさんお金を出してもらってしまった、帰りのタクシー代くらい私が多めに出すべきだろう。偉い人を降ろしてさあタクシー出発と思ったら降りたところの雪山に突っ込んで盛大に転んでいるのでびっくりして、タクシーに一端待ってもらって駆け寄って起き上がらせて、雪をほろって、タクシーに戻って「ああびっくりしました」と言ったがタクシーの運転手は無言であった。同じ酔っ払いだから相手にしたくないのだろうなと思った。粉雪が待っている。東京あたりの粉雪は舞うのか? そんなものは粉雪ではない。クリスマスケーキのデコレーションに使う目の細かい砂糖。浮かれて舞い踊る。ふらふらと多動で多感。そんなものは粉雪ではない。本場の粉雪は待つ。気温がマイナス二桁になろうとする夜が更けていくのを、粉雪が待っている。私はなんだか疲れてしまった。まだ木曜日なのだ。ここからさらに……18年くらい経たないと週末は来ない。月・火・水・木・金・風・雪・月・花・地……土曜日は遠く霞の向こうで舞っている。決して待っていてはくれない。

歓迎会がすべて終わるのに二ヶ月半かかった。

ギスギスの実のギス人間たちとたくさん挨拶をした。一人ひとりはみなとてもいい人なのだ。ただそれがお互いの話となると途端に悪口の言い合いになったり足の引っ張り合いになったりする。陰口というのは陰で言うものだと思っていたが近頃はなるべく陽のあたるところで言う風習に変化したようである。翳口の奥の奥までじっくり時間をかけて聞いてみるとそれらにもいちいち歴史と経験と理屈があって、その筋道がわからなくもないので、余計にむずかしい話だ。一方的に誰が合っているとか間違っているということもまったくない。世界中の言語がひとつにならない理由は、お互いの言葉が通じすぎるとギス人間たちが能力を使ってひと繋ぎの大秘宝(ワンピース)を目指してしまうからではないかと思う。ひと繋ぎになんてしてもだめなんだよな。だって、それは、陸を全部海の下に沈めれば、海面下でみんな地続きだよね、なんて言うようなことなのだから。

私は海面を上昇させようとしているのか、それとも、干上がらせようとしているのか、とにかくみんなで仲良く楽しくやっていこうねという、強烈な毒をふりまいて、しぶきが舞って、ああ、偽物の粉雪のようだ。

ないベアー

目の下のクマがひどいことになっているよ! と言われたがこの人はおそらくはじめて私の目元をみたのだろう。なにせ私は10年前から目の周りがひどいと言われ続けてそれを隠すために伊達メガネを導入したくらいの人間である。昨日今日できたクマではないのだ。赴任して、あいさつして、これまでやりとりしている間、じつはあまりお互いの顔をちゃんと見ていなかったのを、このたびようやく目が合うくらいの間柄になって、それでクマが目についたとか、まあ、そういうことなのだと思う。あるいは今年の漢字がクマになったから急に意識がそこに向いたとかいうこともあるかもしれない。

名状すると意識に浮かびやすくなる。「クロマチン濃縮した大型の異型細胞」と書くとクロマチンのことばかり気にするようになる。本当はゴルジのあたりもおかしいし、細胞接着にも異常があるのだけれど、そこの名前を呼びかけて、触りにいかないと、認識することができない。そういうことはある。呼びかけることでようやく実体化するということだ。私たちは常に、呼びかけ、呼びかけられるものである。声がやむと存在は消える。物が来たりて我に声かける。

目の下のクマからみなの意識を外すためにどうしたらいいかなということを考える。まずは小刻みに振動することである。フェイントだ。ピボットを取り入れてもいいだろう。利き足と反対側の足を用いるのがコツである。あとはマジシャンのテクニック。見てほしくないところから目線をはずすためには、ほかの部位を強調するような動きをするといい。たとえば手、指、あるいは膝あたりが踊るようにする。首から上は凪。白鳥は優雅に見えるけれど、あれ、じつは水面下では多動なんだよ。今年の漢字がクマになったのは本当に迷惑である。そういうことをするからみんな余計にそういう一年だったと思ってしまうではないか。

ある病院の、臨床の依頼書のコピペがだいぶひどいことになっている。ないものがあると書かれており、やっていない検査をやっていると書かれている。病理に興味がないのだろう。あるいは自分に興味がありすぎるのか。視線のフォーカスがどこにあっているか、というのは大事だなと思う。もちろん、みな、興味関心のコアは自らの心にあってよいのだけれど、内向的な目線にも被写界深度というものがあって、フォーカスを合わせたところだけがくっきり見えるというわけではなく、その前後がある程度、同時に見えてくるというのがふつうのカメラであろう。物撮りのときのF値の低い、ボケでバエなカメラばかり使おうとするから、自分以外のすべてがボケて印象的な絵面になってしまい、他者に興味が持てなくなる。自分で書いて送ったばかりの依頼書を見返すこともしなくなる。インスタ慣れした臨床医たちの依頼書はクソである。そこから元の画角や対象を想像し、あるいは実際に聞き取ってしらべて、彼我のあいだの断絶を埋めにかかる。そういう作業に時間をかけている。そういう作業が嫌いではない自分がいて苦笑するほかない。「●●病変はあります・ありません。〇〇検査を施行しました・は未思考です。」このように書かれた依頼書を読んだときにはさすがに苦笑したものだ。そんな餌で俺様が釣られ

ネガティブホロウ

外食が続くと歯茎が微妙に腫れてきたり肌が荒れたりする。このたび、舌の根っこのあたりが少し膨らんできたような気がして、夜寝ているときにどうも口の中で舌が狭っくるしそうにしている、それが気になった。舌扁桃のしわざか。集合細静脈の血管内皮がだらしなく開いて水気をまわりに増やしているのか。下手人は塩分過剰か、ビタミン不足か、糖質過多か、運動不足か。余る、足りない、余る、足りない。爪を切ろう。髪は今日切りに行く。

部屋が寒い。暖房を焚いても寒い。梁の部分が冷え切って、壁や天井から暖気を吸い取ってしまう。自分がいるときにだけ暖房しても足りない。不在のときに暖めておかなければだめなのである。それはもう、何につけてもそうである。

ユニクロのフリースの、普通のやつではなく、ドフラミンゴが着ているようなふわふわと毛羽立ったタイプ。一年のうち短い時間しか売りに出さないやつ。もう一着買いたい。あと二着あってもいい。いつも思っている。LサイズではなくXL。大きめのものをがばっと羽織る。あまりに部屋着として便利すぎる。外でこれを着ている人を見ると、「あっ、ルームウェアのまま間違って出かけた人だ!」と感じる。申し訳ないことを言っている。

止めたままの原稿が雪で覆われていく。あれはもう、次に書き始めるときは、別のものになってしまう。置いておいた時間が長すぎた。たぶん雪の下でいったん枯れる。凍ったまま枯れて、なんの肥料になるでもなく、そこでぺちゃんこになって、濡れたまましなびていく。そして、その、栄養が増えたわけでもない土の中から、また新たにフキノトウのように、次の芽が出てきて、前のシーズンにだめになったものを押し分けて育って、雪をどかしてそれがはじめて原稿になる。フキノトウの頭には、残骸となった前シーズンの原稿が少しだけ乗っかっていて、収穫の際には指でほろって捨ててしまう。そこには、もともと、フキノトウではない何かがきちんと生えていたのだ。私はそれを、指でほろって捨ててしまう。

ほろって、という言葉は方言であるそうだ。想像のつくタイプの方言ではないかと思う。

広島のほうに、「手がたわん」という言い方があるらしい。手がたわん、とはどういう意味なのかなと想像し、たわむ、いったん伸ばした手が所在なげにぐったりする、そういうイメージかなと思って、「手持ち無沙汰ってこと?」と聞いたら、「たわん」≒「届かない」らしくて、ああ、想像できなくはないけど最初はわかんないなあ、と思った。それに比べると「ほろって」なんていうのはオノマトペとして十分想像可能であろうと思う。「払って」が横に払う感じだとすると、「ほろって」というのは斜め下とか真下に払い落とすイメージ。雪をほろうとか、ほこりをほろうとか。ばっちり当たるかどうかはともかく、8割くらいのニュアンスは、音の響きというか言霊みたいなもので伝わる。方言の中にはそういうものがけっこうたくさんある。無理に翻訳しなくても、なんとなく、当たらずとも遠からず、で伝わるような言葉というのはちゃんとある。

照準のまんなかを少しずつ外したような一週間だったなあと振り返って思う。微妙に芯を食っていないのにポテンヒットになる。わずかな誤訳を飲んだままコミュニケーションが成り立つ。下味を付け忘れたわりに食えてしまう。余ったり足りなかったりが多発しており、ひとつひとつに目をつぶると、十分にアロスタシスとして成り立っている。一週間に限った話ではないような気がした。

藤田和日郎ならよかったのに

ネクタイを毎日するのは圧をかけるためだよ。若い技師に私はそう告げた。29歳のころ、前の職場に入職した私は、臨床のカンファレンスに出るにあたり、「若くて専門資格も持っていない病理医だからといって、なめられては困るから」という、至極まっとうでバカげた情念によって、毎日ワイシャツにスーツで、ただし首は苦しいからノーネクタイで出勤をしていた。馬子にも衣装作戦である。しかしこの作戦はそこそこ功を奏したように思う。札幌のいくつかの研究会では、お偉方に「たまにこういう、若くて何もできないくせにスーツ着てくるへんくつなやつがいるよな」という感じで覚えてもらえたし、症例に関して病理の解説をすると、会場からは基本的にタメ口ではなく敬語で質問が飛んできた。そこにスーツ効果がまったくなかったということはないと思うのだ。

5年も経たないうちに、スーツはジャケットに代わり、パンツはユニクロになったけれど、ワイシャツスタイルは結局そのまま続けた。ほかの職員は、技師はもちろん病理医も、たいていケーシーとかスクラブに白衣が普通だったけれど、私はがんとしてそういう医療着を着用しなくて、切り出しもワイシャツのままでずっとやっていた(後年、ISO認証的に問題となって、ビニールエプロンを上から付けるよう指導され、私はその言いつけを、実に従順に、耳に入れた)。

そんな日々の末の今回の転職にあたり、私は、あらためていちから、研修医とか専攻医の気分でがんばろうと思った。教科書を買い直し、事務用品などもきれいに揃え、デスクマットとかマウスパッドの類も吟味して、ボールペンも書き心地のいいものを複数購入した。メーカーの名前の入ったクリアファイルやボールペンやマグネットをひとつたりとも身の回りにおかないようにした。そして、ダメ押しに、毎日着ているワイシャツに、さらにネクタイを合わせることにした。

結果はかなりよい。おいまどき、廊下でも食堂でも講堂でも、ワイシャツにネクタイというのは目立つ。それはもちろん、「事務職員的」に目立つ。私は今の職場に来てから一度も白衣を着ていない。完全に事務のおじさんだ。医者とは思われない。その、事務のおじさんが、めまぐるしいスピードで歩き回って電話に出たり医者と立ち話したりしているのは、やはり目立つ。この目立ちがほしかった。このブーストを利用している。この圧が役に立つ。この自意識が、みずからの疲労をちょっとだけマスクしてくれる。

ほんとうはなんの役にも立っていないと思うけれど、私は自分でこのように、書いて、見せびらかして、そうやって自分をきちんと飾って、効果はどうあれ、結果はどうあれ、自分を想像の中で強くして、結果的になんらかのレジリエンスを獲得している。




昔、H2というマンガで、主人公の国見比呂が、幼馴染のひかりに、「比呂はね、たいしたことないときには大騒ぎするんだけど、本当に痛いときは何も言わないの」みたいなことを言われるシーンがあった。私はそれを中学2年生くらいのときに読んで、中二病的に影響を受けた。私もそうなりたいと思った。自分がちょっと大変なときには大騒ぎしてまわりにアピールして、こいつうっとうしいなと思われつつ、深刻な自体のド真ん中では逆に凪のような気持ちで泰然といることができる大人になりたいと思った。それがかっこいいと思った。

そうしていろいろと努力をした。

結果、中年も半ばを過ぎた今、私がどうなったかというと、周囲が凪いでいるときにひたすら大騒ぎして自己アピールをし、周りが本当に大変なことになっているときにはイヤホンなどしながら静かに自分の仕事を片付けるという、表現のための語彙はあらかた同じなのだけれど、方向としては真逆の残念な存在になってしまった。そんなのに加えて、スーツで圧が増えるみたいなうそっぽいことを言って若い技師をまどわせているのだから、困ったものである。自分をこのように「困ったものである」と表現することで、逆に余裕のある大人のふりをするという、総体としてはすごく小さいことを訳知り顔でアピールする念の入れよう、執拗な自己形成、生存戦略、それでこうやってそれなりに暮らして人々から失笑されているのだ。あだち充のフィクションに影響をうけるとろくな大人にならないよ。

お誕生日おめでとうございました

わりと仕事に慣れてきた。半年かかるかと思ったが9週間だった。切り出し、診断、おそらくもう、前の職場でのスピードの、7割くらいまでには戻すことができた。あとはゆっくり数年かけて9割くらいに持っていけばいい、そこは急ぐ必要はない。一安心している。

やたらと事務仕事が増えていることを自覚もするし、周囲の人間にも指摘されるのだが、手帳を見返してみると転職直前の仕事の量と、じつはそんなに変わっていない。まだ経験がなくてよくわかっていないけれど、たぶんこの事務仕事も、慣れればもう少し早くコンパクトになっていくだろう。

これはつまりピット・インのようなものだった。スピードは落ち、周回レベルで遅れた、しかし、あらゆるレーシング・カーは、いつかどこかではピット・インしなければならない、それはどのチームにとってもそうだ。そして私は無事、タイヤを入れ替え、給油をした。あとはまた加速度が背中で感じられなくなるまでアクセルを踏み込んで、そこからは脊椎の横にへばりついている筋肉たちがカーヴのたびに加速度を感じるように、右に左にハンドルを切り続ける、あの冗長な作業の日常に戻るだけである。

新しい研究を2つはじめて、そのどちらも、はじめたとは言いつつも当分は自分なりのデータなんて出ないものなのだけれど、ただ今までの職場にいてはおそらく合流することのできなかったものだ。さらに、これまで、私が「画像・病理対比」という名前で手掛けてきた、よく言えば研究のタネ、悪く言えば研究未満の未熟な活性化細胞的なにか、が、今の職場に来てからどれも一段ずつ迫力を増した。職場を変わることで、これまで私と一緒にやりとりしていい顔をしてくれていた、診療放射線技師、臨床検査技師、そして医師、そういう人たちが、「なんかあいつ、変わったな」って思って残念な顔をするのだったら、それはだいぶつらいなと思った。そして私はおそらく新しい場所でかなり削れて、前に持っていたもののいくつかは捨てることになるだろうなと、悲観的に予測して、それでも捨てきれなくて、前に進むどころか地表からずぶずぶ潜り込んでしまうのではないか、なんてことも考えていた。でも、今、なんだろう、私はどうも、「うまくやれそう」な気がするし、実際、今のところ、まだ判断は早いかもしれないが、「うまくやれている」のではないだろうか。

前にやっていたことをすべてそのままやりながら、新しく何かをはじめ、それらを互いに衝突させて場の温度をあげたりする。いくつかをフュージョンさせて新しい何かを生み出す。

というか、それをできなければ、前の職場を出るときに悲しそうな顔をしていた恩師に、申し訳なくて、やりきれなくて。

学会の主催を手伝ったり、専攻医のバイト先を確保したり、研究会の手配をやったりしながら、恩師の顔を思い出す。彼は、私の送別会の日、言葉少なではあったが、新しい職場の近くにある、うまいラーメン屋のことを教えてくれた。恩師は、私が今いる場所を43歳の頃に出て、今の病院に入り、私は、47歳で彼のもといた場所に入職した。完璧に逆のルートであり、彼の懸念は痛いほどわかる、ここはそういう辛い場所だ、いやな場所だ、そして、私は、彼のもとで18年、バイト時代を含めれば22年、修業した結果、彼が去った場所で「うまくやれるかもしれない」自分となって今ここにこうしている。彼はとても悲しそうな顔をしたのだ、だったら、「うまくやる」しかないではないか、そうやって肩をいからせ鼻息を荒くする私に、彼は、うまくやろうとしないで、きちんとやりなさいと、声を抑え気味にして優しく諭す。

ここまでが展開図

近頃はSNSで返事をしていないのだけれど申し訳ないなあと思う。というか正確にはリプライを読んでいないのだ。もっというとリアクション欄を見ていない。アルゴリズムが動画ばかり流すようになるからなるべくTLも見ない、一日に何度か、少数の信頼できるアカウントがRTするネタを見て笑ってリポストし、そのとき自分でもなにか言うことがありそうならなにか言って、それでおわり。スマホのアプリ使用時間数を見たら、Xの使用時間が、LINEのそれよりも少なくなっていた。それを見た途端、なぜか、ぐっと副鼻腔が熱くなった。「壮年期の終わり」という言葉が思い浮かんだ。私は何かを折り返したのだなと思う。


私はLINEの友達がすくない。最近ちょっと増えたのだけれどたぶんそれでも30人もいない。そのLINEよりすくないとなるとこれはすごい。かわりになにか見ているものがあるか? 毎月買っている病理学の雑誌、あと、和文総説誌がふたつ、それと、延々続刊情報がおくられてくるマンガ、マンガ、マンガ、そして、とうとう、ジャンプをオンラインにした! 私はジャンプ購読をオンラインにした! 小学校3粘性のときから、なんだかんだで読み続けていた紙の雑誌を、あきらめた! 誤字があったけれど意味は合っている。あのころ私は世界に接地したのだ、ねばっこく、重力や風圧に逆らうようにして。ともあれジャンプだ。私は紙雑誌が好きだった。でも、やめにした。月曜日の早朝にコンビニに寄る生活が続けられなくなったのである。そもそもコンビニにまるで行かなくなった、ときおり、出張の際に、働き場所とホテルとの間にあるコンビニにタクシーを横付けしてもらい、お弁当とビールを買う、くらいのものだ。まさか、ジャンプを買わなくなる日がくるなんてな。オンラインのジャンプは1か月で990円くらい、じつは、雑誌を買うより安い。でも、あの、指にインクが付く感じ、ペン入れのあとの消しゴムが終わっていないばたばたした作家の初出原稿を、生々しく目に転写する感じ、それがスマホの画面になって一気にみすぼらしくなった。やはり私は何かを折り返したのだろう。


読みやすい文章への興味を失いながら、理想の病理診断報告書をしたためるための技術を毎日考えている。診断者の迷いを表出することに躊躇はいらないが、論旨が迷い道のようになってはいけない。病理医にとってのエクスキューズのための所見はいらないが、臨床医にとってのエクスキューズになりそうな素材は散りばめる。ダメ押しはするがしつこくはないように。どこに何が書いてあるかをすぐ把握できるようにしつつも同じことを同じ場所に書くことに恥じらいを持つように。交響曲的な文章を避け、協奏曲的な文章とする。ポリフォニックな解析の結果がモノフォニックに響き渡るように。日中、そうやって、ずっと考えて、夜更け、早朝、ブログに、DNAが同時多発的に転写されるような文章を書き、翻訳後修飾ですべてひっくり返すような気持ちで推敲をしてブログに載せる。どう考えても私は何かを折り返している。


山折り、谷折り、心を折って返して、カブトや鶴のように立ち上がってきたなにものか。折り返してから一歩ひいて眺めて、そこにある立体の、光源との距離、そよかぜのいたずら、ふわりと揺れて倒れて、おりがみがぱたりと倒れたときの、病的な弱さを思わせるあのうらさびしさに、私は人生を折り返すことの触感を重ね合わせている。

クァラナイ日だ

はみ出ている、それは平日から土曜日へ、夜から朝へ、静から動へ、外界から縁辺へ。おさまりきらなくなっている。とうとう地方会に日帰りするだけのことにもPCを持ち歩くようになってしまった。あきれるほかない。長年、電車や飛行機の中でいちいちノートPCを開く中年男性のことをばかにしてきた、このたかだか30分で何をそんなにがんばる必要があるのかと、そいつらはたいていマッキントッシュを開いていた、だから私はあれはてっきり、スタバでノマドでフレックス的な自己アピールの一貫だと思っていた。違ったのかもしれない。違ったのだろう。みんなはみ出ていたのだ。はみ出た毛の部分を剃らざるを得なかった。はみ出た陰茎をしまわなければいけなかった。その、はみ出てしまう暮らしに、私も突入した。情けないなと思う。終わらないのだ。

たった今、本日の共同座長の先生に声をかけられた。指が慣性で入力を続けたまま私はそちらに向き直ってPCのフタを閉じて挨拶をした。名刺入れを忘れてきてしまいました、どうもすみません。本日はどうぞよろしくお願い申し上げます。型通りのやりとりのあと、座り直してPCを開ける。そこに

「クァラナイ日だ」

と書かれていた。見直す。クァラナイ日だ。何だこれは。何を押し間違った。ああ、「終わらないのだ」か。先の文章の、「終わらないのだ」は、今、考えて入力し直したものである。私はこのとき「終わらないのだ」と入力しようとして、声をかけられて視線を外した。そこで指がずれたのだろう。どちらにずれたらこうなるのか。クァ? K, U, L, A? K, U, X, A? おわらない(OWARANAI)からそのように入力ミスをするようには思えない。キーボードを見ながら、ありえる「ずれ」を想定していろいろ試してみる。pわらないのだ。いわらないぼだ。くぁらないのだ。あっ、これか。ああ、そうか。O→Wの部分だ。Oの指が少し左下にずれて、K→Wとなったのか。そうなのか。K→W→A、と入力すると、クァ、になるのか。この組み合わせ、知らなかったなあ。クァラ無いのだ。あれ? 変換が違う。というか、日だ、はどこから出てきた。N→O→D→A。これはすぐわかった。Nを左側にひとつ、Oを左側にひとつずらせばいい。B→I→D→A。「終わらないのだ」の瞬間に話しかけられて右手が左やや下にわずかにずれて、それでうち間違うとたしかにクァラナイ日だ、になる。

クァラナイ日に暮らしている。スーパーカミオカンデの中に飛び込むニュートリノのことを思う。私はレッサーカミオカンデだ。内部に水を溜めており、外から何もかも貫通して飛び込んでくる小さい粒子によってたまに小さな波を発生する。粒であり波であるものを発生する。それは極小だが確かに質量と運動量を有していて、その反作用によって私はいつも右に左にはみ出て、また次の衝突で軸をずらしながら少しずつずれ続け、ある程度の時間軸で総体としてみるとあまり動いていないのだけれど、時間で微分してみるとじつはいつも揺れていて落ち着かないでいる。はみ出るクァラナイ日。くだらなくはない、それはもう、救いというか、掬いであって、私はこりずに水を汲んで張ってまた次の衝突に備えてスキャナのビープ音を待ち続けている。

エンジョイ

SNSで人に返事をしなくなってしばらく経つ。心が痛む。コミュニケーションをしないSNS。オートクラインだけで細胞が生きていくというのは無理な話だ。エンドクラインはやりすぎ。パラクラインはやらなすぎ。グランドトラインは石化。パークアンドトレインは値上げ。パークアンドライドだったっけ。ワカラナイン。

合併が取り沙汰されている病院の横を通り過ぎる。ま、そんなことは、一切起こっていない、気の所為なんだけども、合併が取り沙汰されている病院には、看板がかかっているように見える、「この看板をォ! ワシらはァ! 絶対に降ろさんぞォ!」みたいに見える。そんなことは一切起こっていないがわりとしっかり声として聞こえてくる。叫ぶしかないよな。断末魔っていう言葉はふしぎな字面だなと思う。断、というのは、sharpなmarginのイメージでありつつ、長軸方向に対して直行するような、延髄切りの、クロスするような印象なのだけれど、一方で、末、はなにかから続いている、長軸方向に沿ったイメージであり、つまりは断末というと長軸+それに直行する面、の両方を表していて、空間的なのである、その空間を魔が飛び去る、油膜に洗剤を垂らしたときのスピードを1ジョイとすると、マイナス1ジョイくらいの勢いで、逆に油膜で覆われてしまうような感じ。断末魔。空間を満たす。ああ、ふしぎな字面はきちんと、言霊を強化して意図を換喩するような機能を持っているのだな。合併が取り沙汰される病院の横を通り過ぎるとき、私は空間に何かが広がっていることを感じ、そこにいくつか直行する切断面からなにものかが響いてくる様子を感じる、看板というのはその象徴なのだろう。看板は割るものだ。なぜだろうな。道場の。空手家の。あるいは、コマの枠線のような。パトレイバーで泉野明だったか、枠線を殴って割っていた、あれを思い出した。

ふと、私はよく思い出すなあと、ただしあくまで文章では、という断り書きがいるけれど。日常、思い出せない。先日、あるすごい病理医が、スライドカンファレンスというのをやってくださって、私はそこですごく楽しい、興味深い体験をできて、ああー病理医やっててこのおもしろさがわかってよかったーと本気で思ったのだけれど、ひとつだけ悲しかったこと、私はその病気の名前を、たかだか2か月くらい前にきちんと本で読んで勉強していたにもかかわらず、彼のスライドを見てもその病名にぜんぜん思い至らなくて、おそらくその場にいた若手のだれもが、私以外の多くの人が、それに思いついていたのだろうなと、でも私はあの病名はまったく思い出せなかった。ほかにもたくさんの思い出せないことがある。思い出せないことばかりだ。思い出せない直線の上をとぼとぼ歩く。ブログを書くとき、その直線に直行する面で切り出しをし、薄切をし、染色をし、下から光を当てて観察する、その切断面に私の「思い出す」という行動が、2ジョイくらいのスピードで充満する。

影に響く

燃え殻さんのlettersを購読している、そろそろ課金制に移行するようだがこのまま読み続けていきたいと思う。1日に1,2通、Gmailに届く、燃え殻さんの「今」が。規模はぜんぜん違うが私も毎日何かを書いている、だからわかる、日常のきしみを文章にし続けていく、その、「し続けられている文章」というものが、どれくらい転げ落ちていくものなのかということを。

目と心に染み付いた重力加速度ほどではなく、もう少し鈍重で、もう少し転がり摩擦の大きい感じではあるけれど、それでも日記的な文章というのは、よっぽど気を使わないと、あるときちょっとした傾きに足を取られたが最後、あとはもう、日に日に転がっていく、滑り落ちていく、着々と偏ってしっかりとずれていく。球面の上に暮らす私たちはその場にとどまっているつもりでも少し考え事をしているうちにもうかつての風景がまったく見えないどこかにいて、歩こうと思っていたわけではないのにいつのまにか足がくるくると回ってしまっていて、まるでRPGのNPCがその場で足踏みをしながら少しずつデフォルトの配置から外れていくかのように、「ここは ラダトーム。」を伝えるむらびとが入り口ではなくどうぐやの中にはまりこんでしまっているかのように。

燃え殻さんはすごいと思う。彼の文章は飽きないし、変化もきちんとしていくし、同じところにとどまっているわけでもないのだが、そのくせ、「おかしな方に転げ落ちていかない」のである。ふしぎな塩梅だ。じょうずな感覚である。みごとな積み重ねとも言える。私もああなりたいなと思うわけだが、ああなれる人が少ないからこそ、彼は職業執筆者として働いているんだよなと、若干あきらめているふしもある。まあ、私は、書いて食っているわけではないので、そうなる必要もない、ただ、そうありたいと願うことは、職業意識とか自己顕示欲とはちょっと違った座標系で振動することなのではないか。


私の半分くらいの年の方の、髪の色、うっかり、いい色ですねと告げてしまった。ハラスメントでクビになるかもしれない。なぜあの瞬間ゆるんでしまったのだろう。バイブレーションするスマホが机の上でにじり去るようにずれていき、机から落ちる、ああいう感じだなと思った。私はなんかもう、ぜんぜんだめだなと思う。とはいえ、肩で風を切って歩くような中年にもなりたくなくて、近頃の私は、ぺこりぺこりと頭を下げることばかりしている。剣道をやっていたころ、どうして人は猫背で歩いたり座ったりするのか、もっとしゃんとしなさい、しゃんとして悪いことなどないだろう、と思っていた。今、逆に思う。しゃんとした人間にろくなのはいない。私もたいがい、ろくでもない人間だけれど、しゃんとしているよりははるかにましだ。でも、ましでも、クビになるかもしれないからな。落ち込む。胸を張るよりはいいかなと思いながら。

自分でやったほうがいいんだ

家族が発熱していると聞き、落ち着かない。体調を崩した家族を見舞うよりも大事な仕事が世の中にあるのだろうかと首をひねりながらりんごを剥いて食べる。Goでタクシーを呼ぶ場所もだいぶ慣れて、電車の時間にほどよく間に合うぎりぎりで家を出られるようになった。ダメ押し的クイックルワイパーで部屋を一回りする時間や、洗って拭いて乾かしておいた食器を戸棚にしまう時間が稼げる。

昨晩、講演会のあとに飯を食った某科のスタッフたちに、働き方の話を聞いた。この地特有のものだろうが、月に1度、片道250キロを自分で運転して出張に行き、2ヶ月に1度、それとは違う方向にこれまた片道250キロを自分で運転して出張に行くというので驚いた。年間の走行距離が25000キロを越える医者なんて聞いたこともなかった。電車は冬季はすぐ止まる、なにせこれらの地域はもともと赤字路線だからJRもあんまりまじめに機材をやりくりしない、タクシーだと7~8万円かかり、4時間ずっと運転手に話しかけていないと吹雪の中でいねむりなどされても困る、だから自分のペースでのんびり運転していくのがいいんだ、などと口々に言うのだ。ほんとうにびっくりした。若手ではない。きちんと偉い人たちがだ。同じことを下にやれとは言わないようである。それはそうだろう。しかし彼らはそれをやりたいと思ってやっている。この場所で出会う人々はみんな心の何かがおかしく変形している、いや、変形というとおかしいか、あらゆる形状は相対的で、元はこう、それが変わってこう、などと言えるものではない。ゆがんでいると思っているのが正常で、まっすぐだと思っているものが異常という見方も完全に成り立つ。それは精神がストレートネックになっているかのようだ。左手がしびれる。頸椎がまっすぐすぎるからだ。ゆるやかにアーチを作ってくれていればこんなことにはならなかった。某科のスタッフたちの心は、みなアーチを作って、しなやかに、ケイパブルな感じになっている。

私は考え込んだ。いい働き方とはなにか。世の中のためとはなにか。自分のためとはなにか。AIについてどう思う? 事務仕事が減らせればいいなと思いますよ。私たちのように、ポジションがあがると、こんな形式的なこと、どうしてやらなければならないんだと、思うような仕事ばっかりだよ。それこそAIでいいんじゃないですか。立場にいる、ということが大事な場合もあるんだよ。「ただ、いる、だけ」を語った本があったなあ、という、見当違いなことを、私は思った。「ただ、いる、だけ」がケアだと言っていたけれど、あの本では、いや、そうだろうか。「ただ、いる、だけ」というハラスメントもあるよなあと、私は思った。冬の運転はあぶない。電車が速度を上げていく。一週間ぶんのブログを、今書いてしまえば、どれだけ楽になるだろうと私に思わせながら、電車が速度を上げていく。

MIB-1

「Ki-67 labeling indexという言い方は、昔を知っている人間からすると、ちょっと気になるんですよ」

黒田先生はそう教えてくれた。




脳外科医たちは、細胞の増殖能について特段の興味を示した。当時、病理医は細胞の形態から診断を行っていたが、脳外科医からすると、同じような細胞形態を示しているように見える脳腫瘍の中にも、やたらと増殖してしまうタイプと、そんなに増殖力が強くないタイプとが混じっていることが気になっていた。なんとか「細胞がどれだけ増えようとしているか」を可視化できないか、八方手を尽くした。放射性同位体(トリチウムサイミジン)を静注して、増殖しそうな細胞を「ラベリング」(標識)してから、術場で脳腫瘍の増殖活性を直接評価するような時代がまず訪れた。それは内照射的に腫瘍にも効く、という触れ込みだったが今にして思えばある種の人体実験だったことは否めない(しかし、人にたいする診療の進歩が、広義の人体実験によって検証されないなどということがあろうか?)。その後、BrdU(ブロモデオキシウリジン)という「細胞の増殖時に細胞にとりこまれる化学物質」をもちいる時代が、しばらく続いた。これもけっこうな毒物であるが、直接人体に投与するのではなく、プレパラート上で発色させる技術が開発されて、案件はようやく脳外科医の手をはなれて病理医のもとにやってきた。BrdUは取扱いがややめんどうで、もう少しべんりな「免疫組織化学」(抗原抗体反応により、特定のタンパク質を結果的に「発色」させる技術)でなんとか細胞の増殖状態をチェックできないかと、たくさんのタンパク質が調べられ、その中から増殖関連タンパク質Ki-67がピックアップされた。ただ、当時の技術ではなかなかうまく抗原抗体反応がすすまず、唯一、ホルマリン固定検体ではなく迅速凍結標本を用いれば、なんとか「Ki-67」の免役組織化学が機能するということが明らかになった。その後、Ki-67の中でも「MIB-1」と呼ばれるクローンを用いれば、ホルマリン固定検体でも免疫組織化学が決まるということがわかって⋯⋯。

つまり「MIB-1」というのは、増殖能の検索におけるワインディングロードにおける天竺だったのだ。どこかに理想の土地がある、どこかにゴールがあると期待しながらも、本当にそんなところがあるのだろうか、本当にたどりつくのだろうかとあらゆる研究者は模索して旅の途中で砂を噛んで死んでいくが、細胞の増殖における道のりの先にはMIB-1が存在した。

来し方を振り返ったいにしえの研究者たちは、細胞増殖能がかつて「放射性同位体によるラベリング(標識)」で行われていたこと、その後、「Ki-67をもちいた迅速検体での免疫組織化学(発色)」で行われていたこと、そして最後に「MIB-1によって最も安定した検体であるホルマリン固定検体での免疫組織化学(発色)」で行われていたことを思い出す。

そして、いま、私も含めて多くの病理医がふつうに用いている「免疫染色はKi-67 labeling index」という言葉に懸念を表明するのだ。ラベリングはKi-67ではなくトリチウムサイミジンの話だろう。Ki-67と呼ぶとそれは凍結検体でしかできなかったときのことを思い出す。強いて言うならMIB-1 index、これなら歴史に傷もつけずに現在の正しい呼び名として用いることはできるだろう。ただし「免疫染色」、それはだめだ、なぜなら抗原抗体反応は外から色素で染める「染め物」ではなくて、化学反応による「発色」なのだから⋯⋯。




みたいな話を聞いた。ぞくぞくするほどおもしろかった。これまで自分が書いてきたものの中にたくさん「Ki-67 labeling index」という言葉を使ってしまった。申し訳なかったなと思う。過去に敬意を表する。

写真家の幡野広志さんの文体はおもしろくて、それこそまさに写真のように、ライティングとか画角的なものが非常によく考慮されている。私の陳腐な直喩はさておき、なんでもかんでも写真に引き寄せる・こじつけるような文章を書くわけでもなく、写真家がたまたまものを書いているとい副業的な印象でもなくて、確立したスタイルをもった一人のエッセイストなのである。これほどうまいと、おそらく猛烈なファン10:アンチ1くらいの割合でリアクションが出てくるだろう。どこにも引っかからない、何も喚起しないような文章というのは、ファンもつかないしアンチも出てこない。何かをきちんと照らしているからこそ心をポジティブにもネガティブにも動かされ、なかには嫌がる人も出てくるだろうな、と思うし、そういう文章というのは、アンチ1を税金として支払いつつファン10とかファン100とかファン1000を盛り上げてくれている。

https://note.com/hatanohiroshi/n/na5f1d45ee81d

なぜいきなりこんな話をはじめたかというと、この記事がすばらしかったからだ。「自己紹介」というものをこれほど見事に語った文章にはついぞお目にかかったことがない。たいしたもんだなあ、と思ったし、そう簡単に真似はできないけれど、いつか自分もこういうことをやってみてもいいな、と思わされる文章であった。

おりしも、Xで、ヒコロヒーが書いたすばらしい随筆を見た。それは端的にいうと「自己を紹介することの傷害性」みたいなものに対してとても丁寧に処理を加えていって、素材のうまみの部分だけを残すべくたくさんの包丁を加えた結果ニュアンスのだし汁みたいになった逸品であった。

https://brutus.jp/hiccorohee_048/

私はこのヒコロヒーの文章と幡野さんの文章を両方読んで、「自分をどう語るか」に対してあらためて自覚的になった。



私は本当にいろいろなものを次々忘れていく。たまに家族と夜にテレビで2時間くらいの映画を見ながら飯を食ったりするのだけれど、前にどの映画を見たのか基本的には思い出せない。先週何見たっけ、タイトルは、展開は、細部はおろか主演俳優すらも相当がんばらないと出てこない。ビールを飲みながら、ときにはトイレに立ちながら見て、最後にはたいてい眠くなっているからということもあるだろうけれど、それにしてもどうも近頃の私は忘れないための努力みたいなものを面倒くさがっていて、「期待値」以上に忘れてしまっているようで肩身が狭い。この、「自分はものを忘れる」ということを、たとえば何気ない会話のタネとして人とシェアする。と、「ああ、私もそれくらい忘れるなあ」とか、「むしろそんなの覚えているほうが珍しいだろ」みたいなことを返されるのだけれど、こういう、自分の劣性の部分を開示したときのリアクションが、私に対して優しく触れてくることはめったにない。たいていは押して押し返す反作用的というか、ちょっと突き放されるかんじというか、なんというか、どことなく不全感をおぼえる。自分を誇らしく飾って語っているのではなく、むしろ卑下して小さめに語っているのに、なぜみんなは少し辛辣に反応するのだろう、という、解せない気持ちがあったのだが、内心ひそかに、「そもそも会話の中で自分について語ること自体が、持ち上げていても下げていても、なんらかのアピールでしかないのだ」ということに、私自身も気づきつつはあった。そんなある日、ヒコロヒーの文章を見つけて、そうか、自分のことを語るというのはやっぱりそういうことなのかと、自分がこれまでしっかり体験しまくっていたわりにうまく概念として咀嚼できていなかったことを、他者の言葉でうまく彫琢してもらえて、私はとてもうれしかった。さらに、次の瞬間には、たとえばこの「うれしかった」という言葉をここに書きつけて誰かに読んでもらうということにも、もっと慎重であってしかるべきなのかなと、堂々巡りのサーキットに入場したばかりの新人レーサーのような顔でフルフェイスのシールドを下げた。

ただ、ヒコロヒーの言うことがそのとおりだとは思う一方で、そういうことを私よりも先に「肌感覚としてわかっている」人が現代にはすでにたくさんいる。なるべくお互いのコアの部分に触れずに、表面だけパリパリに焼き上げてその皮だけを周りに提供し、内面のとろっとした部分は供さない、北京ダック的人付き合いが一般的になった。中身を出すとにおいが出る、触感に対する好みも分かれる、焼き加減については誰しも一家言持っている、だから語らない、というのがヒコロヒーのあの日の文章の雑な要約だとして、私はそれに納得して追随する、8割は追随するのだけれど、2割の部分が、写真でも見返してみたらどうかと私に問いかけてくるのである。

パターを握らないまま売る

昨年買った中古のゴルフバッグを売ろうと思う。もうすこし遊びにいったほうがいいよ、人生仕事だけじゃないんだから、もっと楽しもうぜ、と中学校時代の同級生などたくさんの人々に勧められ、昨年の冬からゴルフの打ちっぱなしに行き始め、春になってさてそろそろコースに出ようかと誘われたとき、異動の話が出て猛烈に忙しくなり、雪が溶けてから以降は毎週末なにかしらの業務や出張で、結局一度もコースには出られなかった。正確には、春から秋までのあいだに2度ほど、土日のどちらかが空いていた日はあったのだけれど、そのような日も私は、「車が出払っていて」とか、「ウイルスに感染して」などの理由をつけて、家で一日本を読んでいたり、映画を見に行ったりしていた。秋が来て雪が降りコースも閉じ、では、気を取り直してまた打ちっぱなしにでも行こうと誘われたのだけれど、異動を終えた今の私は週末に遊びに行きたい気持ちが1デシリットルも残っていない。看護学校の試験問題の採点が終わらない。依頼された原稿を書き終わっていない。インタビュー原稿の編集もこれから。スタートアップの研究費の申請書を書けていない。講習会のログを見直したい。次の講演のプレゼンを練り込みたい。私は仕事に埋もれるために転職した。自分の時間を過ごすとか、幅のある暮らしをするとか、人生を楽しむとか、資産を増やすとかいう、所詮は他人の興味だ、それらは自分の興味ではないのである。とはいえ、標準偏差に十分おさまるほどには平凡な私のことだ、どんなことでもはじめてしまえばきっとおもしろい。自分の体を自分の思い通りになるよう調整する試みが、しみじみおもしろいなんてことはよくわかっているつもりだ。ゴルフだとかバイクだとかカラオケだとかイラスト作成だとか、カメラだとか旅行だとか美食だとか、そういうことだろう、そういうことなんだと思う、私はそれらと全く同じように職務に惑溺したい。そしてそのことを皆に喜んでほしい。「仕事という趣味があっていいねえ」と言われたい。ゴルフバッグなんて要らないのだ。ゴルフバッグは私の人生にとって、除雪のトラックが門柱や車庫を傷つけないように配置する三角コーンくらいにしか役に立っていない。「ゴルフでもしたら?」といい顔で寄ってくる人たちと適切な距離をとるための三角コーンだったのだ。脱兎のごとく人の生から飛び出して科学の生を暮らしていきたい。中古で買ったクラブを中古で売れば社会のアロスタシスに貢献できる、そのことを私は誇りに思う。私はゴルフをやりたくない。車もワインもワイキキビーチもどうでもいい。私はよい病理診断を書き、画像と組織とを対比し、臨床医と組織病理について会話したいのである。

リハビリのヤンデル

確実に忙しくなった。しかし、「私の指先から旅立っていった仕事が配達された人数」を考えるとむしろ減っているのではないかと思う。仕事が遅くなった。それも目に見えてわかる程度に。忙しさを感じているわりに達成した案件の数は少ない。小さなミスも増えている。

これまで、ひとりの患者の手術検体を病理診断するのに30分かかっていたとして、今はふつうに1時間半くらいかかる。

診断のクオリティはたいして変わっていないし、脳の弁別能や判断脳もべつに下がったわけではない。たとえるならば、大学時代からずっとウィンドウズのPCしか使っていなかった人が、とつぜんMacのキーボードしか使えなくなった、みたいな感じなのではないかと思う。あるいは、昨日まで右利きだった人が、左手しか使ってはだめですと言われて卓球をやっている、でもいいだろう。

こうしたいというイメージはある。しかし指、目線、体幹、そういったものの角度や加速度が今の仕事場にまったくマッチしていない。補正しないとままならない。

毎日、帰宅してから、どんなに遅い時間でもなるべく自炊する。朝、出勤前に、家を出るのをちょっとだけ遅らせて、クイックルワイパーで床掃除をする。そういう、「自分に必要なクオリティの限りで100%近い成功率を誇るタスク」を、1日のはじめと終わりに仕込んでおくことで、日中延々と続く「達成感の欠如」を補っている。きっちりあたためた味噌汁を飲んでいる瞬間にほうっと人の気持ちになる。



『ピアジェ 思考の誕生』という本を読み進めている。ややうがった見方をすると、高次脳機能障害からリハビリテーションによって新たに生活を取り戻していく人の話が散りばめられている本だ(たぶんそうではないのだが、そう読むことができる)。思うとはなんなのか、考えるとはなんなのか、脳のしくみ、そして脳の発達とはなんなのか。100年1000年繰り返されてきた疑問を、脳神経科学と哲学の両面からなんかうまいことまとめてやろうという鼻息荒い本である。科学についても哲学についても、取り上げられている知識のひとつひとつはダイジェスト気味であまりきちんと消化されているとはいい難いのだが、学際的に両者に目配りをしながら臨床に向かって統合を投げかけようとしているあたり、まあなんか偉い本だなという感想。

読んでいるうちに、私の今の苦労は、「自分の特性と環境とを融合させながら組み上げてきた、脳と体の統合を、あらたな環境にマッチさせるためにいったん解体しようとしたら、あちこち断線したりちぎれたり歪んだりして大変なことになっている」というものなのだろうなと思う。私が今まさにやらなければいけないことは脳外科的リハビリとちょっと似ている。これまではできたことなのに、とかつてを振り返って悲しむのは、人だから、それはそう、そこは止まらない、けれども、どこかで奮起して、過去の成功体験を振り切って、あきらめというバランスボールの上でぐっと姿勢を保持しながら、新しい環境でもなんとか再利用できる自分のパーツ、配線、アプリケーション、そういったものを探し出し、新しいやりかたで組み替えて、適応させ、前とは違う安定に向かって、土のグラウンドに爪を立てながら匍匐前進するかのように。リハビリは尊厳のトレイルランニングだ。尊厳に向かうのではなく、尊厳の山肌を、尊厳そのものを感じながら長く苦しく小走りで、ひたひたと踏破していくものなのだ。

自然と音が鳴る

足元の番号に沿って並んでいたのだが電車のドアは少しずれたところに開いた。お茶も買わずに乗り込む。それなりに長い旅路ではあるけれど、何度も乗るうちに体が距離を覚えてきたようだ。居眠りしていてもそろそろこのへんかなと予測して目をあけるとだいたいその駅である。別にこれが便利だとは思わないが人間というのは不思議なことができるなあと自分で自分に感心するところはある。人類が選択圧を受け続けてきた過程で、この機能を残す必要があったとは思えない。なにか別の機能を達成するために組み上げられたシステムを副次的に使うと「高速で移動する乗り物の中で体内時計だけでなんとなく今いる場所を割り出すことができる」というアプリに「自然となっている」のだろう。「自然となっている」は強い。できればあらゆるよしなしごとに対して「自然となっている」の心持ちで対処できればいいなと思う。徒然草の中に然という言葉が入っているのもあながち言霊のあやというだけでもないのかもしれない。

電車が動き始めてそれなりの走行音がしているし、車内のアナウンスもしっかりした音声で流れているのだけれど、控えめにぱそぱそ叩くキータッチの音は周囲の粗大な環境音を押し分けるように耳にまっすぐ届いて、周りの客にも迷惑かなと思ってさらに少し入力の音を小さくしようと努力する。指を見て音を聞くと、あまり音を鳴らさずにすむのは両手の内側側、特に人差し指や中指の部分で、どうしても音が大きくなりがちなのは移動距離が一番大きな右手の小指、それがエンターキーに向かってぐっと伸びだすときに押さえきれないぱしっという音が鳴る。よっこいしょの音。手間をかけ、距離をかけ、区切りをつけるような仕事、勢いを抑えたつもりでも、どうしても煩くなる。その煩さを自覚して制御しようと思ってもなかなかうまくいかない。なんなら、音自体は小さくできても、今度は「またエンターを押すときに音がでかくなっていないだろうか」と、耳のほうが鋭敏になってしまってノイズの虜になる。


ある研究の共同研究者になった。私はボランチもしくはやや高めの位置にいるセンターバック的なポジションで、司令塔からいったんボールを下げた先にいる。前方から預けられたパスをトラップして周囲を見回し、前に向かって走り出せそうなウイングバック的研究者を見つけて、その研究者の前方にあいたスペースに、逆回転のかかったパスを放り込んでみた。すっとトラップして相手のサイドバックをぶち抜けば、そのまま自分でゴールまで持ち込んでシュートまでいくのもよし、ライン際を駆け上がって決定的なクロスを上げるもよし、鋭角に折り返してトップ下のミドルシュートを誘発もよし、という状況であった。さあ、どうするか、と思って見ていると、ウイングバックはやおら足を止めて、ホイッスルを吹き、長机、パイプ椅子、民放各社とNHKとウェブメディア用のマイク複数、たくさんのスポンサーの名前がかかれた背景ボードをえっちらおっちら引き出してくるのだ。私たちが呆気にとられていると、ウイングバックはおもむろに、自分がいかにキャリアを重ねてきたか、どれだけフィールドを見渡せるか、研究の細かな齟齬や障害にもすぐに気付けるという自負、イニシアチブを担えるだけの能力があると見せつける自己アピールをとうとうと語りはじめた。両肘を突いて、手先は今にもあやとりでギャラクシー((c)野比のび太)を作れそうなくらいによく動く。そしてパフォーマンスにリフティング。撮影タイムとばかりにリフティング。試合は中断。司令塔は「よくあることだ」とばかりに落ち着いている。私はいったんピッチから外に出てスポドリを飲みながらアキレス腱を伸ばし、「遠いとどうしても音が鳴るんだよな」みたいなことを線審と語り合う。

眠らない日

眠りはいいほうだ。横になって眠れない夜というのはほぼない。家でスマホを使わないので、ブルーライトをあびてないぶん、寝つきがいいのかもしれない。ブルーライトという概念は昔からうさんくさいなあと思っていたが、最近誰も言わなくなってきたので、逆にフィーチャーしてやろうかと目論んでいる。ブルーライト軽減メガネなんてあれ何の役にも立たないだろ。出たときから知ってた。でも、だから愛おしい。役に立たないものは愛おしい。一方の私は、いつでも何かの役に立ちたいという欲を隠そうともしないから、愛おしくない。私は何の役に立たなくても、愛おしくいるだけで、本当はそれでいいのだと思う、愛おしくあること以上に、世の中におさまるやり方があるだろうか?

ギスりやゴタゴタのあれこれを見ている。誰も彼もが、「役に立ちたい」のだろうなあと思うことはある。でもそれ以上に、「役に立たない誰かをこきおろしたい」という欲のほうが強いのかもしれないと最近感じるようになった。「自己効力感」よりも、「他者無力非難」のほうが溜飲がぐっと下がるのだと思う。わからなくもないが、わかりたくもない。なぜそこまで他人に興味を持てるのだろうか。自分を掘り進めるより、他人を矯めつ眇めつするほうが、気楽だからだろうなあ。

まだ眠れない。珍しい日だ。遠くでなにかのパイプが軋んでいる、そんな音がときどき響く。そのたびに、目が覚める。目が覚めるということは、いま、うとうとできていたのだなあと、軽く後悔する、そういうのをずっと繰り返している。

聞こえる人はカレー聞こえない人はハヤシと書き込んでください

AIの発達によって仕事が楽になっている人たちをタイムラインで見る。そこまで頻度高く目にするわけではないのだけれど、たまに、ものすごく大喜びしている人もいてそれはよかったねと思う。「自分の仕事の中のこのような部分を一気に時短できて、そのぶん、よりクリエイティブな仕事のほうに労力を全振りできる! 最高!」みたいな感じ。やることはもう決まっているけれど、手間と時間だけが容赦なくかかるタイプの、事務仕事、単純作業、そういったものをAIに任せられる。基本的に働き始めて3年とか5年くらいの人がAIのおいしさを体験しているケースはほとんどなく、どちらかというとベテラン・エース格の人が特に喜んでいる印象である。「かれこれ20年、いやだなー面倒だな―と思っていた仕事がAIに任せられるようになった。ラッキー! やりたいことに時間を割ける!」みたいな。

いいことである。

一方、長年面倒でつらいと考えていた仕事が、じつはある種の筋トレとかジョギングのような効果を本人にもたらしていて、その仕事から解放されることによってかえって基礎体力が落ちる、みたいなことも本当はあるんじゃないか。

たとえばそれは「触診」みたいなものではないかと思う。かつての医者は、患者の身体をあちこち触って臓器がどうなっているかを指先や手の腹から感じ取ることに長けていた。肝臓が肋骨のふちよりどれくらいはみ出ているか、とか、脾臓が腫れているか、とか、甲状腺の硬さ・大きさを細かく感じ取る能力とかいうのは、昔の医者のほうが圧倒的に上手かった。今はなんでもCTだとか超音波だとかで「透視」ですませてしまうため、近頃の40代以下の医者はあまり触診自体を用いない。新型コロナによって患者をおいそれと触れなくなった、みたいな話もある。ともあれ、医者が患者を触らなくなったことは、「触るよりも楽に患者の中身を知る技術が進んだから」だけれど、それによって、医者は患者の肌触りとか肌のもちもち感とか肌の水気だとか皮膚のテンションだとかを感じ取る脳力を失い、肌への全般的な興味をなくし、ちょっとした皮疹とかを担当できなくなり、筋骨格・整形内科的な部分への手ほどきについてもちょっとだけ下手になりつつある。

CTや超音波がない時代に戻るべきだとは全くおもわないし、そこを時短できるようになったことで薬剤の副作用について勉強する時間がとれたり、各種のmimickerに気を配る余裕がうまれたりもする。時代に逆行してもよいことはないのだけれど、「触診というデイリープラクティスを省略する」ことによって医者のインナーマッスルの一部は確実に退化しただろう。

プレゼンの資料作成や、論文の要約を10秒で終わらせ、そのぶん、自分は「AIにはできない、人にしかできないような仕事」をする、というのはよいのだけれど、人にしかできない仕事をするにも鍛錬がいる。人にしかできない仕事というものは決してクリエイティビティ100%で行われるものではなく、そこにはたとえば「たくさんの文章を読んだ目の記憶」とか、「たくさんの調整を施した指先の記憶」とか、「たくさん図書館に通った脚の記憶」とか、そういったものが、鍋に投入される具材のようにごろごろとたくさん含まれていて、それらをクリエイティブに対するセンスというカレールーで溶いてくたくたに煮込んで、人間関係というライスの上に流し込んだ総体としての「カレーライス」みたいなもので、その具材の部分をAIにまかせてしまうというのはつまり、ルーだけ入った高級なレトルトを持ってきて「今、自分が提供できる最高のカレーはこれ」みたいなことを言うようなものではないか?