来し方をおしはかり行く末を振り返る

出張で全国の病理医と会うたびにへりくだる。頭を下げて、心のトラックの荷台を下げて、物を積みやすくして、なにかを持って帰る。そのなにかというものは、症例検討の解説に関するこまかなニュアンスの違いとか、私が見逃していた所見の話とか、言うべきことと言わないほうがいいことの線引の話といった、私の発信にかんするリアクション、が、かつては一番多かったのだけれど、近頃はもうすこし具体的になりつつあって、大学院生をどのように指導しているか、とか、クラウドサーバの容量をどれくらいにしているか、とか、AIの契約をどれくらいの金額でやっているか、みたいな、ラボ運用の先輩の運用プロトコルみたいなものをたずねていることも多い。津々浦々にボスがいて、三千世界に中間管理職がいて、今の私はそういう人たちの話を聞いて回るのが楽しく、だから、おそらく、若い人の気持ちが少しずつわからなくなってきている。なるほどこうやって「シフト」するのだな、という実感がある。

人生のシフトレバーはマニュアルである。オートマではない。1速よりもパワフルな0.5速というギアもある。R(rear)だけでなくS(side)とかもある。前輪を切り離して有線ビットみたいに先行させることもある。そういうのを自分の判断でうまくつないで運転をする。運転するということはその場を去るということだ。運転が好きというのはつまりその場を逃げ出したいということでもある。あるいは常にどこかに帰りたがっているということかもしれない。



早期胃癌研究会の翌日が大腸癌研究会だった。どちらも研究会という名前がついているけれど、かたや、どでかい症例検討会、かたや、研究会とは名ばかりの学会である。名刺を配ってコラボをもちかけ、挨拶とともにお礼をし、先のことを考える。今のことも考えておいたほうがいいけれどできればこういうところでは先のことを考える。

先日、味岡洋一先生が亡くなった。私は、短い期間ではあった、10年ちょっとか、15年にはなっていないと思うが、人並みにはかわいがってもらった、彼は診断病理医としてすごく丁寧なことばを使う人だった。多くの臨床医に愛され、病理医からも一目置かれていた。つねに鬱の煙をふかしながら思索の奥に他者への許しと教えとをしのばせるタイプの偉人だった。過去のことを考える。過去にもらったうれしかったこと、ありがたかったもの、その瞬間には価値がわからなくてろくにお礼を言えなかったあれこれのことを考える。先のことを考えるよりも何倍も過去のことばかり考えてしまう、黙祷をするたびに、そういうことではいけないんだよと笑いながら怒られる。

若い内視鏡医とモツ鍋などを食べながら、「研究会って大事なんですね」と、10年か、15年か、それくらい前に私が味岡先生に言ったようなことを言っている若い内視鏡医とゴマサバなどを食べながら、私はなるべく先のことを考えようと、今を振り返って過去をおしはかる。

転写と翻訳の間

今季最長最強寒波、というフレーズはおそらくリズムで決めたものであまり深い意味はないんだろうな、と思いながら凍えている。暖房を焚いても焚いても部屋が暖かくならない。なんなんだこれは。もう2時間くらい暖房を付けているのに。ひさびさの体験だ。なぜ今年に限って……と思ったが、よく考えると、こんなに長い時間家にいることがめったになく、室温の移り変わりを把握できるほど部屋で過ごすことがないからではないか、という点に気づいた。事象のめずらしさというものは分子だけではなく分母もみなければ判断できない。今週、私はわりと仕事がなくて、すぐに帰宅して念入りに料理をしたり、ゲームセンターCXの動画を見たりしていた。今の職場にうつってからははじめての、だらけた数日を過ごした。理由はあきらかで、正月以降のローテ(仕事のわりふり)が軽かったからだ。学生実習がある週は仕事は軽めになってます、と説明され、はあそんなものかと思って受け入れたのだが、なんのことはない、学生実習というのは時間こそとられるものの別に精神的に大変なわけではないので、学生実習の準備にしても当日の目配りにしてもほぼストレスなく無事終わってしまい、結果として診断の割当がただ軽くなっただけだった。そのぶん、抄読会のセッティングだとか論文の執筆だとかゲラの手入れだとか講演プレゼンの作製だとかをやればいいのだけれど、「この先忙しくなるだろうからなるべく今のうちに……」というノリで、年末にほとんど寝ずにあらゆる仕事を早回しでやっつけてしまったので、ぶっちゃけ、締切が設定されていない原稿くらいしかやることがない。慎重過ぎる保険の書け方が仇となったかたちだ。仇? 逆か。仇ではないか。でも、なんか気持ち的には仇だ。こんなに余裕が出るならあのときあんなに必死でやらなくてもよかった。でも、今がこうしてラクになるということは予測はできなかった。早め、早め、念のため、先回し、先回り、そうやって安心をリボ払いみたいに小出しに配置して、結果、一括で払う何倍もの額を失っている。私は臆病だ。遅刻しないために30分前に待ち合わせ場所に到着しておこう、30分前に着くためには何分の地下鉄に乗ったらいいかな、なるほど、じゃあ念のためこの1本前の地下鉄にしよう、だったらこの地下鉄にのるためには何時に家を出ればいいが、途中なにがあるかわからないからさらに少し早めに家を出よう……そうやって結局70分前くらいに待ち合わせ場所についてしまう。近場の喫茶店を探してうろうろするのだけれど、20分くらい歩いて探して、ここぞという喫茶店を見つけたはいいが、入ってコーヒーでも頼んで出てくるまでに15分くらいかかったらどうしよう、それだと30分前に待ち合わせ場所に到着するのが難しくなるかもしれない、だったら缶コーヒーでも買って待ち合わせ場所で佇んでいたほうが気が楽かもしれないな。私は臆病だ。そういうふるまいをあらゆる仕事に対してもやってしまう。スケジュールに対してバッファを設けるということは、いいことばかりではない。そういう時間の組み方をすると、必ず、「安全のためのゆとり」の時間がそこかしこに発生する。15分とか、1時間とか、2週間とか、3か月といった単位で私は先回りをするから、結果的に、それらの時間が少しずつ余る。その余った時間はあくまで「まさかのときに備えるための時間」なので最初からあてにしていない、それ以外の時間で猛烈に働くわけだ、すると、いざ、それらの「あそび」の部分が予定通り余ったとき、そこは死腔のようになってしまう。綿密な予定を立てていない時間に、計算づくの仕事をあとからはめ込むのは難しい。クリエイティブなことに使えるほど潤った時間でもない。こうして私は人生の中に「のりしろ」として機能しない部分をたくさん有するようになる。イントロンだなと思う。とはいえ、イントロン由来のmiRNAみたいなものもおそらくは発生しているので、それは私という個体が進化の過程で落ち着いた、エネルギー安定プラトーのひとつの形ではあったと思うのだけれど、それにしても、通り過ぎたカレンダーを読んでいると、スプライシングされた日々の多さに頭を抱えることになる。

国がんの高阪先生がスプライソソーム阻害薬の夢とその実現にかかわる道程のことを語っていた。スプライシングってやっぱ、介入できるよな、とくにがんの治療においては。でもそれが正常であるかがんであるかをどうやって見分けるんだろう、みたいなことをずっと考えていた。

オタクの的

異動して4か月、仕事に慣れた、イメージとしては、これまでヤリスクロスで国道を長距離運転してきた私が、幹線道路とちょっとだけ離れたところで並走する特急列車に乗り換えて移動しているようなかんじだ。 

ヤリスクロスは燃費がいい。ヤリスよりちょっと大きくて、4駆であれば冬でもグリップはしっかりしている。いや、べつに、トヨタでなくても、ヴェゼルでもキックスでもいいのだけれど、要はわたしはそういう、ミニSUVユーザー的な「働き方」をこれまでしてきた。自分の体力が続くかぎりで運転し続ける。スマホをBluetoothで接続詞たカーオーディオでPodcastでもradikoでもなんでも聴きながら移動する。気まぐれに道の駅に寄ってもいいし、逆に夜通し走ったってかまわない。

そんな私がとつぜん電車に切り替えた。まず、走行速度が、微妙に違う。信号の数も違う。駅という概念もある。周りに人が載っている。トイレはついている。しかし自分のものではない。アナウンスがかかる。イヤホンをしないと音楽は聴けない。チケットの取扱いにうるさい。線路の外に行こうと思ったら金がかかる。寄り道するのに金と手間とアイディアが必要となる。着いた駅そのものがゴールなわけではない。

おなじ移動手段としても、車と特急とではだいぶ違う。そして、それを、私は、車を止めず、電車も走っているまんまの状態で、飛び移るように移動した。だいぶ大怪我をした。その怪我が治るのに必要だった時間、全治、4か月ということだったのだなと思う。


正月の腰痛と、ここ3か月以上苦しんでいた痔、その両方が寛解した。研究2つがひとまず最初のハードルを超え、まだヤリスクロスにいたころに依頼をうけた総説をなんとか書き終えた。研修医と共に書いていた論文を投稿、2年半以上とりくんでいた本のゲラを著者校了、3か月先までの講演のプレゼンを完成させた。すっ、すっ、と楽になっていく。私はようやく、「特急で普通に移動している人」となった。そんな人間は世の中にたくさんいる。なにも特別なことではない。そう、特別なのは、「走っている車から特急に飛び移ったこと」であり、それは目的地に行くのにあたってなんの関係もない「悪目立ち」でしかないのだ。痛みも、停滞も、すべて、私の軽率な行動にかかったコストでしかない。特急も車もたいして代わりはないのだ、だって、それは移動手段でしかないのだから。ただ私は知っている、世の中には車のオタク(どころかミニSUVオタクみたいなジャンル分けさえある)がたくさんいるし、鉄道のオタク(どころか地域の特急のオタクみたいなジャンル分けさえある)がたくさんいて、それらは別に普段は交わろうともしないのだけれど、私みたいな存在がひとりいると、その両方のオタクがいきりたって襲いかかってくるのだということを。

課金しなくても読める大儲けのコツ

燃え殻さんのlettersの登録を済ませる。月500円、安いものだ。いつか書籍になるのかもしれないし、本になったら買うだろうけれど、この日記は、毎日読むことにかなり意味がある。それがメールで届くのが、今はおもしろいことに、一番いい。ふしぎなものだ。メルマガなんてこれまでまともに読んでこなかった。クソみたいなサービスだなとずっと思っていた。でも燃え殻さんの日記は読んでしまう。

noteの課金は、末次先生と鴨さんと幡野さん。合計、月、2300円。

燃え殻さんのletterを足すと2800円。

ジャンプの月間購読料が980円。アフタヌーンの月間購読料が720円。dマガジンの月間購読料が580円。

アマプラ600円、Netflix890円、radiko385円。

しめて、月、6955円。

貯金を銀行に預けておくなんてもったいない、インフレで目減りするんだから投資をしなさい、と、よくインターネットで言われる。なるほどなと思った私はサブスクをしている。定年退職後にきちんと生活をするための、体験を今から溜めて育てていかないと、不安だ。そのときが来てから読んだり見たりしても遅いと思う。

投資は自己責任、必ず増えるとは限らない、リスクがある、と言う。しかし私が素人だからだろうか、注意を払うべき危険を見ていないのかもしれないが、文章を読むこと、マンガを読むこと、ラジオを聞くこと、アニメをみることに、どんなリスクがあるのだろう? まったくわからない。詐欺に注意。

サブスクというのは長期ローンみたいにも思えて、得だとは思えない、みたいな話もある。サブスクが管轄する膨大なコンテンツを一括で購入しようと思ったら大変だが、ローンみたいにちまちま払い続けることで、痛みに気づかずにダラダラ金を失っていく。だから損だ、みたいなことを言う人がいる。逆だろう。たとえば、250万という金額を今いっぺんに使えば、それは250万失うだけだ。しかし、250万という金額をサブスクにわけて、月7000円ずつ、30年支払うことを考える。最初の数カ月は7000ずつしか減らないが、私はそもそも、250万という金額を使うぞ! と心に決めたわけだから、この250万を、いずれサブスクに払う分として横によけておく。ただ、それを、ただ避けておくのも芸がないので、投資に使う。ここがポイントである。投資というのはリスクもあるが、うまくやると増やすことができる。つまり、250万を最初に払ってしまうなんてとんでもなくもったいないことなのだ。250万を「払ったつもり」で避けて、それをそのまま投資に出し、儲けながらサブスクで250万をちまちま払い続ければ、結果として、250万を投資に使いながら250万分のサブスクコンテンツが手に入る。おわかりだろうか? 哲学者ふうに書くと、どういうことか? 7000円分のサブスクを行いつつ、250万円分の書籍や円盤をさらに購入するのである。そうすれば、自分への投資効率を最大化することができる! 一括で250万円分のコンテンツを買えばそれは250万円分でしかない。でも、サブスクしながらさらに避けておいた250万で本やマンガを買い漁れば、うまくいけば、倍以上のコンテンツを読むことができる。倍じゃ済まないぞ。倍というのはあくまで控えめな値だ。10倍、20倍も夢ではないのだ。





ネットサーフィンをしなくなった。ブログの巡回をしなくなった。SNSをまともに使いこなせなくなった。結局Gmailが一番ほどよい。教え子からDM。試験勉強のためにインスタとTikTokとXのアカウントぜんぶ止めます! だからLINE交換してくれませんか! カジュアルな断社離(社会を断って離れること)。LINEってそういう扱いなんだ。Gmailにすりゃいいのに、と思う。LINEに比べてインターフェースが面倒。がちゃがちゃしている。返信がすっといかない。通知が飛ぶわりに、若干もたつく感じ。もっさりしている。Googleにしてこのもっさり感がよい。これで燃え殻さんの日記が毎日飛んでくる。これがよい。500円分の価値はある。いや、500円を毎月払う分の価値はある。いや、ちがう、500円を毎月払いつつ、これを燃え殻さんに30年渡すつもりでお金を避けておき、その避けたお金で燃え殻さんの本をさらに買うことで、500円を毎月払うことは、1000円、2000円、10000円くらいを毎月燃え殻さんに払っているのと同じ効果を生むのである。こんなすばらしいライフハックをすべて無料で読めるブログに書くなんて、私はどうも、商売が下手なのかもしれない。



かんじのつかいわけ

特急ライラックの窓際は少し冷えるが、一般的な家庭の窓よりはよっぽどましで、これでもきちんと断熱されているほうで、大赤字のJR北海道、がんばっているなと感じる。窓のへりに本当に申し訳程度の、ものすごく浅いくぼみというかへこみがついていて、そこにビニール製の滑り止めがついているので、缶コーヒーだとかペットボトルだとかを置くとよいという配慮なのだろう。ビニールは少し黄ばみ始めていて、昭和の時分、どの家にもたいていあったテーブルのビニールクロスの少し反り返った疾患を思い出す。

早朝の電車に乗る時は東側の座席をとるべきだ。浅い角度で入り込む朝日が、反対側の座席のほうから私の横顔に鋭角に注ぎ込んで、サンシェードを降ろしたいがその担当範囲は居眠りに余念がない知らない中年男性である。アンコントローラブルな事象がまたひとつ。自らの手で動かせないものに囲まれての暮らし、日除けくらい、さっと降ろせる場所に陣取るべきである。人事でもない、体調でもない、ほんとうに、左手ひとつで解決できたはずの、小さなトラブルを放置したまま電車が荒野を滑っていく。


昨晩、Xの、Space(音声放送)を久々に聞いた。わりと知っている人とちょっと知っている人がけっこう込み入った専門的な話をしている。ちょっと知っている人のほうは、自らの興味のない話題に対して、まったく掘りさげようとしない。それがおもしろい。自分がかかわっている話、自分がかかわっている人間たちの話は、問われなくてもたくさん語るのだけれど、自分の守備範囲のちょっと外にある話にはいっさい手を出さない。キッカーが足を振り抜いた瞬間にもう横っ飛びすることをあきらめているゴールキーパーのようだ。そのほうが生涯年収が高くなるんだよ、と、村を長年仕切ってきた古老が言いそうだ。古老? 古くない老いがあるだろうか? わりと知っているほうの人は、違う。自分が興味をさほど持っていない話であっても、ひとまず、相槌で対処をはじめる。だまって聴く、あるいは、相手がしゃべりやすいように聴く。そのうえで、すべてに納得したふりをすることもなく、きちんと感想を述べる。きちんとしているなあ、と思う。そのほうが、生涯年収が高くなるんだよ、と、村の真ん中にそびえ立っている大樹が言いそうだ。そびえ立っている? そびえ立たない大樹があるだろうか? あるか。

ポッドキャスト「いんよう!」の続きをやろうという話が少しだけ出た。いつかはわからない。いつかの話だ。

さあ、豪雪の札幌。外勤、いくつかの買い物、何度かの飯。そのままだと離れて蒸発していく熱力学にあらがって、動き、話し、はたらき、考えて、聞く。この中ではおそらく、聞くことが一番むずかしい。それは、聴くよりもはるかに難しいことだと、私は思っている。

コピーライターの胸の内

知らないことが多くて日々謙虚に学び続ける。それはまあそういうものだろうと思う。一方で、「よく知って、満たされてしまった」みたいな顔をしてミドルエイジ・クライシスに陥っている知人・友人がけっこう多く、おう、すごいな、と感じる。

でもこの「すごいな」の感情を、単に「無知の知」みたいな言葉で語り始めると、ぜんぜんおもしろくない。どちらかというと、その、クライシスのほうにいたかった……という、わりと切実な願いを言う自分が、心の一部でときどき存在感を出してくる。つまり「すごいな」は、ある程度は「あきれた、すごいな」なのだけれど、ある程度は「心底、すごいな」でもある。これらをどちらかに振り切ることなしに、時間をかけて、じくじたる感じで、順列を見出しながら語ってみたい。でもそこで「無知の知」というフレーズを出してしまうと、これが内包する過去のストーリーとか体験をある程度省略して、これが外装する影響とか支配力みたいなものに思考が絡め取られてしまって、それっきりどこにも進んでいけなくなる。

故事成語とか慣用句の類が早期に出現する話題というのは、類型に彼我をはめこんでいかなければならないというか、責任という薪をくべて焦燥を燃やしていく感じというか、そういうのがどうにもいたたまれない。誰かがすでに言ったことを大事に参照していくというのは、ほんとうにとてもすばらしいことなのだけれど、それを参照するときに、「あせって、急いで、結論に一足飛びに行こうとする」ととたんにつまらなくなる。できればそれらのフレーズが生まれるに至った流れ、その形でしか語れなかったような複数の意図のベクトル、それが25種類あるならば25次元の、25000種類あるならば25000次元のデータを、AIなき時代にいかに圧縮するかと、猛烈な量の人間が思うと思わざるとを問わずに試行錯誤した結果、数字という風雪にけずられて風化した荒野の大岩のような決定的な言葉の塊が、元からそこにあったかのようにそこに残って、そうやって出てきたのがたとえば「無知の知」みたいな言葉だなと私なんぞは考えてしまう。そんな言葉を用いて無事圧縮できてしまった複雑系を、たとえば逆回しで、次元圧縮を解くように、ハッシュ化を解除するのと同じで基本的には困難なはずのことをやってみるというのは、相当、慎重な人がやらないと、誰かがすでに言ったことを大事に参照したことにはならない。私なんぞはそう思う。

でもまあ一般的に、キャッチコピーあり、リードコピーあり、ボディコピーがあったとして、参照されるのはキャッチコピーの部分ばかりでせいぜいリードコピーまでだろう。ボディコピーまで参照してくれる慎重さを見ることはとても少ないし、まして、そのコピーライターが参照した数々の資料、会議室にぶちまけた書類の数々、プレゼンでボツになった複数案のそれぞれ、壁打ちAIとの会話内容、そういったものにまで思いを寄せて、コピーとその裏にひそむ膨大な試行の数々をひとつひとつ開けていくような手さばきを見ることはほとんどない。

ほとんどないが、たまにある。それはすばらしいことだ。世の中はたいてい、「ほとんどないが、たまにある」でできていて、その「たまにある」を探しに行くために、わりと手間をかけなければいけないなあということをよく考える。


由来はダジャレ

Windowsにそれなりに搭載されているBingの機能として、ああ、そうそう、Bingというのを毛嫌いする人もかなりいるのだけれど、こういうのを嫌だという人の中でBingの本質的なヤバさに到達できるほどPCで込み入ったタスクを運用している人というのはほとんどいなくて、はっきり言って気にしなくていいと思うのだけれど、ともあれ、デスクトップの壁紙を毎日切り替えてくれるというのがある。その名も「Bing壁紙」。悪くはない。むしろ良い。わりとずっと使っている。しかし、最近、気に食わない。Bing壁紙は、冬になると、「きれいな雪景色」であるとか、「氷山」であるとか、「シロクマ」であるとか、「広大な山、葉っぱのすっかり落ちた木々」みたいな画像を選びはじめる。アホか。それがきれいに思えるのは夏までだ。冬の殺意に満ちた寒さと暴風雨をしのいでしのいで、ようやく出勤して、全身ガリガリ君みたいになって、体表の水気を切りながら、コートの裏側のかろうじて濡れていない部分を用いて指を覆ってPCの電源を入れて、開いた壁紙が一面の雪って、なんのいじめなんだよとマジで毎日思う。Bing壁紙はクソ。このブログを読んでいるすべての人にまったくおすすめできない。夏はまだしも。冬はだめ。冬のBingはだめ。Bingはだめ。新垣結衣「ふ~ゆ~の~Bingは~、雪~のよ~うな物の怪~、降る雪が全部~、Bing壁紙なら~~~許さない」。ちなみに今のメルティキッスのCMは新垣結衣ではないです。



冬はうんざりするので小説が読みづらい。そこでエッセイとかコラムを読みがちになる。今はブルボン小林のコラムを読んでいる。書籍とか小説とかエッセイとか句集などの「タイトル」だけを見て考えていく、『ぐっとくる題名』シリーズの新刊が最近出た(『グググのぐっとくる題名』という)。おもしろい。SNSのアカウント名にも言えることだな、などと、連想に棹さすことなく安直にゆるゆる読んでいる。

SNSのアカウント名。

自分でいうのもあれだが、「病理医ヤンデル」というアカウント名は、ブルボン小林のいう「二物衝突を用いた命名」の最たるものであったし、輪をかけて自分でいうのもあれだが私の生み出した名の中では群を抜いて「うまい」と思う。「病理医という言葉に何をかけ合わせるとアカウント名として伸び上がるものになるだろうか」と考えた、30代なかばの日を思い出す。

そもそも、病理医という単語自体、【「病」と「医」という本来は対置されるものを「理」でむすぶ】というコシャクな構造をしている。また見た目もやや不利だ(何に対して有利・不利かはともかく、ばくぜんと不利なのだ)。画数的にやや多めでぱっと見が黒く、輪郭的に病という字はトゲトゲとしていて転がすと絨毯にひっかかる感じがある一方、理と医は活字のかぎりでは「四角い」。つまり意味を連結させない「字面」だけで、病理医という単語は、破損の気がある剛体というか、年季の入ったトタンのバラックのようなイメージがある。このためか、病理医を最初にもってきた文章・フレーズは、うしろに何がやってこようとも、古びたイメージ、硬いイメージ、独自の理屈で時を重ねていそうなイメージ、コミュニケーションを若干こばむイメージなど、総体としてややネガティブな印象を与えると私は感じた(例:病理医の仕事、病理医のリクルート、病理医のキャリア、病理医の年収)。ただ、このネガティブは、まっすぐそのままのネガティブではなく、まず、「医」という一字によっておそらく揺さぶられる。「医」というからには病理医とは「お」と「様」のつくしっかりした仕事なのだろう、とか、人を救うための装置なのだ、といった、ゲスい敬いを強要するタイプの要請が、病理医という三文字の最後の「医」によって、最前列の病という言葉のトゲやいらつきと衝突しながら出動する。「病理医」と目で読むための0.05秒、もしくは口に出して音にするときの0.15秒で、病がポールポジション、医がそれに遅れて3位で飛び込む、この前後関係は衝突を内包している。さらに、病の真後ろのスリップストリームに入っている「理」、ここがまた、喧騒で猥雑な衝突に対して「説教」のように作用するのが、私からすると、正直に言うと、ぶっちゃけ「迷惑」であった。病と医という字のそれぞれが異なる平面上で別個に内包していたどことなくアンダーグラウンドなイメージを、「勝手にそのように解釈してはならない。」とまっすぐ矯正してくる目、もしくはゲンコをはーっとやりそうな融通の効かない教師のゲシュタルトが、この単語をどのようにも「ゆがめて解釈してはいけない」という圧として、病理医という単語全体を身動きのとれないような歯がゆい方向に手引きしている。

かように、病理医という単語がそもそも二物もしくは三物衝突的である。そこにさらに何を加えたら、うるさくなりすぎず、しかし病理医という単語自体に乗っ取られない程度にイメージをずらすことができるだろうか? 私は理屈と感情それぞれをあまり封殺させないようにしながら毎日考えた。

結局、カタカナの、軽率な、形状として三角形らしさが強い、「やんでいる」ではなく「ヤンデル」、語順とかイントネーション的には人名と読めなくもないくらいの単語を配置することを私は選んだ。この単語の由来はダジャレが60%くらいなのだが、この、「ダジャレと60%くらい相同の理屈」を、私はどこか信頼している。ダジャレ100%が持っていない迫力のようなものがダジャレ60%にはある。

探し当てたヤンデルという文字列は、直前の病理医という言葉の言霊と150度くらいズレて全体としてなにか異様な雰囲気を醸し出す。「病理医」という言葉の中でじつはもっともネックとなっている「理」を少し茶化す役割があり、一方で、だからこそ余計に理を強調するような、思春期の面倒なオタクみたいな両面仕草、ここにもうひとつの衝突が起こる。頭から読み下すと、「病なのに医なの?」という違和が0.25秒くらい生じて、それを処理し終わるか終わらないかといったタイミングでさらに「医なのに病んでいる? あっでもこれって単なる人名? イントネーションは? ガンダムといっしょ? それともハンドルといっしょ?」というように、違和によるサイドブレーキと、ミームとの邂逅がもたらすフットブレーキ、この2つのブレーキがかかって、がくんがくんと多重の衝突が生じる。それが病理医ヤンデルという組み合わせがアカウント名として機能するために必要な理屈であった。

(※今、ミームとの邂逅がもたらすフットブレーキと書いたが、これはつまり、ミームの体験が少ない人にとって病理医ヤンデルという字面は、私が想定している「含み」ほどには機能しないことを意味する。このことはむしろ私が意図していたことで、私は自分のアカウントをそもそも「わかる人向け」にチューンしたかった。広く万人に刺さるような名称だけは付けないと決めていた。それはポリシーというよりも広報・リクルート上の都合であり、病理医というのはそもそもオタク仕草をわかっている人がなるべきだというかつての信念がかなり影響している。この信念は「かつて」と書いたが、じつは今も私の中にけっこうきちんと香りを出し続ける古びた匂い袋のように残っている。)


ブルボン小林のコラムを読んでいると、世にあるたくさんのプロダクトの「命名」にも、たいていの場合さまざまな戦略を「後から/外から見出す」ことができるなあと思っておもしろい。私の場合、生涯で「これはいい仕事だったな」と思える命名というのはたったひとつ、「病理医ヤンデル」だけで、ほかのたとえば書名であるとかブログのタイトルみたいなものはそこまで機能していないんだろうなと思っている(それらが嫌いなわけではない。ただ、幾重にもからみあう生物みたいな構造を説明できるのは「病理医ヤンデル」だけだ)。そして、この病理医ヤンデルというフレーズが、もともと理屈先行で編み出したものではなく、基本的にはダジャレの延長でぽんと出てきて、その字面を見ても意味を見ても、ああ、これ、ダジャレだけど思った以上にいい名前だなとなったという「順番」は極めて重要だと思う。ダジャレによって生まれたものを、理屈によって「採用」する、この採用という動きにおいて私は病理医ヤンデルというアカウント名にいい仕事をしたなと思う。でもあくまで「採用」にすぎなくて、誕生の経緯はダジャレだったんだよなということもきちんと覚えておかなければいけない。

関係ないけどブルボン小林と古賀乃子がかつてやっていたポッドキャストのタイトルは「採用ラジオ」だったという。まだ聞いていないがそのうち聞いてみたい。

さようならSNS医療のカタチ

医療におけるコミュニケーション・エラーを解析し、すこしずつ解きほぐしていくことを目的として、2018年から活動していた「SNS医療のカタチ」は、2025年をもって「やさしい医療のカタチ」と名を変えた。

少なくとも私たちは、現在のSNSに、医療コミュニケーションの要としての役割をあまり見ていない。

現在のSNSは狭くて深いオタクのツールである。というか、そもそもインターネットというものは、たこつぼ同士をつなげるネットワークだったわけであるが、それが2011年の初頭くらいから2020年代の前半にかけて、妙な万能感を伴いながら、人類のあらゆる活動にちょっかいをかけた(北海道弁でいうと、ちょした)。この間、SNSはいわゆる「確変状態」であった。何をするにもSNSをかませない手はない。あらゆることがSNSで増幅された。

しかし最近は違う。ブームは過ぎた。特別なものではなくなったし、その効能というかご利益も、限られた側面以外は摩耗した。

感染症禍に対する集合知も安定し、リアルイベントも問題なく行えるようになった今、SNSを過度に強調してオンラインでのスピードと伝播力に、(本当はブロードな発信の専門家ではない医療者が)期待を込めることはもう、しなくてよいと思っている。

SNSという言葉をはずそう。私たちは、そう考えた。では、そこに、代わりにどんな単語を、どんな思いを入れるべきか。

あまり多くの選択肢を検討することもなく、私たちはそこに、「やさしい」という言葉を入れるに至った。

人目を惹く力としてはむしろ悪手のようにも思う。幼稚園児でも分かる言葉、コピーライティングの魔力をほとんど持たない無味な言葉、それが「やさしい」ではないか。そして、その、「やさしいという言葉が脱色されてしまうような現実社会」において、なおあえて「やさしい」を掲げることに、私は浪花節にも似た湿った情念を感じた。

いい名前ではないか、と思った。私たちは今、「やさしい医療のカタチ」のメンバーなのである。私は今、「やさしい医療のカタチ」に属している。




映像研には手を出すな! の第10集について、離れて住む息子と、一瞬ではあったが熱く感想をぶつけ合う瞬間があった。「最高だったよな」「うん最高だった」「うん」。私は彼と、あそこがよかった、あれがよかったとは言い合わなかったが、少なくとも一箇所、おそらく、彼も私も感じ入ったセリフというのがあった。それはこれだ。

「わざとバカになるな!! それは人間の複雑さを考えたくないだけだ!! 人間のことで考えるコストを減らすな!!」

ものすごい。おそれいった。何度読んでも泣けてくる。



私は、「やさしい医療」という言葉に対して、わざとバカにならないようにしたいと思った。人間の複雑さを考え続けたいと思った。人間のことで考えるコストを減らさないようにしようと思った。私は、いちどは人前に出るのをやめ、SNSもやめ、病理医ヤンデルという存在であることもやめたのだけれど、結局こうして戻ってきて、なんだか恥ずかしいなという気持ちはけっこうある。しかし、この件に関して、わざとバカになるのではなく、複雑に選び取っていこうという決意をした。私は、病理医ヤンデルでいられなくなった理由を今もきちんと説明できる。その上で、あらためて、病理医ヤンデルに戻って医療におけるコミュニケーションのことをきちんと考え続ける、たくさんの人を巻き込みながら考え続ける場を用意する、そういう仕事を、きちんとやり続けていかなければいけないんだと自覚した。そして私はいい年であり、数々の学会で、少しずつ上のほうに、まだ中段やや下くらいのところにしかいないけれどそれでも少しずつ少しずつ上のほうににじり寄っていくべき立場であって、そうやって、「病理医ヤンデル」を装備したまま医療界の中で発言権を増やしていくことは、おそらく、パブリックのためになるのではないかという、私にとってちっともやさしくない鋼の信念を研いでいる。

追加免染

講演をしたら、質疑応答でとてもありがたい質問をいただいた。


「お話はおもしろく、私もこれからそういう目で病理を見てみようと思いました。ただ、先生と同じように検討するためには、 すべての病理標本に対して、CD34とかα-SMAのような免疫染色を毎回やらなければならないということになるでしょうか。日常診療で、そこまでやることは必要でしょうか」


質問そのものも興味深いのだが、この質問からにじみ出てくる病理医の仕事風景だとか周囲との関係といったものに、質問とは違う部分で答えてみたくてしょうがない。

しかし、いただいた質問とはぜんぜん関係のない方向の返答をするというのも気が引ける。

いい質問だなあ、と思いながら、とりあえず当たり障りのないところから回答した。


「ありがとうございます、やらなくていいです。日常診療で大事なことは、オタク心を満たすための細かい検討ではなくて、取扱い規約に書かれているチェックリストを過不足なく埋めること、それを長年にわたってぶれずに続けること、その一点です。CD34とかα-SMAなんてものは染めなくてもかまいません。病変の診断とは関係のない、動脈血流や毛細血管の血流などについて、類推を深める必要は、少なくとも病理診断報告書に含める必要は全くありません。これらは、病理検査室が義務として背負っている診断に対して資するところがないからです。

あくまで、研究的に、あるいは興味があって、この領域においてルーティンの診断以上のことをやりたいと、個人的に強く思った、あるいはそのような依頼を受けて深堀りする必要が出たときに限って、追加の免疫染色を染めていただければいいと思います。

ちなみに、これはご質問とはずれますが、私は、この領域にオタク的な興味があるわけですけれども、じつは今は、CD34もα-SMAも、染めなくてよくなりました。染める必要があまりありません。なぜかというと、私にはこれまでCD34やα-SMAを染めてきた経験があり、それらがどういうときにどのように陽性になるのかを、H&E染色から類推できるようになっているからです。すなわち、現在は、『他人に説明する目的』でCD34やα-SMAを便利に用いていますけれども、『自分のため』にはCD34もα-SMAも必要なくなっています。

これは、私が本来の病理検査室に許された職務や使っていい資源を、これまで少しずつ逸脱して、学究的興味を満たすためにいろいろ余計なことをやってきた蓄積があるからかなとお思います。ほめられたものではないです。私はCD34やα-SMAを必要以上にずっと染めてきました。ほめられたものではないですし、他人に推奨するものでもありません。ただ、今回お話したこの領域に限らず、どこかの領域で自分の疑問を解決するために何かを深堀りしたいと思ったならば、そのときは、ある程度の期間を定めて、CD34やα-SMAを全例に染めていくというのも、ひとつの手ではあると思います。

ただ、繰り返しになりますが、CD34やα-SMAを、日常診断に掲載して臨床にコメントで返すというのは、私は違うと思います。あくまで研究的興味としてやる、臨床からの依頼としてやる・そのときはきちんと研究費などを受け取る、もしくは自分のワガママでやる、というスタンスでよいのかなと思いました」


ブログで書くことでもないが、あとで自分で見直してまた考える気がするので、このまま置いておく。

世界は言葉だ

体の回復の曲線、ここから登りが緩やかになるとは思わなかった、ちょっとがっかりしている。2日に1段くらいずつ、「一昨日よりは前屈ができるな」、「一昨日よりは早く歩けるな」といった感じで治っていっていたはずなのだけれど、この4日くらい、さしたる改善がない。ずっと腰痛のままだ。硬さはほぐれない。力が入り切らない。端的にこれは「老い」だ、そう、汎用されている単語をすっとあてはめてみて、そこになんの違和感もない。既成の概念で片付けてしまえる問題というのはじつのところ、持続的なストレスにはなるが、心を砕くほどの命題でもない。中高年の誰もが持っているデフォルトの諦めみたいなものを私も体感しているだけのことなのだ、そう、へんな方向で自分をなぐさめるようにしている。


「延々と、を永遠と、と誤用するのはモヤる。馥郁たる香り、を、ふくよかな香り、と誤用するのもモヤる」というポストを見た。前者はわかるが、後者はよくわからない、「ふくよか」な香りというのは私は存在するように思う、それは、馥郁とは異なるニュアンスで、だ。「厚みのある香り」という、言いたいことはわかるが香りという単語との食い合わせがあまりよくないフレーズに満足できなかったときに、「ふくよか」という単語を代わりに持ってくることに、私はそれなりに納得感がある。「ふくよか」は、決してズレなく説明しているわけではないんだけど、どこか重層した感じと、やわらかく受け止める感じと、弾力、それと善の雰囲気、そういったものをまとめてまとった言葉は、「厚み」よりも適切なのではないか。AよりもA'、AよりもA''、そうやって微調整をかけながら言葉を探していく、その途中でたどり着く暫定解として、「ふくよか」はありではないかと思っている。


何につけても言えることだ。ドンズバの解答でスッキリ、というものばかりではない。これかな、これに似ているかな、これと似てはいるけどどこかまだ満足はできないな、そうやって、ある事象を眺め、その輪郭を指でなぞり、一部はどうもなぞれないなあと、境界のはっきりしない部分を予測でトレースなどしつつ、その事象の輪郭を生み出した「クッキーの型」のような概念を探して、この星型が近いか、この花型が近いかと、事象の近くに型であるところの言葉を持っていって、見比べ、ときにぐっと指でおしてはめ込んでみて、入らないなとか、入るけどきゅうくつだなとか、そうやって試していくうちに、その事象を生み出す原理みたいなものは結局わからないのだが、その事象をより深く理解できるというか、決着はつかないのだけれどそれにコミットした歴史が長くなっていくというか。


「世界は言葉だ」みたいな文章を読むと、そこからはみ出たワガママな違和のつぶつぶを浴びて全身が銃創だらけになる。世界は言葉ではない、そして、言葉はいいセンは行くのだ。だから、これにはこの言葉だ! と言いたくなる瞬間が人生の中で何度も訪れる。そのほとんどは、それっぽいんだけれど、じつはそれではないのである、ただし、それではないからといって、それが用をなさないかと言うと、そういうことでもない。それではないのだが、それとしておくと次の展開がスムースだったり、それとしておくことでほかが落ち着いたりはするのだ。でも、世界は本当は、その言葉なんかではないのだ。そして、世界はその言葉で表してもそこそこ動いてはくれるのだ。

がんばりました

成瀬の聖地である大津に来たが今のところそんなに成瀬成瀬していない。もっと等身大のポスターとか顔はめパネルとかあると思ってたのにな。成瀬はおもしろいからみんな読んだらいいよ。あれは長めの教科書だと思う、偏って胸を張るタイプのすべてのまっすぐな思春期にきちんと刻印されるべきよいテクストだと思う。

さて、滋賀県でのお仕事だが、放射線科医相手にしゃべるのはいつも緊張する。私はおそらく、病理医として、放射線科医を「リスペクト棚 」のかなりいいところに飾っている。だからそこに向かってしゃべるときはいつも全力以上のものを出さなければいけないと奮い立ってしまうし、なんなら、病理医が見ているものだけでは放射線科医たちは満足しないのではないかと、いつもある種のあきらめみたいなものを感じていて、しゃべり終わるといつもなんだか「負けた」という気持ちになる。勝ち負けではないのだとしてもこの「負けた」が、青春とは異なり終わりのない中年の人生にとってとてもいい刺激になるのだ。

それと、これは本当に卑屈とも傲慢とも違う達観みたいなものだと思うのだけれど、我々(放射線科医と病理医)は、最終的にはうまくマージできない、水と油なのだろうな、という確信みたいなものがある。だからこそ、互いに臨床に対して無二の存在感を示し合う。結婚はするのだけれど必ず離婚する、でも、一生忘れられない、前世からの腐れ縁みたいなめんどくさいカップル関係に似ているのではないか……ということをわりと本気で考えている。


というわけで放射線科医相手の講演が終わった。とても疲れた。あいかわらず時間どおりに話が終わらない。落語家とか講談師のような、練りに練ったストーリーテリングの才能があれば、これだけナラティブな語りでも時間どおりにきっちり収めることができるのだろうけれど、私はどうもはみ出てしまう。はみ出て、余計なことをたっぷり語り、本筋が脇道によって塗りつぶされてしまう。正ヒロインがモブによってかすんでしまう。そういうしゃべりだ。反省は多い。思わずPCを開いてしまった。がっくりとしている。がんばったんだけどな。不完全で、未熟。不格好で、無骨。だからこそ、なんだかへんなやつだなと思って覚えていられる、あるいは印象だけ残して内容は残らない。しかしまあ何度も呼ばれるのだ。それはありがたいことだと思う。でも果たして、予想を裏切り、期待は裏切らないような講演をできたかどうか。なんだかもう、よくわからない。印象には残るが記憶には残りきらないという、いまいちな講演者。あーつっかれたなあー。


市原先生って、ヤンデル先生ですよね! あの! なんか聞いたことあるなあと思って検索したら出てきましたよ! アッハイ……ソノ……ドウモ……。懐かしい匂いがした。海辺の花時計。情報交換会中ってもっと、食べれると思ってた(ケータリングを)。私はずいぶんあちこちで目立ってきたから、今こうして、ひかえめに、やれることをやっているだけの人間に戻ったつもりでも、呪いは消えないし、咎は浮き出るし、SNSは私をいいほうにいいほうにどんどんひっぱっていく、もう何もやっていないに等しいんだけどな。15万人以上いたフォロワーもちりぢりになってしまった。でもあいかわらず、学術講演をすると、そこにはかつての私のフォロワーや、かつて私がやった未熟で不格好なマグマみたいな講演を聞いてなんか変なものを感じ取った「私の同類」みたいな人たちが、話しかけてくれる、名刺を受け取ってくれる。そういうのを見ながら私は、ああ、もっともっと、うまくしゃべれるようになって、病理学の、形態学の、背骨をわしづかみにするような、そういう講演をできたらいいのになと、頭を抱えて枕をかかえてベッドをかかえてぐしゃぐしゃに握りつぶしてびわ湖大津プリンスホテルの従業員にやめてくださいとなじられることになる。

食道はどうした

『胃と腸』という雑誌があって、小学生くらいにこの雑誌の話をすると40%くらい爆笑され、60%くらい「は?」って顔をされるのだけれど、これを毎月読んでいる。内容はときどきおもしろい。わりとつまらないこともある。とっくに知っている話もあるし、なんだか古いなって感じる話も載っていることはある。でも、毎月読んでいる。執筆者たちの1/3くらいは、顔と声が一致する感じなので、読んでいると勝手に音で聞こえてくる。

原稿はいわゆる「依頼原稿」だ。体裁は論文なのだが、編集委員とよばれる人たちが、すでに何かを成し遂げた人や、その弟子たちに、立場と原稿料とを渡して、その業界のトピックスを書き起こしてもらう、というものなので、査読が入るとはいえ学術論文とはちょっとニュアンスが違うように思う。

口さがない人々には、「日本語総説なんて読むだけ時間の無駄」と言われたりもする。ただ、「消化管を専門とはしているけれど、消化器内視鏡医でもないし、外科医でもない人間」である私にとって、母語で隣の領域のニュアンスを定期的に「語られる」場があるというのはありがたい。「事実」(笑)を知るのは大事だが、「事」が実際にどのように語られているのかを知るのも大事なのではないかと思う。


というような私のスタンスは過去にも書いたことがあるのだけれど、今日はこれを前置きとする。胃と腸を読んでいたら気になる記事が出てきた。重症の大動脈弁狭窄症(心臓の出口のひとつが狭くなる病気)を持っていると、胃腸からじわじわ出血することがあり、心臓の治療をすると胃腸の出血もおさまる、というのだ。

https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2023/10/press20231019-01-catheter.html

2023年の記事だから、たとえば心臓畑の人とか、消化器内科医などはとっくに知っている話なのかなとは思う。しかし私は知らなかった。病理医は手術や検査などで「とられてくる身体の一部分」を見るのが仕事の大半であるが、その一部分というのはすなわち「細胞」のことであって、血液とか画像とかはあんまり見ない。だから、心臓の調子がどうとか、血管の出口(だか入り口だか知らんが)の狭さがどうとか、血液の濃さがどうとか、中にふくまれているホルモンやサイトカインがどうとか、生化学的検査がどうとか、血が出て止めましたとか、傷がひらいて閉じましたみたいな話をあまり通過しないまま日々を過ごしている。だからこの、「心臓の病気をもっていると胃腸からじわ出血する」という話には、日頃まったく関わることがなかった。

心臓と胃腸だ。関係あるといえばある。それはそうだろう。胃腸だって血がめぐっているのだから。しかし、心臓の出口に異常があると胃腸から出血するというのは、私にとっては、たとえて言うならば、「首都高で渋滞が続くと群馬県の農村でバイクが田んぼに落ちる」みたいなニュアンスなのである。そこはさすがにつながらんでしょ、というくらいの精神的な距離がある。


話をじっくり読んでいくと、心臓の出口の部分で交通渋滞が起こるとき、止血の機能がそこで異常にはたらいてしまって、血中のフォン・ヴィルブランド因子がたくさん消費されることで、全身の出血傾向がじわりと上がる、という話がまず出てくる。でも、それだけで話は終わらずに、小腸などの粘膜に「血管異形成 angiodysplasia」と呼ばれる異常な血管がたくさんできてしまうというのだ。ここが、スッとはつながらない。さきほどの例え話でいうと、「交通課の警官が首都高にたくさん駆り出されて人員が不足すると、田舎の農道の舗装がおかしくなって獣道がたくさん増える」みたいなことになっていて、えっ、それは警視庁交通課の管轄じゃなくて国土交通省じゃないの? と疑問に感じる。


研究は当然今も進んでいるし私はそれ以上の話をまだフォローアップしていないのだけれど、血管というのはけっこうホットな話題である。世界的にはずっとホットなのだろうが、私、あるいは病理医にとっては、この10年で急に盛り上がってきた話題なのだ。なにせ、血管というのは顕微鏡でみるのがむずかしい。塊状のものはナイフでカットして断面をみるといろいろ情報が増えるのだけれど、糸状というか管状のものは、ナイフで切ると「輪っかになった断面しか見られない」のでかえって情報が減る(気がする)。まして、血管がにょきにょき伸びたとか縮んだとか分岐を増やしたみたいな話は、断面の観察では一番検討がしづらい話題なのだ(盆栽の枝の美しい張り方をしらべるのに、枝を切ってはしょうがないだろう?)。


なにをいいたいかというと、私はぶっちゃけ、病理医という立場で、心臓関連の話題にたくさんの労力を注ぎ込もうとはあまり思わないし、消化管の病理は得意だが消化管出血は「私とは関係なく臨床医のみなさんがんばってください」という立場であった。しかし、こうして、2年半以上遅れてではあるけれど、そういった「あまり自分が明るくない領域の話」を斜め読みすることで、「あっこれ俺も興味あるな!」という、心の中で興味がじわじわ育つような体験をできているのはひとえに、「日本語の総説で、自分の興味が微妙にかすりそうでかすらない領域の話を気軽に読める」からなのかなと、まあそういう言い訳をしながら、本当はほかにやるべきことがたくさんあるのに今の自分と直接は関係しないような話の書かれた雑誌をもくもく読んでいる。

御家老

登壇の依頼があり、断りたいと思った。しかし恩人からのオファーである。これまで論文やシンポジウムなどでさんざん世話になっており、ここで断るのは筋が通らない。ほんとうは別に予定が入っていたのだけれど、その、別の予定のほうをリスケジュールして、登壇を引き受けた。それはよかった、と書かれたメールに、発表の時間は12分くらい、とあり少し体から力が抜ける。まあそれはそうなのだ、ふつう、学会というのはそういうものなのだ。しかしこれに登壇するためにほかの予定をわきにずらして飛行機で日帰りするかと思うと視野の時間分解能が低下する。いまさらぐだぐだとあれこれつぶやいても詮無きことだけれど、よく考えると、そもそも私の仕事はすべて恩人からのオファーなのであり、仕事をくれる人にはみな大恩があるのであって、「恩があるから断れない」というならそれはつまり「仕事は断れない」という意味になる。三宅香帆のベストセラーをずたずたに破って石狩川に捨てるような振る舞いだなと思う。正月に傷めた腰が不気味な音を立てる。

語られ尽くしてきたことかとは思うが、現代社会は、いろいろ回って回りすぎて「逆に」、仕事ひとすじに人生を投じていきたい人間に対するケアが足りない。いや、違うか、こちらからケアなんぞ要るかとかなぐり捨てて好き勝手な暮らしをしているのだから今更そんなダブスタなことは言ってはいけないのだろう、でも、ケアまではいらないにしろ、「瞬間的な手当」くらいはあってもよいのではないかと思うのだけれど、私は少なくともこうして仕事に全振りした生活をしている間、ずっと、なにかにマイルドに怒られ続けている。「そんなやりかたで辛い目にあったって自業自得だよ、だってワークライフバランスでワーク=ライフにすればバランスは完璧とか言ってきたでしょ、それでいまさらライフがしんどいって言ったってそりゃだめだよ」みたいなことを延々と言われ続けている。「わかるよ、休みたいよね」みたいな優しさは世に満ち溢れているのに、「わかるよ、働きたいよね」のひとことはめったに見ることがない。今も思わず指先のAI自動運転によって紡いでしまった言葉だけれどまさに「自業自得」ということを言われて言われて言われすぎて、もはや自業家の長男の自業ジトクです(SFマンガではっきり日本っぽいネーミングなのに下の名前だけカタカナにすることで安直に未来感を出そうとする私のわりと嫌いなスタイル)。

編集部から心配をあらわにしたメールが届いた。原稿は大丈夫ですか。ずっと働き続けているのに進捗が進んでいないのだからもはや絶望するしかない。こっそり遊んでしまっているならばまだ進捗を取り戻す算段も付けられたのだが。ああ、私は、ここに及んで、もっと遊んでおくべきだったなあと後悔する、もし、もっと遊んでおけば、今こうして原稿の催促が来たとして、遊びをうっちゃらかして仕事に全振りすることで原稿をすいすい進められたはずなのに。

おしょうかつ

腰がピキとなってしまい横たわっている。モルックはよくなかった。バドミントンはもっとよくなかった。根本的に運動不足であり、なにもかもが撃鉄になり得た。身体は不自由で、不如意で、心は身体に牽引されているから、散歩の下手な犬の飼い主のように、引きずり回されて靴の踵を減らしている。酒を飲んでも90分くらいで眠くなってしまうかと思うとあまり酒に集中できない。飯を食っても25分くらいで眠くなってしまうかと思うとあまり飯に集中できない。 

仕事以外のなにもかもに対する持続力を失っており猛烈に老いを感じる。

強い風が吹いていて、上空を細切れになった雲が滑るように飛び散っていき、その更に上で腹を銀色に光らせた航空機が雲のハードルを越えていくかのように視界を横切っていた。泉質、ナトリウム・カルシウム‐塩化物、と書いてある。それってつまり塩と石灰ではないか。海水が地下水と混じればだいたいそのへんの物資は必ず入るだろう、つまり、この温泉には、温かい以外のとりわけてなにかがあるわけではない。硫黄もなければ炭酸もない、そんなただの湯に漬かって私は仕事をやめる直前に行ったキャンプのことを思い出していた。中学のときの同級生は、私をゴルフに誘いつつ、私が転職をすることを止めるでもなく応援するでもなく、なんとなく他人の距離感で感想を述べてくれていて、私はそれがまるで、温まった地下水に過ぎない温泉のように心地よく感じた。心地よい、とはなんとも不思議な言葉だ。心は地についてはじめて快となる、という説得力がにじみ出る。


猛烈な風がすべての雲を吹き飛ばしたあと、空は夕陽の受け皿を失って、赤くなれずに急速に黒の階調を高めつつあった。小括が終わればまた仕事。飲み干せば酔って眠くなる、それが悲しくて、思わず叩きつけたエールビールの小瓶にパキと日々がはいった。

めちゃくちゃたくさん飯がデリダ

ライプニッツってすごいよな。名前にプニッが入ってる。SNSみたいなことを言うね。暮らしが文字でできてるタイプのこと言うじゃん。なんとなくそういう会話を文字でやった。飲み屋でやったらだいぶ厚みのある話になったんだけど、残念ながら、私はもう、飲み屋で雑談をする習慣というのを失ってしまったので、たまにこう、DMなんかで、みずからのDIP関節より先の部分の人間性だけでやりとりをして、送信も受診もじぶんの背骨には近づけない、みたいなタイプのコミュニケーションだけをして日々を楽しく暮らしている。

教え子のひとりからひさびさに連絡がきて何かと思ったら「年末年始、札幌にいるんならうちらが働いてるガルバに来い」みたいなお誘いで、勘弁してくれと思った。なんでこの年になってガルバルディβのメンテナンスをしなければいけないのか、意味がわからない。ひとまず返信をする。「お若いの それをしまってくれんか 私にはまぶしすぎる(ラピュタ)」。するとすかさず返信がくる、「なにそれぜんぜんわかんない」。Zガンダムはわかるのにラピュタはわからないのか。まったく、最近の若者はなんでも縦割りSNSだからな。



文字の中で醸成されていく思考を見ていると、日本国内でいちばん高い山が富士山、みたいなことを考える。山の高さというものは、私の理解の限りでは海面からはかるはずだが、それは世界の8割を海で浸してならしているという前提があって成り立つものであって、たとえばこの地球の水分をすべて干上がらせたとしたら、山の高さはおそらく地球の重心から測定しなければいけなくなるだろう。すると果たして富士山というのは日本で一番高い山になるだろうか。まあ、低い山にはならないと思うが、地球のコアから正確に線を引いてはかると意外と穂高岳とか槍ヶ岳あたりも富士山とたいしてかわらない、誤差範囲くらいの標高になってしまうということはないか。ていうかそもそも日本という境界がわからなくなるんだった。韓国も中国も、台湾も香港も、北方領土も、指で点字を撫でた程度の凹凸としてすべて包括されてしまう。そしたらカンチェンジュンガと富士山とを地域でわける意味がなくなる。ていうか、ヒマラヤ山脈なんて、球体の表面を手作業でレンダリングしたときのトーンのシワ、ずれて寄ったひずみにすぎなくて、それが一番高いと言われても、うーん、まあ、そうかもしれないけど、この程度の差なんだなあ、ていうか新しい地球買ってもう一回表面を貼り直したら? スマホの保護シールみたいにさ、なんて、だんだんどうでもよくなるんじゃないだろうか。文字の中で醸成されていく思考を見ていると、海を干上がらせた地球を対置させたくなる。海面あっての、表面だけの、いちいち領域を狭く囲った上での、微細な高低差、それを意味だとか差延だとか言っている。滑稽とは言わないが、しかし。本当はもっと、地球の内部に傲然たる体積と熱があるように、思考の内部に無形だが無味ではないなにかがグルドロとうずまいているのではないか。そこにダイブしないと巻き込まれないような意味の奔流がある、それを放ったまま、なにを薄っ皮の部分でぐだぐだやっているのかと、舌打ちなどしたくなる。


実家で過ごしていると飯を食うわけだが、飯がいつまでもある。私が普段、米を炊き、汁物を用意し、魚をやいて、レンチンキャベツや玉ねぎの上にキムチをのっけて、15分くらいで食べ終わる「バランスのよい夕餉」なんてものは、表層をなぞっただけの飯なんだなということを、考える。朝・昼・夕と3度にわけて食する、たくさんの野菜が圧力鍋で煮込まれた汁。主菜1,主菜2,主菜3,パンとご飯とどっちがいい? でもどっちも出すね。タマゴ。タマゴ。かりんとう。りんご。シュトーレンがうますぎて2回買ったんだよ。食材自体はどこにでもあるものだ、食費もそこまでかかってはいない、むしろ質素とも言える買い方で間違いがない、しかしそれらが、熱を通され、湯をくぐらされ、互いにディップしあうソースとなりボディとなって、渾然一体として、1時間も2時間も、会話をふりかけながら延々と続く食事、というよりもこれはもはや、生活時間の凹凸を咀嚼によってかみしめていると言ったほうがいい、そんな「飯がいつまでもある」状況を見て、私が普段、単身赴任の部屋でひとり作っている食事なんてものは、何品目あろうが、どれだけカロリー計算していようが、所詮は文字にして理解しただけの「浅くペラい食事」でしかない。

生活

職場が変わっていまのところ、明らかに前の職場よりもうれしいことというのが一つだけあって、それは12月29日(月)が休みだったということだ。年末年始の休みが1日多いのである。はしゃいでしまった。うれしい。思ってもみなかった。ありがたい。体重がその分増えた。実家でごろごろしてしまった。息子とカービィのエアライダーなどやってしまった。

いろいろ移り変わっていくなかで「これが真実」というのは本当に、肉体の数だけあるのだな、と思う。たくさんの理屈が培養細胞のようにモシャモシャ増殖していく、それを増殖させるのがSNSのかつての役割だったと私は感じている、が、理屈というのはそのまま虚空でいつまでも増殖できるわけではない。「足場依存性」があるのだ。

コーティングしたシャーレ、独特のpHに調整したゲル、なんでもいい。なんでもいいが、どこかに、理屈はどこかに足を降ろさなければいけない。接地しなければいけない。

接地して、理屈の細胞膜、すなわち外部と内部とを隔てる境界の部分に、物理的な圧と、化学的な結合、なんらかの電解質の流出入、もしくはチャネルの起動と開閉、そういったものをドミノ倒し的にかたかた動かしていくことではじめて、理屈の内部に流れが生じ、輸送が起こり、修飾がかかり、引き続いてファゴサイトーシスであったり糖鎖の生成だったり、なにごとか、接地前には稼働していなかった機能が活性化しはじめて、理屈は生きた細胞群のように代謝しはじめる。

理屈は継続的な代謝によってはじめて筋を通せるようになる。ふわふわとただよっている理屈に価値はないし、なにかを動かす運動量もない。どこかに接地する、そのどこかというのが、私たちの肉体であり、体験であり、実感であり、そして、かつてLOSTAGEがツアーのタイトルとしたところの、「生活」なのだと思う。





医畜は継続的な退社によって初めて血を通わせることができる。私はおそらく無限にデスクで働き続けてもさほど傷まない心を持っている、それは心ではないのかもしれないが私は個人的には心の一種だと考えている、が、しかし、私が仕事で稼働させる理屈のいくつか、それはおそらく、全・理の15%とか10%とかその程度にすぎないとは思うが、私を保つための要となるような大事な理屈の一部は、私が生活に接地していないと効力を持たない。したがって私はいつまでもデスクにいてはだめなのだ。定期的に退社して、自分がひとりの代謝する退社物として血を通わせているのだということを、みずから確認しながら地に足をつけないといけない。そうしないと、私のあらゆる活動には本来のポテンシャルに見合っただけの効力が生まれてこない。そういったことを、なんとなく、うんざりと考えている。帰らないといけないのは仕事のためだ。私は理路をめぐるために帰路につかなければならないのだ。

母はいまさらかと笑うであろう

Switch2の抽選に5回落ち、6度目の「全員当選」で無事Switch2をゲットした。しかし間が悪く、転職によっていろいろと余裕がなくなった。電源をつけ、Switch1のデータを移行する直前のところで、「まあいいや、あとは明日で」といったんおしまいにし、そこから1か月以上経ってしまった。今、あらためてSwitch2の電源をつけようとおもったのだが充電がなくなっていて、つかない。しばらく待ってようやく充電が1%となり、本体が動くようになって、よーし初期設定開始だ! しかし5分くらいして、今度は「前のSwitchからデータを移行しますか」と出てくる。前のSwitch? 持ってくる。当然充電はない。またやり直しだ。とかく、充電がない。何をするにも、充電がない。

「とんねるずのみなさんのおかげです」が終了したとき、とんねるずの二人が、歌かなんかを歌って、最後、カメラが引いて、休止期間に入る前の最後のメッセージということで「充電」という文字が床一面に映し出されたのだけれど、ナレーションが「漏電」と言い、「例のスタッフ笑い」が響き渡る、というシーンをなんだかよく覚えている。とことん茶番なテレビだったけれど、私は小さいころ、あれをたまに見ていて、それからおそらく40年ちかくの月日が経った今も、アイドルグループなどが「充電期間に入ります」と言うたびに、小さな声で「漏電するんだ」とつぶやいている。影響というのはこういうかたちで、かげをおとし、ひびきわたっていく。

まだ充電は溜まらない。Switch2のほうはわりとすぐに使えるようになったのだけれど、旧版のSwitchの、ライトなほうのやつ、なかなか、使えるようにならない。私はこのライトなほうによく似ている。一度充電を切らすと、コードをつないで通電しても、すぐには動き出さない。そういうのが人間らしさだよな、と思う。Switchは人間だ。


充電がすこしたまり、データの転送がはじまった。「しんのSwitch」が、「しんのSwitch2」に移行する。転職みたいなものか。だとしたら、最初、2か月くらいは苦労するぞ、と、「しんのSwitch2」に気遣うように声をかける。




さて、Switch2への転送が終わった。やりたいゲームはたくさんある。そして、しかし、じつは、なんとも、うん、これらのゲームのどれかをはじめたとして、この世界にしっかり没入するために必要な時間は果たしてどれくらいかかるだろうか、それが気になってしまい、なかなかこれぞというソフトをはじめられない。

参考までに、これまで遊んだゲームのプレイ時間を眺める。

ティアキンはそれなりに楽しむのに100時間以上かかっていた。モンハンも決して極めたわけではなかったけれど200時間以上やっていた。ポケモン、マリオ、FF、どれもこれも、やったことのあるゲームはみな、けっこうな時間を投入されていた。

ひるがえって今のわたし、果たして、今回の休みのうちにゲームに使える時間がどれだけあるだろうか。寝食を忘れて熱中したとしてせいぜい20時間か。いや、おそらく20時間も集中力は続かない。

となると、やれるゲームがない。

Nintendoクラシックスの、ファミコンや、スーパーファミコンあたりの、ひとつやるのにそんなに時間のかからないソフトをちまちまと、オンラインで開いて遊んでみようかと思うが、結局選びきれない。

親戚一同が集まる場に最新版の桃鉄を持っていって、全員がほぼはじめての状態で、一晩だけ楽しんで、また来年のお楽しみとする、そういうのもいいかもしれない。そうだ。ゲームというのは子どもたちといっしょにやるのが一番なのだ。そうやって言い訳を見つけて、すかさず電源を切ろうとする自分の指に、私自身が一番驚いている。


充電はまだ続いている。


ああ、わたしはもしかすると、Switch2を購入するまでもなかったのかもしれない、ということを、今になってようやく実感する。


ゼルダの新作が出たらまた話は別なのだろうけれど。そうか、そうなんだな。47歳の冬、わたしはおそらく、知らない間に、ゲームを卒業していた。やりきれないくらいのさみしさに一人身悶えている。

球体の記憶

自宅に帰り年末に備えている。爆弾のキャッチボールのことを考える。投げつけて、投げ返されて、さあいつ爆発するか、やりとりの果て、ボールが私の手元に戻ってきたところでちょうど年末休み。やきもきしたまま爆発を待っている。そんな案件を複数抱えて休みに入った。大学のネットワークに接続しないと記載できない書類。残り日数的に休みのうちに書き始めないと書き終わらないであろう原稿。研究計画書。医局のバイトの差配。そういったものの、一覧ばかり、眺めている、まるで、トレーディングカードのフォルダであるとか、ゲームのやりこみ要素の図鑑をずっと眺めているようにだ。見ているだけではなにも変わらない。謎の納得だけが高まっていく。本当は年明けの出張のときにでもゆっくり読めばいい、医学雑誌などを手に持ってなんとなく読み始める。よくない気のそらし方をしている。家人は忘年会に行って、いない。暖房の重低音だけが響く、何も映らない部屋、下半身に毛布を何重にも巻き付けて、椅子に座った私は落ち葉の上におっちゃんこしてしまった蓑虫のようだ。給湯のスイッチを付けに行きたい。先に風呂に入っておけばよかった。不意に外から風の音と、近隣の誰かが除雪をするスコップの擦れる音。小腸の非腫瘍性疾患を学びながら私は、どうもいろいろなものの優先順位を間違えて今ここでこうしているような気になる。教え子から「明日、年内の最終出勤です!」と書かれたDMが届く。この小料理屋に、私は何度か行ったことがあり、いい店だと思うし、もう少し足繁く通えたら教え子にも喜んでもらえるのだろうが、いかんせん、百キロ以上遠くて。水曜どうでしょうラストランの、最後から2番目くらいの話で、大泉洋が、デレクターの発言に対するリアクションとして、「ひゃ、百キロ!?」と声を裏返らせるシーンがあるのだけれど、それまでの大泉たちの走行距離を思えば百キロくらいはむしろなんともない距離であり、あのときはおそらく視聴者みんなが、「ああ、盛り上げようとしているんだな、もう最後だもんな、さみしいだろうな」と、むしろ目頭を熱くしたのではないかと、私は大学生のころによく考えていたものだった、その、大学生のときの自分の気持ちに今の自分の気持ちをマージさせるという、FISHだとおそらく精度が悪すぎて商業ベースに乗らないレベルのことを、今の私はやっている。FISHというのは、マージすると陽性のパターンと、ブレイクすると陽性のパターンがあるので、それは本当に、気をつけなければいけない。私には知らないことがたくさんある。ラボのつくりかた。声のかけかた。金のとりかた。自分の機嫌のとりかた。素人。なににつけても素人。私がプロである場所とは、どこか。それは何とマージして、何とブレイクアパートされるものなのか。

オンライン会議用のヘッドセットの、マイクの柄の部分が割れた。しゃべらないほうがいいというお告げのつもりでそれをしんみりと眺める。Xを開いた。通知欄は開かない。なにげなく「おすすめ」をスクロールさせたら、海外のニュースで、空を飛ぶ謎の球体を、海外のある国の研究機関が捕獲して、今それを調べているという。そんなことをしたら、確認飛行物体じゃないか。私は5, 6歳のころ、なぜか遊びに行っていた北海道教育大学の旧敷地、のちにそこには山鼻サンタウンができて、札幌市中央図書館ができて、東急ストアとかもできるのだけれど、もともとあそこは大学だったのだ、その敷地のグラウンドで、ぼうっと遠くをみたら、アドバルーンの上の球みたいなものが見えて、でもそれは銀色に、光沢の、ホバリングが、遠近のわからないもので、私はそれを名状し難く、そのとき私の周りを自転車でやーいやーいとくるくるまわって私にバクチクを投げつけた、TくんやMくんの顔と名前と共にその球体のことを一生忘れないぞと心に誓った。その誓いまで完全に忘れ去っていたが、なんだか、完全に思い出した。あの球体はタイムカプセルで、某国の機関が調査によって内部に閉じ込められた私の記憶を漏出させてしまったのだろう。バカボンのパパは、「忘れようとしても思い出せないのだ」と言った。深いようで浅いことを言うのがギャグ。深いようで横にずれたことを言うのがシュール。深いようで高いことを言うのがナンセンス。深いようとしても深い出せないのが私だ。

スリーヘリー

そういえばクリスマスの朝に公開したブログのタイトルは結局なんだったのかな? と思って遡ると「尻に手を当てる」だったので笑ってしまう。ちょっと前に書いてストックして順番に出しているから別に日付と関連付けているわけではないのだけれど、それにしても、もう少しあっただろうと思う。メリークリスマス、アンドハッピーニューイヤー。このブログが更新されているということは、2026年もbloggerのサーバーはまだ健在だということだろう。よかったですね。あんまり使ってる人多くない気もするけれど。

空港で水を買ったら190円くらいするのだ。ペットボトルの、それも、さほど大きくないやつ。生きていくためのコストがかさむ。先日買ったコートの値段を教えたら「高見えするねえ」と言った人がいた。高見え! そんな言葉があるのか。高見盛という力士がいたなと思い出す。

すばやく動くこと、じっくり考えてあんまり動かないようにすること、どちらが難しいかというと、たぶん後者がむずかしい。精神が多動である。医療安全ポケットマニュアルを常にポッケに携帯しなさい、と指示がきた。これをポッケに入れることで実際にわたしたちの安全になにかいいことが起こるというエビデンスは構築されているのだろうか。ともあれ言われたとおりにポッケに入れる。日中はワイシャツ・ネクタイにユニクロの感動パンツだ、ワイシャツのポッケには院内スマホやIDカードが入っていてぱんぱんだから、しょうがない、感動パンツの尻のポケットに入れて一日をすごす。あっというまにポケットマニュアルは感動するくらい擦り切れてしまった。「チームで事故防止」と書かれた表紙の、防止、の部分がいい感じで消えかかっており、もうちょっとで「チームで事故」と書かれたマニュアルになる。めでたいことである。表紙の劣化が早く進むように、デスクで作業するときにいつも小刻みに振動して、尻を揺らして、ポッケの中でマニュアルがごそごそ動くようにする。体幹が鍛えられる、インナーマッスルがアブフレックス的に活性化する。おお、マニュアルをポッケに入れておくことで、わたしの安全はわからないがどうも健康は上向きそうだ。ありがたいことである。やはり安全管理係的なものの言うことは守るに限る。

気づくとまた尻の話をしている。



ある委員会というか、部会というか、とにかくそういうやつの、少々めんどうなタイプの仕事をやってくれないか、と依頼が来た。こういうのはわたしはやっておいたほうがいいと思う。事務仕事が面倒、というのを乗り越えて事務仕事をやっていると、そのうち、「事務仕事なんて面倒なだけで厄介ではないから大丈夫だ」みたいな境地にたどり着けて、この、たどり着きがないと、わたしはありとあらゆる場面でいろいろ詰むと思っている。だから人から頼まれた事務仕事はなるべく断らないようにしている。オファーをまずは電話で受ける。快諾をする。そこであらためてメールが送られてくる。メールの送り主は、スレッドに途中からわたしをCCで加えて、「よろしくね」みたいなことを書いてくれている。はい、承知しました、と返事しようとして、そのメールがだいぶ遡れることに気づく。わたしと関係ない案件もいろいろ書いてあるけれど、これ、遡っちゃって大丈夫かな、まあ、心の中にひめておけばいいか、と思って躊躇せずに遡っていく。すると、この面倒な仕事をわたしに依頼する「前段階」のメールが出てきた。そこには、当初、同じ仕事をわたしの後輩が頼まれそうになっていて、でもメールの中で、「彼はずいぶん忙しそうだからやめたほうがいいのでは」みたいな決着になっていて、そこで次点としてわたしの名前が上がっていた。そういう経緯だった。なるほど。彼は忙しそうだがわたしは忙しくなさそうなのだろう。それはなんか、すごいわかる。こうしてブログとかも書けるくらいだからな。わかるわかる。また小刻みに、尻のあたりで何かが擦り減っている。