6G

ダウンロードが進まないのでブログでも書くか、みたいな時間である。送られてくるファイルのサイズは10GBくらいなのだが、まあ、もちろん重いとは思うが、にしても有線環境であればそこそこのスピードで落ちてくるはずのものが、5Gとは名ばかりの1G回線のテザリングでは、ちっともメーターが進んでいかない。それにしても、5G導入時には、2時間の映画MP4がフルで2秒でダウンロードできるという触れ込みだったと思うのだがあの話は今や誰もしていない、どういうことだったのか。AIが後ろでがりがり稼働しているせいで人間が使えると思っていた帯域がほとんど使いつくされたとか、そういう、「言い訳」みたいなものを誰か教えてくれないだろうか、そうじゃないと、単純に、5Gも6Gも携帯電話会社が機種変を我々に強要するのに必要な方便だった、という把握で終わってしまう。

まあそういう把握でよいのかもしれない。

ラジオから泉谷しげるの曲がかかっていてびっくりする。東京ポッド許可局のかける音はもはや異次元に古くて聞いたことがないものばかりで、取り残されることでかえって尖ってしまうアメーバの偽足のようだ。


ダウンロードは一向に進まない。メールのやりとりも終わった。JRはあと数十秒で動き始める。今週は車のない1週間で、夜中の買い物もしないしバスのある時間までしか働けない。時間に足を引っ張られる、他人の都合に乗っかってはたらく週である。まるでそうじゃない週があるとでもいうような言い草だ。


妻に買ってもらった革靴の、靴紐の部分を少し緩める。


週末、研究計画書を5つ書き、依頼原稿を2つ仕上げた。順調だな、と思う。いろいろ後手に回っていたが、そろそろ、今週あたりは仕事の行く末に先回りするような働き方ができるかもしれ  、ここまで書いたところで車内放送がかかっていると気づく。イヤホンをはずす。よく考えると出発の時間を2分過ぎているのにまだ電車が停まったままだ。上幌向・のあたりで停電が発生し、電気関係の社員を向かわせているところ、電車はひとまず駅から動けない状態で、運行の見通しは立っていない、みたいなことを、車掌が多少なりとも慌てながら一息に、三度ほど繰り返してしゃべった。そうか、そうか、週の頭からそういうことになるか、まあ、そういうこともある。ファイルのダウンロードは25%のところで足踏みしている。次の放送で「とにかくいったん電車を降りてくれ」ときた。ひとまずPCを畳んで車外に出る。困惑した乗客たちが全員手元の端末を覗き込んでいて不気味さが際立つ。待つか、あきらめるか、いくつかのことを考える。駅前から出る高速バスの発車が15分後だ。切り替えるか。このまま待っていればうっかり電車は動き始めるかもしれない。でもまあどちらにしろ遅刻だ。ならば早めに「この先の遅延の度合いが確定するほう」を選ぼう、JRをあきらめる。改札の有人受付の前に人が並んでいる。払い戻しの列だろう。でも通路のところは開いている。払い戻しを後で受けるためのスタンプだけください、ということを伝えると優しい駅員が小走りにスタンプを押してくれる。ありがとうございますと、マイクを通さなくても窓口の穴ボコからきちんと相手の耳に届くボリュームでお礼をいう。バスまでダッシュして並ぶ。問題なく乗れる。バスの席に座ってPCをひらくとファイルのダウンロードが終わっている。さっき、電車の席に座っていたときのペースだと、まだダウンロードは終わっていないはずだったのだが、外を走っているうちに電波のよい領域に入ったのかもしれないなとふと思う。そんな都合のいい回線をdocomoが持っているとも思えないが、インフラのおかげで今日も働いているんだなと、ひとまず先程のJR札幌駅の改札で対応をしていた職員のことを思い出してもういちどありがとうの念を送る。

准教授の出る幕ではない話

かなり前の話。当時私は主任部長だった。某大学講座の、若手の異動にかんする話をしていたとき、その講座の教授に「人事についてなにかお手伝いできそうなことがあればいつでもお手伝いします」と述べたところ、「うれしいお申し出だけれど、人事ってのはおもいっきり教授の裁量だからね、それには及ばないかな」と釘を刺されたことがある。それはたしかに釘であると私は感じた。うわっ、なるほど、たいへん失礼しました、平謝りして引き下がった。かなり前の話。しかしよく覚えている。

そうか、大学の教授というのは人事の全権を有する点に喜びを感じる生き物なのか、と思い知った。この話を、揶揄で語るのも違うし、達観で語るのも違う。ウェットだしざらついたテクスチャだし、なんか、厚みのある話題だなと感じている。ちっちぇえ人間だと私のことをなじってもかまわない。そのエピソード以来私は、「人事」というものに価値を感じるあらゆる人間のことを「面白……」と思って眺めるようになった。

何度かここで書いているけれど、野球のドラフトの話題とか、スタメンを誰にするかとか、このピッチャーとこのバッターの相性はどうだといった、野球をそれなりに見ている人どうしがする会話のほとんどは人事であると、芸人・プチ鹿島は述べた。スポーツだけの話ではない。永田町関連の話題も結局は人事だ。映画もアニメもわりと人事だ。投資だってわりと人事みたいなところはある。いやなことを言えば看護も介護も人事ありきである。雑なことを言うと、なにかの話題を思い浮かべたときにSNSの特定のアイコンが思い浮かぶタイプの案件は広義の人事なのではないかという気がする。人事じゃない話なんてほとんど思いつかない。「自炊」くらいか。

ああそうか、だから私はちかごろ、このブログで料理の話ばかり書いているのか。人事、人事とうるさい人間から距離をとりたいという深層心理が、人事から一番離れたところにある食材の加工に目を向けるように私の首の角度をそうと知らない間に調整している。私はあのときあの教授に、「人事は教授の特権だから手を出すな」と言われたことをずっと根に持っているのだと思う。横山三国志だったと思うが、劉備玄徳が諸葛亮孔明にこれからどうしたらいいかと尋ねたときに、孔明が「人です。すべて人です」と答えたシーン、そこから孔明は馬良を劉備に引き合わせるのだけれど、その「人です。すべて人です」を読んで以来私はこの言葉の魅力に自分が持っていかれそうになるのがなんだかいやで、たぶんずっと反抗期の状態でいるのではないかとひそかに勘ぐっている。玄徳が方針をたずねた相手が孔明じゃなくて中島みゆきだったら「糸です。すべて糸です」と言ったに違いない。

からくり道中から全部やる

そろそろ分類の話を書きたい。2年経ってしまった。内圧を高めて爆発させる必要があるし、爆発でわけわかんなくしてしまってももったいないのでその風圧をきちんと制御してタービンを回さなければいけない。シリンダーは曲がっていないか、オイルは十分か、なんちゃらブルーはいらない、あんなのマイナスイオンみたいなもんだろう。違うのだろうか。違うかもしれないが。興味はない。昔の車は動いていたけどなあ。それって「ピッチ(PHS)は簡単だしつながりやすくてよかったなあ」というおじさんと一緒だよね。はい。

Nintendo Switch 2をそろそろはじめたいのだけれど、分類の話を書き終わってからかな、と思っている。分類の話を書くためには、研究費や民間助成金の申請書をいいペースで書き続けていること、すなわち私が「お金集め書類を書き続けている状態であること」が前提で、そこを滞らせたまま分類の話を書くわけにはやはりいかない。「お金書類」を書き続けている状態でいようと思ったら、締め切りがある学術講演や病理解説のプレゼン、論文の原稿を完成させていないとエフォートを割けない。自分の学術のための時間をとるためには、ありとあらゆる臨床科からの問い合わせ、学会のための組織写真撮り・選び、研究のための相談を遅滞なく済ませていることが絶対に必要で、そこを遅らせながら自分や病理部のための仕事に入ることは私の倫理が許さない。ありとあらゆる臨床科からの問い合わせにすばやく答えるためには、その前段階として、まず病理診断の遅れが全くない状態を保っていなければ話にならない。病理診断の遅れが全くない状態を維持しようと思うとき、「自分が担当する症例」だけ間に合っていればいいというものではないので、講座すべての検体の動きを把握している必要がある。講座すべての検体の遅れに目配りするためにはまず「自分が担当する症例」に絶対に遅れが出てはいけない。以上をまとめると、Switch 2にたどり着くためには、


・自分の担当症例をすばやく診断する

・講座すべての病理検体を把握して遅れが出そうなところに介入する

・臨床からの問い合わせや学会・研究会準備、研究協力を遅れなくすすめる

・締め切りのある自分の研究をルーティンとして回し続ける

・申請書を書き続ける状態を維持する

・「分類の話」を執筆する


を順番に、もしくは入り乱れた状態で達成し続ける(瞬間的に達成しているだけではだめ)ということになる。なおこれらをすべて達成し続けていられる場合、できれば部屋の細かい掃除とかシーツの洗濯とか読まない本の売却などを先に済ませておくことが望ましい。Nintendo Switch 2でがんばれゴエモンコレクションが出る7月までに、私はそういう状態になっている予定である。ゴエモン、発売延期してくれてもいい。私はそんなことでは怒らない。コナミは考慮しておいてほしい。

たまに書くことにします

水曜日の朝にはじめた学生向けの勉強会が好評で、それはひとえに教授と私が週替りで購入するそこそこ値の張るパンが食えるということ、教授が買ってきたちょっとよさそうなコーヒーメーカーで朝から淹れたてのコーヒーが飲めるということによるものだ。学生の中には、私が10年前に息子といっしょに数回だけ通った習い事の場で私を見たことがある、という人の子(複雑だが学生本人というよりその親が私を知っていた)もいて、へんなところでつながりがあるもんだなあとしみじみしている。

「偉い教授やワーホリの准教授が学生にぎりぎりわからないくらいの学術を説いてそれが人気を博す」みたいなことを狙っているわけではまったくない。医者とは言いながらまだ学生に毛の生えた程度の3年目の医師が中心となり、年の近いもの同士の「屋根瓦方式の教育スタイル」で、学生の直近の目標として高すぎない程度のレベルを目指してみんなが和気藹々と、しかしにじりよるように学問に向かってくる。学生は、コーディネーターを気取る3年目の医者なんてものを、おそらくわりと舐めているだろう。しかし、3年目の医者の中でもちゃんと優秀な人間を配置している。学生から見て、「あれ、私って、卒業して3年目にあのレベルに達しているのかな……?」と、だんだん不安になるくらいだとちょうどいい。


この勉強会から得られる情報や生まれる交流が、はたして学生にとって有意義なものになっているどうかは、今後いろいろ見ていかなければいけない。いまのところ、学生がただ英語を音読して翻訳し、ただ専攻医が用語を解説しているだけの会だ。ゆるくてふわっとしている。正直私がコアメンバーなら、もう少しレベルの高いところまで踏み込んでほしいなと、若干物足りなく感じるかもしれない。でも、「難易度:やや低め」くらいのレイヤーに、副次的にさまざまな色味や外連味がにじむ、「難しくはないんだけどじわじわくる勉強会」を目指したいので、しばらくは様子をみる。

本来、病理部はマニアックでどこまでも深堀りしていく場だ。デフォルトが意味不明な専門用語の塊で、それが心地良いと感じる人とはとっくに仲良くし終わっていて、だからこそ、病院の端っこで卒業生の0.6%くらいにしか見向きもされない部門として存在感という名の腐臭を撒き散らしている。そこにこうして「コーヒーを飲むためにマスクをはずした病理医の素顔を盗み見ることが可能な場」が生まれることに、おそらくそれなりの意味はある。

並行してもうひとつ勉強会をはじめた。そちらはごりごりの病理学研究の抄読会で、医師・技師スタッフ内で開催しており、まだ学生にはオープンにしていない。今後、「もし朝の勉強会だけじゃものたりないという人がいたら、月に2回、木曜の夕方なんだけど……」と、私の興味全開の会にも来てもらえたらいいなと思う。そこまで「こちら寄り」の人間がいたとしたらそれはそもそも病理医向きだろう。2学年に1人いればいいほうである。

それはそれとして、木曜の夕方のほうを本命、水曜の朝のほうを客引きと、完全に分けてしまうのもつまらない。むしろ水曜の朝のほうが本命ですらある。そこはなんというか、ちょっとニュアンスが違うかもしれないけれど、「普通の医師のアカウントよりも病理医ヤンデル(1期)のほうがトータルでは強かったよね」みたいな話なのかなと思っている。違うかもしれない。


北大第2病理の故・長嶋和郎教授がはじめた「おはようロビンス」という会は、その次の教授である田中伸哉が引き継いで、すでに長嶋時代よりも長く続いている。あれがまた見事に「Robbinsを音読して訳すだけ」の会だ。しかしそれが「病理学の扉をひらく」きっかけになっていることはまぎれもない事実で、ものすごい数の病理医がその会から育ったし、その10倍以上のおもしろ臨床医がその会の卒業生なのだからすごいなと思う。私たちの勉強会「おはようNEJM」(なんとださい命名なのだ、もう少しなんとかできないか)も、なんらかのかたちでそういうニーズを満たせるようになればいいと思っている。



※本文中、ワーホリはワーキングホリデーの略で、休日にも働くことを意味します

球磨川禊文体はあると思う

藤田和日郎のマンガを読んでいると、ストーリーとかセリフとか擬音の爽快感とかいろいろと「語れる」部分があってそれはもちろんすごく楽しいのだが、独特の白い間だとか、展開の合間にはさまる動きのないコマのような、「意味を削ぐことでかえって心に引っかかるもの」に妙に味わいがあることに気づく。そういったものをたとえば仮に「休符的表現」と呼ぶことができるだろう。音楽や映画には、広い意味で休符による強調というものが広く用いられる。音を鳴らし、セリフや動きを見せるのではなく、無によって人の心にざわつきを与えるような表現。

この休符的表現を、文章でやろうと思うとどうなるか。ただスペースを空けたり行を変えたりしても、芸能人が事務所に言われてやっているブログかよとしか思わない。3点リーダを多用しても平成のオタク感が増すばかりだ。思ったより難しい。まあ、マンガもそうだと思うが。

俳句や詩には「間」をもたらすような表現技法がたくさんある。ただ、その間はどちらかというと「読み手の想像をふくらませるもの」という意味合いが強く、休符というよりは指揮棒を振り終わったあとの余韻みたいな印象を受ける。ちょっと別物かなと思う。

AIと数回壁打ちをすれば文章表現においての休符的効果を得るための技法みたいなものがいくらでも出てくるだろう。けど今日は深掘りはやめておく。少なくとも私は休符的表現を用いた文章を狙って書いたことはない。結果的にそうなった文章があったとしてもそれは意図的ではない。



ところで、そもそもマンガにおける間というものがほんとうに休符としてとらえるべきかどうかも難しいところだ。スタッカートが強すぎてノイキャンされるときの効果、あるいは、「女優ライト」のように、露光を狂わせて白飛びを起こさせる効果なのかもしれない。では、女優ライトのような文章、というのはあり得るか。まばゆく照らすことで小ジワを飛ばしてしまうような文章。そういうのをやりそうな作家というと円城塔あたりかなと思う。もしくは、めだかボックスの安心院なじみみたいな作家がいれば「白飛びの間」を使いこなせるかもしれない。読んでみたい気はする。どっと疲れるだろうな。


キャッチャーアライザライ

冷凍豚肉をレンジで半解凍して、キャベツとたまねぎといっしょに肉野菜炒めにしようと思ったのだが、キャベツから出た水分が多くて肉野菜煮になってしまった。味は薄目の焼肉のタレ味だがまあ普通に食えてよかった。限られた食材をぶちこんで、限られたスパイスで味付けするのだから、そうそう失敗はしないはずなのだけれど、実際にはこのように、野菜から出てきた水で料理のジャンル自体が変わるほどに大きくずれが生じる、この現象に名前を付けて何かの寓話とすべきかなとしばし考えたがまあなんかどうでもよくなってきたのでやめた。あらゆることから教訓を引き出そうとするのはSNS時代の悪癖であろう。

自分に降り掛かってくる何もかもを学びにしています、と、瞳孔を開いて甲高い声でキータッチする人間の、インプレッションがじわじわと上昇している昨今、体験から何かを「引き出す」のではなく、体験をいったん「引き受ける」ことを意識してやっていったほうがいいのではないかと私は思う。スピリッツの最新号を買ったら、よく歳を取った後藤隊長が出てきて、さあここから盛り上がるのかと思ったらたいして盛り上がりもせずに新シリーズの宣伝にさらっとつなげて話は終わった、しかし、よく歳を取った後藤隊長を私は見たなあと、それをまずちゃんと引き受けようと思った。それくらいのほうがマンガは楽しめる。10代前半のころに夕方のテレビで放送されたアニメ・パトレイバーで、後藤隊長と南雲隊長がカラオケだったかラブホテルだったかの中で過ごすシーンというのが出てきて、それを私はほんとうに長いこと、「私がそのように勘違いしただけの妄想」なのではないかと疑っていた。しかし先日、全く違う文脈、メディアミックス作品のうち同一の設定をもとにメディアごとにまったく違う話を作って行く方策をとったもののことを読んでいて(代表はもちろんパトレイバーシリーズだ)、その中にまさに私が小学生のころに見たシーンが出てきそうな話がきちんと記載されていて、中等度にでかい声が出た。組織病理用語風に言えばloud voice, moderateだ。いや、loudでありながらmoderateということはありえるのか。こういう適当英語を聞いたネイティブはどういう気持ちになるのだろう。たとえばレストランなどでちょっと離れたところに座っているそこそこ日本語の上手な海外の人が、「おいしいリョウリ、チュウトウド!」などと言ったら、私はそれをどう聞くだろうか。チュウトウド、のところをきちんと中等度と変換できる自信はなくおそらくUAEとかオマーンあたりの料理に似ているのかなとかへんなノイズで頭の中を埋め尽くして、いくつかのシナプスはびっくりして手を引っ込めて、その引っ込めた肘の部分がとなりのシナプスに激突してあっどうもすみません、いえ大丈夫です、みたいなやりとりの末におそらく脳の接続がちょっとずつずれたりするだろう。冷静に読み返すと、この段落、どうなってんだ、どこに向かいたいんだ。向かいたくはないのだ、なるべく何かを出さないための思考のさなかにいる。

火曜日はいちばん仕事が多いというので私の担当にした。しかし、ちかごろ、別に水曜日も木曜日も金曜日もふつうに仕事は多いのではないか、という気がしている。それに気づいたとき、「仕事が多い曜日を担当してがんばっているというプライド」みたいなものに、私が思った以上に自分の重心を乗っけているのだなあと感じて、思わず何かを言いたくなったけれどまずは黙って受け止めるだけにする。

深呼吸しただけだヨ

電車にたくさん乗る出張のおかげで、読もうと思っていた本や雑誌を一気に読み進めることができた。2日間で6時間くらい乗っているから、途中、多少PCを開いてメールの返事などをしたとしても、十分に読書の時間をもうけることができる。近頃はこういう「読書くらいしかすることがない時間」をなかなか設定できなかったので、やはり出張は多少面倒でもときどき電車にしたほうがよさそうである。でも、一気に読みすぎて、旅の途上で読む本がなくなってしまった。もう一冊、サラ・ピンスカーの第2短編集も持ってくればよかったのだが、荷物が重くなるのが嫌だったのと、なんだかまあ今回はいいかなと思って置いてきてしまった。サラ・ピンスカーの第2短編集は、第1短編集の非凡極まりない完璧な出来栄えと比べると、「おそらくこちらのほうが書きたいことなのだろうが、それほど心を動かされない話も多い」みたいなことになっている。そのため、1/3くらい読んだところでいったん保留としている。おもしろくないわけではない。でも、ちょっと説教臭い。教訓めいて、教訓めきすぎて、めきめきしていて、すこし鼻につく。はっとするようなおもしろい短編もあるので、最後まで読むとたぶんまたお気に入りの本になってくれるんじゃないかなとは思うのだけれど、買ったばかりの頃の期待値をまだ越えていない。そのことが確定してしまうかもしれないと思うと、なんだかあまり急いで読み進められない感じだ。私のメンタルが抜群に調子のいい日に読もうかなと思っている。そんな日がいつくるのかはわからない。

書いていて思うけれど最近の私はブログになにかを書くときに微妙に不機嫌な気がする。

PCを後ろから覗き込んでも画面が見えなくなるシートをオンラインで購入。そこまでせんでも、と思っていたけれど、メールだけならいいかな、なんて考えだったけれど、ちかごろは臓器が出てくる論文に目を通しながらコメントを付けていくといった仕事もあって、さすがに公衆の面前で誰もがうっかり目にしてしまうような状態を放置するのはまずい。「マグネットでPCにくっつけることができるやつ」を選んだ。それはいいのだが気になるのは「ブルーライトカット」というところだ。「マイナスイオンたっぷり」「ポリフェノール入り」「マイシグナルで安心」あたりは同じ箱の中に入れている。

ほらまた不機嫌だ。加齢によって前頭葉の機能が低下して、何かに不満を持ったり怒りを覚えたりしやすくなってきたのだろうか。

出張先のホテル、朝、フロントに向かうべくエレベーターに乗る。ドアが開くとそこには3名のがたいのいい高校生がいて、朝食会場でも見た、なにかの部活の大会で宿泊しているのだろう、バドミントンあたりをやっていそうなジャージを着ている。男性3名。ひとりはエレベーターのボタンの前に陣取っていて、残る2名は反対側で、「小さい前ならえよりも近い距離」でぴったりと縦列に並んでいる。入る場所はその1名と2名の間のところしかない。無感動のまま彼らの中に挟まるかたちでドアに正対する。1名のほうが「おい……」という。2名、しゃべらない。なんかくすくすと言っている。悪ふざけの途中で私が紛れ込んでしまったからなんとなく3名ともそのまま静止している、といった感じである。なんの意味も生産性も物語もない時間が1分ほど流れる。男子って、こんな感じだったよなあと、妙な感慨を覚える。ところで『アオのハコ』のバドミントンのシーンってぜんぜん読んでないし誰が誰とくらべてどれくらい強いかもぜんぜん覚えてないんだけど、青春ってどっちかっていうとバドミントンのラケットを左後方に放り出すように伸ばすときの足が左右逆だったな、みたいな人生の岐路でもなんでもないどうでもいい選択の繰り返しだったわけで、青春を描いたマンガのそういう細かいところが全然頭に入ってこない時点で私はもう青春を見聞きする資格も能力も失っているんだなあと、深くため息をつくけどこれは別に不機嫌でついたため息ではないヨ。

専門の話なので読まなくても大丈夫です

前の職場を辞める前の5年くらいは、病理解剖の報告書をだいたい3週間くらいで書いていた。一般的に解剖の報告書は3か月から半年以内に出すとまあ合格、くらいの感覚とされていて、私の報告の出し方はすごく早かった。ただ、これは私が優秀だとか熱心だとか神だとかいう話ではまったくなくて、ひとえに、「臨床検査技師が通常の検体と同じくらいの速度で解剖の標本も処理してくれるから」という側面が大きかった。

解剖後、2日で切り出しをして、そこから1週間以内にすべての標本が上がってくるとわかっているからこそ、毎回同じペースで検索をすすめてレポートを書き、写真をとり、パワポをつくり、プレゼンまでまとめることができる。一気呵成の3週間だ。臨床医がレポートを読んで理解して、患者の遺族に説明をしたり、科内で相談をしたりして、だいたい2か月もすると臨床病理検討会(CPC)を開催し、研修医たちを招いてごりごりディスカッションをする。解剖後、3か月くらいの時点でCPCができると、担当医たちが次の勤務先に移動していなくなっているということもないし、何よりみんな、その患者についての記憶が新しいから、議論もすごく深まる。

解剖を十分に活用するにはとにかく早く検討を終えるに越したことはないのだが、ここでおそらく(私にとって)一番大事なのは、「切り出しを早く済ます」ことと、「技師さんがものすごく早く標本を上げてくれること」であった。標本ができてくるのが遅ければ遅いほど、解剖の後に入った仕事に忙殺されて、なかなか解剖関連の業務までたどり着けない。非常にいやな言い方をすると、「すでに亡くなっている人の検索と、今生きていて、これから生き死にに関わる選択をするかもしれない人の検索」だと、後者を優先せざるを得ないところがある。したがって、解剖関連の業務というのは、とにかく大事な部分を一刻も早く、急いで急いでやっていくことが肝心であり、そのスピードを可能にするのは臨床検査技師の強力な支援なのであった。

じゃあ解剖臓器の標本のできあがりが遅い病院は、技師がちゃんと働いていないのか、といったらそういうわけでもない。それはもう、バランスなのだ。バランス。一般的な患者の検体にかんする作業が一日の中にどれほど詰め込まれているかというのは、その病院の検体量と技師の数、さらにはその技師が病理以外の業務にどれだけ従事しているか(生化学や一般検査や細菌検査などのサポートに入っている病理技師も多い、当直もしているかもしれない)、さらに、マンパワーだけでなくマシンパワーの問題もある。病院が大きくて技師がいっぱいいればなんとかなるというものでもなくてとにかく配置とバランスなのだ。前職場で、私が在籍していたころは、検体量は爆裂に多かったが技師の業務が大変うまく回っていて、解剖の標本もきちんとルーティンの業務の中で回せるだけの体制になっていた。だから私はあのスピードで解剖関連業務がこなせていたのだなということがよくわかる。

今はさすがにむずかしい。3か月はかかってしまう。臨床サイドには申し訳ないなと思っている。切り出しもだいぶ早くやったし標本も相当早く出してもらっているが、そこからなかなか先に進まないことが多い。この職場にもう少し慣れたら、もう少し早くなるとは思うのだけれど、慣れる・慣れないなどと甘えたことを医者が言っている間にも、患者は生き、そして死んでいく。申し訳ないなと思っている。

しんどいらーのリスト

重くない講演などないのだけれども、それにしても、これから半年くらいの講演の準備はずっしりと腹にたまる感じで、寝ても覚めてもいつも心のどこかで気にしている。胃にピロリ菌はいないので胃に穴が開かないが、かわりにあちこちの筋とか腱とかが痛んでクンクン鳴いている。還魂。

今の還魂とは「かきくけこ」を揃えるために探した単語だ。しかし還魂とはなんとも味のある字義の言葉である、ただ、その字義はともかく字面は……「魂が還ってくる」という感じには……あまり見えない。私の主観なのでピンとこない人はさっさとブラウザを閉じてスイカゲームにでも興じたらいいと思うが私には、「還魂という字の形状は、還魂なかんじがしない」と感じられる。なんだろうな、この、堅苦しい、あちこち角がある漢字と、魂、ソウル、ゴースト、そういったものとの相性の悪さ。還魂という単語の形状だけをみると、税金の還付みたいな、堅苦しくて融通がきかない雰囲気をすごく私は感じてしまう。字義と字面のゲシュタルトが合わない。そうでもないと感じる人が多いのか? いや、でも、私と同じように違和感を覚える単語だからこそ、世にあまり広まらなかったのかもしれない。選択圧を乗り越えて世にはびこる言葉というのは、見た目と中身とがどことなく寄り添っているものだ。燃焼という単語はボンボン燃えさかっている感じがすごくあるし、怪我という単語はいかにもあちこちにぶつかって七転八倒した雰囲気を纏っている。あ、でも、「纏っている」の「纏」は、あまりまとっている感じではない、どちらかというと、モンハンを200時間くらいプレイしたときの装備のような、まとっているというよりも重装備に埋もれてしまっているような感じがする。だから流行らないのだろう。そういうところだぞ。

閑話休題、と書きつつブログに閑じゃない話も題も別にないので閑話休題と書かなくてもいいとは思うが書いてしまった、話を戻す。「しんどい講演」の話だ。30代のときはいわゆる「しんどい講演」が、ありがたいことに、1年に1回ずつくらいの頻度で襲いかかってきて、いや、1年に1回ずつくらいしか経験しなくて済んでいて、今にして思うと、それは周りがゆっくりじっくりと私を育ててくれていたのだなと、まあ誰もそこまで意図してはいなかったのかもしれないけれど私にとっては結果的にそういう意図を感じざるを得ないくらいに、なんだかうまい具合の頻度で、着実に一歩一歩、経験を積んでいた。そんな私は運が良かった。ああなるほど。運が良かったんだ。こんなに運が良かったんだ! 振り返ってみると運が良かったんだ! 振り返らなければ思い出せないくらいだからありがたみはぜんぜんないけれど、ここでありがたがっておかないと、私の人生のラッキーだった部分をあとでリストアップしたときに、思いつく候補が減ってしまう、それはいかにももったいない。まあ人生のラッキーポイントをリストアップして悦に入る日が来るかというと、そんな日はこない気もするけれど。

今こうして、しんどい講演、しんどい研究、しんどい診療をミルフィーユ的に積み重ねて大口を開けてばくばく食っている日々も、あとで振り返ったら「あのころはラッキーだったな」と感じることになるのだろう。たぶん、なるんだろう。ならば私はやはり運が良い。なんかすごくそういう気がしてきた。やったやった! 「やったやった!」とはしゃぐとバカっぽい、と書いてあったのはなんのマンガだったか、もう覚えていないのだけれど、たまに「やったやった!」と声に出すと、私はもちろんだが周りにいる人たちもみんな苦笑して、苦笑の輪が広がって、なんだか温かい空間になっていく、それがわりと好きなので、私はよく「やったやった!」と口にする。そういうところも含めて全部、なんか、私は運が良いのだ。やったやった! あとでこのラッキーも数えられますように。あとでどのラッキーもぜんぶ、数えられますように。忘れようとしても、思い出せないものを、覚えていられますように。

1992年発売

そこそこしんどい頭痛になってしまい、いつもより早めに職場をあとにした。この職業、かつては頭痛や肩こりは日常茶飯時だったが、ここ数年はあまりそういう不調はなかった。今日は珍しいほうだ。顕微鏡の角度とかパソコンの角度とか(大事なのはとにかく角度)、そういったものの調整が完璧にうまくいっている今、なぜ、今さらこんな症状が出るのかなと思ったがなんとなくカロリー摂取が足りていないのかな、という雰囲気を察した。おなかが空いている。晩飯の食材といっしょにクッキーを買ってみる。


晩飯を作って食っている間に症状は落ち着いた。この程度で治るならまだ働けてたのにな、ということをちらりと思う。今日読んだメールの中に、「昭和の働き方をするスタッフへの指導をしなければならない」という舌打ちのようなワンフレーズが書かれていて、もし私がこの人の下で働いていたとしたら、私も舌打ちの対象だったかもしれないなということを思う。


君は働きすぎだからなんとかしないとね。ところで留学してみない? みたいな話がきた。ケルベロスのような脳なのだろうか。


二週間に一度、しょうもない焼き鳥屋でビールを飲む、くらいの暮らしに自分を落ち着けることができなかったなあ、なんてことも思う。決して、選べないルートではなかった。なぜ私はこんなに仕事できつきつの方に狭く狭く掘り進めて進んでいるのだろうな。


今日、ようやく、ニラ玉を作った。スーパーにまだ食材が多くある時間に帰れたからニラを買えた。うちにはごま油やみりんがないがめんつゆとレンチンで作ってしまえばよい。半年以上待ち望んで食べたニラ玉はふつうにニラとたまごとめんつゆの味がした。途中、コショウを振ってみたが、そこにコショウの香りが加わっただけであった。


物足りずにクッキーを食った。クッキーの味がした。HPは5くらい回復したのではないか。


なじみの編集者が、「生成AIで書かれた文章を、その人らしい文体に調整する作業のことをひそかにバグ取りと読んでいる」と書いていた。でも私はどちらかというと人間らしさのほうがバグめいているように思う。「摩訶摩訶」というスーパーファミコンのソフトがあって、これがものすごくバグまみれで有名だったのだが、私はあのソフトをクリアしたときになんだか人間だなあと思った。もう、30年以上前の話なのだけれど、なんだか覚えている。


人の書くもののバグを延々と取り続けていくと生成AI風の文章になる。バグなんてのは多少残しておいたほうがいい、なんでもかんでも切って捨ててばかりもいられないのだ。虫垂だの農家の四男坊だのはやたらに切っちまっていいもんじゃないだろう。このフレーズ、ただしかったっけな、と思って検索したら自分のブログが出てきて笑ってしまった。https://dryandel.blogspot.com/2018/05/201.html 読みやすくはない。でも、この頃の私も、今と同じように、狭い方へ狭い方へ、突っ走ってはいたんだなということを、なんとなく感じ取る。

キャベツはあきらめた

ぽろぽろとAIに対する愚痴を書いていたのだが、消した。自分の心が盛り上がらない。AIがすごいこともAIが大したことないってことも、AIによってすごかった人があまりすごく感じられなくなったということも、AIによってすごくなかった人がすごい人っぽく振る舞えるようになっていることも、全般的にどうでもよく、飽きている。冷笑というよりは湿ったため息。いじり続けてもどこにも火が灯らない。熱が上がっていかない話題を書くこと自体は別に嫌いではないのだけれど、じめっとカビてしまいそうな話題を書くのもどうかなと感じた。

今日は冷蔵庫に少量の味噌以外何も入っていない。いろいろ買って帰らなければいけない。早めに職場を後にすれば春キャベツがまだスーパーに残っているのではないか。何度訪れてもキャベツが買えない。ニラも卵も売り切れてしまう。今日こそは。こんなブログを書いているひまがあったら、さっさとこの自己研鑽の時間をおわりにして職場を後にすればいい。

でもなんだか数カ月後の飛行機の予約をとるだとかビジネスホテルの予約をとるだとか、再来月がしめきりの原稿の準備をするだとかに、5分、7分、10分と、時間をちまちまむしって使っている。こういうことこそAIに……いや、やめておこう。

ふと今思い出したのだけれど、かつて、ブルシット・ジョブという言葉を生み出した人がいた、私はあの言葉のせいで、世の中のメンタルの総和がかなり悪い方向に進んだのではないかということを何度か考えたことがある。そんな言葉を作ったらすがりたくなる人がたくさんいるじゃないか。そんな言葉、ほんとうは生み出されないほうがよかったのではなかろうか。やる価値のない仕事、過ごす価値のない時間、生きる意味のない人間、そういった言葉を作ってしまったら最後、該当するものを探してしまうのが人の性というものだ。なにかというとすぐにブルシット・ジョブという言葉を使うタイプの人間を見ていると、自分の手に特殊な光をあててそこに暮らす常在菌を可視化してしまいぎょっとする人間と同じものを感じてかわいそうな気持ちになる。わざわざそこをはっきりさせなくてもよかったろうに。


なんてことを書いていたら昔なじみの編集者からLLMにかんする質問が来た。おもしろい話だったので40分くらいかけて返事を書いた。おもしろい話? さっきまでつまらんつまらんって言っていたのにな。誰かと語り合えばつまらなくなくなる、ってだけの話なのかな。

直球の悪口

咳が出てきたのでマスクをする。ラウンジには曇り空を貫通する微弱な紫外線が降り注いで、体表のなんらかのなんとか神経をなんかいやな感じで経由して私の脊髄をじわじわ焼いており、その反射でのどがかゆくなったのだろうと想像する。そういうことはおそらく起こっていないのだが昨日テレビでほんまでっか!?TVを見ていたらあまりに根拠薄弱なトンデモ医学が大量にテケテケテッテテッテレーテテーテン!と披露されていてちょっとうらやましくなってしまったのだった、私も観覧希望サクラたちの「えー!!」に包まれながら破綻したちょいブル医学情報を訳知り顔で語りたくなってしまったのだ。毎朝お茶漬けとヨーグルトを食べるとお腹の中で混ざってお茶ルトとヨーグ漬けに再編されてしまい、お茶ルトは胃で吸収されずに生きたまま肛門まで届き、ヨーグ漬けは若者の青春をショート動画まみれにするという、そんな報告が昨年出たんですよ。「ほなら来年くらいにはそういう商品が出てくるってことか!?」「えー今の頭皮には間に合わないってことですやん!!」ドッ。ワハハ。誰も見なくなったテレビのシュールな物語がじわじわおもしろい。今、テレビがおもしろい。確信をもって言える。なにがいいってまずカメラの解像度がいい。あと照明がすばらしい。全方向が完全に明るい。そして音声。YouTuberには絶対にできないレベルの映像づくりをして、YouTuberでも言えるようなことを、YouTubeほどアクセスが簡単ではないインフラでばりばり放映してTVerでもう一度みろと迫ってくる。滑稽で、哀愁だ。この文化を看取る世代としての責任がある。しっかり見続けていきたい。


強く生きることを決めた人。自分を世に屹立させることしか考えていない人。人の間と書いて人間と読むことを知らない、もしくは、見過ごすことにしている人。なぜそんなに無知なままいられるのだろうと思うが、先日読んだあるエッセイストもいい歳なのに「私が私でいるために」みたいなことをいい続けていたので、一部の人はそうやって死ぬまでずっとそうなんだろうなと考える。昔、橋本真也が、「いつの時代も俺は俺風」という歌をうたっていたなあと思い出す。彼のミドルキックは重そうだった。パンタロンが音を増幅していた。入場曲もめちゃくちゃ強そうだった。でも、「俺は俺風」は超絶ださかった。


空港で、Kindleで、マンガを2つダウンロード。朝イチの飛行機でそのまま出勤する、スマホの充電は午前中くらいまで持てば十分だから、機内ではずっとKindleを読んでいられる。逆に言えば近頃は、スマホの充電が気になってしまうから、旅路の前半ではあまりKindleを使えなくなった。そろそろ機種変更をしなければいけない。機種変更をするたびに、さほど使っていないアプリを選別して切り捨てていく、脱皮をするタイプの動物の、肌の表面の常在菌との別れを思う。まあ、ときどき機種変したほうがいいんだろう、我々はそうしないと、古いこだわりからいつまでも決別することができない。

低気圧ボーイ

AIがなんでも上手にまとめてくれるから、あらゆる講演がクソつまらなくなりつつある。特にお薬屋さんのしかける弁当会、あれはもう、過渡期というか、大黒柱の底がまさに抜けたところというか、クオリティがまじでやばくなっていてこの先いろいろ変わっていくだろう。今とにかく大事なのは「声の張り」だったり「しゃべりのテンポ」だったりするのだが、そういった「発し方」についても今後はAIで分析されて指導されて似たようなかたちに揃っていくのだからもう始末に負えない。ただ。

思うのだがそもそも社会とはAI前からいつもそうだったではないか。先日、人気タレントが書いたあるエッセイを読んだのだが、それが見事に当代の人気エッセイストのそれとそっくりなので、私は途中から「これはつまりオマージュなのかな?」と勘ぐってしまった。もしや、AIで壁打ちした編集者とのアイディア出しの末に書かれたものか、もしくはAIが選んで売って世に広まりやすくなったものかとも思ったが、奥付を読んでみるとそのエッセイの初出は2020年くらいで、それはつまりAIが市井に降りてくるより前のものなのだ。となると、私がこのエッセイに感じたAIみというのものは、じつは単に時代や社会の選択圧を乗り越えて私のもとに届くものがたいてい似通っているよねというだけの話であるのかもしれない。

似たものばかり。似たものばかり。j-POPだってファッションだってファミコンだってアニメだってずっとそうだった。詩ですら、絵画ですらそうなのだ。それをAIがモノマネしているだけの話。私の話もどこかで読んだことある部品ばかりでできている。オリジナリティを出そうと思えば自分の体験に立脚させるほかない、体験に根ざしたものから芽を出させて花を開かせればその実は間違いなく自分から出てきたものだ、でもその体験はプランターの土みたいなもので、ホームセンターで売っていて、石灰も肥料もぜんぶ売っていて、実のなりやすい苗というのは基本的には接ぎ木なのである。体験すらコピペ。神が生き死にできた時代がうらやましい、と、現代の哲学者は言うだろう。

AIが「よりただしい結果」を出すためのプロンプトをいかに上手に打ち込むか、みたいな小さな競争があちこちで起こっていて、つまらないのでやめろという。かつて、山下達郎が、紅白歌合戦に出てきた美空ひばりのCG✕AIに激怒して、あれは冒涜だとラジオで言っていた。なにを小さいことを言っているのだろうと私はそのときおかしくておかしくて仕方なかった。でも今は彼の言いたいことの先がすこしわかる。山下達郎の歌ほどAIが学習しやすいものもじつはないだろう、彼の歌は世代を超えて浸透するくらいには「人のこころの最大公約数にマッチするもの」なのだから、つまりそれはものすごくAI的だということで、したがって彼はもし今後新たな歌を出さなくなったらとたんにAIによって彼の作ったような歌を量産される運命にある。それを冒涜と言い切れるのは山下達郎を体験し山下達郎に立脚した山下達郎だけだ。山下達郎は自分を守るためにとことんただしくAIにNOを突きつけた。それは滑稽かもしれない、しかし切実だ。でも私は山下達郎ほどには真剣になれない、なぜならAIは私を学習に足る人間だと認識しないような気がする。私は冒涜される価値すらない。だから私は山下達郎の放言に今もうっすらと白けているのである。

唇も赤くならない

Xでフォロワーがほしいとつぶやいたら一晩で5000人くらい増えた。ありがたいことだ。フォロバしようと思ってBioを見て回る。知った顔がたくさんいる。有名人も恩人も混じっている。ありがたいし、申し訳なかったなと思う。前のアカウントは閉じざるを得なかった。あれは今考えても閉じるしかなかった。そして今はこうしてやり直しているわけだが、「ほらみろ」と呆れた人たちもいるだろう。でもまあしょうがない。やめた事自体はしょうがなかった。でもしょうがなくないこともある。それはこの2年ちょっとの間に私のほうがだいぶ変わってしまったということだ。思ってもみなかったが職場が変わった、でもそれはまあ私に対するストレスのかかり方が変わったくらいでさほど大きな変化ではなかったかとしれない、ただ仕事相手が単純に倍くらいに増えたので時間の使い方はけっこう変わった。そしてなにより、私のメンタルというか、私の対人スキルの根っこの部分がかなり変わった。端的に言うと人との距離感を詰められなくなった。今、なんとなく全員から遠い。誰からも遠い場所で新しいことを次々始めている。なんだかいよいよ凶人みたいだ。病理医っぽさが増したとも言える。

新しいことをするときには人と仲良くすべきだ。息子にはそう教えたい。 

さて、私が変わったのはいいとして、社会も少し変わっただろう。増えたフォロワーを見る。怒り狂った人の割合がきもち増えているなと思う。前は0.5%くらいだった、今は2%くらいではなかろうか。政治、経済、文化、そういったものに対して怒るために、また、怒る対象を探してブックマークするためにアカウントを運用している人たちの割合がちょっと増えた。

それはもちろんたくさんのバイアスの先にある観測結果だ。今の私がこうしてフォロワーを募るとき、そこには「正しさ」や「適切さ」に対する世間の忸怩たる思い、私をフォローする上で期待する方向性、みたいなものが乗っかる。笑ってしまうが実際そうなのだ。私はもはやダジャレの人でも旅行のおみやげを募集する人でもなく、大手の軟式アカウントたちとだらしない雑談(どうでもいいが雑談という言葉がどんどん苦手になっていく。)を繰り広げる人でも引用RTで天丼トークを続けていく人でもない。いらすとダジャレもやらないし、スポーツや映画の実況もしないし、医療以外で前と同じようにつぶやいていることがあるとしたらせいぜい本の感想くらいのものだ。したがって今の私は、15年前にTwitterをはじめたときとほぼおなじ、「医療系アカウント」にすぎず、「インフラの中の人」としてフォロワーを募ったことになった。だから自然とそういうことに興味のある人たちが集まりやすくなって、私の「フォロワー募集」の号令を、檄文を、かつて悪ふざけをしていた旧友たちが拡散してくれた先で、いささかまじめな方向に話が広がっていきやすくなっていて、だから私の新たなフォロワーの2%くらいはいつもなにかに怒っているタイプになる。そういうのはなんと言えばいいのか。魚である私が自分の泳ぐ湾の水温とかプランクトンの量とかが少し変化したことを察したとして、じゃあそこから泳いで泳いでぜんぜん違う海に行くかというとそんなことはない。せいぜい、相模湾から駿河湾に行ってみっか、くらいの移動しかしない。インド洋までは行かないし大西洋なんてめんどくさすぎる。でも。

さあどうしたものかなと思う。なにせ私はこれから、人との距離はさほど詰めないくせに社会をスモールパッケージホールドしようとたくらんでいる。私はこれから、AIに席巻されている世の中で人が無意識によい微調整を選べるようなインフラを作ろうという気になっている。傲慢なことだ。おこがましいことである。しかし、それを、48になる今年、やらないとしたら、私の30代のあの決意はいったいなんだったのか。私はかつて確かに、「自分が偉くなったら偉くなったときのことをやる。今は偉くなくてもやれることをやるのだ」と鼻息を荒くした。その場限りの言葉ではなかった。それはシャンパンの泡ではなかった。私はそのことを証明するためにここでやれることをまだやる。私はたくさんの頭のいい人、たくさんの性根のいい人、たくさんの趣味のいい人と、いったん距離をとっておきながら、そういう人たちにまた存分に甘えて甘えて甘えまくって、でも私の心はいっさい見せない酷い感じで、億兆の民衆のためになるちいさなちいさな仕事をいくつかするのだ。なあに、たいしたことではないのだが。

リマインドみきや

まずいラーメンを食べた。味と器が合ってない。味と店が合ってない。味と店員が合ってない。この味ならば、西28丁目駅前からちょっと行ったところにある、「みきや」の店構えでなければだめだ。もやしから出た水分が、じゃぶじゃぶと味噌を洗っている、白菜から出た水分も、チャーシューをみずびたしにしている、控えめすぎるゴマの香り、生姜をいっさい感じないスープ、西山ラーメンより若干ぱさついた麦っぽい麺。そのハーモニーたるや、こんな、イオンモールのフードコートの、マクドナルドやペッパーランチや丸亀製麺と戦わなければいけない激戦区では風前の木漏れ日(互いに影響がない)。どうしてこの味で出店しようと思ったのか。私の舌はとっくにイオンモードになっていた。この味だというならなぜのれんを赤ベースに黒文字にしなかった。なぜ器を仰向けの乳房のようにつぶれてたるんだどんぶりにしなかった。どうしてちょっと色気を出してしまったのか。なぜ900円以上するラーメンの広告様式に染まってしまったのか。


まずいラーメンだ。どんどんいろいろ思い出す。あふれる。これはまずいことになった。



私はじつは大学に勤務するのがはじめてだ。これまでずっと市中病院に勤めてきた、医局に属しているというのでもなしに。それがいきなり大学のポジションにおさまったのだからいろいろと違和感がある。不具合がある。ずれがあり支障も出る。そんな中、「はじめて研究の資格を手に入れたのだから研究活動スタート支援に申し込むといい」と言われて、なんだそれはと調べてみると、研究資格を手に入れた初年度だけに応募資格がある科研費で、2年で300万、まあ基盤Cに似ているのだがそれより取得倍率が低くて狙い目だという。なるほど。一方で私は「若手」の資格はとうに消失している(学位をとってから18年以上経ってしまった)ので、そちらの応募資格はない。よーしいっちょやってやるかと新年そうそうからじっくり時間をかけて綿密に申請書を書いた。上司や先輩たちにも何度も何度も添削してもらった。大学の研究企画係の人にも夜討ち朝駆けでがんがん赤入れしてもらい、連休前、ようやく申請を出し終えた。さあ、人事は尽くした、あとは天命だと背筋をただしていたら研究企画係からメールが一通。なにかと思うと、


「ここまで気づかなかった私も悪いのですが、先生はスタート支援への応募資格がありませんでした」


しばらく横隔膜が止まってしまった。


「先生は大学勤務は初ですが、長く大学の客員研究員でいらっしゃいましたよね。それ、研究資格なので、もう先生は新人ではないのです」


私がe-Radの研究者番号をとったのは大学に入ってからだから昨年の秋だ。だから大丈夫なのかと思っていた。これはさすがにこたえた。しかしダメージに動じている場合ではない、まず、世話になった人びとに、深くお詫びをしなければいけない。メールをして回った。するとみな、やさしいのだ、それが必要以上に全員やさしい。それを見てなにより私は一番切なくなった。茶化せないレベルの失敗だったということだ。やらかしに対するリアクションにもいろいろある、それが、こうまでやさしさ一色に揃うということは、つまり私のやらかしが、ほんとうに哀れでしんどいものだということが、誰の目からみても明らかであったということだ。


市中病院の病理医を18年やってから大学、なんてのは型とかスタイルとかテンプレからは外れてしまう。だからだれも気づけなかった。王道、枠内、そういったものを外れて個性を出そうとするとこういうことになる。身の丈に合わないことをしている。本来すべきことからずれたことをしている。だからだ。


「みきや」のラーメンが無性に食べたい。あれは絶品なのだ。ほんとうにうまいのだ。ラーメン共和国とかラーメン博物館とかラーメンストリート的な場所ではあのラーメンは戦えない。でも、うまいのだ。あれほどうまいラーメン、そして、あれほどチャーハンと合うラーメンを、私はほかに知らないし、あのどんぶり、あのぺとぺとする床、あの日焼けしたGTOやバガボンドの置いてある店構えで食うラーメンとしてあれ以上の完成品などこの世には存在しないのである。

風呂

会議含め8時間くらいを見込んでいたのだが、ふたを開けてみると5時間程度できりのいいところまでだいぶ片付いた。まだ16時台だ! たまには明るいうちに帰ってみるかと思い職場をあとにする。朝は少し遅めだったけれど、祝日なので駐車場には余裕があり、玄関から近いところに車をとめられていて、そんな小さなことにも欠かさずうきうきしてしまう。まずはスーパーに寄って今日と明日の晩飯を調達しよう、明後日からはまた連続で出張があるからあまり日持ちのしない食材は買えないけれど、そうか、今日くらいは晩にビールをつけてもいいかもしれない。ここのところ、とんと酒を飲まなくなったけれど、飲みたくないわけではなくて、ビールまでたどり着かないというか、寝る前の飯としてもりもり野菜を食っているうちにアルコールへの興味を失ってしまっていた。でも今日はいいだろう。なにせ、祝日なのだから。

いつも閉店間際に駆け込んでいるスーパー、早い時間に行くとなるほど野菜が多い。つまりここは1日の仕入れとか管理がしっかりしていて、その日のうちに売り切りたいものをぴったり売り切っているということなのだろうけれど、私にとってはいつまでもニラとかキャベツが買えないのは少し困りものだった。今日は売っている! 帰る! しかし繰り返しになるが今日と明日に飯を食ったら明後日からはまた旅なのだ、となるとニラを2日で食うことになるが、そこまでニラに鋭く依存した2日間を過ごすつもりはないので結局ニラもキャベツも買わずに今日明日で食い切れそうな下味付きの肉と発泡酒を3本だけ買う。

今日のメールはなんだか全員無礼だったけれど気にならなかった。仕事が終わったから機嫌がいい、というよりも、バイオリズム的に最初から調子のよい日だったのかもしれない。ところで私はバイオリズムという言葉は嫌いではないがバイオリズムという言葉をやたらと使うタイプの人は普通に苦手である。まあ得意な人もいないだろうが。

帰宅してもまだ17時だ。なんとなく風呂にお湯を張ってみる。こうするとあがるなりビールのコースになってしまって、夜に本を読むでもなくすぐに寝てしまう気もするけれど、祝日に祝日らしく、予定とか計画とかにあまり左右されずにだらけて寝てしまうというのも一興だろう。自分でこうと決めた計画が崩れるととたんに機嫌の悪くなるタイプの人間のことをふわふわと思い出す。過去だ。忘れてしまってよいだろう。いろいろな人間がいる。かまわず、目配りせず、気配りだけは軽く、それくらいであまりかかわらずに、自分が機嫌のよくなれるところを目指してふらふらと。妻の顔を思い浮かべ、次の旅行で行きたい場所のことをあまり真剣にならないように気をつけながら雑に考えて検索などをしているうちに風呂が沸いた。風呂、飯作り、ビール、肉、本、旅行。今晩このあと仕事がないことに驚き、不安になり、不安とともに暮らしてきたことを思い、不安がないとそれはそれで不安になる人生ではあるなと笑って風呂に入る。

Xperiaから送信

まだ白菜はあったのに、また白菜を買って帰ってしまった。こころなしか古い方の白菜がしなびてきている、早く消費しなければ。いつもの倍量をざくざく切ってレンチン→半分にわけて片方は100均で買ったプラスチックの丼の中に、もう片方は100均で買った白いサラダ皿の中に分ける。サラダのほうは塩昆布をかければいい。丼のほうには豆腐を入れ、水を張ってさらにレンチンして、温まったら味噌をといて味噌汁にする。こうして、主菜(焼き魚)以外の二皿がいずれも白菜メニューになった。一味などをかけて食す。普通。じつに普通。しかしまあ人間というものはできたての温かいものを食うだけでなんらかの栄養を手に入れることができる生き物で、私は、ああ、人間でよかったな、と感じる。ああ洗濯が終わった。ちょっと干してくる。時刻は0時06分。

洗濯物を干し終わった。部屋は少しひんやりとしているがもう暖房はいらない。明日は少し遅めに起きて、出勤する前にまず電器屋に行く、そこで大型のモニタとティファールのポットもしくは象印のマホービンを買う。いずれももうすぐはじまる大学の学生向けの勉強会、NEJMのMGH case recordsの抄読会のために使うのだ。病理のラボなんだから病理の論文を読めばいいのだが、春に入局した若手が個人的にこれまで自学自習でMGH case recordsを読んできたらしく、だったらそれを使った勉強会をやって学生を集めようと決めて、もうすぐはじまる。コーディネーターは若手にまかせ、私は環境づくり。毎週1回、朝、1限が始まる前の勉強会なので学生のぶんのパンを買っていく。大学の近くにうまいパン屋がある。クロックムッシュが一番高いがそのぶんうまい、だからクロックムッシュはその日論文を読む担当の学生に渡す。ほかの参加者にもそれなりのサイズのパンを配りたい。コーヒーも必要だが、コーヒーが苦手な学生もいるだろうから紅茶や緑茶のティーバッグ、コーンスープなんかも用意してもいいかもしれない。いずれにせよポットかマホービンがあったら便利だろう。モニタはPDFをみんなの前に映すのに使う。カンファレンスルームのプロジェクタが古すぎて解像度が悪くて気に食わない。大型の液晶に映してみんなでそれをのぞき込むくらいでよいのではないかと考えた。

これらを買いに行くとしたらもう明日しかないだろう。このタイミングで祝日があってよかった。買い物をしたあとはゆっくり出勤して、胆膵CPCのプレゼンづくりと福島県拡大内視鏡カンファレンスの解説のプレゼンを作る。祝日だ、急な仕事も入らずゆっくり準備ができるだろう。夜には会議がふたつあるがそこまでにプレゼンの片方だけでも完成しているとよいなと思う。

時刻は0時29分。昨日の出涸らしでティーポットにたっぷりの薄い緑茶を淹れる。本の雑誌の最新刊を読みながら髪の毛が乾くのを待つ。夜中にLINE、なにかと思えば次の学会の相談で、なぜメールじゃないんだろうと思いながら慣れないフリックで長文の返事をうつ。ポッドキャスト「熱量と文字数」のかつての常連に、めちゃめちゃ長い内容を「iPhone○から送信」と末尾につけたメールで投稿している人がいて、まったくものすごい高密度な妄想、あれぜんぶフリックで打ってるんだからすげえよなと妙に記憶に残っている。そういえば燃え殻さんの最初の小説、ボクたちはみんな大人になれなかった、あれはたしかスマホで書かれたのではなかったか。すごいよなと思う。いや、書くことくらいは私にもできるかもしれないが、それより難しいのは「書いたものを見返すこと」だ。スマホの小さい画面ではろくに振り返りもできないし、伏線とかも回収せずに忘れたっきりになりそうである。スマホの弱点は推敲ではないか、ふと思う。スマホを握っている限り私たちは過去を推敲して改変することができない気がするのだ。

マナーあざっす

猛烈に忙しいが、自分で自分を忙しくしている部分が必ずあるので、この忙しさを誇ってもだめだし達成感を覚えるのもちょっと違う。自分で自分を忙しくしているというのは、「やらなくてもいい仕事を仕事だと思っている」とか、「ほかの業務とかぶっているはずのものを別個の業務とカウントしてしまっている」とか、「まかせておけばいいのに自分の正義感や使命感だけで自分の仕事だと認識して勝手にコミットしている」など、基本的には落ち度、そしてこの落ち度はあとで振り返るとかなり恥ずかしいタイプのものだ。忙しい忙しい、と言っていたころの自分というのがこれまで◯年ぶり◯回目といった感じで周期的におとずれるのだけれどそのすべてが何もかもみな恥ずかしい。したがって今の私もおそらく数年後には恥ずかしく思い出されることになる、そのことに、胸を張って開き直るのではなく、やや背中を丸めて自覚的に頬を赤らめていたいものである。

にしても恥知らずが多いよな世界には。ほんとに。いや違った、恥じらうのは自分のほうだ。



PCの壁紙、毎日自動的に入れ替わるやつにしているのだけれど、今日はモノクロのかっこつけた写真で、ヨーロッパの山脈のふもとの渓流、みたいな風景が広がっている。しかしPCの壁紙がモノクロだとなんだかすごくかっこつけてる感があってこれも恥ずかしい。今日はいちいち恥ずかしい。



カレンダーをみると年末までずっと仕事続きなのだがたしかにこれは自業自得である。ある人に私の専門領域ではない分野の講演をたのまれ、きびしい仕事だなあと思いつつもそれを引き受け、がんばってがんばってなんとか講演のプレゼンを作ったころ、ふたたびその人に会ったときにぜんぜん違う話題で、「市原くんはそろそろ仕事を絞ったほうがいいよ。特に前の病院でやっていた、画像と病理を対比するようなやつとかはそろそろ減らして、もうちょっと大学っぽい仕事をしたほうがいいと思う」と言われたので、「では先生からご依頼のあった例の講演をまっさきにお断りしたいのですが、よろしいでしょうか」と返事できたらだいぶかっこよかったけどできなかった。萩野先生にはこないだ「知ってますか? 大学に勤めたら何を言われてもわかりましたとしか答えちゃいけないんですよ」的なことを言われたがなるほどわかりましたと思って実際に毎日そのようにしている。どんな電話がかかってきても引き受ける。どんなメールもちゃんと返事をする。それが「自分で巻いた種」だと言われればそのとおりである。自分で自分を忙しくしているというのはつまりこういうところに根ざしている。あ、おもいだした、「まなざしている」という表現は、校正の人からすると見慣れなくて直したくなるものなのかな。私はこの「まなざす」という動詞はけっこう使いやすいなと思って最近よく使うのだけれど、これもまた、あとから振り返ると「なんか覚えたての言葉ばかり使って恥ずかしい時期だったな」みたいになってしまうのかもしれない。