魚じゃないのよ転座は

自施設でFISH(fluorescence in situ hybridization法)をできたらいいなあ、と思って「FISH やりかた」で検索してみたら、ちゃんとFISH法のプロトコルが表示されて、ふんふんと思いつつGoogleのページをスクロールすると、画像のところに突然魚のさばき方が出てきて、笑ってしまった。



本文と画像とがミスマッチなんだな。なるほど。

そしてよく見ると、一番右側のTikTokの画像、フィッシュボーンというのは髪の結い方のことだ。瞬間的に一周回ってこれは病理学のページかもしれないと思った、けれどTikTokのロゴがあったからすぐにその可能性は棄却した。FISH やりかた で髪の結い方を探す人間が果たしてどれくらいいるのだろうと思うけれど、アルゴリズム的にはここに載せておく価値があるくらい、私の知らない場所でのニーズはあるのかもしれない。

組織病理の世界にはfishboneならぬherringboneという用語がある。細胞がニシンの骨のような感じで配列することをherringbone pattern(ヘリンボーンパターン)と呼ぶ。ヘリンボンボンヘリンボンボンヘリンボンボンボーン。ああ、これ、発音、ヘリングボーンじゃなかったんだな、gは発音しないのかあ(今知った)。

ちなみに、herringbone patternという言葉はべつに病理だけの専売特許ではない。普通に編み物・織物の模様をあらわす表現である。Herringbone pattern、日本語に訳すと何になるのかなと思って調べると、「杉綾」と呼ぶらしい。杉綾! 風情! 日本語ってときどき目の覚めるような美しさを纏うなあ。まあ、何語であっても、そうなんだろうけれど。


世界のあちこちにある、その言語特有の美しい言葉というものを、のべつまくなし集めるサイトなどがあったらおもしろいだろうなと思う。いや、まあ、どこかにはあるだろう。今ほどSNSが盛んではなかったあの頃、たくさんのおかしなサイトが存在して、なぜそんなものばかり集めているんだろうと笑ってしまうような、かつてのタモリ倶楽部、今だとマツコの知らない世界に出演していそうな不可思議な数奇者の試みが、ちらほら見受けられたものだった。今はもうたどり着けない。マニアックなコンテンツというのは性質上、相当の熱量か、相当の商売力がないといいねがたくさん付くことはなく、なんらかの形で映えに結びつかない限り、いかに侘び寂びがあろうと外連味があろうと由無し事があろうと、現在のアルゴリズムではピックアップされず拡散のウズに乗っていかず、それだけでなく、そのまま路地裏で誰かに見つけられるまでしぶとく咲き続けているというわけでもなくて莫大なノイズに埋もれて消えてしまう。路地裏の誰も知らない花、検索もSNSも抜群に進歩した今、金にならないマニアックスは、灰をかぶって化石になるならばまだしも、たいていの場合は風化して塵になる。淘汰。そこにある憐憫を、私がうっかり風情と勘違いしているだけという可能性もあって、それはだいぶ失礼なことなのだけれども。


組織用語にはwhorl patternというのもあって、同心円状を基本としながらもどこかうずを巻いてつながって流れていくようなパターンのことを指すのだが、さてこれは日本語にするとどうなるのかな、と思って検索すると画像の大半は指紋なのである。指紋はwhorl patternなのだな。


本当はほかにもwhorl patternを呈するものはあると思う。それこそマフラーとか絨毯とか、織物の模様にだって使っていい言葉のはずだが、しかし、オンラインにおいては、指紋認証、セキュリティ、自己同一性、そういったもののほうが圧倒的に金になるし興味を集めると見えて、whorl patternの画像のほとんどは指紋であって組織病理の写真なんて出てもこない。こうやって世界は、最も掴みやすい一つの尖りに向かって猛烈に収束していくようになっている。誤差が吹き飛ばされ、偏差が踏み固められて、最大公約数の中でだけで遊ぶAIの戯言が文学だと私たちは勘違いさせられるようになる。