ワーイフクバスランラ

土日も含めて働いているけれど、以前ほどずっと働き詰めだという感覚がない。ようやく仕事には慣れてきたけれど右往左往している時間が多く、いわゆる「名前のつかない仕事」ばかりしているというのも、あるいは自分が「あまり働いてないなあ」と感じやすい一因だろうが、それよりも大きいのは、毎日帰宅してから料理をしていることだ。料理のタイミングでかなりリセットされている。

職場のデスクのPCを落としてから寝るまでだいたい2時間半。この2時間半。まず部屋の暖房を付ける。少し暖かくなるまでクイックルワイパーなどを軽くかける。脱衣所も含めて人が死ぬ気温を脱したタイミングでシャワーを浴びる。あがってから料理をはじめる。作って食って食器を洗うまでおよそ1時間だ。ここんとこずっと、冷凍しておいた米、焼いた魚もしくは肉、キャベツもしくは白菜を使った温野菜的なにか、そして大きめの椀に入れた汁物、という陳腐なセットをずっと作り続けている。調理の大多数はレンジを使い、たまにフライパンなどを用いる。15分で作れたら理想なのだがまだ手がそこまでくるくる回らないのでなんとなく25分くらいかかっている。そして10分くらいで食う。洗い物をする。この間に髪の毛がまあまあ乾く。洗濯をする日は料理をはじめるときに洗濯機のスイッチを入れると食べ終わって食器を洗っているあたりでだいたい終わっているのでちょうどいい、干す。洗い物がなければちょっとラッキーな日だなと感じる。その後、お茶を入れる。やすいほうじ茶。洋風の急須でちょっと多めに作る、マグカップで1.5杯分くらいのお茶が入る、それをゆっくり飲みながら、夜更けのテレビを見たり、スマホでRTA in Japanの過去動画や米粒写経の談話室などを見たり、Podcastを聴きながらAmazonでマンガの新刊を探したりしているうちに、意識が朦朧としてくるので、髪が乾いていれば寝るし、乾いていなければ乾かして寝る。これでだいたい2時間半である。平日、酒は一切飲まない。ここで酒を飲むと2時間半のリセットが体感として1時間半くらいに短くなってしまう。それはやっぱりもったいないと思う。

私はこの2時間半と、睡眠7時間、起床してからの1時間半、あわせて11時間、仕事から身を離している。これだけ離れていると、さほど「働き詰め」という感じはしない。私にはいまや、仕事以外の人生が半分弱もある。それは豊かなことだなと思う。ただこれらの時間ではなかなか本が読めない。読むのはもっぱら電車や飛行機での移動中だ。出張がなくなると本も読めなくなるだろう。





前の職場のメールアドレス、北海道厚生連から支給されたものは、職場内部でなければ送受信ができないし、職員IDを失った時点でもうワークしていない。完全に死んだアカウントだ。このアドレスの受診トレイを、メールソフトの左側のカラムにまだ残している。当然メールはこない。でも、未だに、目が行く。このことを利用して、「今週は対応しなくていい案件」のメールをいったんこの受診トレイに移動する。

今週対応する必要があるWeb会議、返事を送らなければいけないメールなどは、使用頻度の一番高い、現行の大学アドレスの受診トレイの中に入れておく。対応が終わった順番から、細分類フォルダの中に次々ぶちこんでいく。こないだ数えたら1000を超えていた。病院ごと、学会ごと、イベントごとにフォルダをわけている。

で、まあ、こうやって書いても、現物を見ないとよくわからないだろうが、まあいい。私がわかればいい。一番上の、アクティブな受診トレイに、[3]と書いてある。対応案件が今、3つあるということである。今週中にこの3つをなんとかする。次の、北海道厚生連の受診トレイには[5]とある。つまり来週以降に出席するウェブ会議などが5つある……ということなのだがそのうち1つは私が私に送ったメールだ。タイトルは「温泉旅行」。だいぶ先になるけれど、どこかのタイミングで温泉にでも行きたい、でも、今のペースでえっちらおっちら、毎日交互に足を出すような感じで働いていると、私はいつの間にか何もかも通り過ぎて誰もいない道をひとり歩いてしまう、だからこうして、「タスクリスト」の中に温泉であるとか、旅行であるとか、正月であるとか、そういったことを自分でリマインド代わりに格納しておくのだ。Gmailから自分にメールを出し、それを自分で受け取って、上から2番目のフォルダに入れておく、そうすれば私は毎日仕事場で、このタスクリストの上から2番目に目をやって、そうそう、温泉でも探さないとな、という気持ちになるわけである。


意味からはじまらないのに伝わるもの

エルヴェ・ギベールというフランスの作家の、エッセーになるのだろうか、『ぼくの命を救ってくれなかった友へ』を読んでいる。唐突に出てくる固有名詞、ミシェル・フーコー、50年近く前のフランスや世界の医療の状況などについて、単行本裏表紙の解説、さらにはWikipediaなどを見ないと、文章だけではあまりよくわからないのだが、それはべつにこのような本に特有の現象ではなく、たとえばファンタジー風RPGの文脈をもたずに『ダンジョン飯』を読むとあきらかに説明不足と感じられるのと同じで、その時代、その文化、その背景、その文脈を共有できていない人間は、独白にも物語にも入っていけないものだ。人間というのは、閉鎖された共同体のドアを無理やりこじ開けようとする欲望を持っている。しかし、このドアは、おそらく、私には開けられないタイプのものだ。それでもなぜか読み進めている。ふしぎな本である。


かつて、ロブ=グリエ『迷路のなかで』を平岡篤頼と縁のあるサンキュータツオさんから教えてもらって読んだとき、単語の意味はわかるのだが総体としての意味はわからない文体に、なんだか哲学のような本だなと、最初は雑に思っていたのだけれど、読み進めていくうちに、意味はわからないままなのだが自分の周りにすこしずつ、粒度の粗い霧のような、浮いている霰のような、作品の持つ雰囲気が漂い蓄積をしはじめるような感覚があった。それは、文字や単語が順列となって意味をつくりだしていく日常のコミュニケーションベースの言葉とは違うもので、つながりとか連携ということを介さずに、顆粒のような文字がスープの中に染み込んで総体としてなんらかの味わいになっていくのである。その味をただ飲み込んで胃の粘膜下層あたりで温度を知覚し、有機体が有機体と拡散によって混在するときの流圧のようなもの、それが気管とか横隔膜とかを妙におしつけて「体感」となっていく、なるほど、そういう文学体験があるのだなと、私はそこで確実に驚いて、言葉というもののむずかしさに絶句した。私はロブ=グリエのことも、平岡篤頼のことも、なにもわからないままに読んだ、つまりそれは、国産の西洋系ファンタジーが50年かけて語ってきたエルフに関する文脈を一切もたない非・オタクが葬送のフリーレンを読むようなものだった。そのような状態での『迷路のなかで』の読書は、意味とか、いわゆる「スジ」と呼ばれるようなものを私に与えはせず、しかし、舌圧子で口腔内をおさえられたときのような「押される感じ」を私に与えた。


エルヴェ・ギベールの読書はそのときのことを私に思い出させる。それはもしかすると単に、フランス語圏の文学を翻訳されたものの文体に共通するクセを雑に探っているだけの話なのかもしれないけれど、どうも、私は、思索の「索」というつながりの部分を切断されても人間の思いはなにか別のものをすくい取ることがあるのではないかということが気になりはじめている。かつて、そこを言語化できないままに考え始めるきっかけとなったロブ=グリエの著作と、『ぼくの命を救ってくれなかった君へ』とが、共鳴したり干渉したりしながら私の幼稚な読書を、そして生をゆさぶっている。それは今の私が、「うまく意味に落とし込めないところからはじまり、そこから結局意味までたどり着くことがないのに、なにか終わりを見せようともしている塊状のもの」に、興味を惹かれているということを意味する。

枠の交渉がいる

「人集め」が当座のタスクとなりそうだ。うちにくればいろいろ楽しいことができるよ、めんどくさい仕事は私が代わりにやるからさ、という触れ込みで、私たちのやっているめんどくさい仕事の一部を分担してもらう戦力を探す。建前の伽藍で方便のシュプレヒコールみたいなことになっている。そんなことで人が来てくれるだろうか。

「めんどくさい仕事を私が代わりにやる」に嘘はない。しかし、実際には「私の代わりにやってもらいたいこともある」ので、ちゃんと話すとだんだんうさんくさくなってくる。いや、まあ、就職というのはそういうものだ。お互いがお互いの得意なもので勝負できれば、それでみんながほどよく貢献できれば、それが一番いいことだろう。ただ、これもひとつの綺麗事である。あまねく人類が共通して得意なこと(例:ストレスなくチヤホヤされること)がある一方で、ほぼすべての生命体が苦手なこと(例:確定申告)もある以上、分担というのはニコニコだけで乗り切ることはできない。お互いにうまく融通し合う、なんていうのはひとつの幻想だ。誰もがやりたがらない仕事が全員から等間隔の場所に積み上がっているシーンは、どんな職場にも必ず存在する。スクラムを組んだって足元にスペースは生まれる。どうしたって、誰かが、えいやっとしんどい思いをしてその隙間を埋めに行かなければいけない。

そういうめんどくさい仕事の多くは、私がいれば、私が担当する。でも、私が毎日いるわけではないし、私だけではさばききれない仕事を手伝ってもらうことも出てくる。

こういうことを粉飾なしに語ると、仕事を探している人間は、たいてい引く。でも、普遍的なことである。



「なぜ俺がこんなことをしなければならないのか系の雑務」というのが世の中にはたくさんある。うちの職場の場合、そういうのは私がやるし、私はわりとそういうのが得意だ。そして、私と一緒に働いている人間は、ああなるほど、そうやってうまく感情を使わずにやっていけばいいのだな、と、学ぶこともあるだろう。あると思う。わからない。ぜんぜん通じていないかもしれない。すべての人がそういう雑務のこなし方を学ばなくてもいいだろう。それは得意な人がやればいい。

問題は、「自分でやらないと成長できないと言われてしまうタイプの事務」のほうだ。ここではドラクエが比喩になる。仕事を「敵」ととらえた場合、倒したときに得られるものはゴールドとEXだ。このEX集めのほうがメインになるシーンは必ずある。ダーマくらいでいったんレベル上げしないとだめだな、ってなってメタルスライムを狩りに行った記憶を思い出せばいい。そういう敵……仕事を私が代わりにやってしまうというのは正直よくないと思う。ただ、これを、「ゴールドの効率が悪いからやりたくない」というタイプの冒険者がけっこう多いなという印象がある。

医者の場合、専門医をとればそういう「素材集め」とか「収集タスク」からは卒業できると思っている人間が一定数いる。それが間違いだとは言わないがちょっと見通しが甘いと思う。レベル20になれば一人前、うん、それはダーマで転職できるという意味ではそうだけれど、えっ、まだカギもぜんぜん集まってないしオーブだってこれからなのに、いいの? いいという人は確かにいる。でもそれってドラクエIIIやってる楽しさの10%にも届いていないと思うんだけどな。



ところで最初に書いた「うちにくれば楽しいことができる」というのも、保証というわけではなく希望でしかないし、ほかでもない私が楽しいと思っているだけで他人からみたらそうでもないということも十分にあり得るので、じつはここも、若干誇大なコピーである。合う・合わない問題。響く・響かない問題。進路を決めるというのはどのみちそういう話だ。事前の触れ込み通りに快適な生活を100%送れる勤め先、なんてものは世の中には存在しない。たくさんの不確定要素があって、それらのどれかは人によっては許容可能で、またどれかは人によっては絶対に共存できないNG項目であったりする。ああ、人集めか、難しいな。春からは当科の専攻医が3名になる、これはほんとうにありがたいことで、全国の病理部からすると「そんなにいるのかよ」と驚かれるレベルだ。「人集めが難しい」なんてよく言えたものだなとおしかりを受けるレベルだ。でも私はもっとたくさんのことをやりたくてここに来たのだ。札幌厚生病院でできることは一通りやってきた。それをまっすぐ延長、するだけではなく、横方向に伸ばしたり接ぎ木したりして、立体的にぼこぼこ広げていきたい、そのためには、私と似たようなことを考えてくれる人を、あと2800名くらい雇えたらベターだなと考えている。

金相場ならよかったのに

クリアファイルというものはオタクにとっての「お陰の御札」のようなもので、参拝の記念であり、実際になにかを挟んで使うようなものではない。ただ、私は、けっこう使っている。それもわりと便利に使っている。

今のデスクは造作が古く、重くて大人一人ではとても動かせない。天板にはきれいな木目があるのだけれど、そのせいで紙にボールペンで何かを書こうと思うとペン先ががたがたしてしまう。デスクマットが必要だ。しかしデスクマットというものは意外と、ほどよいものが売っていない。いまどき天板がガタつくようなデスク自体が売っていないからニーズがないのだろう。ネットで調べてみてほしい。昭和のころに食卓に引いてあったあのグニグニの透明のマットみたいな質感のものばかりが出てくる。かなり硬めのマウスパッドを買ってみたのだけれど(けっこう高額だ!)、それでも、ボールペンの先は沈んでしまって紙に穴が開く。「書けます」と明記してあるものを買っても結果的に書けなかったこともある。何種類も試した。オンラインの買い物はクソだと思う。やはり文具店に行かないとだめなのだろう。ただそんな時間はないしそもそも文具店なんてこのへんにはない。そこで今回取り出したのがこちらのクリアファイルになります。前職の本棚からきちんと持ってきた大量のオタクグッズ。何かを書くときに、クリアファイルをさっと抜き出して下に敷く。これできちんと字が書ける。こういうかたちでクリアファイルを使う日が来るなんて。SNS医療のカタチのクリアファイルが白くて便利だ。カンデル神経科学の黒いやつもいい。映像研には手を出すな!のやつはイラストレーションが多すぎて目がちかちかする。阿・吽のやつはイラストレーションが美麗すぎて、その上にペンを走らせることをちょっと躊躇する。

御札を使うなよ、という声がどこからともなく聞こえてくるので窓を防音のものに変える。



ポッドキャスト「熱量と文字数」を聞いていた。歴史あるコーナー「ブヒ部」というのがあって、ハイコンテクストすぎて素人にはまったくおすすめできないのだが、ここ数年楽しく拝聴しているし、なんなら出張の移動時間などにちまちまとアーカイブをたどって過去のものも聞いている。ひがもえるという芸人さんがいて、YouTubeではプラモを作ったりしているのだけれど、彼、ちなみに師範と呼ばれているそのひがさんが、滑舌は浅いが解釈は深くてとてもよいのだ。でもまあ全体的に最低のコーナーではあるのだけれどその最低の底の底のどん底のところを通底する、なんというか、オタクの、ざっくりと呼ぶと「気持ち」みたいなものに、私は心のどこかで憐れみとも哀れみとも怜れみとも違う慈しみのようなものを抱いている。ブヒ部というのはつまりはオタクの妄想を垂れ流すコーナーなのだけれどパーソナリティのサンキュータツオさんが、オタクとその妄想対象であるキャラクタ(女性が多いが男性のこともある)の声をむりやり演じ分けてお便りを読む、その現象、その構造、それらがすべてしみじみとした味を出す。いりこ。にぼし。かつおぶし。ちくわを入れておくと顆粒だしを入れなくてもそれなりに味が出ます。さて、このブヒ部において、先日、あまりにすばらしい表現があって私はのけぞって大笑いをしたのだが、それは、オタクの送ってきた妄想おたよりが二通続けて、「途中まで熱量があったのに最後なんかスンって急激に終わる」展開ばかりで、それを評してタツオさんとひがさんが二人で「最後、眠くなっちゃったのかなあ」と言ったのである。「最後、眠くなっちゃった」! ああ! ゲラゲラ! わかるなあ。オタクはみんな、もうすぐおじいちゃん・おばあちゃんだ。「最後、眠くなっちゃった」の、「っやった」が、まさに、刺さる、染み入る年齢だ。そうだ。そうなのだ。ブヒ部を聴いているようなオタクたちのコアとなる年齢層はおそらく40代後半。私と同年代。男性・女性問わず更年期との戦いがはじまっている。撮りためた録画番組をかつてのようには見られない。視力・筋力・関節・腱・脳。脳! 体力は落ちる一方。集中力は解散。「最後、眠くなっちゃった」。何度でも噛み締められるよいフレーズだ。ああ、私も、最後、眠くなっちゃうことが増えた。毎日そうだ。「なんだか、眠くなっちゃった」。そうやって日々、急速に意識を閉じて翌朝を迎えている。



私は王道のオタクではなく、どっちかっていうとオタクエアプ勢とでもいうか、オタクの空気の真ん中を歩きながらオタクを観察していただけの、オタクサファリパークの年間パス購入会員といった風情なので、本当はあまり、オタクコンテンツについてあれこれ言うべき立場ではないのだろうと思っている。けれど今回書いていて思った。私はオタクらしい行動はさほどしてこなかったけれど、オタクたちに共感できるくらいにはオタクたちの文化、風習、コンテンツに、人生の一部を預金してやってきたのだなということを。元本割れ。ペイオフ。

お詫びのメール

研究会で懇親会があったのは木曜日だ。そこから5日経った昨日、夜中に、若い病理医から丁寧なメールが届いた。「懇親会で無礼な言動をしてすみません」とお詫びが書いてある。何度か読んで混乱した。なにが? どれが?

おそらくだが同席したほかのドクターに何か言われたのだろう。昨日きみは市原にだいぶ失礼なこと言ってたぞ、お詫びしときなさい、とか。

まいったな、と思った。そして、これは私の責任だなと思った。

先に書いておくと、その若い病理医は私にたいして何も無礼な言動はしていない。それどころか、懇親会では率先して店を探したり会話を回したり会計の手続きをしてまわったり写真を撮ったりと、ほんとうによく気がついてくるくるとよく動き回って、好印象でしかなかった。つまり、私は本当に「謝られる意味がわからない」。ただしこれをより正確にいうと、「謝られる意味はわからないが、謝られる構造はわかる」。カマトトぶって「えっ何が~わかんないわかんない、謝まんなくていいよぉ~」みたいな「馬鹿のふりをしているがじつは聡いギャルタイプのホスト」として胸の前で手を小刻みに振っていてもしょうがない。私は、あの日、その若い病理医が、謝りたくなるような存在だった。

私は懇親会の席で、47歳である自分の単純な見た目・社会的な見た目を考慮することなしに、「多動の30代」くらいのノリで振る舞っていたのだと思う。「思う」というのがまたよくないのだ、本来であれば、自覚してコントロールしていなければいけないのだけれど、若手病理医からのびっくりするような謝罪メールを見てあらためて自分を分析すると、たぶんそういうことだったんじゃないかなとようやく気づく、ということだ。

それは、たぶん、若い人間からすると、すごくやりにくかったのではないか、と思う。

思えば今の私は、相手が40代くらいなら、基本的にいつも下から目線で敬い以外の何も表面に出さない。これは悪いことではないと思うのだけれど、そのことを徹底しようと思うと、気付かないうちに自認が30代になる。だから、話し相手が30代くらい、つまり自分より10も15も下の人間のときに、「タメ」の感覚が出てきてしまう。本来ならば47歳の相手にすべき「タメ」の言動が、30代の相手に対して漏れ出てくる。それは間違いなく恐怖の対象だろう。一回り以上年齢が上の人間が、「私なんてとてもとても」「まだまだです」「実績がないんで」などと謙遜をくりかえすと、下の人間にとっては、「こういう人間を敬うための装置を用意してそれを起動させないとこの場にいつ火が付くかわからない」という、クリアと罰の基準が両方わからないデスゲームに強制参加させられた状態になってしまう。あと、単純に、たどりついた雰囲気としては「若手と話を合わせようとチラチラこっちを見てくるおじさん」と区別がつかない。ドライバーミューテーションは違うがフェノタイプは一緒、みたいな感じに近い。

これまで人の少なかったこの業界で長く下働き・下っ端・奴隷として働いてきて、「慇懃無礼だから君のことはこれからインギンオブジョイトイと呼ぶよ」などと言われながら、永遠の部下ポジションとしてやってきた私は、しかし、札幌のいち病理医として働いていた間は、どこか、大学やハイボリュームセンターの人間から、「いろいろ得手はあるのかもしれないが、それはそれとして単なる市中病院のコマ」と安心されてきた。「こいつ、ずいぶん謙遜するけど、でも、実際に下の人間だからな」と、どこかで思われていた。でもポジションが変わったことで、私の内在していた圧がわかりやすくなったように思う。元はなかった圧、ではなく、いつ吹き出してもおかしくなかった圧が、火口からはっきり視認できるようになった。つまり私は、私自身は何も変わっていないし、親しい人間からしたらそんな当たり前のことは言うまでもないので逆に身近な場所では話題にも登らないのだけれど、ふだんあまり付き合いのない界隈からすると、「ふつうに年齢相応」の人間としてわかりやすくなったのだと思う。そのことに私はまったく自覚がなかったわけでもないのに、懇親会の気楽さで、ちょっとはめをはずした。つまり、懇親会で本当に無礼なことをしていたのは私だったのだ。私がしっかり礼を認識していたならば、あの場で私は、会話を盛り上げようとも、受け答えを楽しもうともせずに、周りの70代・80代の病理医と同じ顔で(これは誇張ではなくほんとうにそういう場だった)、静かに笑い、なるべく偉そうにしゃべり、自らの経験を問わず語りし、空気を読まずに英霊のように実績を見せびらかして、「若手が近寄りがたい中年」を徹底していたはずだ。でも私はそれをしなかった。フランクな、話の分かる、隙があって弱さもある、付き合いやすい病理医、みたいな顔をしていた。それは単純に今の私の見た目や立ち位置からしてミスマッチだった。そういうところが若い人間に「逆説的な圧」を与えた。私は47歳の中年男性として、「若い人間からは決して理解しきれない、めんどうな中間管理職」らしく振る舞うべきだったのだ。そのほうが、相手する人間たちからしても、「型通り」の接し方でよく、だいぶ楽だし、こんなに気を揉むこともなかったであろう。

夜中、Gmailの着信したスマホを片手にフリーズした私は、これにどう返事をするか悩んで、結局ひとばん待って、翌朝出勤して、デスクのPCを立ち上げてメールソフトを起動させる。

しかしだ。

この関係は、修復しないほうがいいのではないだろうか? だって、ここで、私がフォローにフォローを重ねて優しく明るく「そんなことないんですよ、これからも仲良くしましょう」みたいなことを書いたら、それこそ、「47歳の病理医っぽくない返事がきた!」と相手を怖がらせてしまう。私はもう、このまま、「30代からすると付き合いづらい病理医」として、つまり、世間一般の40代後半と同じようなハコに放り込めるわかりやすいキャラクタのまま、やっていったほうがよいのではないか。

そう思った。しかし、指は、いつものようにメールを打っていく。これを送るとまた、相手には圧がかかるんだろうな、懸念をしたけれど、私はメールを結局このようなことばでしめくくった。

「これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申しあげます。市原 拝」



拝 じゃないのだ。怖いだろう、むしろ。