DIYHIGE

15年くらい前、札幌厚生病院の病理診断科に実習に来ていた学生の何人かとよく音楽の話をした。音楽の話ができなかった学生のことは忘れてしまったが、音楽の話ができた学生、七、八人のことは今もうっすら覚えている。なかでも、特に私と音楽の趣味があった二人のことは、これだけ時が経っても忘れることはない⋯⋯とまで言うと若干盛った、じつは、名字とかはおぼろげだし、顔も印象派の絵画くらいにはノイズがかかっているのだけれど、名義や外見はともかく語り合った音楽の印象は忘れない。15年経つとお互いに立場も変われば顔も変わる、今すれちがってもあるいはわからないだろう、でも彼女らをきっかけに聴いた音楽のギターリフ、ベースライン、ボーカルの音質は今も脳内でなら完全に再現して響き渡らせることができる。そういうことはあるのだな、ということを、当時は全く気づいていなかったけれど、今、知るし、今後そのような出会いというのはたぶんそうそうないのだろうなと思う。

その中のひとりと、以前、病院とは関係ない場所でばったりと再開した。臨床検査技師だったその人は、転職してある機器メーカーに勤めており、私の専門領域に微弱なかかわりがあったために私に連絡をしてくれた。そこからときおり、何年かに一度のレベルだけれど、たまに学会場などで顔を合わせて挨拶をし、最近はどんな音楽を聴いているのかと尋ねる。私はもっぱらポッドキャストばかり聴いていて、ほぼほぼバンドミュージックからは離れているのだけれど、その人は今もたくさんの音楽に囲まれて暮らしている。かつて私たちが好きだったバンドのボーカルがスピードに惑溺してすっかり変わってしまって残念だとか、最近好きになったバンドのメンバーが妊活に入るからといってバンドをいったん活動休止にしたのがかっこいいとか、そういうことを数年に一度、聴いて、おもしろがっている。

最近はまっている音楽とかどんな感じなの、と聴いて、あがってきた名前が、MJ Lendermanという海外の男性アーティストだ。どういうところがいいのか聴いたら「声質」というからおもしろい。その人はバンドで演奏もするのでてっきり楽器のほうが好きなのかと思ったけれど、結局音楽というのは声質なんですよね、ぶっちゃけ、みたいなことを言うから私はにこにことした。そうだよね。理屈じゃないよね。MJ Lendermanはかすれた感じだ。MJ Lendermanはよいギターを弾く。MJ Lendermanは昔聴いていたことがあるような気もする。MJ Lendermanは昔のたいていのバンドよりもはるかに音楽性が高くてうまい。ははあ、正しく歳を取って、正しく趣味を広げているもんだなあと、私はその人の相変わらずの音楽の趣味の良さの先の、人生の楽しみの見つけ方のコツみたいなもの、に、じわりと感動をした。

もう一人は何をしているだろうか。ぜんぜん会うこともない。どこにいるのかもしらない。ただ、私の部屋の本棚には今も、彼女から借りたスーパーカーのライブDVDが、返し忘れたまま収まっている。私の生涯唯一の借りパクの相手がこれを見ていたら、連絡はしてこなくてもいい、ただ最近どんな音楽を聴いているかを、宛先のないポストでもして世に流しておいてほしい。いつか私がそれをみることもあるだろう。いつか私がそれを聴くこともあるだろう。こないだ燃え殻さんが沖縄で須藤寿の弾き語りを聴いていた、そのとき私は彼女のことを思い出した。いたなあ、と思った。

外食の構造

中華料理屋ならだいたい間違いはないだろうと思っていたのだが、たしかにあんかけ焼きそばは間違いなくうまかったのだが、セットの半チャーハンが今日未明に炒めたのかというくらい冷たくてびっくりしてしまった。まずい料理を出す中華料理屋。そうかそうか、一周回っていい体験をした。申し訳程度にくっついてくる杏仁豆腐もザーサイもよく考えたら別にいらない。それでもあんかけ焼きそばがうまければまたいつかやってきてしまうのだから、私はたぶん普通に中華料理が好物である。ラーメンよりも、焼き魚の定食よりも、生姜焼きと比べたとしても、たとえ相手がカレーだったとしても、中華料理が安心だ。ほか、居酒屋ランチも好きで、昔は出張の際にはたいてい、居酒屋が昼間はランチだけやっているみたいな風情の店を探してありあわせの定食を食べたりしていたのだけれど、たぶんこのブログにも書いたことがあるけれど、あるときから、居酒屋ランチ、味はいいのだけれど椅子やテーブルが思った以上に汚いという羽目に、二度ほど連続で遭遇してしまったことがあり(いずれも東京だった)、まあ、別にそこまできれいじゃなくてももともとあまり気にはしないが、さすがにこのあと発表というタイミングでスーツを汚すのも気が引けると思ってすこし足が遠のいている。

私の生活のなかで習慣になったものの多くは、東京に行くとしばしばリセットされる。東京を訪れるタイミングが年に二、三度で、それくらいの期間何かをやり続けていれば、当然、飽きることもあるだろう。でもそういう時間の問題だけでもなく、東京というところは、構造というかシステムというか、とにかくたくさんのつながりや折り重なりの中に、「飽きを喚起する」ものが含まれているような気がする。ここにいるといろんなことに飽きる。私の八方美人的な性格と、東京との相性はすごく良く、私は東京に「何かに飽きるために」来ているのではないかと感じることすらある。私は東京に来るたびに何かに飽きる。

飽きないのは仕事くらいだが、あまりに東京ばかり来ていると、いつか仕事にも飽きるのではないかとすこし心配である。


遠方に住む息子からときどき送られてくるLINEに、さまざまな自炊の写真が載っている。トマトからソースを自作したパスタを作っていたり、パンケーキ用のクリームをこしらえたりしている。私と同じ性格をもつ息子は私よりはるかにかしこく、料理や食事にかんして多くの選択肢というかバッファを持っている。それを見ながら私の自炊欲もむくむくと高まるし、東京に来ているうちは自炊なんてできないわけで、だから私にとっての東京というのは飽きを喚起するように感じる場所なのかもしれないなと、桂馬のような飛躍をしつつ東京を後にする。買ったことのあるお土産を買って帰る。

チェックしないメイト

5月30日土曜日。早朝から委員会に出てそのまま学会会場へ。セッションがいくつかあるのだがどうしても返事しなければいけないメールが2通ある。おまけに、2通とも内容をPCで確認しないといけない。電源のあるスペースを探してPCを開いた。せっかく学会に来ているのにもったいないなと思う。内容は寄稿論文のチェック。依頼原稿の締め切りが5月中だというので、金曜日の夜に「最終チェックお願いします!」といってメールを送ってきた、それもまったく違う施設から、2名別々に。土日のうちにお返事くださいと、書いてはいないが感じられる、それぞれ交流のない医者がほとんど同じ文面で送ってくる2通のメールに、同時に返事をする。血圧の薬を飲み忘れている。両方ともよく書けている。コレステロールの薬も飲んだほうがいい。この1週間にぎりぎりの状態でやりとりをした。どちらの論文も、病理の項目について、何週間か前に、私は都合1日で書いて送った、それでも最終確認はこんなにぎりぎりなのだ。言いたいことはいくつかある。けれども、それぞれ、ちゃんと締め切り内に書き終えてはいるのだから全部OKということになる。締め切りを越えるよりましだ。書かないよりよっぽどましだ。

電源スペースでばかすかメールを売っていると、旧知の教授が近くに座ってPCを開こうとして、ダブルばかすかになる前に、軽く挨拶をする。理不尽な要求の話がすぐにはじまる。あるよなーそういう理不尽、と言いながら、互いにゲラゲラ笑う。論文のチェックはなかなか進まない。けど、知人とあって笑い、知人になりそうな人に会って挨拶をし、知人ではないけれど互いに知っている人と会って名刺を交換する。こういうのが学会の楽しみだよね、と内心はほくほくしている。論文のチェックはなかなか進まない。旧知の教授は札幌在住なので、冷静に考えて、べつにこんな東京くんだりで、ひさしぶりだね、ひさしぶりですね、などとやりとりをする必要は全くないのだけれど、でも、近くに住んで精勤している人で、学会の会場でしか顔を合わさない人なんてのはたくさんいる。お互いに、まじめに働けば働くほど社会と没交渉になっていって、学会でもなければ会わないよね、みたいなことも含めて、探検隊(あるある)。チェックはなかなか進まない。ちょっとだけ進めた。


2泊3日の出張をトートバッグひとつでこなすのは無理がある。パンパンに詰まっている。着替えが。電源が。家からもってきた本1冊はさっき捨ててしまった。荷物を減らしたかった。名刺を1枚もらうたびにカバンの重さが増えていく。学会だなあという気がする。共同研究の数はいまいくつになったのか。次の学会ではアメリカ在住の友人と朝食を食う。そこで広がる話もあったらいいなと本気で思っているし、あれもこれもと口を出すばかりで、手を動かさないままにこの1年を仮に過ごしてしまったら、私はちょっと残念な方向に入ってしまうだろう。口を出すからには手を動かさなければいけない。黙って手を動かすことが多い仕事だけれど、本当は、しゃべりながら手を動かす、そのほうが、人の間で働いているという醍醐味をよほど感じられるというものだ。でも、こうして今、ブログを書いている。口を動かさずに手を動かすだけのことをしている。チェックはなかなか進まない。

副交感スイッチ

今後どうやっても『がんユニ』のようなペースでインタビューして本を作るなんてことはできないな、と思ったのだけれど、ついさっき、ちょっとしたアイディアで『がんユニ』の続きが作れそうだなということを思った。続きを作るというか、そもそもこの本を大学に見立てた段階で、大学というのは続いていくものなのだから、今後も続いていきそうな座組で見立て続けていけばそれでいいのではないか、という感じ。はあ、なんか、ちょっと気持ちが楽になった。本、出たんだなあ。いい本になったなあ。これからも、この方向を、やっていけそうだなあ。うれしいなあ。進行中の案件を4つくらい同時に終了させたような爽快感がある。いくつもの絡み合う仕事をしていたのだなと思うし、そこにはおそらく趣味も遊びも取り込まれていて、だから今の私はすこしだけ仕事が減って楽になったし、趣味や遊びが終わってもうおうちに帰らなければいけないんだなというさみしさの中にもいる。

有楽町は50%くらい梅雨の空気で、これは30年前の札幌の7月くらいの気温だ。まだ5月なんだけどな。

このあと腹部画像研究会の懇親会に出る。もともと私の前任地のドクターや技師さんが立ち上げて30年近くやっていたオンサイトの研究会を、感染症禍にオンラインに切り替えたら、札幌だけでなく全国の有志が集まれるようになって、そこからきちんと発展して、はあ、Zoomにしてしぼんでいく会ばかり目にしていたけれど、こうしてZoomで広がっていく会というのもちゃんとあるんだなと、珍しいものを眺める目でうれしく見ている、そんな勉強会が腹部画像研究会だ。全国学会のときには懇親会をやる。オフ会というやつだが名目としては「情報交換会」と呼ぶ。ふだんオンラインで多いときは100人が集まるが、学会の際に現地で集まるのはせいぜい10人とか20人くらいだ。けれどしょっちゅうやっているからあまり気にしない。幹事は札幌の放射線技師が務める。お店選びについては、「途中でPCを取り出して超音波画像と病理組織像の対比の話をはじめても問題ないような店の雰囲気かどうか」というのを第一選択基準としていると聞く。店で症例の話すんなよ、という気もするが、「店でも話をしていい」という範囲がある程度許容されるならば、私たちはいつだって、画像と病理の関係について話をしたいのだ。それが許されるならば、だ。倫理以前に感覚として、隣の客に病気や医療画像の話をばんばん聞かせるのは、それが音響工学的なトークに終止するとはいってもあまりよいことではない。だから懇親会場はきちんと選ぶ。幹事は優秀なのでそういうところをきちんと考えている。湿度の高い夕暮れにじわじわとスーツの中に温度を溜めながらPCを叩くうち、懇親会に対する期待感が高まっていく。いろんな人に聞きたいことがたくさんある。共同研究の話もしたい。もう抱えている仕事はいっぱいなのだけれどそれでもこの領域でこうして集まるのならば一緒になにかがしたい。

胃腸が痙攣している。ネクタイをはずして息をつくと腸が動き始めて屁が出始める。懇親会場まで歩いて15分ちょっと、その間に有楽町の町中に町内ガスを希釈しながら散布して歩くことになる。近頃、いつもこうだ。真夜中に職場を出て車に乗ると途端に腸が動く暮らし、たまにバスに乗るとガステロになってしまうからバスで帰宅したくない。今のくらしをあと10年続けたら私の腸は虚血にやられて穴が開くだろう。そうなる前に、やれることをやっておく。続けるという見立て。自分の配役。

このあとシャワー浴びますね

「不機嫌な人」にはそれぞれ理由があったりなかったりする。理由もなく不機嫌な人のことをみんなは普通に嫌いだと思う。「気分屋」は迷惑だ。一方で、「理由があって不機嫌な人」に対して、世の中はちょっと甘い。怒るだけの理由があるよねー、とか言いながら、不機嫌で人を動かす人を甘やかす傾向が、今の地球にはある(大きい大きい主語)。

まあ世間は世間。

人前で不機嫌を使ってなにかを動かそうとする人が、どれだけ優秀だろうがどれだけすばらしい理念を持っていようが、私はそういう人となにかを積み上げていける気がしないし、あっというまに軽蔑する。たぶん世の平均より早めに軽蔑する。

物事というのは子どもが階段をグリコ・チョコレート・パイナップルで登っていくのとは違って、あちらがすこし盛り上がったなと思ったらこちらはすこし盛り下がったり、ここがやかましいと思っているうちにあっちがうら寂しくなったり、そういう、複雑な入れ替わり、ノイズ、シャッフル、ランダム、勝ったり負けたり、一進一退でやっていくものだ。あらゆる物事は、自分にとっての快と不快とをたくさん経由しながら進んでいくのが普通のことである。それにいちいち自分の機嫌をあてはめていたら、きりがないと私は思う。でも、なにかにつけて自分の「不機嫌」を動員し、それでなにかを動かそうとするという人たちがたまにいて、そういう人たちのアイディアのうすさに私はびっくりする。自分が不快を覚えない世界を達成するために生きている人間のあさましさに私はびっくりする。そんなの無理だろう。そんなの無茶だろう。



ある日、飛行機に乗った。けっこういろいろと無理をして仕事を片付けた。ひいひい言いながら空港に到着し、でも、ここまで来てしまえばあとは旅路に体をまかせていくだけなのだ。フードコートの山頭火のデジタルモニタの、デフォルトで紹介されているおすすめのバカ高いラーメンを避け、小さく表示されたメニュー欄から普通の塩ラーメン(それでも1000円ちょっとする)を選んで、もそもそ食っているうちに、ああ、よーし、俺、これから出張だ、デスクにいないからいろいろ仕事は溜まっていくけれど、それはもう旅路にあってはどうにもならないことだ、帰ってから考えるしかない、ああ! うわあ! よーし! そうか! もうどうでもいいんだ! こっからは楽しく過ごすぞお! と、スープの塩分濃度と共にテンションもバク上がりしてホクホクと機内に乗り込んだ。自分の座席に座って、シートベルトして、買ったばかりの本を読み始めて、すこし読んだところで猛烈に眠くなってきて、ああこれ寝て起きたら東京だよな、と思いながら目をつぶって、だいぶ長いこと無のなかにいて、ぱっと起きてもまだ飛行機が飛んでいない。聞くと旭川空港の保安検査場を、通過した客の確認をしているとかなんとか、それはおそらく符牒なんだろうなと私はとっさに思った、それくらい機内には多彩な人びとが乗っていて、あるいはその一部は公安に睨まれているとかパスポートが偽造だとかそういうこともあるのかもしれないなーと思った。まあ全部妄想なんだけど、とにかく事実として、19:30に離陸するはずだった飛行機は20:30になってもまだ地上にいた。うーん、これだと東京の定宿に入るのは23:00を過ぎるかもしれないなあ、でもまあ着けばいいか、飛べばいいか、せめて飛んでくれよと思った次の瞬間。

隣の席のおっさんが小さく舌打ちをした。

私はそれにものすごくびっくりした。客室乗務員に聞こえるようなボリュームでもない。それは隣に座っているたいして歳の変わらない私にしか聞こえないくらいに小さな控えめな、ミニマムな抑制まみれの舌打ちだった。彼はあきらかにいらだっていた。舌打ちが止まらない。何度も何度も舌打ちをする。一瞬、口腔内になんらかのトラブルを抱えていて舌打ち様に聞こえるだけなのかなと思ったけれど違う、彼は不機嫌なのだ。飛行機がなかなか飛ばないことを受け入れられなくて不機嫌なのだ、だから舌打ちをしている。自分の不機嫌を世界に伝えることでなにかが変わらないのかとニヤニヤしながら世界を眺めているのである。

なんて小せえ人間なんだと思った。

無能だなーと思った。

病院にいる、あるいは病院にいた、もしくはこれから病院に入ってくる、さまざまな人間のことを瞬間的に思い浮かべた。こういう「舌打ちタイプ」がいるよなーと思った。

耳障りな舌打ちが何度も何度も響く。それは決して周りの多くの人には聞こえない、ただ、座席番号15Cのまわりに座っている15Bとか14Cとか16Cくらいの人間がぎりぎり聞こえるか聞こえないかというボリュームで、「自分はこの件に関して不機嫌である」ということを周りに伝える。そのために彼は舌打ちを繰り返している。私とたいして歳の変わらない、つまりは世間からみるとゴリゴリの中年が。

ああ⋯⋯と思った。なんてさみしい話なんだろうなと思った。「とても狭い範囲にしか射程が届かない舌打ち」をする人間。いわゆる郷土の英雄、地域の天才みたいなタイプに多い。それなりのポジションについてある程度人から尊敬されている人間にも多い、「気持ち小さめの舌打ちムーブで人に圧を与えようとする人」。


そういうタイプの人を見て私まで機嫌が悪くなるとしてそれは違うよなとじわじわ感じた。


飛行機は無事飛んだ。東京の定宿(離れたところにあってとにかく安いのだ)についたら日が変わろうとしていた。途中のコンビニで買ったレモンサワーのプルタブを開けようとしたらはやりの「ジョッキ缶タイプ」なのだ。あっ嫌だなと思ったけどとりあえず開ける、そしたら、せかせか歩いてきたときに揺らしていたせいか、中身が壮大に吹き出して、太もものあたりをいっぱい濡らした。ああ、どうしようかな、と思った。不機嫌をえらぶか。ご機嫌をえらぶか。誰も見ていない。誰も何も言わない。ホテルの部屋でひとり。私は、ご機嫌でいることにした。私は、不機嫌でなにかをするタイプの人から、とにかく離れて暮らしたいなということをかなり強く思っていて、だから本日、結果として、こうして、ベッタベタになったふとももを気にしながら軽くレモンサワーの糖分でべたついたPCをばかすか打ってブログを書いている。明日はシンポジウムである。明後日もシンポジウムである。ありがたい話だ。うれしい話だ。