ダイキンではなかった

部屋が暑いなーと思ってしまってあったうちわを使ったらホコリが舞った。最初に少し拭いてから使えばよかった。うひ、と声に出た。まあ大した量ではないのだがホコリというのは目に見える時点でちょっとしたストレスだ。ダストにしてもプライドにしても。

メンツやプライドの話ばかり見聞きする。メンチやフライドの話ばかりすればいいのに。

と、書いておいてその言葉尻に自分で反応するわけだが、「〇〇すればいいのに」を言った瞬間に電撃が流れる、みたいな仕組みにすると、社会は少し良くなるかもしれない。

「こうなったことに、事情があるんだろうな」の想像力が足りない人間が山ほどいる。



エアコンをつけよう。引っ越してきてからはじめてだ。リモコンのスイッチを入れると、リモコンには「冷房 20度」と表示された。強気だなあ。設定を25度にする。でもよく見ると、冷房のほかに自動というモードがある。自動のほうがよさそうだなと思って設定ボタンを3回押す。すると温度の表示が消える。えっ、25度に自動で合わせてくれるってんじゃなくて、「どれくらいの室温にするかも含めて自動」なの? そんな質の高いAI搭載みたいなエアコンには見えないのだが、ひとまず自動モードにしてみた。特に工夫なく吹き出す中途半端に乾燥した冷風は、そこから30分ほど、特になにかを斟酌した雰囲気もないし、調整がかかった様子もない。おまけに部屋はそれほど冷えない。なんでこうしたんだ。自動モードにも設定温度つけたらいいのに。

…まあなんか理由はあったんだろうな。



そこにあるものにはいずれも、「来し方」がある。それに思いを馳せることなく、途中から出てきて、「もっとこうすればいいのに」を投げ込む者の暴力性を眺めれば眺めるほど、私は他人にあれこれものを言えなくなっていく。ああ、清水研先生はすごかったな。ああいう人になりたいものだな。

悪夢

びっくりするほど忙しく、また、その忙しさの一部は「人が自分の気持ちのためにあえて忙しくなることを望んだもの」であったりする。しょうもないなあと思う。人間はそうやってすぐにいろいろと枠組みとかしきたりを整える。

「ミスや不足を構造で防ぐためですよ」みたいなことを、人は平気で言うけれど、現実的には、「ミスや不足があっても、これだけ構造を整えているのだから、個人の責任ではなく不可抗力だよ」と言い訳をするためのものでしかないように思える。□欄を☑にするだけのことに目を三角にするのを仕事とは言わない。やった気になるからといってやっていることにはならない。

私の今のマネジメント仕事の1/5くらいは、誰かの自己満足と周囲への未必の故意のハラスメントによって生まれたいらない制度を刈り込んでいくことである。これをやろうと思うと、まずはその構造に浸りきっていろいろ体感しなければならない。頭から全否定してまるごと取っ替えようとしてもだめだ。それは私が次の、別の構造を持ち込むだけの話で、私ばかり気持ちよくなって溜飲も下がるだろうけれども、現場にはなんのいいことも起こらない。がちがちにしばられた構造の中で、これが求められた理由を追体験して、しかし、一見必須にみえる項目の中にも、かならず「ついでに導入されたオプションでありながら義務」みたいになっているものが潜んでいるので、そこをぷちぷち潰していく。人が作ったものを微調整して人がつくるものにしていくだけのことで、自然や関係性にまで踏み込めないこの時間を歯がゆく思うが、しかし、まあ、なんか、給料が発生しやすそうな時間だなと思わなくもない。


ここまで書いてうんざりしてPCを閉じた。自分に近い側の窓にはサンシェードを降ろしているが、反対側の座席のほうから、朝日がさんさんと振り注いで足元を焼いている。あと40分で着くから今のうちに寝ておくべきだ。あまり倒せない座席で寝返りをうちながら目をつぶり、ついさっき返事したメールへの先方の返信を予想して、それにさらに返信を考えていく。セルフ・マイクロマネジメント。ろくでもない睡眠だなとぐったりしているうちに電車はトンネルを何本も抜けていく。

DIYHIGE

15年くらい前、札幌厚生病院の病理診断科に実習に来ていた学生の何人かとよく音楽の話をした。音楽の話ができなかった学生のことは忘れてしまったが、音楽の話ができた学生、七、八人のことは今もうっすら覚えている。なかでも、特に私と音楽の趣味があった二人のことは、これだけ時が経っても忘れることはない⋯⋯とまで言うと若干盛った、じつは、名字とかはおぼろげだし、顔も印象派の絵画くらいにはノイズがかかっているのだけれど、名義や外見はともかく語り合った音楽の印象は忘れない。15年経つとお互いに立場も変われば顔も変わる、今すれちがってもあるいはわからないだろう、でも彼女らをきっかけに聴いた音楽のギターリフ、ベースライン、ボーカルの音質は今も脳内でなら完全に再現して響き渡らせることができる。そういうことはあるのだな、ということを、当時は全く気づいていなかったけれど、今、知るし、今後そのような出会いというのはたぶんそうそうないのだろうなと思う。

その中のひとりと、以前、病院とは関係ない場所でばったりと再開した。臨床検査技師だったその人は、転職してある機器メーカーに勤めており、私の専門領域に微弱なかかわりがあったために私に連絡をしてくれた。そこからときおり、何年かに一度のレベルだけれど、たまに学会場などで顔を合わせて挨拶をし、最近はどんな音楽を聴いているのかと尋ねる。私はもっぱらポッドキャストばかり聴いていて、ほぼほぼバンドミュージックからは離れているのだけれど、その人は今もたくさんの音楽に囲まれて暮らしている。かつて私たちが好きだったバンドのボーカルがスピードに惑溺してすっかり変わってしまって残念だとか、最近好きになったバンドのメンバーが妊活に入るからといってバンドをいったん活動休止にしたのがかっこいいとか、そういうことを数年に一度、聴いて、おもしろがっている。

最近はまっている音楽とかどんな感じなの、と聴いて、あがってきた名前が、MJ Lendermanという海外の男性アーティストだ。どういうところがいいのか聴いたら「声質」というからおもしろい。その人はバンドで演奏もするのでてっきり楽器のほうが好きなのかと思ったけれど、結局音楽というのは声質なんですよね、ぶっちゃけ、みたいなことを言うから私はにこにことした。そうだよね。理屈じゃないよね。MJ Lendermanはかすれた感じだ。MJ Lendermanはよいギターを弾く。MJ Lendermanは昔聴いていたことがあるような気もする。MJ Lendermanは昔のたいていのバンドよりもはるかに音楽性が高くてうまい。ははあ、正しく歳を取って、正しく趣味を広げているもんだなあと、私はその人の相変わらずの音楽の趣味の良さの先の、人生の楽しみの見つけ方のコツみたいなもの、に、じわりと感動をした。

もう一人は何をしているだろうか。ぜんぜん会うこともない。どこにいるのかもしらない。ただ、私の部屋の本棚には今も、彼女から借りたスーパーカーのライブDVDが、返し忘れたまま収まっている。私の生涯唯一の借りパクの相手がこれを見ていたら、連絡はしてこなくてもいい、ただ最近どんな音楽を聴いているかを、宛先のないポストでもして世に流しておいてほしい。いつか私がそれをみることもあるだろう。いつか私がそれを聴くこともあるだろう。こないだ燃え殻さんが沖縄で須藤寿の弾き語りを聴いていた、そのとき私は彼女のことを思い出した。いたなあ、と思った。

外食の構造

中華料理屋ならだいたい間違いはないだろうと思っていたのだが、たしかにあんかけ焼きそばは間違いなくうまかったのだが、セットの半チャーハンが今日未明に炒めたのかというくらい冷たくてびっくりしてしまった。まずい料理を出す中華料理屋。そうかそうか、一周回っていい体験をした。申し訳程度にくっついてくる杏仁豆腐もザーサイもよく考えたら別にいらない。それでもあんかけ焼きそばがうまければまたいつかやってきてしまうのだから、私はたぶん普通に中華料理が好物である。ラーメンよりも、焼き魚の定食よりも、生姜焼きと比べたとしても、たとえ相手がカレーだったとしても、中華料理が安心だ。ほか、居酒屋ランチも好きで、昔は出張の際にはたいてい、居酒屋が昼間はランチだけやっているみたいな風情の店を探してありあわせの定食を食べたりしていたのだけれど、たぶんこのブログにも書いたことがあるけれど、あるときから、居酒屋ランチ、味はいいのだけれど椅子やテーブルが思った以上に汚いという羽目に、二度ほど連続で遭遇してしまったことがあり(いずれも東京だった)、まあ、別にそこまできれいじゃなくてももともとあまり気にはしないが、さすがにこのあと発表というタイミングでスーツを汚すのも気が引けると思ってすこし足が遠のいている。

私の生活のなかで習慣になったものの多くは、東京に行くとしばしばリセットされる。東京を訪れるタイミングが年に二、三度で、それくらいの期間何かをやり続けていれば、当然、飽きることもあるだろう。でもそういう時間の問題だけでもなく、東京というところは、構造というかシステムというか、とにかくたくさんのつながりや折り重なりの中に、「飽きを喚起する」ものが含まれているような気がする。ここにいるといろんなことに飽きる。私の八方美人的な性格と、東京との相性はすごく良く、私は東京に「何かに飽きるために」来ているのではないかと感じることすらある。私は東京に来るたびに何かに飽きる。

飽きないのは仕事くらいだが、あまりに東京ばかり来ていると、いつか仕事にも飽きるのではないかとすこし心配である。


遠方に住む息子からときどき送られてくるLINEに、さまざまな自炊の写真が載っている。トマトからソースを自作したパスタを作っていたり、パンケーキ用のクリームをこしらえたりしている。私と同じ性格をもつ息子は私よりはるかにかしこく、料理や食事にかんして多くの選択肢というかバッファを持っている。それを見ながら私の自炊欲もむくむくと高まるし、東京に来ているうちは自炊なんてできないわけで、だから私にとっての東京というのは飽きを喚起するように感じる場所なのかもしれないなと、桂馬のような飛躍をしつつ東京を後にする。買ったことのあるお土産を買って帰る。

チェックしないメイト

5月30日土曜日。早朝から委員会に出てそのまま学会会場へ。セッションがいくつかあるのだがどうしても返事しなければいけないメールが2通ある。おまけに、2通とも内容をPCで確認しないといけない。電源のあるスペースを探してPCを開いた。せっかく学会に来ているのにもったいないなと思う。内容は寄稿論文のチェック。依頼原稿の締め切りが5月中だというので、金曜日の夜に「最終チェックお願いします!」といってメールを送ってきた、それもまったく違う施設から、2名別々に。土日のうちにお返事くださいと、書いてはいないが感じられる、それぞれ交流のない医者がほとんど同じ文面で送ってくる2通のメールに、同時に返事をする。血圧の薬を飲み忘れている。両方ともよく書けている。コレステロールの薬も飲んだほうがいい。この1週間にぎりぎりの状態でやりとりをした。どちらの論文も、病理の項目について、何週間か前に、私は都合1日で書いて送った、それでも最終確認はこんなにぎりぎりなのだ。言いたいことはいくつかある。けれども、それぞれ、ちゃんと締め切り内に書き終えてはいるのだから全部OKということになる。締め切りを越えるよりましだ。書かないよりよっぽどましだ。

電源スペースでばかすかメールを売っていると、旧知の教授が近くに座ってPCを開こうとして、ダブルばかすかになる前に、軽く挨拶をする。理不尽な要求の話がすぐにはじまる。あるよなーそういう理不尽、と言いながら、互いにゲラゲラ笑う。論文のチェックはなかなか進まない。けど、知人とあって笑い、知人になりそうな人に会って挨拶をし、知人ではないけれど互いに知っている人と会って名刺を交換する。こういうのが学会の楽しみだよね、と内心はほくほくしている。論文のチェックはなかなか進まない。旧知の教授は札幌在住なので、冷静に考えて、べつにこんな東京くんだりで、ひさしぶりだね、ひさしぶりですね、などとやりとりをする必要は全くないのだけれど、でも、近くに住んで精勤している人で、学会の会場でしか顔を合わさない人なんてのはたくさんいる。お互いに、まじめに働けば働くほど社会と没交渉になっていって、学会でもなければ会わないよね、みたいなことも含めて、探検隊(あるある)。チェックはなかなか進まない。ちょっとだけ進めた。


2泊3日の出張をトートバッグひとつでこなすのは無理がある。パンパンに詰まっている。着替えが。電源が。家からもってきた本1冊はさっき捨ててしまった。荷物を減らしたかった。名刺を1枚もらうたびにカバンの重さが増えていく。学会だなあという気がする。共同研究の数はいまいくつになったのか。次の学会ではアメリカ在住の友人と朝食を食う。そこで広がる話もあったらいいなと本気で思っているし、あれもこれもと口を出すばかりで、手を動かさないままにこの1年を仮に過ごしてしまったら、私はちょっと残念な方向に入ってしまうだろう。口を出すからには手を動かさなければいけない。黙って手を動かすことが多い仕事だけれど、本当は、しゃべりながら手を動かす、そのほうが、人の間で働いているという醍醐味をよほど感じられるというものだ。でも、こうして今、ブログを書いている。口を動かさずに手を動かすだけのことをしている。チェックはなかなか進まない。