大沼公園の研修施設で4時間の研究会に出席し、大沼プリンスホテルで一泊、翌朝。午前のうちに札幌に到着してそのまま外勤の予定だったのでほかの医師たちより早く大沼公園駅のシャトルバスに乗った。ホテルからいったんゴルフコースに寄る。誰も乗らない、誰も降りない。ゴルフコースから大沼公園駅へ。誰も乗らない、私が降りる。駅舎に入って誰もいない。「改札は5分前から」と書かれてある。自動改札機はない。よくよくみると「この時間は駅員がいないので時間が来たらホームに出なさい」と書いてある。ホームに出る。電車が来る。貨物列車だった。目の前を通過していく。単線。しばらく待っていると踏切の音がする。電車が来ます、の放送が流れる。誰もいないところに一両だけのワンマンカーが滑るように入ってくる。ようやく人の顔をみた。運転手。3人の乗客が全員ここで降りた。函館からやってきたのだろう。トレッキングだろうか。無人駅での降り方がわからないといって少しもめている。運転手はなれたもので証明書を発行している。そうこうしているうちに大沼公園7:41発車の時間をとっくに過ぎている。とくに慌てているでもない。なるほど、この先もおそらく誰も乗らないし誰も降りないのだろうと思った。電車の中ではずっと私ひとりだ。「こまがたけ」駅では駒ヶ岳は雲にかすんでよく見えなかった。
朝食をとりそこねている。
さきほどホテルを出る前に、ロビーで数人の医師にあった。3名は連れ立ってこれから朝風呂、3名は連れ立ってこれからゴルフだという。「今日も仕事すんのか! いいかげんにしろよ!」老医師は笑ってまた会おうと言った。来年はおそらくこの会は岩手で開催される。その次は秋田だ。おそらくもう大沼公園ではやらないだろう。どこからも遠いからだ。観光は一度で十分だ。医師たちはその理不尽さも不便さも愛しているようだった。私もおそらくこの、旅する気でなかったのに結果として旅になってしまった道行を少し愛している。ただし昨晩のうちに朝食を買っておくべきだった、それは後悔している。
昨日の研究会にはひとり、札幌から若い病理医、というか病理医のタマゴが見に来てくれていた。宿泊もせず日帰りという。夕方、このあとの特急で帰るのかと聞いたら、いったん新函館北斗まで出てから夜行バスで帰るのだと言うので驚いてしまった。私も函館と札幌をバスで往復したことがあるが大学生の頃だ。かれこれ30年前の話。今なら腰に来るだろう。たしかに、自腹で勉強会に来るならば、少しでもやすいほうがいい、JRよりもバスだろう。それはわかる。でももう今の私は思いもつかない。情けないものだなと思う。しかし彼もおそらく昨日は食事を取りそこねているのではないか。まあ新函館北斗でいちど改札から出るから大丈夫か。その意味では私よりも満たされているかもしれない。
森についても売店の気配はない。北斗が来る前にいちど改札を出て買い物でもしようかと思ったが、改札に駅員の姿はなく、掃除の女性がせわしなく改札口に掃除機をかけていてどうもちょっと抜けますと言えるような雰囲気でもない。自販機でなにか甘い飲み物でも買って空腹をごまかしながら札幌まで移動すればよいか、とあたりを見回すとちゃんとホームにひとつだけ自動販売機がある。JR北海道はもはや車内販売もしないから、こういう駅で空腹に泣く人間のためにおそらくそういった用意くらいはしてくれるだろうと思ったが案の定であった。自販機をみるとずたぼろだ。中身をいつ入れ替えているのだろうと心配になる。しかし商品をみるとドリンクに加えてカロリーメイトやアルフォートなどが並んでいるのだ。なるほど、たしかに、似たような旅程の人にとってはここが救いとなるだろう。などといいつつ私は結局コーンスープをひとつ買った。自販機から出てくるカロリーメイトを信用する気にはならなかった。
コーンスープを具まで飲み干す。橋をわたった向かい側のホームにはワンマンカーが2台ほど停まっている。何待ちなのだろうか、動く気配がない。堤防の向こうはすぐ海だ。相変わらず人がいない。カツカツと遠くで歩く音がするので駅員かと思ったらカラスがトタン屋根の上を歩いていた。どうも雪虫が飛び始めた。札幌でみる雪虫よりもだいぶ大きい気がする。電車を待つ数分のあいだにあれよあれよと周りが雪虫でいっぱいになる。北斗が入ってくる。さらに視界に雪虫が乱舞する、電車の押し出す気流に乗って雪虫がいっせいに私のほうに向かって飛んでくる。そのまま立っていると気流が私を避けるのにあわせて雪虫も私の体をよけていく。かるく体をほろって北斗に乗車する。あまり混んでいない。昨日はインバウンドで満席だったが、さすがにこの時間だと函館の宿をチェックアウトしてから電車に乗る人びとが少ないから電車はガラ空きである。なんだかこのまま人に会わずに週末を過ごすことになるのかなと思った。どこからか雪虫の羽音が聴こえる。