うーんとってもフィジカル

気づけば、業務時間の何分の一かはAIとやりとりするようになっている。日によって違うが、フィジカルな業務、たとえばそれは切り出しであったり、あるいは鏡検であったりする、肉体的で物理的な業務「以外」はたいていAIを使う。思考メインの業務のうち、だいたい半分くらいはAIのサポートを受けているというのが正直なところだ。一日にこなしている仕事量はおそらく昨年の倍くらい。これから、たぶん4倍くらいまでは上がるだろう。AIさまさまである。ちなみに、それだけ働いているからといって、脳がめちゃくちゃ疲労しているというわけでもなくて、どちらかというとAIのせいで長時間勤務していても脳がときどき遊んでいるような感覚を覚える。そういう自分に、なんだかなと思わなくもない。どうせ働くならへとへとになるまで考えてみてはどうか、という根性論みたいなものを私はいまだに抱えている。ただし、AIにいろいろまかせつつも、ときどきぽんと降ってくる「自分で考えなければいけない命題」に集中できるのは、結局ありがたいと思わなくもない。

……今、なにげなく「鏡検(顕微鏡をみること)」をフィジカルな業務の中に入れている自分に、遅れてびっくりした。

しかし本心である。デスクワークというのは肉体がなければままならない。物理法則が律速になる、というネガティブな意味ではない。逆だ。肉体をばねにして跳ね上がるような側面が、顕微鏡診断には確実にあるのだ。

臓器のマクロ像や顕微鏡像をみて考える作業は、かなり明確に、はっきりと肉体的である。「目で触りに行く」感じ、「指で嗅ぐ」感じ。五感のいくつかを同時に使うし、作用と反作用を意識しながら診断のプロセスを歩む。それは登山的だしトレイルランニング的である。

似たようなことは、読書のときもちょっとだけ感じる。たとえば優れたエッセイやコラムを読んだとき、自分がその風景の中に包埋されるかのような錯覚をするあのとき、本当は目からしか情報が入ってきていないし、しかもその入ってくる情報というのは文字、つまり記号のはずなのだけれど、その記号が脳のあちこちで花となって咲き乱れ、花びらが舞い散るように多方面にふわふわと乱れ散る。交差点の、行き交う動物の群れの中に自分の身をひたして、風花、圧のような、温度、しめりけ、地響き、かげろう、そういったもろもろの心地よさにしびれるとき、ああ、読書というのはとても身体的だなあと感じる。ただし、それは文字という記号がほんとうにきれいに扱われているときだけに生じる「わりと高頻度で発生する奇跡」に過ぎない。高頻度だけれどそれはやっぱり奇跡だと思う。なぜなら多くの文字はやっぱり無味乾燥で、読むという行為はあんまりフィジカルっぽくないと思う時間もけっこうあるからだ。

そこへいくと、細胞をみる行為は、別格である。どんな患者であっても、どんな臓器から採取されていても、それが大きくても粉微塵でも、良性でも悪性でも、その像を網膜が受け止めるときには、文字とは比べ物にならないくらいの物理的な手応えというか「目応え」がある。鏡検というのは文章を読むよりはるかにフィジカルコンタクト的行為である。

一日の中で何度か接眼レンズにまなこを近づける。そのとき私は、AIとのやりとりに飽きて感触をもとめている。グリップ。クラップ。転倒混和。エッペンドルフの中身よりもはるかに混ざる形態学的所見。無限にあふれるアーキテクチャ、有限を鼻で笑うテクスチャ、統計学と再現性で曼荼羅を一次元に抑え込むときの苦笑する感じ。力こぶ。ふくらはぎの痙攣。頸が笑う。

ねるねるうねるね

そろそろ原稿を書こうと思う。旧知の編集者から1年半以上前に依頼されていたものだ。旭川に異動する話をしたら、「環境が変わって働き方が変わって、診断に対する視座も変わればきっと新しいことが書きたくなるでしょう、そのほうがいいです」みたいなことを言われた。そうかと思って異動の前後では書くのをぱたりとやめた。はたして、こちらに来てから、ありとあらゆる診断に対する見方がちょっとずつ変わっている。基本的には、もどかしさ60%、困惑10%、怒り10%、さみしさ80%、ぜんぶあわせて源泉徴収10%を引き、確定申告して追徴金を納めると、私の考え方は20%くらい変わった。ただし、Aを見てBと思う、が、Aを見てCと思う、に変わるというわけではない。Aを見てBと思う、が、Aを見る前に何をしていたからBと思っている自分が見える、や、Aを見てBと思う私がCを見たらDと考えてしまうかもしれない、に変わった。前よりも多めに考えるようになった。それはトータルのアウトプットでいうと「変わった」と表現すべきだから、私は先ほど「変わった」と書いた。でも、本当は、変わったというより、うねった、のだと思う。うねりのなかにいる。

うねりと言えば組織病理像である。ところで「病理組織」ではなく「組織病理」が正しい、なぜならhistopathologyという言葉を翻訳すれば組織病理学だからだ、という文章を読んで以来、なるほどと思って私は組織病理という言葉を使うようにしているのだけれど、たぶん多くの日本人は、元ネタがどうとかいうのではなくて、「病理(部門でみる/学的にみる)組織像」というニュアンスで語順を決定して、それがしっくり来ていたのだろうから、別に元の言葉がどうであっても、日本語なら病理組織像でいいんじゃないか、ということを近頃はよく考える。だいたい組織病理像と書くと、組織所見の中にある→正常から逸脱した部分(病的である部分)の→ことわりを→像として判断する、という順で読み手の脳に飛び込んでくる。でも、本当は違う、病理医がみる組織像の中には、病的でないものと病的なものとが1:2くらいの割合で存在している。この比率はほんとうはさまざまだけれど、解析の際には、ここを1:2くらいにして取り組んでいくとうまくいくような気がする。ともあれ、病理医がみる組織像は、病的なものだけではなくて、アロスタシスの中にいるもの(便宜上、正常と呼ぶもの)もけっこう含まれている。だから組織病理像をみる、と書くと、「えっ正常は見ないの?」という気持ちが喚起される。となれば私はやはりこれからは病理組織像と呼称していったほうがいいのかもしれない。語順を変えれば解決するというものではないにしろ、だ。なんか、そういう、言葉の順番によって脳のシナプスの一部が潤滑になって、思考が一定の方向に重力加速度を受け続ける、みたいなことはあると思う。まだ考え中。ここはまだ、迷っている。とにかく、「組織病理像という呼び方が正しい」という大声にはちょっと保留のランプを灯しておく。

それはともかくうねりと言えば病理組織像である。ある腫瘍の、細胞がずっと、直列に配置していて、かなり伸長した構造を作っていた。こんなに縦に長く配置するようすを見て、私はまず、「なぜうねらないんだろう」と思った。腫瘍というものは自律性増殖をする。それは私を含めた多くの医療者からすると、好き勝手に、奔放に増えるという意味をまとっている。でも、この、「まっすぐ伸長した構造」というのは、日頃みる腫瘍よりもかなりよくコントロールされている。そのことに私はひっかかった。もう少し、うねるなり分岐するなりするのが普通なのに。なぜこうなるのだろう。

もっとも、腫瘍の「異常な増殖」は、ある程度の秩序をもってコントロールされていることのほうが多い。まったく法則なしに伸びていくのではなく、たとえば階層状分岐、それは川の流れが固有のフラクタル次元に即して分岐していくのと似ている、それはなにか、少数の決定的な因子が全体をとりまとめているために生じる規則性、「垣間見えてしまう強い法則」によるのだろうと想像できる。しかしだ、それにしても、今回の腫瘍は、あまりにストレートに構築されすぎなのだ。どうしてこうなるのだろう。

研究会の最中、コメントをもとめられて、この不思議な病理形態のことを考えていた私はぐっと詰まってしまった。増殖帯はどこにあるのだろう、細胞分化が不思議だ、そういったことを言いながら、少なくとも1時間前までには思っていなかったことが口から出てきた。これは、上皮細胞の遺伝子異常だけで説明できるのかはわからない。たとえば間質細胞から放出されるリガンド、つまりは上皮・間葉の協働という側面でも見たらいいのではないかと思う。なぜかというと、こんな珍しい病像が、こんにちまで解明されずに来ているということ(少なくとも私はこの像になにか特定の名称が与えられているのを知らない)、それは旧来の解析手法である「上皮細胞を培養することで遺伝子の変化をしらべていく方法」ではこの現象が明らかにならなかったからなのではないか。上皮細胞の中に存在する決定的な変異がどれだけ作用していようとも、普通はこういう構築にはならないし、なれないはずである。もっと強い力、秩序の側に引き戻す力がないと、こうはならない。近年になって少しずつ行われるようになってきた共培養の系で、上皮と間葉系細胞との相互作用をふまえた検討をすれば、この「上皮細胞がなにか別の力によって強制的に整えられているかのような像」は、説明できるかもしれない、ということをクルクルしゃべった。周りには、全く、伝わっていないようだった。うねった。

フェイスレス

根っからのワークワークさんなのでゴロリがいないとツッコミ役が不在である。本日は「早出A」という勤務体系で、定時を7:00-15:45にシフトさせてあり、夕方からの出張に時間給をあまりつけなくても済む。旭川空港からいったん羽田に出てそこから小松空港まで、乗り継ぎがあまりよくなく、定時運行ならば25分の間に乗り換えれば20時前には小松に付けるのだけれど、さすがに冬季の旭川から飛行機がぴったり定時で着くとは思えなくて、結局羽田で2時間ちょっと待って、金沢駅に到着するのは22時を超えるだろう。明日、朝から肝血流動態・機能イメージ研究会に出て、昼に発表をして、夕方には羽田経由で新千歳に戻る。札幌でもやることがある。あと、札幌ではたぶん、また大雪が降るので、札幌でやることはすべてうっちゃらかして結局雪かきをすることになる予感もある。月曜日は旭川でたくさんの仕事があり、夜は米国の研究者と悪巧みをするのだけれど、こちらが夜の20時に、向こうは朝の5時なのだ、なんだか早起きをさせて申し訳ないなあと思う。会議が終わって21時、そこからスーパーに寄って来週の食材を買い込むというのはちょっと厳しいかもしれない。冷蔵庫に冷凍肉と冷凍餃子は入っている。チクワが1本あった。なめこはまだひとつかみ以上ある。ヨーグルトもある。先日母からトマトジュースもまだある。だったら買い物はしなくてもいいだろう。となると来週の買い物は火曜日か。水曜日が祝日だ、ハッピーマンデー以外の祝日は旭川に来てからはじめてだ。そして休日の日中に旭川にいるのもじつははじめてである。ここまで必ずどこかに出張していた。正月は妻の実家にいた。休みの日に旭川。さてどうしたものか、ラーメンでも食いに行くか、ああ、枕を買いに行くべきだろう。うちにはまだ適切な枕がない。最初に買った枕はこれまで愛用していたものよりもやや高くて合わなかったのでウォーキングクロゼットの上のほうに放り投げてある。今は枕カバーの中にタオルを詰めて即席の枕としたものを使っている。そばがらがいいんじゃないの。妻はそう言った。まったく同感。へたに低反発なんちゃらみたいな調整の効かないものを買うからこういう羽目になるのである。白菜に塩昆布をふっただけのサラダを食いながら反省をする。この組み合わせ、妙にうまい、これも妻がかつてさっと作ってくれたコンビネーションだが準備時間が体感で0.5秒くらいなのにちゃんと5分以上楽しめてタイパがいい。コスパ・タイパという言葉を使うのはヒャクパ中年である。「若者はすぐコスパ・タイパなどというが」と、みんな判で押したように同じ使い回しをする。気持ち悪くてしょうがない。ちなみにヒャクパはおわかりだと思うが100%勇気の略である。


かつて札幌で勤務していたとき、朝の勤務はだいたい5時半とか6時くらいにはじめていた。旭川に来てからはだいぶ遅めに働き始めるようにしている。7時すぎに出勤して8時くらいからのそのそ働き始めることが多い。時間外の勤務表を記載するときには、7:00-8:30はだいたい「自己研鑽」もしくは「自主的な研究」の項目をチェックしている。ときには研究費の申請書を書いたり、気分が乗ったらさっさと診断をはじめたりもしているので、「業務命令としての研究」だとか「診療」にチェックをつけて残業代を申請することもできなくはないのだけれど、それはしないようにしている。ちょっと損するくらいのほうが私の場合はトータルで見たときの精神の衛生状況がよくなる。そういう必要経費なのだと思っている。もっとも、国立大学から支給される残業代なんてたかが知れていて、地域貢献休暇(1日休めば1日分の給料が減らされるが、職員の評価が下がることはない、という謎の休暇。つまり有給休暇に対する無給休暇)を使ってバイトに出たほうが確実に年収はあがるのだけれど、あまりバイトに行くとそれはそれで働き方改革とやらにひっかかってアラートをぶつけられる。それに、できればバイトの枠は専攻医とか若いスタッフに渡したほうがいろいろいい、私が集めてきたバイト先は私が行かないほうがいいのだ。これから物入りな30代が行くといい。過酷な医師の労働環境で、プライベートを構築し、自分育てもしくは子育てに忙しい30代の、燃費の悪さは筆舌に尽くしがたいが、50が見えた中年が自分の取り分を過剰に主張しなければ、30代にも多少いい思いはさせられると思う。


Facebookで知らない医療関係者から友達申請が来る。申請しなければ友達になれないような関係(笑)、という感じで無視している。中にはあるいはかつて名刺交換をしたような人も混じっているのかもしれないのであんまりここでこうやって書くと角が立つのだけれど、申し訳ないことに、私は人を覚えられない、毎日SNSで見かけているアイコンはなんとか覚えているのだけれど人のアイコンであるところの顔は忘れる。当科の職員と街で会っても気づかない可能性すらある。レヴィナスも顔ない。覚えているのは何度も何度もやりとりをした人間だけだ。Xのタイムラインにがんばれゴエモンの話が流れてきた。コナミが突然アーカイブを出すのだそうだ。あのコナミが。びっくりした。Switchでゴエモンができるのはうれしい。思い出すのは35年前、弟と毎日のようにいっしょにやっていた、がんばれゴエモン2(FC)、がんばれゴエモンキテレツ将軍マッギネス(SFC)の記憶、そして、弟の顔。近頃あまり会っていない。大人になってからの我々はちょっとコミュニケーションが少なくなってしまった。今にして思い出す、10代のころ、私は必ず1Pのコントローラーをにぎり、RPGでも基本的に私が操作する、典型的な兄ムーブであって、弟はそれに文句をいうでもなく、2人同時プレイのゲームのときだけは一緒にコントローラーを握るのだけれど、それも決してゴエモン側ではなくエビス丸側を使っていた、そのころの私の強権性が、当時の彼にとってどれほど浸漬するものであったのか、私はおそらく40代になるまであまり自覚していなかった。もう謝ることもできないくらい遠い場所にいる。そういうことをちらちらと考えていたある日、身近な目上の方が、「近頃の若い人はわがままばっかり言うんですよ。もちろん、昔の上司みたいに、ハラスメントで言うことを聞かせるつもりなんてないんですけれど、もうちょっと、自分のために研鑽しようとか、目先の利益だけ考えるのではなしに、長い目で見て自分の得になるような修業をしようという感覚はないんですかね」と言った。私はそれを聞きながら、20代とか30代なんて、兄だったときの私のように、自分以外なにも見えていないんだから、それはもちろん当人も、あとで振り返って悔やんだり顔を赤らめたりするものではあるだろうけれど、今、この瞬間に、当人に何を言ってもわからないだろうし、それはもう、そういうものだと割り切って、爆進する時期には爆進してもらうしかないし、それによって割りを食う人がいたらそこをすくいとって楽しいほうに軌道を修正するのは、我々のような人生を折り返した中年のやることなんじゃないですか、と、言いたかったけれど、黙って「そうですねえ」と言った。

Wiiはハードオフで売ってしまった

無為の奥山を明日越える。けふはあさきゆめのなかにいた。スタートアップ科研費の前段として民間の財団の助成金を申請するための書類を書いている。正直、この程度のものにみんなヒイヒイ言っているのかと拍子抜けする思いはある。もちろんほかにもやることがいっぱいある中で書かなければいけないので時間はぜんぜんない、しかし、こんな、「書けばあとは査読次第」みたいな書類になぜそんなにみんなエフォートをとられているのかまだよくわからない。自分がラボの責任者になって、人を雇うために朝から晩まで必死になって研究費の書類を書きまくる、ビッグラボのPIだとか教授だとかならまだわかるのだが、ただ自分の業績に色を付ける程度の目標で研究費をとっただのとらないだの、その書類がめんどくさいだの、ほんとうに、多くの人は事務作業が苦手なのだなと思うし、私はそういう人たちがちっとも苦手にしていない社会性とか協調性とかコミュニケーションといったものがぜんぜんできないぶん、かわりにこういう事務仕事が苦にならないので、結局トータルとしてはみんな普通の人間だし私も普通の人間だなと感じる。


デザインが派手でちょっと趣味が悪いワイシャツを水曜日や木曜日くらいに着る。オンラインの会だとちょっと派手なくらいでちょうどいいのだけれど、オンサイトの会でこれを着るといかにもワイシャツのたたき売りみたいな場所で適当に買った見切り品だなという感じがあってはずかしい。リアルイベントはたいてい週末なのでそこにあまりこういうタイプのワイシャツを着ていかないように、ローテ的に週の真ん中でなるべくへんなシャツを着るようにしている。捨てろよ、という感想でもあるが、ちかごろ、ワイシャツも高いのだ。平気で4500円とか5500円とかする。そこまでのものかよ、と思う。思うが、この値上げの分で、ワイシャツの製造にかかわったたくさんの人の時給が1円くらいずつ上がるのだろうな、ということも思う。ならば私はこれからも若干攻めたストライプのシャツを買ってオンラインで人と会うような日に積極的に着ていかなければならないだろう。その時給のあがる人々というのが果たして日本国内にどれだけいるのかはわからないが、ベトナムであったとしてもインドネシアであったとしても、誰かが少し幸せになるならいいだろう。なんとなく、そういうところにこの値上げ分は届かないような予感がしっかりあるけれども、いや、届く、と信じることくらいしか末端の買い手である私にはできない。


母から昨年もらった無印良品のフリーズドライの味噌汁・スープのたぐいを少しずつ飲んでいる。夜は自分で汁物を作るのであまり使わないのだが朝飯といっしょにお湯を注いで豚汁だとかつくねと生姜のなんちゃらだとかテールスープだとかを喫するのは悪くない週間だ。それほど安いものでもないので普段だと手に取らないけれど、めちゃくちゃ高いというわけでもないので親からもらうとすごくほどよくうれしい。自分もいずれ息子にこういうものをたまに送りつければよいのだな、ということを学ぶ。金というものは別種の価値にトランスフォームしてなんぼだと、小学生もしくは奨学生なみの感性で今も私は考えているけれど、金を使って金を増やしたり、金を溜めて価値をためたと感じたりする人々がインターネットにはたくさんいて、そういう人たちは果たして私の金の使い方をどう見ているのだろうなということをたまに気にする、それは、憂いか、いや、憂いくない。別に憂いくない。

そういう異常

学会の年会費を払う。12000円。まあこんなものかなと思う。特にこの学会からは何もよいことはされていないのだけれど、たまに発表することがあって、そのショバ代として上納している。そういう金はたくさん回っている。たいていは、学会の、あまり熱心ではない事務員とか、熱心でやさしい事務員などの時給になって、社会に還元されていく。自分で稼いだ金ではあるが、それも、よく考えると、たくさんの人が整備した環境の中で獲得した給料であることにかわりはなく、自分だけで稼いだ額面なんてきっと給料の3割にも満たないのだ、しかしそのことを私は普段あまり意識せずに暮らしていて、ああ、今月も自分ひとりの力でこんだけ稼いだなあと悦に入ったりしているわけだけれどとんでもないことで、だから、社会から預かった金というのはそこで留めることなくきちんと社会に循環させていかなければ人倫に悖る。先日、すでに紙で買い揃えているマンガをKindleで書い直した。これを「無駄な出費」ととらえるのは簡単だが、「末梢の循環が良好」ととらえるべきである。金銭を送受する毛細血管の抵抗が少なければそれだけ金銭を循環させるポンプにも負担はかかりにくいし金銭から価値を削ぎ落とす腎臓にも金銭から毒を抜き取る肝臓にもよい。学会の年会費は、いま、あわせていくら払っているのだろう、計算すればすぐわかることなのだが、こういうのは計算ばかりしていてもメンタルにとっていいことはあまりない。


スーツを買いたい気もするのだが、親しい人たちからこぞって、「今ので十分だよ、そんな細かいところ誰も見てないよ」と止められる。なるほど一理あるなと思って買うのをやめる。このスーツを買わなかったお金を、ほかにどういう用途に使えるかというと、おそらくそのまま別にスライドできるというわけでもなく、いったん頭の中で固まりかけた5万とか8万とかいう額は、数日くらいかけて風化して、移動中のおにぎり代の400円とか、学会のランチョンをスキップしたときの麻婆豆腐代の1280円とか、ポロポロと表面から剥がれ落ちるようになくなっていって、3か月もすると、高揚感も達成感もなしにいつのまにか手元からなくなっている。そのなくなった場所には次の収入と支出のリストが次々とcsv.ファイルで流れ込んできて、結局私は何を買った気にも何を稼いだ気にもならないまま、本来は得られるはずであった抑揚を失う。この、一連の、「抑揚を失う」ことこそは、買おうと思ったものを買わないことの最大のリスクなのではないかと思う。このような言い方をすると、往々にして人は、抑揚ばかり求めるギャンブル依存的逸脱のことをやたらと心配するけれど、凪いだまま暮らせと命じつつ、人としての凹凸や輪郭を発揮せよと期待する社会の二面性に、あまりまともに取り合ってもいいことはない。私は決して、スリルがほしいわけではない。循環する手稲プールに浮き輪で流されながら景色が変わっていくのを楽しみ日差しをぽかぽかと感じる、ただそのような生き甲斐を、そこそこの節制とエイヤの発散とを織り交ぜながらほどよく生活に組み込んでいきたいと願うこと、それを、他者がとどめることに対して、どこか釈然としないものがある。とはいえ結局スーツは買わないのだ。2台めのNintendo Switch 2を買おうと思ったがそれも止められた。それはなんかまあそうだなと私も納得した。


現在のポジション的に若手のバイト先・収入源のことをわりと毎日考える必要がある。外勤日の上限、外勤先での負担、やりたいこと、やりたくないこと、金額、回数、移動距離、業務とのかねあい、本人の成長のための機会、本人の成長のための投資、そういったものを3か月くらいおきに微調整しながら、かつ、いったん安定した振り分けができてもそこで安心せずに、「年次があがるごとに少しずつ額面も増えるような体制をいつでも見据えておくこと」などを考えて、さまざまな病院・医療機関と交渉をする。たとえばとある研究関連の出張を、私が行くのではなく若手に行ってもらおうと考えるとき、日程の候補の中に定例の外勤が組み込まれていた場合には、「外勤を一日中止して出張に行ってもらう」という選択肢はもってのほかである。それは本人が生涯に得られる収入を少し削るということにほかならないからである。その共同研究によって本人が将来どれだけ恩恵を受けるかなどとは関係なしに、金額という一側面だけで、その日程は候補から外れる。調整者としてそういったことを毎日考えているが、自分の出張に関しては平気で、「この病院にごめんなさいして一日おやすみにして、自腹でこの研究会に行ってこよう」みたいなことをやっている。外勤のバイト代が◯万円もらえなくて、研究会(日帰り)の往復航空券が◯万円かかって、参加費、食費、職場を不在にした分の仕事をあとでやるしわよせ、そういったものを、自分が自分に課す分にはなんのストレスもなく一気にやれてしまう。耳垢がごっそりとれたときのような。摩擦係数を超えたずり応力に伴う微弱な振動が心根を適度にマッサージしているかのような。そんな快感がある。なんらかの逸脱ではあるのだろう。しかし、やめられない。