コンサルテーションの返事を書いて、ダブルチェックを7件終わらせて、時計をみたら7:15。最初の技師が出勤してくるまでまだ15分くらいある。ようやく一息つけたなと思う。月末の鹿児島出張のプレゼンをこれから作る。1か月前には標本を送ってほしいと事務局からも何度も通達が行っていたはずだが、1施設のみ2週間前になってようやく標本を送ってきて、そのスキャンが終わったのがつい先日だ。急いで作らないといけなくて、その未着・未決のストレスが夢に出て、私は何度も下りエスカレーターから浮き上がって落下した。どすん、どすんといつもベッドに戻ってくる。このうちたった一回でもじつは本当にどこかの空間に旅をしていたのだとしたらそれは超かっこいいなと思ったりもした。
アコースティックギターの演奏が、なんだかんだでマイノリティになっていって、エレキギターどころか打ち込みが全盛となっていったように、AIを使わない思索が骨董品となりつつある。数学者の憂鬱を眺める。哲学者の怠惰を眺める。「病理医なんて仕事、AIが発展したら要らなくなるでしょう?」という悪口を、最近聞かなくなった。たぶん人のことを気にしていられるほどの余裕がなくなってきたのだろう。
軟白ねぎとは普通のねぎとなにが違うのかよくわからないで買っていたのだけれど、日光に当てずに白い部分を大事に育てると柔らかくなる、ということらしい。そうだったのか。となれば人間よりもねぎのほうがよっぽど昔から太陽を避けていたということだ、おもしろい。そういえば先日の中国出張で、美容医療を熱心にやっている方が私の顔を見て、先生のそのシミ、左右、とりますか? 格安で? と言って、そのまっすぐな善意にたじろいだものだった。レーザー脱毛は髪の色が黒い間が勝負です、白くなってしまうとレーザーが反応しないんで、という話にも驚いた。そうか、あれってメラニン色素をターゲットとする施術だったのか。じゃあブラック・ジャックがVIO脱毛をしようと思っても半身しか脱毛できないんだな。
知らないことばかりだ。知ることで偏心性に肥大する。ダイナミズムのバランスが崩れて息切れを起こす。知ることで重心がずれる。モーメントが不安定となってめまいが生じる。知ればいいというものではないが知ろうとすることをやめられない。
VIVANTを毎週おもしろく見ているけれどこのドラマは恋愛的なものに対する描写を浅いところでさっさと切り上げているようでそれがたまにノイズに感じる。特に男性が男性を好くときの描写がいつも「狙って雑」なのが、制作陣の不敵な笑みみたいなものを否応なしに感じさせて没入感を削ぐ。要は、アニメの乳揺れと同じ文法なのだ、「これはこういうお約束」というところを、「あえて」しっかり載せました、みたいなドヤ顔が感じられる点がもったいない。だったらいっそ音楽をぜんぶエヴァンゲリオンとか踊る大捜査線とかドリフ大爆笑とかにしたらいいのにな、くらいのことを考える。一方で、潜入捜査を行う日本人(例:堺雅人)があの髪型にネクタイなのはあまりに日本人すぎて、どの国でもすごく浮くだろうがそういったところは「逆に」無視している点も少し鼻につく。「あえて」と「逆に」は塩と砂糖で、「あえての塩」「逆に砂糖」とやりすぎたせいで唐揚げの味が迷走する、みたいなことをやっているなと思う。火力が強くて肉がしっかりうまいから気にならないでしょう、あえても逆にもスパイスと感じられるでしょう、と、毎週念入りに押し付けられている。なんというか、人間の演出の愚かさを見ており、それでもなお「楽しんでしまう」というあたりが大衆ドラマの到達点なのかなという感じ。結局毎週わいわい楽しく見ているのだからこれでいいのだろう。堺雅人が二階堂ふみにキスするシーンの「キスがへたすぎるという演技」に世阿弥を感じた。役者ってすごいなと思った。
テレビ出演のオファーが来て、時間がないと言って断った。だってそうだろう、白髪染めとシミ取りと、歯の矯正とホワイトニングをしないと、テレビに映ってはいけないのだろう、いやな世の中になったものだ。ドキュメント72時間に出てくる人びとが全員あえて画面外でメイクしていたら逆におもしろいかもしれないなと思った。