お詫びのメール

研究会で懇親会があったのは木曜日だ。そこから5日経った昨日、夜中に、若い病理医から丁寧なメールが届いた。「懇親会で無礼な言動をしてすみません」とお詫びが書いてある。何度か読んで混乱した。なにが? どれが?

おそらくだが同席したほかのドクターに何か言われたのだろう。昨日きみは市原にだいぶ失礼なこと言ってたぞ、お詫びしときなさい、とか。

まいったな、と思った。そして、これは私の責任だなと思った。

先に書いておくと、その若い病理医は私にたいして何も無礼な言動はしていない。それどころか、懇親会では率先して店を探したり会話を回したり会計の手続きをしてまわったり写真を撮ったりと、ほんとうによく気がついてくるくるとよく動き回って、好印象でしかなかった。つまり、私は本当に「謝られる意味がわからない」。ただしこれをより正確にいうと、「謝られる意味はわからないが、謝られる構造はわかる」。カマトトぶって「えっ何が~わかんないわかんない、謝まんなくていいよぉ~」みたいな「馬鹿のふりをしているがじつは聡いギャルタイプのホスト」として胸の前で手を小刻みに振っていてもしょうがない。私は、あの日、その若い病理医が、謝りたくなるような存在だった。

私は懇親会の席で、47歳である自分の単純な見た目・社会的な見た目を考慮することなしに、「多動の30代」くらいのノリで振る舞っていたのだと思う。「思う」というのがまたよくないのだ、本来であれば、自覚してコントロールしていなければいけないのだけれど、若手病理医からのびっくりするような謝罪メールを見てあらためて自分を分析すると、たぶんそういうことだったんじゃないかなとようやく気づく、ということだ。

それは、たぶん、若い人間からすると、すごくやりにくかったのではないか、と思う。

思えば今の私は、相手が40代くらいなら、基本的にいつも下から目線で敬い以外の何も表面に出さない。これは悪いことではないと思うのだけれど、そのことを徹底しようと思うと、気付かないうちに自認が30代になる。だから、話し相手が30代くらい、つまり自分より10も15も下の人間のときに、「タメ」の感覚が出てきてしまう。本来ならば47歳の相手にすべき「タメ」の言動が、30代の相手に対して漏れ出てくる。それは間違いなく恐怖の対象だろう。一回り以上年齢が上の人間が、「私なんてとてもとても」「まだまだです」「実績がないんで」などと謙遜をくりかえすと、下の人間にとっては、「こういう人間を敬うための装置を用意してそれを起動させないとこの場にいつ火が付くかわからない」という、クリアと罰の基準が両方わからないデスゲームに強制参加させられた状態になってしまう。あと、単純に、たどりついた雰囲気としては「若手と話を合わせようとチラチラこっちを見てくるおじさん」と区別がつかない。ドライバーミューテーションは違うがフェノタイプは一緒、みたいな感じに近い。

これまで人の少なかったこの業界で長く下働き・下っ端・奴隷として働いてきて、「慇懃無礼だから君のことはこれからインギンオブジョイトイと呼ぶよ」などと言われながら、永遠の部下ポジションとしてやってきた私は、しかし、札幌のいち病理医として働いていた間は、どこか、大学やハイボリュームセンターの人間から、「いろいろ得手はあるのかもしれないが、それはそれとして単なる市中病院のコマ」と安心されてきた。「こいつ、ずいぶん謙遜するけど、でも、実際に下の人間だからな」と、どこかで思われていた。でもポジションが変わったことで、私の内在していた圧がわかりやすくなったように思う。元はなかった圧、ではなく、いつ吹き出してもおかしくなかった圧が、火口からはっきり視認できるようになった。つまり私は、私自身は何も変わっていないし、親しい人間からしたらそんな当たり前のことは言うまでもないので逆に身近な場所では話題にも登らないのだけれど、ふだんあまり付き合いのない界隈からすると、「ふつうに年齢相応」の人間としてわかりやすくなったのだと思う。そのことに私はまったく自覚がなかったわけでもないのに、懇親会の気楽さで、ちょっとはめをはずした。つまり、懇親会で本当に無礼なことをしていたのは私だったのだ。私がしっかり礼を認識していたならば、あの場で私は、会話を盛り上げようとも、受け答えを楽しもうともせずに、周りの70代・80代の病理医と同じ顔で(これは誇張ではなくほんとうにそういう場だった)、静かに笑い、なるべく偉そうにしゃべり、自らの経験を問わず語りし、空気を読まずに英霊のように実績を見せびらかして、「若手が近寄りがたい中年」を徹底していたはずだ。でも私はそれをしなかった。フランクな、話の分かる、隙があって弱さもある、付き合いやすい病理医、みたいな顔をしていた。それは単純に今の私の見た目や立ち位置からしてミスマッチだった。そういうところが若い人間に「逆説的な圧」を与えた。私は47歳の中年男性として、「若い人間からは決して理解しきれない、めんどうな中間管理職」らしく振る舞うべきだったのだ。そのほうが、相手する人間たちからしても、「型通り」の接し方でよく、だいぶ楽だし、こんなに気を揉むこともなかったであろう。

夜中、Gmailの着信したスマホを片手にフリーズした私は、これにどう返事をするか悩んで、結局ひとばん待って、翌朝出勤して、デスクのPCを立ち上げてメールソフトを起動させる。

しかしだ。

この関係は、修復しないほうがいいのではないだろうか? だって、ここで、私がフォローにフォローを重ねて優しく明るく「そんなことないんですよ、これからも仲良くしましょう」みたいなことを書いたら、それこそ、「47歳の病理医っぽくない返事がきた!」と相手を怖がらせてしまう。私はもう、このまま、「30代からすると付き合いづらい病理医」として、つまり、世間一般の40代後半と同じようなハコに放り込めるわかりやすいキャラクタのまま、やっていったほうがよいのではないか。

そう思った。しかし、指は、いつものようにメールを打っていく。これを送るとまた、相手には圧がかかるんだろうな、懸念をしたけれど、私はメールを結局このようなことばでしめくくった。

「これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申しあげます。市原 拝」



拝 じゃないのだ。怖いだろう、むしろ。

空砲

部屋のストーブには現在の室温と設定室温とがそれぞれ表示される。17|20 とあれば、今の室温が17度で、設定室温が20度ということだ。このたび、しばらく部屋をあけて、福岡、東京、釧路、札幌とあちこち飛び回って、夜中に帰ってきたら表示が0|20になっていた。とっさに、こいつ、嘘だな、と思った。外はマイナス10度を下回っている。鍵を開けて入ってきてもそれとさほどかわらないように思える。室温は0度では済まないはずだ。このストーブは0度より下を表示できないのだろう。そんなことで北国のストーブが務まるのだろうかとやや心配になる。能力が足りていないのではないか?

水抜きをしておいたキッチン、洗面台、風呂場の蛇口を解放したまま、水抜きを解除、ちょっとだけ間をおいて、それぞれの水道から水が派手に流れ出す。バシュッ、バシュッ、ババババ、と、空気の混じった水が爆発音と共にカランから弾けて安定する。それぞれ水が開通したのを待ってから蛇口を閉める。キッチン、洗面台、そして風呂場。ふと見ると、湯船の底に、さきほど出した水が、排水溝から流れていくことなく溜まっている。おそらく、排水溝の奥のU字に水が溜まる部分で凍結しているのだろう。水抜きしても排水溝の先の対処はできない(ただし排水溝の場合、上水道と違って溜まった水が凍結しても両脇が解放された状態であるから、それでパイプが壊れることはまずない)。だからこうして排水がしばらくは溜まってしまう。大したサイズじゃないからお湯でも流してやればすぐに融解するだろう。排水溝には厳冬期を耐え抜くだけの構造も機能もない。しかし、べつに、それでいいのだ。できることだけを粛々とやればいい。

能力というものは、私は、そこまで必要なものではないのだろう、と思う。最近よく思う。というか、個人がどれだけ能力を持っていても、それは別に、なんか、どうでもいいことなのだ。たくさんの人が集まって、それぞれが不得意なことを補いあいながら、全体としてなんだか個人よりもわりといい感じでなにかをこなしていく、そういう、団体でやっていく姿勢とシステムとメカニズムとキュビズムと(?)、とにかくみんなでうまいことやれている状態のほうが、はるかにいい。「優秀な一個人の圧倒的な才能」によって成し遂げられたものの、なんと悲しく脆いものか。そんなことをよく考える。まあ、それでいて、本や、映画や、アニメなどでは、「唯一無二のひとり」の話ばかりを喜んで読んでいるのだから、私もずいぶんと矛盾している。成瀬だってそうだ。フリーレンだってそうだ。

私は長いこと、病理診断で、というか、画像と病理との対比というジャンルで、圧倒的になりたいと思って、腕をみがいてきた。本邦随一と呼ばれたいと思って、試行を重ねてきた。でも、近頃よく思う。先週も私はあちこちで症例の解説をしたけれど、妙につっこまれる、完璧に準備したと思っても、みんなにニヤニヤいじられる、撫でまわされる、ひっぱたかれ、放り投げられ、ぐねぐね折りたたまれたり伸ばされたりもする。誰もが、私が発表すると腕まくりをする。よぅーし市原がしゃべるってなら俺も飛びかかっちゃうぞ、みたいな雰囲気だ。会が終わったあとにも、やたらと話しかけてくる。あそこがひっかかった、あれが不思議だったと、疑問をばんばんぶつけてくる。だいぶ長いことやってきたはずなんだけどな、あーあ、これのどこが圧倒的なのだ、こんなことでは随一なんて程遠い、と、昔なら思ったかもしれない。でも、そうだなあ、最近、なんだかこのままもっともっと、絡まれる頻度を高めていくことこそが私の役割なのではないか、みたいなことをとてもよく考える。能力が高いわけではない。しかし、役割は果たせるのだろう。むしろ、症例をみて、そこに潜んでいる「事実」とか「真実」とかを、自分ばかりが精度高く見出していくことの、なにがそんなにおもしろいのか、と思う日が多い。自分ひとりが見る景色なんて、仮に正しいとしても、おもしろくはなく、だったら、たいしたものではないのだと思う。究極的なことを言うと、「正しさ」しか追求できないのならそれは世界に自分ひとりしか生き残っていない終末の世界でやればいいのであって、今こうして世界にわりとたくさん人間がひしめき合っているときに追求すべきは「正しさではない」と、ぼかさずに、はっきり言ってもいいんじゃないかな、なんて思っている。私は、私が号砲を鳴らした後に、みんなが猛然と駆け出していく、そういうスターターとしての立場を目指そう、それがもしできるならば、何重の意味でも症例の「ほんとう」を浮き立たせることができるのではないか。スターターになるにあたって必要なものはなんだろう。それは走者へのリスペクト、走ること及びその縁辺にあるものごとの知識、そして、会場をしんとさせる立場と、しんとさせるだけの説得力、立ち姿、まっすぐ振り上げる右手、その手の中にしっかり収まった、ほんとうは実弾だって撃つことができるだろうに一度たりとも弾を込められたことのない、空砲。

雪かき

大雪の札幌にいて雪かきなどをしている。ポッドキャスト「熱量と文字数」の10年以上前のアーカイブを有線イヤホンで聴きながら雪をのけていく。今年は異様な量だ、道がまるで見えなくなっているし、積雪地域で除雪・排雪のインフラが整っているにもかかわらず多くの車がスタックしてあちこちの国道が麻痺している。音が雪に吸収されて街がしずかに崩落していく。スローモーションの落盤の上でめまい。空がブロック塀のように区画され、それらの隙間からビームが漏れ出て、地上の私たちの元素を焼いていく、その香ばしいにおい、花椒のようなパウダー状の。しびれ。唾液。

ポスト・アポカリプスの午後、親に電話をして様子をたずねる。電話を切ったあとパソコンを立ち上げて、古い友人からのメールに応えるために別の古い友人に連絡をとり、ふたりを引き合わせて新しい仕事に向かって送り出す。そろそろ昼寝をしておいたほうが安全なんだろうという予感。明日の朝はかなり早い。日の昇るだいぶ前に起きて、排雪によって道の左右に積み上げられた雪をどけておかないと、妻が車庫から車を出せなくなる。自分が出勤したあとのことには想像が届かない。なにか仕事を積み残してきているような気はするのだがあまり気が回らない。



どうしてそんな、あらゆる人に気を配るような真似をするのか、と強めに詰問された。もっと、気の合うものどうしで、やる気のあるものどうしで、まずは集まって、具体的なプロジェクトをしっかりローンチさせたほうがよいではないか、と、なぜこんなにわかりやすい理屈がわからないのか、と、派手な声色で何度も詰め寄られた。

それでも私は、やる気がある人も、ない人も、どちらにとっても似たような距離にある場所のインフラを整備する仕事をやりたいのだ、と言った。その人は、本当にわけがわからないとあきれた顔をしながら、うまそうに麦茶かなにかを飲んでいた。



ContributionとかAuthorshipのこと。Contribution: 貢献、Authorship: 著者資格。医学の領域では、だれかと一緒に仕事をする際に、その仕事に対する貢献度、どれだけ汗をかいたかということをとても厳しく評価しようという流れがある。論文に掲載されている著者リストの順番に意味がある。学会のポスター発表の発表者に名前を連ねるだけのことにも意味がある。貢献した順に名前を書き連ねる。決して、同じ医局にいるだけのドクターを、連名の中に加えてはならないと、近頃はだいぶうるさい。貢献している人間に申し訳がないと思わないのか、みたいなことを、あちこちでだいぶ目にする。

心底くだらない。

どうでもいいじゃないか、そんなもの。

抄録に名前だけ入れてもらって何も貢献していないタイプの人間。たしかにいる。でもそれがいたからなんなのだ。街の片隅にネズミが生きている。それが許せないと言ってすべての飲食店の下水溝を掃除して回る。そういうのと同じようなテンションで突き上げている。ばかばかしい。

それは所詮は「建前」の話だ。建前にいちいち目くじらをたてる数秒、私たちの人生にとって本当に無駄な数秒、脳のリソースを使うだけ無駄だと思う。ポスターごときに、学会発表ごときに、名前をつらねたことが本当に名誉とか誇りになると思っている人間こそ、馬鹿だ。馬鹿にかまっていられない、もったいない、それよりも大切なことに電解質を使いたい。医学を、医療を、進歩させるための礎となるために、心と体を実際に消費して、なにかあたらしいものをしっかりと打ち立てていきたい。名より実。誰それの研究に名前だけ入った・入らなかった、なんて、医療の発展にも医学の希求にもなんの意味ももたらさない。手を動かしている人間がいちばんすばらしい。まあ、えらくはない。金ももうからない。でも、すばらしい。きちんと織りなされていく布、着実に積み上がっていくレンガ、そういった、後世に残るもの、公益のためになるもの、もしくは、後世の役にも人類のためにもなる予定はないけれど、でも、もしかするといつか誰かが使えるかもしれない、いや、それすらも建前だ、とにかく、新しい科学の扉がひとつ開くか開かないか、それはゲームのクリアに関係ない素材、ボスがいない場所におけるセーブポイント、そういったもの、それらをひとつずつ世の中に見出し、あるいは彫琢し、あるいは刻印していく、それがもっとも大事なことではないのか。名前? 記録? 本当に馬鹿なのか? 雪かきだ。それは雪かきといっしょだ。いくら積み上げても、いくらやりとげても、春がくれば全部解けて、なかったことになる。



ある病理医が話しかけてきた。先生、先生はなぜ……どうして、いまさら、大学に戻ろうなんて思ったんですか。私はそれにこう返事をした。

「札幌厚生病院で18年間はたらいてきました。市中病院のいち病理医です。縁あって、とてもたくさんの人と関わることができたのですが、ただ、私と一緒に仕事をした人は、私が担当病理医であったということで、最終的に、到達点という意味で少しだけ損をしているなあと思いました。私といっしょに働くと、途中までしかたどり着けないんです。画像と病理とを使って、ひとつの症例をすごくおもしろく検討することはできる。でも、ここからさらに進むためには遺伝子検索をしなければいけない、分子生物学的解析をしなければいけないとなったときに、札幌厚生病院にいるだけの私では、そこから先にお連れすることができない。私はそういうのが本当に悔しくて、だから、今回、ご縁をいただけるとなったときに、まあ、今さら私のような人間が、アカデミアで皆さんと同じように活躍できるかというとそれもけっこう難しいとは思うんですけれども、でも、いただいた機会です、なんとか、今度は私が、臨床の疑問を『最後まで連れて行く』ことができるようになりたい。だから大学に来ました。精進しようと思います」

私の答えを聞いた病理医は、なんだか、ものすごく驚いていた。私はそれが驚きをもって受け止められるのだなあということに、驚いた。

私がこのような考えに至った理由は、たぶん、何人かの、インターネットで知り合った悪友の影響によるものかなと思う。自分と働く人がどこまででも登っていけるような存在になりたい。公益のために尽くしたい。これらはだいぶ強欲で、私が生まれ持った謙虚な性格からはあまり出てこないと思われるもので(笑)、つまり、おそらく、ネットの悪影響を受けたのかなと私は思っている。鴨とか、犬とか、あと、幾人かの医者とかを見ているうちに、私は、そういう強欲な人間になりたいと感じるようになったのだ。

私は、この強欲なキャラクタを、他人から教わって演じていた、最初は。

しかし、なんだか、いつのまにか、演じていた役柄と自分とが癒合して、夢と現実の区別がつかなくなって、本当に自分が心からそういうことを思っているのだと、勘違いできる程度には、演じている時間が長くなってきた。



優秀な人間が優秀でいるためだけにストイックに働いている姿を見ると、なぜそんなに、演じることができないのかと、あわれに思う。優秀であることがそんなに大切か? 自分の理想に近づくことが目標だなんてちっぽけだと思わないか?

なぜ、公益のために身を粉にしてはたらくくらいのことを、目指せないのか? 私は演じ続けている。舞台役者のように、ちょっと、大げさすぎるかなとも思ってはいる。

来し方をおしはかり行く末を振り返る

出張で全国の病理医と会うたびにへりくだる。頭を下げて、心のトラックの荷台を下げて、物を積みやすくして、なにかを持って帰る。そのなにかというものは、症例検討の解説に関するこまかなニュアンスの違いとか、私が見逃していた所見の話とか、言うべきことと言わないほうがいいことの線引の話といった、私の発信にかんするリアクション、が、かつては一番多かったのだけれど、近頃はもうすこし具体的になりつつあって、大学院生をどのように指導しているか、とか、クラウドサーバの容量をどれくらいにしているか、とか、AIの契約をどれくらいの金額でやっているか、みたいな、ラボ運用の先輩の運用プロトコルみたいなものをたずねていることも多い。津々浦々にボスがいて、三千世界に中間管理職がいて、今の私はそういう人たちの話を聞いて回るのが楽しく、だから、おそらく、若い人の気持ちが少しずつわからなくなってきている。なるほどこうやって「シフト」するのだな、という実感がある。

人生のシフトレバーはマニュアルである。オートマではない。1速よりもパワフルな0.5速というギアもある。R(rear)だけでなくS(side)とかもある。前輪を切り離して有線ビットみたいに先行させることもある。そういうのを自分の判断でうまくつないで運転をする。運転するということはその場を去るということだ。運転が好きというのはつまりその場を逃げ出したいということでもある。あるいは常にどこかに帰りたがっているということかもしれない。



早期胃癌研究会の翌日が大腸癌研究会だった。どちらも研究会という名前がついているけれど、かたや、どでかい症例検討会、かたや、研究会とは名ばかりの学会である。名刺を配ってコラボをもちかけ、挨拶とともにお礼をし、先のことを考える。今のことも考えておいたほうがいいけれどできればこういうところでは先のことを考える。

先日、味岡洋一先生が亡くなった。私は、短い期間ではあった、10年ちょっとか、15年にはなっていないと思うが、人並みにはかわいがってもらった、彼は診断病理医としてすごく丁寧なことばを使う人だった。多くの臨床医に愛され、病理医からも一目置かれていた。つねに鬱の煙をふかしながら思索の奥に他者への許しと教えとをしのばせるタイプの偉人だった。過去のことを考える。過去にもらったうれしかったこと、ありがたかったもの、その瞬間には価値がわからなくてろくにお礼を言えなかったあれこれのことを考える。先のことを考えるよりも何倍も過去のことばかり考えてしまう、黙祷をするたびに、そういうことではいけないんだよと笑いながら怒られる。

若い内視鏡医とモツ鍋などを食べながら、「研究会って大事なんですね」と、10年か、15年か、それくらい前に私が味岡先生に言ったようなことを言っている若い内視鏡医とゴマサバなどを食べながら、私はなるべく先のことを考えようと、今を振り返って過去をおしはかる。

転写と翻訳の間

今季最長最強寒波、というフレーズはおそらくリズムで決めたものであまり深い意味はないんだろうな、と思いながら凍えている。暖房を焚いても焚いても部屋が暖かくならない。なんなんだこれは。もう2時間くらい暖房を付けているのに。ひさびさの体験だ。なぜ今年に限って……と思ったが、よく考えると、こんなに長い時間家にいることがめったになく、室温の移り変わりを把握できるほど部屋で過ごすことがないからではないか、という点に気づいた。事象のめずらしさというものは分子だけではなく分母もみなければ判断できない。今週、私はわりと仕事がなくて、すぐに帰宅して念入りに料理をしたり、ゲームセンターCXの動画を見たりしていた。今の職場にうつってからははじめての、だらけた数日を過ごした。理由はあきらかで、正月以降のローテ(仕事のわりふり)が軽かったからだ。学生実習がある週は仕事は軽めになってます、と説明され、はあそんなものかと思って受け入れたのだが、なんのことはない、学生実習というのは時間こそとられるものの別に精神的に大変なわけではないので、学生実習の準備にしても当日の目配りにしてもほぼストレスなく無事終わってしまい、結果として診断の割当がただ軽くなっただけだった。そのぶん、抄読会のセッティングだとか論文の執筆だとかゲラの手入れだとか講演プレゼンの作製だとかをやればいいのだけれど、「この先忙しくなるだろうからなるべく今のうちに……」というノリで、年末にほとんど寝ずにあらゆる仕事を早回しでやっつけてしまったので、ぶっちゃけ、締切が設定されていない原稿くらいしかやることがない。慎重過ぎる保険の書け方が仇となったかたちだ。仇? 逆か。仇ではないか。でも、なんか気持ち的には仇だ。こんなに余裕が出るならあのときあんなに必死でやらなくてもよかった。でも、今がこうしてラクになるということは予測はできなかった。早め、早め、念のため、先回し、先回り、そうやって安心をリボ払いみたいに小出しに配置して、結果、一括で払う何倍もの額を失っている。私は臆病だ。遅刻しないために30分前に待ち合わせ場所に到着しておこう、30分前に着くためには何分の地下鉄に乗ったらいいかな、なるほど、じゃあ念のためこの1本前の地下鉄にしよう、だったらこの地下鉄にのるためには何時に家を出ればいいが、途中なにがあるかわからないからさらに少し早めに家を出よう……そうやって結局70分前くらいに待ち合わせ場所についてしまう。近場の喫茶店を探してうろうろするのだけれど、20分くらい歩いて探して、ここぞという喫茶店を見つけたはいいが、入ってコーヒーでも頼んで出てくるまでに15分くらいかかったらどうしよう、それだと30分前に待ち合わせ場所に到着するのが難しくなるかもしれない、だったら缶コーヒーでも買って待ち合わせ場所で佇んでいたほうが気が楽かもしれないな。私は臆病だ。そういうふるまいをあらゆる仕事に対してもやってしまう。スケジュールに対してバッファを設けるということは、いいことばかりではない。そういう時間の組み方をすると、必ず、「安全のためのゆとり」の時間がそこかしこに発生する。15分とか、1時間とか、2週間とか、3か月といった単位で私は先回りをするから、結果的に、それらの時間が少しずつ余る。その余った時間はあくまで「まさかのときに備えるための時間」なので最初からあてにしていない、それ以外の時間で猛烈に働くわけだ、すると、いざ、それらの「あそび」の部分が予定通り余ったとき、そこは死腔のようになってしまう。綿密な予定を立てていない時間に、計算づくの仕事をあとからはめ込むのは難しい。クリエイティブなことに使えるほど潤った時間でもない。こうして私は人生の中に「のりしろ」として機能しない部分をたくさん有するようになる。イントロンだなと思う。とはいえ、イントロン由来のmiRNAみたいなものもおそらくは発生しているので、それは私という個体が進化の過程で落ち着いた、エネルギー安定プラトーのひとつの形ではあったと思うのだけれど、それにしても、通り過ぎたカレンダーを読んでいると、スプライシングされた日々の多さに頭を抱えることになる。

国がんの高阪先生がスプライソソーム阻害薬の夢とその実現にかかわる道程のことを語っていた。スプライシングってやっぱ、介入できるよな、とくにがんの治療においては。でもそれが正常であるかがんであるかをどうやって見分けるんだろう、みたいなことをずっと考えていた。