チェックしないメイト

5月30日土曜日。早朝から委員会に出てそのまま学会会場へ。セッションがいくつかあるのだがどうしても返事しなければいけないメールが2通ある。おまけに、2通とも内容をPCで確認しないといけない。電源のあるスペースを探してPCを開いた。せっかく学会に来ているのにもったいないなと思う。内容は寄稿論文のチェック。依頼原稿の締め切りが5月中だというので、金曜日の夜に「最終チェックお願いします!」といってメールを送ってきた、それもまったく違う施設から、2名別々に。土日のうちにお返事くださいと、書いてはいないが感じられる、それぞれ交流のない医者がほとんど同じ文面で送ってくる2通のメールに、同時に返事をする。血圧の薬を飲み忘れている。両方ともよく書けている。コレステロールの薬も飲んだほうがいい。この1週間にぎりぎりの状態でやりとりをした。どちらの論文も、病理の項目について、何週間か前に、私は都合1日で書いて送った、それでも最終確認はこんなにぎりぎりなのだ。言いたいことはいくつかある。けれども、それぞれ、ちゃんと締め切り内に書き終えてはいるのだから全部OKということになる。締め切りを越えるよりましだ。書かないよりよっぽどましだ。

電源スペースでばかすかメールを売っていると、旧知の教授が近くに座ってPCを開こうとして、ダブルばかすかになる前に、軽く挨拶をする。理不尽な要求の話がすぐにはじまる。あるよなーそういう理不尽、と言いながら、互いにゲラゲラ笑う。論文のチェックはなかなか進まない。けど、知人とあって笑い、知人になりそうな人に会って挨拶をし、知人ではないけれど互いに知っている人と会って名刺を交換する。こういうのが学会の楽しみだよね、と内心はほくほくしている。論文のチェックはなかなか進まない。旧知の教授は札幌在住なので、冷静に考えて、べつにこんな東京くんだりで、ひさしぶりだね、ひさしぶりですね、などとやりとりをする必要は全くないのだけれど、でも、近くに住んで精勤している人で、学会の会場でしか顔を合わさない人なんてのはたくさんいる。お互いに、まじめに働けば働くほど社会と没交渉になっていって、学会でもなければ会わないよね、みたいなことも含めて、探検隊(あるある)。チェックはなかなか進まない。ちょっとだけ進めた。


2泊3日の出張をトートバッグひとつでこなすのは無理がある。パンパンに詰まっている。着替えが。電源が。家からもってきた本1冊はさっき捨ててしまった。荷物を減らしたかった。名刺を1枚もらうたびにカバンの重さが増えていく。学会だなあという気がする。共同研究の数はいまいくつになったのか。次の学会ではアメリカ在住の友人と朝食を食う。そこで広がる話もあったらいいなと本気で思っているし、あれもこれもと口を出すばかりで、手を動かさないままにこの1年を仮に過ごしてしまったら、私はちょっと残念な方向に入ってしまうだろう。口を出すからには手を動かさなければいけない。黙って手を動かすことが多い仕事だけれど、本当は、しゃべりながら手を動かす、そのほうが、人の間で働いているという醍醐味をよほど感じられるというものだ。でも、こうして今、ブログを書いている。口を動かさずに手を動かすだけのことをしている。チェックはなかなか進まない。

副交感スイッチ

今後どうやっても『がんユニ』のようなペースでインタビューして本を作るなんてことはできないな、と思ったのだけれど、ついさっき、ちょっとしたアイディアで『がんユニ』の続きが作れそうだなということを思った。続きを作るというか、そもそもこの本を大学に見立てた段階で、大学というのは続いていくものなのだから、今後も続いていきそうな座組で見立て続けていけばそれでいいのではないか、という感じ。はあ、なんか、ちょっと気持ちが楽になった。本、出たんだなあ。いい本になったなあ。これからも、この方向を、やっていけそうだなあ。うれしいなあ。進行中の案件を4つくらい同時に終了させたような爽快感がある。いくつもの絡み合う仕事をしていたのだなと思うし、そこにはおそらく趣味も遊びも取り込まれていて、だから今の私はすこしだけ仕事が減って楽になったし、趣味や遊びが終わってもうおうちに帰らなければいけないんだなというさみしさの中にもいる。

有楽町は50%くらい梅雨の空気で、これは30年前の札幌の7月くらいの気温だ。まだ5月なんだけどな。

このあと腹部画像研究会の懇親会に出る。もともと私の前任地のドクターや技師さんが立ち上げて30年近くやっていたオンサイトの研究会を、感染症禍にオンラインに切り替えたら、札幌だけでなく全国の有志が集まれるようになって、そこからきちんと発展して、はあ、Zoomにしてしぼんでいく会ばかり目にしていたけれど、こうしてZoomで広がっていく会というのもちゃんとあるんだなと、珍しいものを眺める目でうれしく見ている、そんな勉強会が腹部画像研究会だ。全国学会のときには懇親会をやる。オフ会というやつだが名目としては「情報交換会」と呼ぶ。ふだんオンラインで多いときは100人が集まるが、学会の際に現地で集まるのはせいぜい10人とか20人くらいだ。けれどしょっちゅうやっているからあまり気にしない。幹事は札幌の放射線技師が務める。お店選びについては、「途中でPCを取り出して超音波画像と病理組織像の対比の話をはじめても問題ないような店の雰囲気かどうか」というのを第一選択基準としていると聞く。店で症例の話すんなよ、という気もするが、「店でも話をしていい」という範囲がある程度許容されるならば、私たちはいつだって、画像と病理の関係について話をしたいのだ。それが許されるならば、だ。倫理以前に感覚として、隣の客に病気や医療画像の話をばんばん聞かせるのは、それが音響工学的なトークに終止するとはいってもあまりよいことではない。だから懇親会場はきちんと選ぶ。幹事は優秀なのでそういうところをきちんと考えている。湿度の高い夕暮れにじわじわとスーツの中に温度を溜めながらPCを叩くうち、懇親会に対する期待感が高まっていく。いろんな人に聞きたいことがたくさんある。共同研究の話もしたい。もう抱えている仕事はいっぱいなのだけれどそれでもこの領域でこうして集まるのならば一緒になにかがしたい。

胃腸が痙攣している。ネクタイをはずして息をつくと腸が動き始めて屁が出始める。懇親会場まで歩いて15分ちょっと、その間に有楽町の町中に町内ガスを希釈しながら散布して歩くことになる。近頃、いつもこうだ。真夜中に職場を出て車に乗ると途端に腸が動く暮らし、たまにバスに乗るとガステロになってしまうからバスで帰宅したくない。今のくらしをあと10年続けたら私の腸は虚血にやられて穴が開くだろう。そうなる前に、やれることをやっておく。続けるという見立て。自分の配役。

このあとシャワー浴びますね

「不機嫌な人」にはそれぞれ理由があったりなかったりする。理由もなく不機嫌な人のことをみんなは普通に嫌いだと思う。「気分屋」は迷惑だ。一方で、「理由があって不機嫌な人」に対して、世の中はちょっと甘い。怒るだけの理由があるよねー、とか言いながら、不機嫌で人を動かす人を甘やかす傾向が、今の地球にはある(大きい大きい主語)。

まあ世間は世間。

人前で不機嫌を使ってなにかを動かそうとする人が、どれだけ優秀だろうがどれだけすばらしい理念を持っていようが、私はそういう人となにかを積み上げていける気がしないし、あっというまに軽蔑する。たぶん世の平均より早めに軽蔑する。

物事というのは子どもが階段をグリコ・チョコレート・パイナップルで登っていくのとは違って、あちらがすこし盛り上がったなと思ったらこちらはすこし盛り下がったり、ここがやかましいと思っているうちにあっちがうら寂しくなったり、そういう、複雑な入れ替わり、ノイズ、シャッフル、ランダム、勝ったり負けたり、一進一退でやっていくものだ。あらゆる物事は、自分にとっての快と不快とをたくさん経由しながら進んでいくのが普通のことである。それにいちいち自分の機嫌をあてはめていたら、きりがないと私は思う。でも、なにかにつけて自分の「不機嫌」を動員し、それでなにかを動かそうとするという人たちがたまにいて、そういう人たちのアイディアのうすさに私はびっくりする。自分が不快を覚えない世界を達成するために生きている人間のあさましさに私はびっくりする。そんなの無理だろう。そんなの無茶だろう。



ある日、飛行機に乗った。けっこういろいろと無理をして仕事を片付けた。ひいひい言いながら空港に到着し、でも、ここまで来てしまえばあとは旅路に体をまかせていくだけなのだ。フードコートの山頭火のデジタルモニタの、デフォルトで紹介されているおすすめのバカ高いラーメンを避け、小さく表示されたメニュー欄から普通の塩ラーメン(それでも1000円ちょっとする)を選んで、もそもそ食っているうちに、ああ、よーし、俺、これから出張だ、デスクにいないからいろいろ仕事は溜まっていくけれど、それはもう旅路にあってはどうにもならないことだ、帰ってから考えるしかない、ああ! うわあ! よーし! そうか! もうどうでもいいんだ! こっからは楽しく過ごすぞお! と、スープの塩分濃度と共にテンションもバク上がりしてホクホクと機内に乗り込んだ。自分の座席に座って、シートベルトして、買ったばかりの本を読み始めて、すこし読んだところで猛烈に眠くなってきて、ああこれ寝て起きたら東京だよな、と思いながら目をつぶって、だいぶ長いこと無のなかにいて、ぱっと起きてもまだ飛行機が飛んでいない。聞くと旭川空港の保安検査場を、通過した客の確認をしているとかなんとか、それはおそらく符牒なんだろうなと私はとっさに思った、それくらい機内には多彩な人びとが乗っていて、あるいはその一部は公安に睨まれているとかパスポートが偽造だとかそういうこともあるのかもしれないなーと思った。まあ全部妄想なんだけど、とにかく事実として、19:30に離陸するはずだった飛行機は20:30になってもまだ地上にいた。うーん、これだと東京の定宿に入るのは23:00を過ぎるかもしれないなあ、でもまあ着けばいいか、飛べばいいか、せめて飛んでくれよと思った次の瞬間。

隣の席のおっさんが小さく舌打ちをした。

私はそれにものすごくびっくりした。客室乗務員に聞こえるようなボリュームでもない。それは隣に座っているたいして歳の変わらない私にしか聞こえないくらいに小さな控えめな、ミニマムな抑制まみれの舌打ちだった。彼はあきらかにいらだっていた。舌打ちが止まらない。何度も何度も舌打ちをする。一瞬、口腔内になんらかのトラブルを抱えていて舌打ち様に聞こえるだけなのかなと思ったけれど違う、彼は不機嫌なのだ。飛行機がなかなか飛ばないことを受け入れられなくて不機嫌なのだ、だから舌打ちをしている。自分の不機嫌を世界に伝えることでなにかが変わらないのかとニヤニヤしながら世界を眺めているのである。

なんて小せえ人間なんだと思った。

無能だなーと思った。

病院にいる、あるいは病院にいた、もしくはこれから病院に入ってくる、さまざまな人間のことを瞬間的に思い浮かべた。こういう「舌打ちタイプ」がいるよなーと思った。

耳障りな舌打ちが何度も何度も響く。それは決して周りの多くの人には聞こえない、ただ、座席番号15Cのまわりに座っている15Bとか14Cとか16Cくらいの人間がぎりぎり聞こえるか聞こえないかというボリュームで、「自分はこの件に関して不機嫌である」ということを周りに伝える。そのために彼は舌打ちを繰り返している。私とたいして歳の変わらない、つまりは世間からみるとゴリゴリの中年が。

ああ⋯⋯と思った。なんてさみしい話なんだろうなと思った。「とても狭い範囲にしか射程が届かない舌打ち」をする人間。いわゆる郷土の英雄、地域の天才みたいなタイプに多い。それなりのポジションについてある程度人から尊敬されている人間にも多い、「気持ち小さめの舌打ちムーブで人に圧を与えようとする人」。


そういうタイプの人を見て私まで機嫌が悪くなるとしてそれは違うよなとじわじわ感じた。


飛行機は無事飛んだ。東京の定宿(離れたところにあってとにかく安いのだ)についたら日が変わろうとしていた。途中のコンビニで買ったレモンサワーのプルタブを開けようとしたらはやりの「ジョッキ缶タイプ」なのだ。あっ嫌だなと思ったけどとりあえず開ける、そしたら、せかせか歩いてきたときに揺らしていたせいか、中身が壮大に吹き出して、太もものあたりをいっぱい濡らした。ああ、どうしようかな、と思った。不機嫌をえらぶか。ご機嫌をえらぶか。誰も見ていない。誰も何も言わない。ホテルの部屋でひとり。私は、ご機嫌でいることにした。私は、不機嫌でなにかをするタイプの人から、とにかく離れて暮らしたいなということをかなり強く思っていて、だから本日、結果として、こうして、ベッタベタになったふとももを気にしながら軽くレモンサワーの糖分でべたついたPCをばかすか打ってブログを書いている。明日はシンポジウムである。明後日もシンポジウムである。ありがたい話だ。うれしい話だ。

その日も仕事はしそう

前職のときにやってた仕事を減らさずに今の職場で新しくいろいろはじめているのでほんとうにずっと働いている。さすがにこれは持続性がなさそうなのでいずれはいろいろやめていかなければいけないのだけれど、その、やめ方にもいろいろあって、たとえば自分のかわりに同じようなことをやる人を連れてくる、というのが軟着陸のありようとして上品かな、という気がする。下品なやめ方はしたくない。人道ということを考える。

もともと私しかやりたがらないタイプの仕事だからこそ、私にニーズが集中したと考えれば、そう簡単に次の人足が集まらないのも当然のことで、それこそこの10年くらいは私と同じ方向に適性のある人をずっと探してきたけれど、全国に目を向ければぽつぽついるかな、くらいのもので、ご近所にうろうろしているようなことはないし、ようやく見つけたと思ってもフタ周りくらい年上で、かえって私がその人の仕事をかわりにやることになったりもした。私の代わりなんていくらでもいる、という言葉はそらぞらしい。いくらでもいるかもしれないがみんな自分の持ち場で精一杯なのだから、私の代わりをやってくれと言ったって簡単には来てくれないし代わってもくれないのだ。交換可能性とかいうけどそれこそ机上の空論だと思う。どうでもいいけど机上の空論という言葉をみるたびに長机の上に仁王立ちになった空軍幕僚長、みたいなイメージを思い浮かべる。わりと軍事力強そうだなと思う。

車のない1週間はバスで過ごした。運転手がらんぼうだと1日のおわりにそこそこ無駄な体力を使う。乗り降りする人のいない早朝や深夜、爆走するバスは停留所のたびに時間調整の一次停止をながめにとっていて、ぶっ飛ばした意味ねえじゃねえかとおかしくてしかたない。ドアを開けたまま留まってくれたら夜の風を感じられて気持ちいいと思うのだけれど運転手は指一本動かすのもいやなのか、乗り降りする人のいない停留所では決してドアを開けない、それはまあ、冬とか雨とかのことを考えれば当然のムーブではある。でも私は。真夜中にバスに座って闇の風のにおいをかぐ日があってもいいのではないかと。思った。次の休みは海の日である。

6G

ダウンロードが進まないのでブログでも書くか、みたいな時間である。送られてくるファイルのサイズは10GBくらいなのだが、まあ、もちろん重いとは思うが、にしても有線環境であればそこそこのスピードで落ちてくるはずのものが、5Gとは名ばかりの1G回線のテザリングでは、ちっともメーターが進んでいかない。それにしても、5G導入時には、2時間の映画MP4がフルで2秒でダウンロードできるという触れ込みだったと思うのだがあの話は今や誰もしていない、どういうことだったのか。AIが後ろでがりがり稼働しているせいで人間が使えると思っていた帯域がほとんど使いつくされたとか、そういう、「言い訳」みたいなものを誰か教えてくれないだろうか、そうじゃないと、単純に、5Gも6Gも携帯電話会社が機種変を我々に強要するのに必要な方便だった、という把握で終わってしまう。

まあそういう把握でよいのかもしれない。

ラジオから泉谷しげるの曲がかかっていてびっくりする。東京ポッド許可局のかける音はもはや異次元に古くて聞いたことがないものばかりで、取り残されることでかえって尖ってしまうアメーバの偽足のようだ。


ダウンロードは一向に進まない。メールのやりとりも終わった。JRはあと数十秒で動き始める。今週は車のない1週間で、夜中の買い物もしないしバスのある時間までしか働けない。時間に足を引っ張られる、他人の都合に乗っかってはたらく週である。まるでそうじゃない週があるとでもいうような言い草だ。


妻に買ってもらった革靴の、靴紐の部分を少し緩める。


週末、研究計画書を5つ書き、依頼原稿を2つ仕上げた。順調だな、と思う。いろいろ後手に回っていたが、そろそろ、今週あたりは仕事の行く末に先回りするような働き方ができるかもしれ  、ここまで書いたところで車内放送がかかっていると気づく。イヤホンをはずす。よく考えると出発の時間を2分過ぎているのにまだ電車が停まったままだ。上幌向・のあたりで停電が発生し、電気関係の社員を向かわせているところ、電車はひとまず駅から動けない状態で、運行の見通しは立っていない、みたいなことを、車掌が多少なりとも慌てながら一息に、三度ほど繰り返してしゃべった。そうか、そうか、週の頭からそういうことになるか、まあ、そういうこともある。ファイルのダウンロードは25%のところで足踏みしている。次の放送で「とにかくいったん電車を降りてくれ」ときた。ひとまずPCを畳んで車外に出る。困惑した乗客たちが全員手元の端末を覗き込んでいて不気味さが際立つ。待つか、あきらめるか、いくつかのことを考える。駅前から出る高速バスの発車が15分後だ。切り替えるか。このまま待っていればうっかり電車は動き始めるかもしれない。でもまあどちらにしろ遅刻だ。ならば早めに「この先の遅延の度合いが確定するほう」を選ぼう、JRをあきらめる。改札の有人受付の前に人が並んでいる。払い戻しの列だろう。でも通路のところは開いている。払い戻しを後で受けるためのスタンプだけください、ということを伝えると優しい駅員が小走りにスタンプを押してくれる。ありがとうございますと、マイクを通さなくても窓口の穴ボコからきちんと相手の耳に届くボリュームでお礼をいう。バスまでダッシュして並ぶ。問題なく乗れる。バスの席に座ってPCをひらくとファイルのダウンロードが終わっている。さっき、電車の席に座っていたときのペースだと、まだダウンロードは終わっていないはずだったのだが、外を走っているうちに電波のよい領域に入ったのかもしれないなとふと思う。そんな都合のいい回線をdocomoが持っているとも思えないが、インフラのおかげで今日も働いているんだなと、ひとまず先程のJR札幌駅の改札で対応をしていた職員のことを思い出してもういちどありがとうの念を送る。