脳だけが旅をする

2024年の出張予定はすかすか。ほぼオンラインだ。現地にどうしてもいかなければいけない仕事などそもそもない。「脳だけが旅をする」とはよく言ったものである。


デスクワークだらけで体がなまる。病院内を歩くときにはなるべく無駄に筋肉を使うようにする。廊下で走るとあぶないし競歩も患者がびっくりするから、姿勢をよくしてひそかに腹筋に力を入れたまま深呼吸をしながら歩くようにする。マスクから息の音がもれない程度に調整することも必要。人間の体の中ででかい筋肉といえば太ももと背中と腹筋群であるが、足早に移動できないなら腹筋や背筋でしっかり運動をしていくしかない。四肢や顔面の筋肉を使うのとは違い腹筋や背筋なら服の下に隠せるから患者にも職員にもばれない(ばれていて無視されている可能性はある)。


頸椎症がやばいのはまあしょうがないとして、最近、夜寝るときに、どちらかの脚をもう片一方の脚の上に乗せたくなってしまう。なんとなく真っすぐ寝られない。体のゆがみが出ているのだろう。せめて、眠りに落ちるまでは姿勢良くいたいと思って、近頃は「封筒に鉛筆を一本しのばせたようなイメージ」で、ふとんの真ん中にまっすぐ寝転がって入眠するようにしている。秒で気絶して夜中になるとたいていどちらか横を向いているけれど、こういうのは気持ちの問題だ。


年度末に作らなければいけないプレゼンがいくつかある。「院内の職員が視聴を義務付けられる動画」はそのひとつで、10分程度、ナレーション付き、電子カルテシステムに組み込んでもらう。管理職になるとこういう仕事がどうしても増える。今回の動画の内容は「死因の判定と異状死」。動画視聴したらミニテストに答えてもらう。大事な内容であることには違いないが、どうせみんな動画のスクロールバーを高速で動かして見たことにするんだろうなと思って若干のむなしさを覚える。


講習会などを義務付けてもたいていの人はなんらかのかたちで抜け道を探ろうとする。専門医の更新要件などで受講必須とされている講習会だって、Zoomつけっぱなしにして離席してしまうドクターが多いし、学会の現地会場で開催したとしても席で寝てしまうので同じことだ。それを防ごうと思って「動画視聴ウインドウを非アクティブにすると動画の進行が止まるシステム」を採用していた学会もあったが無駄なことだ。「動画をおもしろく作ることで、飛ばしてみようと思った人もついじっくり見てしまう」以外の解はない。


小手先のテクニックでなんとかしようとしても結局メインストリームのまじめな努力にはかなわない。腹筋に力を入れたからなんなんだ。封筒と鉛筆を思い浮かべてなんになるというのだ。小仕事ばかりせずに健康維持のために自分の意識をしっかり使っていく、それが一番体のためになる。そしてぼくは体をほっぽらかしにして脳だけで旅をしてきた。