一方で、似たような企画ではあるのだが、私がまるっきり苦手な、一度も正解したことがないやつがある。モーフィングクイズだ。画像のどこかが20秒くらいかけて少しずつ変化していく。最後はカンカンカン! という音と共に画像が暗点して、さあどこが変わったでしょう、というのを当てる。いつのまにか後ろにお花畑が出現していたり、建物がひとつまるごと消えていたりと、それなりにしっかりと変化するのだけれど、私はこれが本当に苦手で、一度も正解できたことがない。
文章で説明するのがむずかしいのでYouTubeを探してきた。
この動画は子供向けらしくさすがに簡単だ。変化途中で描線が二重になっているので、画面内をよく見ればすぐに違和感に気づける。しかし、夕方のテレビ番組のやつはそれほど簡単ではなく、「描線が二重になっていないパターン」で、そうなるともうまるでわからない。
「さぁ~今日もonちゃんクイズ。どこがが変わりますよぉ~。よく見てくださいねぇ~」。
見るのが仕事の病理医の沽券にかけて見る。まるでわからない。医師免許返納事案である。
仕事で顕微鏡をみる上で、モーフィングクイズの才能は必要ない。プレパラート上でいつのまにか細胞が消失したり変成したりすることがなくてよかったと思う。
ただし、患者から採取された細胞像から「あったものがなくなったり、なかったはずの場所になにかが出現したり」という異常を、ここ数日とか数週間とか数年のうちにこれこれこういう変化があったのだろうなと想像をふくらませることは、病理医の仕事の中にも存在する。何かがモーフィングした結果を見ているのだろう、という診断の仕方。
なにかがなくなったことを示すためには「痕跡」を解析する。本来細胞がなにかの構造を作っているはずの部分にそれがないということは、
(1)構造の密度が落ちている
(2)消失に伴う残骸的なものがそこにある
(3)まわりに異様な細胞が増えている
などのいずれかの所見によって示される。
(1)は、たとえばこんなかんじだ。
A A A A A A A A
このように等間隔に何かが並んでいるときにそこにポカンとスペースがあるだけで我々は、「あれ? なくなった?」と気づくことができる。説明するまでもないくらい簡単な脳の補正だが、これによって、潰瘍性大腸炎などの慢性炎症性疾患によって陰窩密度が低下した、みたいなことをただちに指摘することができる。
(2)だとこうなる。
A . .. A
「A」が消失するときに破壊を伴っているときには、たとえば核片とよばれるものだったり、ヘモジデリンだったり、マクロファージなる「お掃除細胞」だったりがそこに出現する。さっきと比べてそもそも観察できる「A」の数が少ないのだが、残骸があればそれだけで「ああ、何かが壊れたんだな」とわかる。古くなった家が壊されたあと、柱や床などの断片が残っていればそこが家だったと誰もが察することができるのといっしょだ。
(3)はこうだ。
A A A A BBBBBB A A A A
こ、このBが何かをしやがった! という雰囲気がびんびんに感じ取れることがあるのである。いわゆる「悪性の細胞」というのはこういうことをする。
細胞を目で見て「あっおかしい」となるとき、じつは理屈的なものはあんまり働かせてなくて、「俺がおかしいと思ったからおかしいんだ」という感情が先行するかんじで異常を発見することはわりとよくある。でもそれだけだと、(3)→(2)→(1)の順番に発見が難しくなる。「異常な細胞がいる」にはピンときやすい。しかし、「あるべきものがただない」は難しいのだ。
そこで、「細胞に何かがあったらこうなるはずだ」という理屈をある程度インストールして、直観からトップダウンで診断するだけではなく、理屈からボトムアップで診断するようなふるまいをかけあわせておいたほうが、細胞の挙動をより細やかに指摘しやすい。病理医としての初級者から中級者になる上で必要な技術のひとつが、「あるべきものがない」を見落とさないためのものであり、そこでは経験というよりも理論武装が役に立つ。
しかし夕方のテレビのモーフィングクイズは理屈が一切通用しないのだ。なんでonちゃんの帽子のロゴが痕跡も残さずにうっすら消えるんだよ!