何度か似たような会話を経験し、あるときふとたずねた。「お店詳しいですね、やっぱりこういうのってインスタとかで仕入れてるんですか?」すると、違うとの返事。ネットの口コミはノイズが多すぎてよくわからないので、とにかく友人・知人から聞きまくり、自分の信頼できる人が訪れてよかったと熱弁している店に自分でも行ってみて、その上ではじめて人に紹介できるという。
なんとかログとかなんとかナビとかなんとペッパーとかなんちゃらマップみたいなものの星の数やコメントはさほどあてにしていないし、インフルエンサーが紹介した店も「客層が濁る」から避けると言っていた。徹底している。てっきりインスタやBe realあたりで人気の店に押しかけているのかと思っていた。まあそういうこともあるのだろうが、必ずしも映えを目的としていない私のような人間に店を紹介するときには、そういったSNS的ソースはあまり使わないほうがいいと、経験的にご存知らしい。
誰もが発信できて受信できる時代になったからこそ、「背景の文脈が見えない人」を切り落とし、ともすれば過剰になりがちな情報の入力先を絞って、顔の見える間柄の関係に集束させる。便利が一周回ってもとに戻ったような印象、違うルートを介しても結局収斂進化してしまうような印象を受ける。
まあでもそういうことなのかもしれないと思う。
出勤で通ろうと思えば通れるような場所に、短期間で二度も店名が変わった店がある。店名というか業種自体も微妙にかわっており、二つ前はラーメン屋、ひとつ前は定食屋で今は居酒屋になっている。たぶん今度もつぶれるだろうと思ってたまにチェックしている。
かつて、実家のそばにも、次々看板のデザインが変わる場所があった。通称、「つぶれがちな区画」。若い頃はそういう店をみるとヤクザの地上げが激しいのかななどと無責任に想像していたが、どうも今回見つけた場所に関しては、同じ人が店にプチ失敗するたびに業種を微妙にずらして何度も再チャレンジしているような印象を受ける。店名が変わっても基本的に外装が一切替わっていないし(居抜きにしても変わらなすぎだ)、なによりあの微妙に周囲から浮いている看板のデザインセンスが毎回一緒なのである。ひとたび閑古鳥のイメージがついてしまうと、やり方を変えてもなかなかお客はやってこないだろうなあと、余計な心配などしながら試しにネットで店名を検索してみた。すると口コミが思ったよりずっといいので驚いてしまった。通りすがるたびに店内をちらと覗き込んでもほとんど客がいるのを見たことはないのに、口コミには複数の人が短期間に「ぜひまた訪れたい」などと書いていて、まるで行列の絶えない人気店の様相である。そういうコンサルタントはいるのだろう。しかし看板のデザインに口出ししてくれるコンサルタントではないのだと思う。たぶん現実に存在する「体」には興味がなく、ネットに流す「情報」だけを整えることに必死な人が助力しているタイプの店なのだ。くだんの学生さんによると、ちかごろネットで高評価とされる店の8割くらいは写真以上にいいものを出してくることは絶対にないのだと力説していた。
情報と実体とが分離した世の中で、学生さんたちはもちろん実体のほうに重きを置く。私だってそのへんの皆さんとおなじように「情報に踊らされてはだめだ、リアルな体験を!」と連呼する側の人間である。ところがこれまでの私を知る人たちは口々に、「お前は『嘘にまみれた自己解放』のタイプだから実体なんてほっぽらかして食べログのウソ情報だけ集めて喜んでいてほしい」と私に懇願してくるのである。情報ってお腹いっぱいになるからいいよな。