40年さかのぼらずとも、20年ちょっと前、私が大学で剣道をやっていたころも、東医体(医学生の体育大会)が首都圏で開催されるたびに我々北海道民が暑さにやられて実力が出せないということを懸念して、武道場の窓を締め切って室温を38度くらいに上げてむりやり暑順化させるというのをやっていた。あのころはそうでもしないと、北海道で夏の暑さを味わえる時期というのがほとんどなかった。しかし今はもうその心配はない。札幌の7月初旬でもすでに33度があたりまえだ。毎日のように東京の気温を超えている。おまけに湿度も高い。どうも気温だけでなく梅雨前線もちかごろは北海道の上にかかっている。庭の作物も雑草もめきめき生えておりトトロを彷彿とさせる。剣道部員もいまはエアコンが必要なのかもしれない。シベリアよさようなら。モンスーンよこんにちは。
こういった話題をスッススッスと口に出すようになった。きっかけはたいてい出張で、釧路だとか旭川だとか函館だとか北見だとか帯広だとか、北海道内のどこぞに行ってタクシーに乗ると、駅なり飛行機なりで乗車した時間をみながら運転手が、「札幌からですか」と口火を切り、そうだと答えれば「近頃はもうこのへんも気候が変わってすっかり夏なので避暑地にもなりゃしないんですよ」からおなじみの話題が自然に展開されていく。私はもう何回、タクシーの運転手と「温暖化」について語っただろう、いい加減飽きてきたけれど。うしお祭りの日にこんなに暑いなんてねえ。イカもすっかり高級魚でさみしいねえ。ちかごろはブリなんですってねえ。
大学の教授と准教授にまねかれて、東京からやってきた教授をもてなす食事会に出た。部外者は私。若手としてほかに大学院生がひとり。こじんまりとして、接待というにはいささか規模が小さい。ビルの上のほうにあるちょっといい店、そこまで高すぎないけれどわりと上品な会食である。今日は私はそんなにしゃべる必要がない日だ。もっかの目標としては、一番若い大学院生のキャリアをぶあつくするべく、招いた偉い教授との間にコネなどできたらラッキーですね、くらいの薄ぼんやりとした風景をみる。ただ、まあ、こういうのを無理お膳立てすればよかった時代でもないのだ、今は。脂ぎった握手を繰り返して若手の人生の建築に手を貸すなどハラスメントしか感じない。そこで私はのんびりしていた。ここぞとばかりに弛緩した。会話のネタも持ちあわせないし産生する気もない。向かいに座った准教授はその点さすがに見事で、ゲストがしゃべりやすい質問をときおり挟み、感想なども短く述べて、でも語りすぎるでもなく、さりとて話を止めるでもなく、和気あいあいと場に潤滑をあたえている。こういうところ私はとんと疎い。思い出すのは海外出張、英語力がないから現地の人と世間話もできねぇと思っていたけれど、そもそも私は日本語でも世間話というのがぜんぜん得意ではないのであった。相手のポジションやストロングポイントを事前につかんで話題を広げていくような手さばきというものを一切持ち合わせていない。会食の席で偉い人どうしが会話しているのをみると、日本で日本語でしゃべっているはずなのにどうも海外に放り出されたような気持ちになっている。なにか私からも話のタネを持ち込めないかと少し考えてみたけれど、「近頃の札幌は東京並みに暑いんですよ」くらいしか思いつかない。天気と野球とSNS。いずれもここですべき話ではない。最近なんか私からうまいこと会話を広げた記憶ってあったろうか。タクシーの運転手とのやりとりくらいだな。眼前の会話ははずんで、モデルマウスが踊りポスドクが爆発していて、私はいつまでもそこに順応できないでいる。ああ、タクシーみたいに、夏の暑さの会話だけ、していればいいよと言われたら、どれだけ楽だろうなあ。