熊本まで

熊本県医師会館で開催される研究会の名前は「くすのき」を冠していた。熊本の県木らしい。若手からベテランまでが揃う消化器系の研究会として、クスノキの名前はじつにふさわしい。出席者は大学を中心に20名程度かなと思っていたら35名ほど。会議室のテーブルと椅子がちょうど埋まっていて、みごとな読みである。事前に、講演の内容は前日の大牟田といっしょでもいいですよと聞いていたのだが、けっこう入れ替えて『大腸鋸歯状病変の組織学的解釈の実際』とした。

大牟田では市中病院や開業医が多く、熊本だと大学のメンバーが多い。とはいえ、別に熊本の会に開業医がいないわけではないので、話す内容としてはそこまで変えなくてもよかったのかもしれない。ただ、これに関しては、2日連続で話を聞いてくださるK先生を「主たる聴衆」として設定させていただき、K先生がおもしろく感じられるかどうかを基準にしたかった。2日連続で同じ症例の話ではつまらないだろう。レベルはどちらも似たようなものだが、切り口は変えようと思った。なにより2日同じ話だと私の緊張感がとぎれてしまう。かたや全身全霊でフライング頭突きみたいに飛び込んでいき、かたや前日の記憶も新しいままに講師という役割を演じる、ではよくない。

講演がはじまる前に1時間ほど症例提示がある。1時間で3例だから、1例に使える時間は20分程度である。ただし、提示者が画像や病理を一通り出したあと、フロアの誰かがその画像を読み込んだりコメントをしたりするわけではなく、すぐに私(病理医)にコメントを求められる形式である。今回は病理医が講師だからいいけど、今まではどうしていたのだろう、と思ったら、研究会はなんと第1回なのであった。初回の講師に私を呼ぶのか。ありがたいことである。

提示症例3つはいずれも興味深い。1例目はすでに論文化もされている珍しい大腸の前がん病変。形態が複雑というか奇天烈で、いや、奇天烈というよりもなんだろう、自然界の物理法則の織りなす妙に美しい模様のたぐい、雪の結晶だとか、蜂の巣だとか、橋の構造計算のときのあのなんかきれいな色のやつとか、そういったものを彷彿とさせる形態をしていた。2例目はこれまた複雑で、ある珍しい病気を背景として出現した、表層にあまり露呈してこないタイプの、すなわち「化けの皮をかぶったタイプ」の腫瘍である。深部で悪さをするので表面からいくら見ても悪さを感じない……のだが、それが本当に「悪くない」のであれば矛盾する所見がいくつかあるだろうと、丹念に理屈を積み重ねていく過程が診断に結びつく。3例目は、会の趣旨からはちょっとずれるのだが、私がくるというのでぜひ見てほしいという演者が持ってきた、消化管とはあまり関係のない症例。これは内視鏡ではなくCT, MRI, エコーで判断すべきものなので、会場の内視鏡医たちをある意味置き去りにして、物性の話とか音響インピーダンスの話などをいくつか議論した。

へっとへとになる。3例しかやってないのに。でも山鹿でやってきた18例とはまた違った重さだ。学会発表形式で提示される症例の、写真には意図が込められており、考察には重心の偏りがあって、それらは多分に「狙ってそのようにずらされたもの」であるから、病理医としてそれらにコメントするにあたっては、相手の「ずらし」に対応してこちらも目線と思索の線とをずらす必要がある。あるいは、全くずらさずに、野球でいうところの「自分のタイミングでボールを打つ」のような感じでコメントしてもいいのだろうが、私はそういう「行動が線形である病理医」のことをあまり好まない。

3月のライオンでいうところの土橋九段のような、相手がやりたいことにとことん付き合って、その歪みでどこまで走っていけるのかを見たがるようなタイプの病理医に私はあこがれる。そして、つまり、そういうことをするためには、「将棋でいうところの研究」をずっと積み重ねていく必要がある。「将棋でいうところの研究」とは、自分の知っていることを並べて把握することではなく、どのような盤面で、相手がどのように動き、自分がどのように動くと結果がどのように転がっていくのかと、相手と自分と盤面の3つが揃った状態を想定してやることである。それは医者や医療者が日頃から大学界隈で考えている「研究」とは、言葉は似ているけれどかなり違うのではないかと私は考えている。

24時間内に2本の講演。このパターンを今月はあと1回、東北でも経験する。魂を燃やしてしゃべっている最中、40分を経過したあたりで、背中になんらかの違和感を覚えてああこれはどこかの筋がイッた、というか筋やら腱やら関節やらの疲労をごまかしている分の脳内麻薬がとうとうそっちをほっぽらかしにして、脳を癒やす方向に向かっているのだなあと判断。ラストの20分で大牟田で語らなかった難解症例に対する「がぶり寄りの仕方」みたいなものを一気にしゃべって、結局今日も4分ほどオーバーして講演を終了する。今日も聴衆の食いつきは非常によく、会場からの質問もさまざまなレイヤーから矢継ぎ早に飛んでくる感じで、なんとも、24時間の間にこれだけ多くの「反射光」を浴び続けるというのもなかなかない経験で、本当にありがたいことだなと思った。

17時半ころに会は終了、そこらじゅうの人びとに挨拶したあとで懇親会に移動する。熊本市ではこの日、花火大会があるという、まだ昼間の熱がしっかり残っている夕暮れの熊本市内にはちらほらと浴衣の人が出始めており、私もそこに浴衣でまじりたいなと思いつつスーツケースをとぼとぼ引きながら懇親会場に入る。

前回熊本にやってきたときは、たしか、夜に講演をやって、そのあとあるはずだった懇親会をキャンセルして羽田まで急いで帰ったのだ。台風が近づいており、翌朝の飛行機だと札幌まで帰れないと、急遽知恵をつけられて、羽田まで帰っておけば翌朝のイチ便で新千歳まで行けるでしょうと、おおあわてでとんぼ返りしたあのとき食べられなかった、馬刺し、辛子蓮根、一文字ぐるぐるなどを次々といただく。一文字ぐるぐる、分葱(わけぎ)の根本に分葱の葉っぱを巻いて、辛子酢味噌で食べるだけのシンプルな料理なのだが、まさに熊本という感じがしてしみじみうれしかった。酒はあまり飲めず、せいぜいビールと焼酎のお湯割りくらいであまりペースもあげないようにする。胃から疲労が確実に上がってきておりしんどかったが、会う人、声をかけてくれる人、みな熱心で、懇親会と言いながらどこか研究会の続きのような雰囲気があり、つまりそれは私が好むタイプの懇親会であった。

学会や研究会の懇親会などで、学術の内容とは関係のない、ゴルフとか婚活とか金稼ぎのような話に終止する場面をたまに見るのだけれど、私はああいうのが苦手だ。おそらく、学会や研究会の最中に、そういうまじめな方向にフィックスし切った脳を、30分とか1時間くらいではプライベートのモードに切り替えられないのだろう。「飲みの席でおそれいりますが……」などと言いつつ、症例の話の続きをされるほうが私はよっぽど居心地がよい。ただしそれは言ってみれば「昼間の学術の延長線」なのであって、夜までそのペースだとエネルギーはカスッカスになる。

もうこれ以上今日は何も出てこない、というタイミングで懇親会はおひらき、19時半くらいだった。K先生と熊本駅に移動して軽くつけ麺などいただき、新幹線で福岡に向かう。寝落ちしそうだ、ここで寝たら広島まで着いてしまうので緊張が途切れないように少し空気椅子にしたりスマホでスイカゲームをやるなり(スイカゲームで完全に寝落ちしかけたのであぶなかった)してなんとか福岡到着。翌朝のサンドイッチだけ買い求めてからホテルにチェックインして、シャワーも浴びずにそのまま寝てしまった。

最悪6時に起きれば十分すぎるほど間に合うというのに目が覚めたのはいつもと同じ5時、アラームもかけていない日曜日の朝なのでそういう一つ一つの染み付いた行動に若干落ち込む。福岡から新千歳までの直行便のあと、空港の温泉に入り、リラックスルームでマンガなど読んで時間をつぶして、スーツケースを持ったままエスコンフィールドに入って野球を見る。入場券と荷物預かりサービスしか確保していないので席はないが、エスコンは立ち見にやさしい球場で、どこにいてもけっこういい角度で野球が見られる。狙い通り2回表くらいに球場に入り、しばらく野球を見ていたのだが、さすがにこの2日間の疲れがえぐくて7回くらいで観戦をあきらめて帰路についた。荷物を解きながら妻の帰りを待っておみやげの数々を確認、軽い晩飯をとって就寝すると、夢で私は深い森の中で次から次へと、ティアキンのリンクのように木を切って木材に変えていて、1本5分で切らないと終わらないんですよと誰彼かまわず話しかけていた。