眠らない日

眠りはいいほうだ。横になって眠れない夜というのはほぼない。家でスマホを使わないので、ブルーライトをあびてないぶん、寝つきがいいのかもしれない。ブルーライトという概念は昔からうさんくさいなあと思っていたが、最近誰も言わなくなってきたので、逆にフィーチャーしてやろうかと目論んでいる。ブルーライト軽減メガネなんてあれ何の役にも立たないだろ。出たときから知ってた。でも、だから愛おしい。役に立たないものは愛おしい。一方の私は、いつでも何かの役に立ちたいという欲を隠そうともしないから、愛おしくない。私は何の役に立たなくても、愛おしくいるだけで、本当はそれでいいのだと思う、愛おしくあること以上に、世の中におさまるやり方があるだろうか?

ギスりやゴタゴタのあれこれを見ている。誰も彼もが、「役に立ちたい」のだろうなあと思うことはある。でもそれ以上に、「役に立たない誰かをこきおろしたい」という欲のほうが強いのかもしれないと最近感じるようになった。「自己効力感」よりも、「他者無力非難」のほうが溜飲がぐっと下がるのだと思う。わからなくもないが、わかりたくもない。なぜそこまで他人に興味を持てるのだろうか。自分を掘り進めるより、他人を矯めつ眇めつするほうが、気楽だからだろうなあ。

まだ眠れない。珍しい日だ。遠くでなにかのパイプが軋んでいる、そんな音がときどき響く。そのたびに、目が覚める。目が覚めるということは、いま、うとうとできていたのだなあと、軽く後悔する、そういうのをずっと繰り返している。