『胃炎の成り立ち』という本を買って読んだ。オタクの熱意が高密度で充満した本。設定資料集的。通読以外で読むことができないタイプの虎の巻だ。
胃カメラで胃を覗き込む消化器内科医、もしくは胃から細胞を採取してそれを観察する病理医。この2パターンの医者にのみ響く。耳鼻科や婦人科や心臓血管外科の医者がこの本を手に取ることはないだろう。同じ消化器内科医でも大腸を専門としていればこの本は読まないだろうし、おそらく病理医の98~99%もこの本を読まない。それくらい狭くて深いジャンルの話だ。
よく本として出したなと思う。ニッチすぎる。商売あがったりではないのか。
ヘリコバクター・ピロリ菌に感染している胃粘膜がどのように見えるか。ピロリ菌を除菌するとどう変化するか。自己免疫性胃炎というこれまであまり知られていなかった病態のこと。ピロリ菌以外のヘリコバクター、すなわちヘリコバクター・スイスやヘリコバクター・ハイルマニなどによる胃の変化。プロトンポンプ阻害薬を飲んだ患者の胃がどういうふうに見えるか(病的ではないのだが変化はするのだ)。
非常にむずかしい。文脈を知った上でなお行間を読むようにしないと文章についていけない。では、胃診療の文脈を知り、胃バリウム、胃内視鏡、胃病理に興味を持ち続けてきたぼくが読んでなお難しい。しかし加えて言うとこれがじつに楽しくてしょうがない。
スーパーマリオがいつまでも1-1の難易度だったらあんなに売れなかったはずだ。最初はみんなスタートのクリボーに突撃して死んだわけで、1-1をチュートリアル的に簡単につくることは重要だ。しかしその後もゲームをやり続けることを選んだ人たちは、4-1とか8-1とか8-3みたいな難易度を少しずつ乗り越えて、マリオにどっぷり浸かった。それといっしょだ。やりこんできた人がさらにのめりこむために必要な難度というものがある。
ちなみにこの本は人に勧める気はない。とにかくおもしろい本だ、しかし、おもしろい本なら常に誰かにおすすめすると思ったら大間違いだ。そもそもこの本を読んでほしいような人はすでにこの本の存在を知っているので勧めるまでもない。業界はすでにこの本に気づいている。
本のデザインについての話もしておく。本文の熱量が高すぎて、添付されている図とその説明が、文章の載っているページとだんだんずれてくるところが難点である。ささっと目だけ動かしてスッと理解することが難しい。本文を読み、それに対応する図版のために1,2ページめくって後戻りして、文章と写真とを見比べるのに、そこそこの手間がかかる。片手で持って読めないし、寝ながら読むにも向かない。以上の不満点については、編集とデザインでもう少しうまくやれなかったのか、と思わなくもない。でも、でも、文章にどっぷり潜り込んでいくと、こういう配置しかできなかったのかもな、ということがわかってくる。本来、猛烈な量のパワーポイントを、著者がばりばり解説しながら3時間くらいかけてぶっ通しで講義する、そういう形態でしか伝わらないようなことを本にまとめているのだ。はみ出て当然なのだ。書籍としてきれいに出来上がることが目標ではない。はみ出ようが漏れ出ようがなんとか本という体裁の中に押し込める。おもいきり締めたフタの隙間からニュルヂュル漏れてくる部分まできっちり濃厚なエキスが含まれている、そういうタイプの蜜壺を、世に出そうと思ったのだ、その心意気がよいではないか。読みづらいけど。どうせ隅々まで通読するのだからいっしょである。腹に入ればみな一緒、みたいな感じだ。ごちそうさま。おいしかったよ。