自分のあまり知らない分野の「最新の研究」について勉強する必要に迫られたので、ここ1か月くらい、いろいろと検索を試みていた。
見つけた論文や総説はどれも、それ単独では理解できないものばかりでひどく難儀した。知らない用語くらいなら検索すればなんとかついていけるが、知らない概念だとGoogleだけではとてもカヴァーできない。糸があっても編まなければネットにはならない。「前提知識」を理解するための「前提知恵」が要る。情報の幹と枝葉を見分けても、その幹もまたより大きな幹から伸びた枝にすぎないといったことが頻繁に起こる。
1年、また1年と遡りながら資料をさぐっていった。2021年の本でようやく基礎固めができそうな雰囲気を感じた。3年遡ってようやく私の理解が追いついたということだ。ということはすなわち、私はこの領域で3年取り残されていたということになる。
いや、これもまだ正確ではない。今回見つけたのは日本語の資料であり、元となった英文論文からは2~5年以上遅れて解釈されている。すなわち、領域の専門家が7,8年前に終えた研究を、「最新の研究」として今学んでいるということである。
どこが最新なんだろうな、と思う。しかし私にとって、そして私の仕事で関わる人たちにとって、大事な勉強であることに間違いはない。
研究と臨床の差。
短くて10年、長いと30年くらいか。
ノーベル医学生理学賞の受賞が、研究業績が世に出てから20年以上かかることはよくあるが、その20年がすなわち「最新の研究が浸透するのにかかる時間」なのだと考えてよいだろう。
今回調べたのは「自分のあまり知らない分野」であったが、じつは、「自分がけっこうよく知っている分野」についても、これと似たようなことが往々にして起こる。たとえば、日本のがん取扱い規約に採用される各種の所見(細胞のようす)は、たいてい、10年くらい前に発見された結果をもとに、5年くらい前に統計の結果が明らかになったものを遅れて採用したものであることが多い。したがって、「最新のがん取扱い規約に出てきた病理診断のやり方」というのはすでに最新でもなんでもないのだ。私は胃腸の病理診断の専門家であるにもかかわらず、WHO分類やがん取扱い規約に掲載されてはじめて「なるほど、そんな所見があったのか」と気づくことがままある。
もっとも、私のように医学を現場で実践的に用いるタイプの医者は、「最新の情報」など手に入れても持て余すかもしれない。統計解析が済まないまま、「飛ばし」気味に報告された病理所見のあれこれを、日常の診療に取り入れても精度は保証されない。興味本位で最新の論文に見つけた「細胞のみかた」を採用したところで、それを患者に対して適切にフィードバックすることなどできないし、主治医の臨床的な疑問にも答えられないのがオチだ。
しかし、なんというか、それはそうなのだけれど、あとはもう「欲望」のレベルになってしまうのだけれど、自分が関わっている分野の最新の動向なんてのは、役に立つか、もてあますかといった価値観とは別のところで、「単純に知りたい」。
「トロゴサイトーシス」かあ。ぜんっぜん、知らなかったなあ。いつかプレパラート上で、「これだっ、これがトロゴサイトーシスだっ」と見つけられたらいいがなあ。役に立つかどうかはわかんないけど。