ちかごろはドラッグ中毒

冷凍うどんと牛乳を買った。ふと、いつも見ない棚に目をやると、けっこういい日本酒が置いてある。ここはデパ地下でもスーパーでもなくドラッグストアなので少し驚いてしまう。

ドラッグストアの酒売り場には「山田錦」のように酒造好適米の品種だけ書かれて結局どこの酒なのかよくわからない酒とかアルパカのイラストがついたワインとかが並んでいるのが定番だ。札幌の場合、運がいいと「まる田」という北海道夕張郡栗山町(WBC監督・栗山監督が移住したことで有名)のちょっとおいしいお酒が置いてあったりもする。しかしまあ所詮はドラッグストア、ここに酒屋のクオリティを期待するつもりなど元からない。ところが思わず二度見してしまうくらいのいい酒があったのだ。一時期イオンなどにたくさん置いてあった新潟や福島や高知の有名な酒というわけでもなく(あれはあれでうまいが)、しっかり通好み、出る場所に出れば「和食にも洋食にも合うんですよ」とか虫唾ダッシュ系のコメントまで付けられるクラスの佳酒である。ちなみに値段がめちゃくちゃ高いのかというと、まる田よりは少し高いが爆裂に高すぎるというほどでもない。

酒類の仕入れを担当している人がちゃんと日本酒が好きなのだろう。思わず四合瓶を一本購入してしまった。せっかく安いうどんと牛乳を買いに来たのに。今日もきちんと節制できていたのに最後の最後で。


銘柄を書いてしまうとそのドラッグストアの場所が特定されてしまうかもしれないので申し訳ないがやめておく。同系列のドラッグストアにこの酒が置いてあるとは思えないし事実これまで見たこともない。おそらくそのドラッグストアは、当該地域では静かに有名になっているのではないか? だったらそのまま静かなままにしておいてあげたい。ぼくはたぶんこれからもそのドラッグストアに酒を買いに行くだろう。車で。担当者の心意気を思うと、この酒で終わりということはないはずだ。きっと来月くらいにはまたおもしろい別の酒が入荷しているのではなかろうか。


私がドラッグストアに求めるクオリティには、「切れ味がよくべたつかず、味わいが深くて悪酔いしない日本酒」というものはそもそも含まれていない。私にとってドラッグストアとは「薬が置いてあるぶん日用品の品揃えが少ないコンビニ」くらいの立ち位置だった。しかしこの感覚はもう古いのだろう。冷凍食品が豊富なドラッグストアもあれば生鮮食料品が揃っているドラッグストアもあるということを最近知った。どの店舗もチェーンで内装を揃えているように見えつつ品揃えが微妙に異なるというのも最近知った。ドラッグストアの営業時間内に帰宅できるようになったおかげである。ささやかに切ない日常のよろこびである。

友人・知人の中には、「よさげな店をめぐる」ことを趣味にしている人たちがいる。レストラン、居酒屋、ワインバー、どれも腹に入れば一緒だなどと無粋なことを口にすると精神的出禁になるから絶対に言わない。食べるという体験は味覚や嗅覚や触覚だけで成り立っているわけではなく、視覚や聴覚だけでもなく、脳内仮想世界の芳醇さすべてによって組み上げられるものだ。マンハッタンという名のカクテルを飲み比べるためだけに全国のバーを行脚する40代女性というのが私の周りだけでも2人いる。これはもはやマイノリティではなくマジョリティの生き方なのだろう。一方でわたしは結局このトシになってもそういうものにハマりきることができなかった。コロナ禍でなじみの店から足が遠のいたというのは単なるいいわけだ。私には食にあそぶセンスそのものがなかったのだ。しかし、ここにきて、「ドラッグストアの食べ比べ」という心底どうでもいい遊びにちょっとだけ夢中になれている自分がそんなにきらいではない。この店にはそのうち、スーパーにもなかなか置いてないような「鮭とば」が置かれたりするのではないか。近頃ドラッグストアにはまっている。それはちょっと楽しくて、多少体に悪いかもしれず、ふしぎな魅力と後ろ暗さとを兼ね備えた大人の遊びなのである。