少し垢で汚れた状態で私は受付にならぶ。開けた空間で天井がかなり高く、あるいは天井から直接陽光が射しているのかもしれない。室内だとは思うのだが苔むした石が散らばっていたり一歩で跨げるような小川が流れていたりその川に小さなアーチ状の橋がかかっていたりして、川に分画された島々にはそれぞれ人が憩っている。中年や老人が多い。一部の老人は上半身が裸で首からタオルをかけており、湯上がりに放熱しているといった風情である。
空気が少し汚れているように感じる。受付にすぐにたどり着く。低い番台のような受付にいるフェロモン強めの安藤サクラみたいな係員がバスタオルと湯おけを渡してきて、何ごとかをいう。私は斜め後ろにいる女性の連れ合いを気にしている。本当はこの女性といっしょに歩いているところを見られてはいけないので少し離れて歩いてほしいのだが女性はもちろん私にぴったりとくっついていて、「ここならこうしていても別に不自然じゃないから」と言う。私はあまりきちんと返事をせず、服を脱がないまま廊下を進んでいき、脱衣所を通り過ぎてしまって露天風呂にたどり着く。露天風呂にはせり出したはしけのようになったスペースがあり、そこでは服を着た人たちが食事や交接をしている。私は食事にも肉体にも興味がないふりをして、念のためということもあるので服を着たまま湯船に身を沈める。ついてきた女性を振り返るがいつのまにか女性はいなくなっていて、かわりに、番台の女性が「それでもいいけどそれだと困る」というようなことをいう。
服を乾かす必要があり私は車に乗らずに幅の広い夜道を走って家に向かっていく。円山公園のふもとなのだと思う。湾曲した片側4車線くらいの車道には車がほとんど走っておらず、風を切ってびゅんびゅんと走っていくと後部座席に(なぜか車に乗っていることになっている)、先程の女性がいて「あんまりスピードを出すとあぶないのに」というので私は少し歩調を緩めるのだが、風の勢いがあまり止まない。目が開けていられない。いけない、と思った次の瞬間私の口は思ってもいなかったことを言う。「ああ、タクシーチケットをもらっていたんだから、タクシーでよかったんだ。」振り向いて先程の湯殿に戻らなければいけない。もう夜が明け始めている。振り返ったところに重く濡れた服を何重にもまとった眉毛の濃い男性が走ってきて私の横っ腹に何度も何度もナイフを突き立てる。どんどんどん、という音がマンガの描き文字として耳の中に飛び込んできて私は目を覚ます。おそらくなんらかの音がどんどんと鳴っていたために夢の中にもその音が鳴り響いたのだろうな、という予感と共に目を覚ます。しかし周りは静まり返っていて冷蔵庫の音だけが遠くに薄く響いている。どこも痛いところはなく何もつらいこともない。この夢、たまに見るんだよな、と思って、試しにこの夢を忘れずに記憶しておいてみようかな、でもそうやって夢を覚えていようと思っても覚えていられたことはないんだよな、というところまで考えて二度寝に入り込む。
そうして目覚めた今朝、なぜか、夢のことを忘れていなかった。湿気のある空気が鼻の中に残っている。出勤しているうちに忘れるものだよな、と思っても忘れなかった。ブログを書くころには忘れるだろうな、と思っても忘れなかった。あるいは、この夢は、こうしてここに書いたことでもう見ることもないのかもしれない。番台の女も後ろにいた女もナイフを向けてきた男もすべてマンガの中に戻ってしまったかのような感じであまり思い出せないのだが、汚いバスタオルが何枚も敷き詰められた安普請の集合浴場の雰囲気だけが今もわりと鮮明に頭の中に残っている。