ヤクルト1000のせいでミルミルは売れなくなってるんじゃないか

デスクの一角にSNSのノリで購入したぬいぐるみなどを積んでいる空間があるのだが、書類やプレパラートを出し入れする棚とくらべて物を動かす頻度が少ないため、うっすらとほこりが積もっていく。たまに虫干しというか風に当てる必要がある。かつてドラえもんで本屋の店主が立ち読みをするのび太の横で「はたき」をパタパタやっているシーンをよく見た。あの「はたき」、なるほど、必要なものだったんだろうなというのが、今ならよくわかる。ただ、現代の本屋で客がいるときに「はたき」なんかかけたら、アレルギーを惹起してクレームの嵐となるだろう。でも私のデスクには「はたき」があってもいいかもしれない。クレームを入れる人間もいない。

「はたき」はなんというか、文中に埋没しやすいワードだと感じたので、今の一ブロックではすべてカギカッコで処理してみた。はたきは便利だ、みたいに地の文に潜り込ませるとスッとオーラを消す。明日の買い物リストにはたきをわすれずに入れておこう、みたいに目がすべって慌てて戻って読み返さないとうまく印象を残してくれない。はたきはにんじゃ。はたきはくろこ。必要のない平仮名構成に気が狂う。気管にほこりが入って咳が出る。はたきをかけるひつようがある。

はたきに漢字はないのかな? と思ってスペースキーを殴打するとすかさず「叩き」が出てくる。Google変換だけだろうか? いろいろ検索してみると、平仮名もしくはカタカナの運用が一般的なようだ。無理に漢字を探すと「はたき=たたき(叩き)」と、「はたき=ははき(羽掃き)」とが見つかる(後者は漢字というより語源)。そういえば、相撲の決まり手にも「はたきこみ」があるけれど、あれは叩いているというよりはスイープしているようにも見えるなあ。



病理診断をやっていて、あえてひらがなに開くワードというのはそんなにない。どちらかというと「あえて英語と併記する」という頻度のほうが多い。

「胃リンパ球浸潤癌 gastric carcinoma with lymphoid stroma (GCLS)」とか、「血管免疫芽球性T細胞リンパ腫 angioimmunoblastic T-cell lymphoma (AITL)」のように、日常的に英文の略称を用いることが多いが診断書には間違いがないように注目をきちんと集めておきたい診断名などでは、漢字と英語のフルスペルと略称を併記する。これは誰から教わったことでもなくて、ただ私がそうしたくてやっている。

診断文書なんだからべつに英語だけでいいんじゃ、と言われることもある。しかしたとえばcholangiolocellular carcinoma (CoCC/CLC)という名称が用いられていたころは、英語だけ書くとcholangiolo-とcholangio-の違いを見落とされそうだなと感じたので、「細胆管細胞癌 cholangiolocellular carcinoma」のように日本語を付記することにしていた。

強いていうならば「みる」だろうか。腺頸部に印環細胞癌がみられます。表層にフィブリンの析出がみられます。腫瘍性病変はみられません。こういったときになぜか私は見るでも診るでもなく「みる」とひらがなに開いてしまうクセがある。これに関してはさほど強い理屈があってやっているわけではないのだけれど、なんでだろうな、アクセント? 息継ぎ? タンギング? のどの奥でひびかせる感じ? わかんないんだけど耳と目がそうしたほうがいいんじゃないのと語りかけてくるのでつい「みる」のように開いてしまう。病理医は単に資格情報を見ているのではなくて医学情報として診ているし、複雑に診るだけじゃなくて虚心坦懐に見てもいるから、さまざまな意味を包含した「みる」を用いているのですよと、学生にしたりがおで説明することはもちろん可能だ。でもそれは本心ではない。なんか、クセで、ひらいているだけなのである。なんでかなあ。