不在の在

PCのモニタが沈黙し小さなランプの明かりもすべて消えたらちょっとだけ間をおいてからHDMIやUSBのジャックからいろいろコードをとりはずす。外付けモニタ、外付けハードディスク。バッテリーもはずして机の後ろ側にまわしたコードを回収してたたむ。PCを保護ケースの中にしまって旅行カバンの中に押し込む。どうせあとで空港で、また取り出して保安検査を通さなければいけない。羽田空港だけはPCを出さずとも保安検査が通過できるようにシステムが変わったのだがそれ以外の空港ではまだ融通が利かない。だからPCはカバンの上のほうに入れる。デスクを離れる前にふとふりかえると、外付けモニタやハードディスクから伸びたケーブルや有線LANケーブルがPCのあった場所のまわりに粘膜集中像のように模様を作っておりPCと私の不在を強調する。

今回の出張は縁故をつなぐための作業だ。感染症禍からこっち、しばらく出ていなかった学会の話をしていたら、「君はなぜあの委員会に出席しないのか」とわりと強めに怒られた。そんなことおっしゃいましても私は別に委員じゃないんですよ。するとあきれた顔をして彼は言った。「委員じゃなくても出るんだよ。そうやって顔を売るんだよ。そしたらそのうち委員になるんだよ。黙って待っていても委員にはなれないよ」。別に私は委員になりたいわけじゃないんですがというセリフは空虚かもしれなかった。委員になってもいいことはないが専門領域で発言権を持ち続けようと思ったら委員の仕事を手伝っておくのも必要なことなのだという。そんなこと教わってないですよと言ったら彼はむしろ優しい顔をして言った。「そりゃあ君はボスがいないからだ。この領域の教授についてる下っ端は委員会に強制で連れてこられる。何度もボスの後ろについて歩いていればそのうち後を継げる。しかし君にはこの領域ですでに活躍しているボスがいないだろう。一代年寄になろうと思ったらもっと積極的に顔を売りにこないとだめなんだぞ」。

くだらないなあと思いながら出張を決めた。日頃、教科書で参照している執筆者たちが委員としてあれこれ口喧嘩している場所に潜り込む。名簿に名前を書いて議事を黙って見る。これを何度か繰り返していれば委員に推薦できるから、という。「でも論文は書くんだぞ。実績がないと推薦できないからな」。彼はそう言って笑った。



私がこの学会に出ていない間、まれに私の名前が出たのだそうだ。そしてあいつは今日も来ていないといって笑われていたらしい。周りを取り囲む人びとの目線が集まった先の不在が強調され、私は知らないうちに点数を減らしていたのだということを教わる。救いがあるとすればそれはたくさんの人びとが私を見る目線がニヤニヤではなくニコニコに近かったことだ。それは私にとっては委員がどうとか学会がどうとかいうことよりもよっぽど大事なことに思われた。まあニコニコっつってもセキュリティに気をつけないと大変なことになるんだけれども。