18000円の価値

今を去ること10年前くらい、後部座席に家族を乗せて高速に乗ろうとしたとき、うっかり後部座席のシートベルト着用を頼んでいなかったために、高速乗り口で待ち構えていた警察に私は1点の反則を切られ、あわれゴールド免許を喪失した。

その後、安全運転に努めた私は5年ほど無事故無違反、まあそれはそうなのだ。スピードを出すわけでもないし危ない運転をするまでもない。次の免許更新ではなんとかゴールドに返り咲くだろうと期待していた矢先、ちょうど今から5年前、私はとある脇道から本道に合流する車線で、一時停止のラインを少し越えて右後方の本車線からやってくる車を確認しようとした。これをやるだろうと張っていたパトカーがサイレンをならして二度目の1点反則。あとちょっとだったのに。またもゴールド免許はお預けとなり2期連続での青色免許となった。頭を抱えた。それからの私はほんとうに一時停止に気をつけるようになり、なんなら速度制限もそれまで以上にきちんきちんと守るようになった。

そうして5年が経過。

次こそは、次の更新こそはゴールド免許だと意気揚々と運転していたつい先日のこと。

もうおわかりと思うが私は三度目の1点反則をおかした。深夜。ある大きな道で反対車線のコンビニに入ろうと大回りで転回をしたところ三たび張っていたパトカーがウーと鳴る。何が違反なのか瞬間的にはわからなかったのだが、その大通は終日転回禁止なのであった。こうして私は次の更新でもゴールド返り咲きは不可能となった。

3回連続でオリンピックで金メダルを逃した柔道選手はこういう気持ちになるのかなと一瞬思ったが、私ごときと一緒にしてはだめだ。あっちはたゆまぬ努力と勝負の世界。こっちはたるんだ無力と冗句の世界。あーあ。いつになったらこの自動車保険はゴールド免許特約になるんだろうなあ(遠視)(←遠い目のこと)。


深夜にネズミ捕りに熱心なポリスメンは、私があまりにあっさりと屈服するので拍子抜けしたようだ。おそらくこの展開禁止の場所で捕まる人びとはみんな抵抗するのだろう。私だって抵抗したい気持ちがなかったわけではない。公的権力と戦うのが大好きな内田樹なら口角泡を飛ばして哲学的に戦ったことだろうし、公的権力と戦うのが大好きなニュース23の小川彩佳なら冷静かつ皮肉な口調で「本当に必要なのでしょうか」とか言っただろう。でも私は別にそういうのはマジで時間の無駄だと思っている。なんというか、ウーとなった瞬間にチャンチャンということでさっさと次の夢の中をかけめぐっている感覚だ。あまりに粛々と手続きに入る傷心の私に、最初は怖い顔だったポリスメンたちもだんだん気遣うようなそぶりをみせはじめ、終いには「転回禁止って難しいですよね、パトカーでもやらかすことはあるんですよぉ」なんて軽口を叩きやがる。うるせぇ。たしかに私は見た、今私のことをウーとやったあと、君らのパトカーだってここで転回しただろう、それはいいのか? ……とか思わなくもなかったけれどでもまあそれは犯人を取り逃さないための速度超過はOK、みたいなルールがたぶんあるんだろうなと思ったし、ここでパトカーを道連れにして何か胸のすく思いを得たとしてそれはなにかの得になるのだろうかと私は妙に冷静だった。あまりに冷静すぎて、すべての切符の処理が終わった後に「ではこれで終わりとなります」と言ったポリスメンに対して私は一瞬「ありがとうございました」と言おうとしたのだ。自分から免許の点数とゴールドの資格と自動車保険の割引権利をかっぱいで行こうという人びとに対してなにがありがとうだ、とさすがにそこはやめたけれど夜中までこういう仕事をしなければいけないポリスメンたちも内心思うところはあるだろうなと思ったしまあお仕事ごくろうさん、くらいの会釈はしておいた。いちいち怒ってもしょうがない。怒るとしたらそれは交通ルールを知らない間に逸脱してしまった自分のおろかさに対してだ。


そして、正直に告白すると私はたぶんこれまで、このような警察の無慈悲な取締りによって結果的に3,4度ほど救われていると思う。

10年前、高速の入口でシートベルト取り締まりに引っかかったときにはあまりの悔しさに全身のアキレス腱をプルプルと痙攣させたものだが(※アキレス腱は2本です)、その後、もう捕まるまいと高速の入口を見るたびに同乗者たちのシートベルトを確認するようになった。そしてあるとき、高速で事故車が燃えていた影響で、突然の渋滞に巻き込まれたのだが、私はあまりの唐突な渋滞にブレーキが少し遅れ、衝突はしなかったもののけっこうなGを同乗者にかけてしまった。しかしその直前に私は後部座席の面々に「ちゃんとシートベルトしてね」と言っていたから事なきを得た。あのとき後ろに乗っていた他人の子どもたちを怪我させなくてほんとうによかったと思うし、その功績の半分はあの日私を捕まえた札幌南インター付近を担当する北海道警察のクソポリスメンが受け取るべきなのである。

さらには、5年前、一時停止のラインを数十センチ越えるところを今か今かと待ちわびていた伏兵にまんまとやられたときも脳内で孔明が「計算どおり笑」とか言いながら芭蕉扇みたいなやつをばさばさ仰ぎはじめ私は心の底から憤ったものだったが、その後、停止線だけは二度と破るまいと思ったおかげで斜め左からすっとんできた自転車を引かずに済んだことが2度ほどある。1度でも引いていたら私の人生はそこで270度ほど転回していたことだろう。うッ転回……ッ。しかし視覚からつっこんでくるウーバーイーツの自転車や高齢無灯火の自転車に衝突しなくて済んだ功績の半分はやはりあの日私を捕まえた札樽道出口付近を担当する北海道警察のビチグソポリスメンに譲渡するべきなのだ。

こういった経験たちは私に公的権力のやっていることの「ままならないありがたさ」を思わせる。なんでもかんでもお上のやること・権力のやることは許さないし許せないと怒りまくっている人たちの気持ちがわからないわけでもないのだけれど私はまあなんというか……ていうか普通に交通ルールを守ればいいだけの話なのでみなさんもこれを読んだことをきっかけに明日からはシートベルト、速度制限、信号、一時停止、転回禁止マークほかに気をつけて安全に運転なさってください。人間なにがきっかけで救われるかわかんねぇもんだからな。さっき泣きながら6000円おさめてきた。