丸く掃く領のひとびと

予定をスマホと紙の手帳の両方にきちんと書いておいたのにデスクのカレンダーに書き忘れていた。おかげで看護部の研修に立ち会うはずだったのにすっぽかしてしまった。なんで病理医が看護部の研修に立ち会うんだよ、というツッコミもあるだろうがそれはいいとして、約束を守らなかったのはよくない。こういうとき、必ずといっていいほど、その予定がすっかり終わった瞬間に予定があったことに気づくので頭を抱える。「13時半~16時半のどこかで会議室に来てください」。この予定に気づいたのが16時25分であった。も、も、もうどうしようもない! 手遅れと書かれたネオンサインが座右の銘みたいに脳内社長室に燦然と掲示される。いっそ全く気づかなければ罪悪感を抱えることもなかったのに。各方面に頭を下げる。あーあーこういううっかりは年を経るごとに減らしたかったのにむしろ最近増えてきたなあ。

スマホと紙の手帳とカレンダー。念のため念のためとあちこちにリスクをヘッジしたせいでかえって穴が空いてしまっている。過ぎたるは猶及ばざるが如し。猶って野趣あふれるおつまみで雑に酒呑んでるみたいな漢字だね。

綿密な下準備。きちょうめんな手配。効率の良いメソッド。そういったものを四方に張り巡らせておきながら、の隙間から大事なものだけ落っことす。本末転倒。一番だいじなもの、本質的なもの、メインルート、木でいうと幹の部分だけをガッと掴んで話さないタイプの人間にあこがれるがそれはおそらく来世チャレンジとなる。私の仕事も生活も、たいてい主幹ではなくて末梢の枝葉のところにうまみや滋味があるので、「要点」とか「勘所」だけを抑える君主とか教授みたいなやり方ではぜんぜん「私らしさ」が出ない。細部。すみっこ。裏。ドーナッツの穴。

四角い部屋をマルク伯。誰だマルク伯って。四角い部屋を丸く掃くという言葉がある。掃除がへたくそな人を揶揄した言葉だ。しかしほとんどの場合、丸く掃いても生活に支障はないわけで、真ん中だけでもきちんと掃除しておけばそれなりに暮らしていけるものだ。一方で、私の場合、四角い部屋の隅だけを掃除して真ん中のほこりはルンバや猫にまかせる暮らし方をしている。優先順位という言葉と相性が悪い。四隅を巡回するほうが性に合っている。ただ、部屋の隅っこの数がいつも四とは限らない。どういう立体をしているのかよくわからないが、隅の数がたぶん十六個くらいあるときもあって、その十六すべてをきれいに掃くつもりが十四か所目くらいで最初に掃除した一箇所目に戻ってしまって、残り二箇所をすっぽかしてしまう。

どうしたもんかなあマルク伯。マルク伯ってなんなの? ググってびっくりした。神聖ローマ帝国って書いてある! 神聖ローマ帝国って言ったら昔サンデーで連載してたあれだろ? えっちがう? 本気でわからなくなって「神聖ローマ帝国 サンデー」でググってたどりついた。神聖モテモテ王国じゃねぇか。ローマとぜんぜんかぶってねぇし帝国じゃなくて王国だった。ひでぇなこの記憶力。そりゃあ大事なものもすみっこもぽろぽろ取りこぼすわけだ。たまに家人に言われることがある。「運転してるときに別のこと考えてて曲がるところ間違えたりするでしょう」。するする。しかもそれほど大事じゃないことを考えてるときに限って曲がる交差点を間違えたりドラッグストアをスルーしたりするんだよな。あなたにとって大事なものってなんなの。それはもちろん世界だよ。そうだね。スルーしとるやないか。えっなにが、聞いてなかった。スルーしとるやないか。今そこ曲がるとこだったよ。ごめんなさい。