変わんねぇなあ。
「お守り」という文化は流行るでもなくすたれるでもなくずっと一定だ。服飾とか音楽とか飲食とかはたかだか10年、20年くらいでもバカスカ変わっていくし、冠婚葬祭のありようなんかもじわじわと変わっていて昭和のそれと令和のそれではやはり比べ物にならないくらい違うと思う。ゲームなんてひどい変わり方だ。ファミコンやりてぇな。それにくらべると、「お守り」については、私が子どもだったときと今とで人間との距離感がそれほど変わっていない。「お守り」くらい不変で普遍なもの、ほかになにかあるだろうか。
テレビ、は変わった。マンガ、も変わったかもしれない。学校、だって変わっただろう。河川敷、とかどうかな。ロープウェイ、あたりもあんまり変わってないか。いや変わったよな。
「お守り」は変わんないなあ。立ち位置というか私との距離が。他人との距離も変わっていないように思う。
タバコ屋の看板を見なくなりチェーン以外の駄菓子屋を見なくなり、50円のクラフト飛行機を売っていた街角のおもちゃ屋も見なくなり、電線が減りブラウン管がなくなり車のサイドミラーが変わり高速道路の入口に人がいなくなり、喫煙シーンがなくなりトレンチコートが減り、ほどよく空いている居酒屋がなくなり年賀状が届かなくなった今、「お守り」だけが変わらずにいるなあ。
送られてきたWSI(whole slide image)が開けない。浜松ホトニクスのNDP view2 plusが要るという。Plusというのは有償版なのだがネットで気軽に購入できるものではなく営業と相談して部門に入れなければいけないお高いものだ。当然私の手元にはない。最新鋭の病理バーチャルプレパラート、1枚500 MBのファイルが20枚あるからこれだけで10 GB。狂ってる量。これを必死でダウンロードしたのに見られない。うんざり。デバイス。ソフトウェア。UI。ころころころころ変わっていく。前は見られたけれどすぐに見られなくなる。変わるな。バカじゃないのか。変わるな。何を勝手に進んでいるんだ。
昔、ベンタナという会社の免疫染色装置がうちのラボに入っていた。特に不満のない普通の装置だった。しかし、当時勤めていた職員が勝手に別会社の装置に切り替えた。そのほうがランニングコストがいいという。私はがっかりした。装置を変更したら免疫染色のキレ味は変わるんだぞ。プレパラートの見た目も変わるんだぞ。それに慣れるのにどれだけ時間が必要だと思ってるんだ。病理医が脳をフィックスさせるための手間と時間にコストがかからないとでもいうのか。なんでもかんでも経営経営。すぐに価格調査して乗り換え乗り換え。スマホの機種変みてぇに医療装置を入れ替えるなんて頭がおかしい。人と機械とが触れ合う「受付」の部分を変えたら仕事ってのはめちゃくちゃ変わってしまう。なんでそういうことをするんだ。しばらく不満を抑え込んで働いて10年以上が経過したころ、だいじな遺伝子検査の一部がベンタナの免疫染色装置以外では稼働しないということがわかり、当院の装置では施行できないので外注に頼らざるを得ず、結果としてそこそこの損失が生まれた。ほらみろ。言わんこっちゃない。あの遺伝子検査もあの遺伝子検査も、どれもベンタナで保険を通してるじゃないか。私がいうようにずっとベンタナにしておけばよかったのに――すかさずもうひとりの私が脳内でツッコミを入れる。「言わんこっちゃない、って言ったけど、昔のお前はべつに、将来こうして検査ができなくなるかもしれないから機械を変更しないでくれ、とは言わなかったぞ。後付で変更理由に文句付けたってだめだべや」。まあそうなんだけどな。
それにしてもだ。お守りをみろ! UIとしてこれだけ普遍なものがほかにあるか! お守りを見習え! 神様というソフトウェア(OS?)にアクセスできるようでじつはぜんぜんアクセスしてないけどなんかちょっとだけアクセスしている、アクセスしているようでアクセスしないちょっとだけアクセスするお守りの、爪の垢でも煎じて飲め! お守りくらい普遍であれ! 人間なんだからできるだろう! ころころころころ生成変化しやがって。