一昔、二昔くらい前の随筆などを読むと、たまに「腹がくちくなる」という表現が出てくる。瞬間、汁やご飯粒などがちょっとずつ残ったどんぶりがたくさん食卓の上に重なって、それを前にお腹をバランスボールのようにふくらませた(なんなら服の下から肌が出ている)、顔面がチャーリー・ブラウンのように上を向き鼻の穴しか見えなくなった、全体のフォルムがとにかく球で構成されている人が、「く、くるちい……」とうめいている映像が思い浮かぶこれはもうしょうがないそういう反射なのであるやむをえないことなのだ。くちい≒くるちい。語源のにじりよりに関しては調べていないし知らない。どうでもいい。イメージの重なり合いが私の頭の中で「ここはもうこういうことでいいですよね 完」みたいに争いを終えて平和を手に入れた人形劇三国志の雑な町並みの描写みたいなことになっている。
先日、ドクターGに出演していた研修医のアカウントを見つけた。その方いわく、女性が医者をやっていると、特に若いうち、患者からよく看護師さんと間違われるのだそうだ。私も知人医師から似たようなエピソードを聞いたことがある。逆に患者の立場だった方からも、「今日すっごくやさしい看護師さんがたくさん話を聞いてくれて、最後に看護師さんありがとうって言ったらニコニコしてたんだけど、あとで聞いたらあの人主治医だったらしい笑」みたいな話を聞いたことがある。いろいろとニュアンスのある話である。かくいう私は外来横の廊下を歩いているとたまに患者から道を聞かれる。「あっすみません、エコー室? 超音波室? ってどこですか?」「あのすみません、ATMってありますか?」「ええと皮膚科ってのはこの階だって聞いたけどあってるのかな?」はいちょっとお待ちください、えーと、この廊下を……あっいいや、一緒に行きましょう、私もそっちにたまたま用があるんです。説明するのがめんどうになって用のない方向に用を作って歩いていく道すがら、「この病院の電話ってぜんぜんつながらないのね」とか、「病院ってローソンが多いのなんで?」とか、「病院のマスクってタダで配ってんの?」のように追加の質問をされたりもし、「ほんと電話つながらないのないですね、すみません、上司に言っておきます」とか、「なんでなんでしょうね、忖度ですかね、ローソンタクですね」とか、「タダなんですけどあまり頻繁に変えてるとマークされます」などと、答えて歩いて案内して、それじゃお大事になどと普段使ったこともない言葉を告げて別れるのだけれど、その途中ですれちがった研修医に目を丸くされ、「先生、ぜったい事務の人と間違えられてますよ」と言われる。しかしそれもおかしな話だ。病理医だって大きなくくりとしては「事務作業を行う人」なのだから、別に大きく間違ってはいない。病院の中で書類や文面と日々格闘している私は事務員。事務員Y。本名にYなんて一文字も使われてない。Itchyhara(かゆそう)。ともあれ、患者から見れば、私は病院に勤めていてワイシャツの上にカーディガン、足元は中国製のクロックスもどきを履いてマスクにぼさぼさ頭で外来のすきまをとことこうろついている中年男性で、それ以上の弁別など患者の人生になんの影響も及ぼさない。私が患者に対して医師免許を持ってるんですよと表明したところでそれが患者の病気や健康をいいほうにずらす効力があるわけでもなく病院満足度グーグル口コミが上がるわけでもない。私が誰かに医者っぽいと見られることが私以外の役に立つことはない。ただ、これは、私(病理医)に限った話かもしれない。いわゆる普通の医者は、患者から「医師であるなあ」と見られることを説得力にむすびつけたり、「医者から言われたことだから守ろうかな」という生活習慣への圧の部分で役立てたりもするだろう。何を言われたかよりも誰に言われたかだ、の、誰の部分に医者という言葉を代入すると、多くの場合はそれなりの効力がある。臨床医が患者に医者っぽいと見られることには少なからぬメリットがある。そして病理医にはそういうのはない。
ない? まったくない? 白状すると私も昔はけっこう気にしていた。かつて、病院の中でふつうにケーシーやスクラブを着て歩いて研修医とか専攻医の「ように」見られるのがいやで(実際に専攻医レベルだったわけで、「ように」もなにも、専攻医「だ」けれど)、もし私が頼りなさそうな姿をしていると、私の書いた報告書を読んだ上級医が「こいつの書いた病理診断はほんとうにあてになるのかな?」と要らぬ感情で内容が頭に入ってこなかったりするとコトだ。そこで私は対策として、毎日スーツで出勤し、いつも背筋を伸ばして、早足で歩き、はきはきとしゃべり、「なんとなく頼りになる病理医」としての見た目をきちんと演出しながらカンファに出たり研究会に出たりしていた。今ふりかえってみるとそれはおそらく「スーツを毎日着てそれっぽく見せようとがんばっている若者」以外の何者でもなかった。そんなことを何年も続けているうちにいつしか肌はおとろえ肉はたるみ唇の色はうすくなり黒髪はどこか「染めている黒」のように見えてきて私は立派な中年になり誰が見ても専攻医には見えないが果たしてそれが頼りがいのよすがになっているのかどうか、上級医だった場所には次々と同級医がおさまったが私たちの世代が若者を見て「頼りないから報告書も信用できないな」なんて感じることはまずないのでつまりこれは単に考えすぎだったのである。今やスーツがめんどくさくなってジャケット・パンツのスタイルに変わってユニクロの生地がよれよれになるまで毎日座って働いている姿は熟達した事務員さながらで、したがって、スタッフも他科の医師も私のところにたくさんの書類をどさっと置くことに一切の躊躇もなくその意味で私のアンレコクナイズド・セルフ・ブランディングは見事成功した。
見た目を寄せることでいつしかその雰囲気をまとう。しかしだんだん当初の目的からずれていき、最終的にははじめの姿もいずれなりたかった姿とも違うあさっての方向の姿に「うっかりたどり着いてしまう」。こんなきわめてありふれた話を私もまた20年くらいなぞってきたんだなというだけの話であってブログくらいにしか書けない。今の私にやれることは「これはもうこういうことでいいですよね 完」とエピソードをまとめて馬が走り尾崎亜美が歌うエンディングにきちんとつなぐことくらいのものだ。