うまさを星でカウントするスタイル

昔、「お湯以外でカップメンを作る、そして食う」のようなタイトルのホームページ(テキストサイト)があって、ここはまあ私と同年代のインターネッターたちであれば知らないことはあんまりないんじゃないかってくらい有名なサイトだった。私も好きでよく見に行っていた。やっていることは極めて単純で、というか、ホームページも極めて単純で、センタリングされた文章がやたらと改行の多い感じで並んでいるだけでたまにフォントがでかくなったり下手くそなイラストが申し訳程度についていたりするのだけれどたぶんサイトの容量はいつまでもKBレベルにとどまっていたのではないかと思う。いわゆる企画型のテキストサイトの走り、超初期ではないがアーリーアダプターぎりぎり、くらいのものであった。

内容はまさにタイトルどおりで、お湯以外のものを沸かしてカップメンを作って食ってその感想を述べるというだけのものだ。後に「爆裂!カップメン」のようなサブタイトルがついたのだったか、最初からヘッドコピーが冠されていたのかはもう記憶が定かではないし、おぼろげには「みんなきてKOIKOI」というホームページ名だった気もするのだけれど(たしか作者が小泉とか古伊万里とかそういうタイプの名字でハンドルネームがKOI2(こいこい)なのである)、まあ、とにかく、私は「お湯以外でカップメンを作る。そして食う」という名称をかたくなに覚えており本日急に思い出してもやはりこの名称でしかまずは思い浮かべることができない。

コーンポタージュを作ってカップメン(というかあれはたぶんカップヌードルだったのだと思うが忘れてしまった)に入れて3分待ち、フタを空けて食うとやたらとうまいが異常に濃厚で喉が乾くとか、トマトジュースで作るとお湯で作るよりだいぶいいとか、うまく行くときもあるにはあるのだが、基本的には苦いとかまずいとか失敗するパターンのほうが多い。リポビタンDとかドクターペッパーのような栄養ドリンク・清涼飲料水系、カフェインが入っているものは軒並み厳しかったように思う。晩期にはどこだかの貯水槽にたまった水みたいなチャレンジもしていたのであれは平成の終わり頃であれば有名YouTuberとして名を馳せていた可能性もワンチャンある。

そのホームページの中で今でも忘れられないのが、たしかKOI2の友人である誰かが「これでカップメンを作れ」と言って彼に荷物を送ってきたときの、宅配便かなにかの表に書かれていた差出人の名前だ。それはたしかこうだった。

「株式会社シャドルー ギース・ハワード」

私はこれが妙に気に入ってなんだか頭の中に大事にしまったのであった。餓狼伝説のラスボスの名前なのだが私も誰かになにかくだらない荷物を送るときにはこういう洒落た(????)ペンネームでそれとなく送ってやりたいなと心に決めたものであった。今にして思えばこの感性は、小学校の低学年のときによく学校から一緒に帰っていたヨリタケイスケくんという友達に刷り込まれたような気がする。彼はある年の年賀状において、私の住所の欄に、

「札幌市◯◯区◯◯条〇〇 Aぎんの近く」

という宛名を書いて私や親はそれを見て笑った。Aぎんというのはとある地方銀行の略称で(今ならば北海道銀行→どうぎん のようなやつだ)、住所にこんなふざけたことを書いても郵便屋さんはちゃんと届けてくれるのだなと、感心しつつヨリタくんの小ネタのサイズ感に「ちょうどよさ」を感じて私は彼にあこがれたのだと思う。

今や私は息子もだいぶ大きくなり、小学生の子どものギャグセンスに触れる機会も激減しているけれど、親戚の小さな子どもとポケモンやらゼルダやらをして遊ぶ最中、「この子は友人に年賀状を出すときに宛名でちょっとふざけたりするものだろうか」とひそかに想像をふくらませたりもする。しかしいまどきそんなイタズラみたいな真似をすると、テレビ業界人でもないくせにそのへんの大人がコンプライアンスがどうとか炎上がどうとか言って止めてしまうだろう。時代にそぐわない。イタズラっ子が世の片隅にはばかる時代はとうに過ぎ去ってしまっている。私が今ダジャレを言ったり軽口を叩いたりする相手はもっぱら目上、年上、リスペクトしなければいけない対象であって、形式的に自分より「下」になりがちな部下とか後輩などにはなるべくふざけたことを言わないようにしている。SNSなんてものはぜんぶ私より上にあるものだと思って接するべき場所だからダジャレを投げるにはちょうどいい。私はみんなのことをリスペクトしているからこそダジャレくらいしか投下するものがなくなってしまったのである。

みんなきてKOIKOIはその後ホームページを閉じた。彼はテキストサイトの内容を本にまとめて売ることになり、内容が掲載されているホームページの公開を中止するという判断をした。今ならば相乗効果を狙うためにホームページを残すのが鉄則だと思うが彼のホームページはこうしてあっさりと、印税程度の小銭のためにデジタルタトゥーすら残さず電子の海の藻屑となって消えた。作者はXで探すとすぐ見つかるがもちろん今はテキストサイトなどは運営しておらずよくいる元2ちゃん前ツイッタラー現一般人といった雰囲気である。書籍となった「爆裂!カップメン」は古本で2700円も出せば手に入るが、私はこれをときおり買おう思うのだけれどなぜか今のところ買うところまでは至らずにいる。有線の、ホイールのついていない、ボールにホコリがよく貯まるタイプの旧式のマウスの感触と共に、南極の氷を溶かして作ったカップメンが一番うまそうだったことをもうノイズ混じりになった記憶のかたすみに見つける程度であとはそこにそれ以上踏み込めないでいる。