深淵もこちらには興味がないのだ

幹事会なんて黙って座ってメールの返事でもしていれば何事もなかったように終わっていくのだ。Zoomのカメラだってオフにしたままである。そうやって、いくつもの「研究会」や「学会」をやり過ごしてきた。私が、だ。私こそ、である。消化管、肝臓、胆膵、病理、病理、病理。みんな個別に分断された。集まるという行動がうすまった。いくつもの集まりが有名無実になっていった。私もまた。私が率先して。私はコミュニティ解体ど真ん中の責任世代である。そうやって失いつつあるものを、こうして、惜しむようなふりまでしているのだから、罪深いと思う。

だから私達はこれから少しずつ、努力して、むりをして、集まるようにしなければいけないのかもしれないと思う。ハラスメントの茨をかきわけるように。



ある研究会の最後に幹事会があった。取りまとめ役の医者だけがカメラをオンにしており、そこにいる16名のうち15名はカメラをオフにしている。マイクももちろんミュートだ。いたたまれなくなって私はカメラを付けた。プレゼンをシェアしているから、サブモニタを用意している人間以外にはどうせ私の顔なんぞ映らないのだけれど、それにしても、あまりにみんな、わかれていきすぎだと思った。一蘭だって会計のときには人に会うぞ。それよりはるかにひどいじゃないか。会議は淡々と進んで、ほか、誰か、何かありませんかという声が最後に聞こえた。そこで私はマイクのミュートを解除して発言した。

「年に1回やってる、遠方から講師を招いて特別講演をするというあれ、やめませんか。いまどき、猫も杓子も、講演会講演会、毎週どこかで誰かが全国講演してますから、もう、講演はおなかいっぱいだと思うんですよ」

みんな、私が何を言うんだろうかと、固唾をのんで見守っている……いてくれ……と思う。でも全員のカメラがオフだからリアクションはわからない。私はつづけた。

「だから、この会ではもう、講演なんてやめましょう。症例検討だけでいいと思います。そして、講演のためにかきあつめたお金を、みんながもう一度、集まって、ああでもないこうでもないというための、ちょっとした、お弁当代とかに回しませんか。そのほうがいいお金の使い方ができるんじゃないでしょうか」

返事はなかった。私はなんだか、自分が、それこそど真ん中の、老害であることにはっきりと気づいた。

そうか。私より上の人たちがかつて見ていた風景はこれなのか。オンラインでどうとか、コロナでどうとか、Zoomでどうとかじゃなくて、先輩たちはそもそも、これくらいの年齢のときに、こうやって、孤立していったのかもしれないと、私は思った。



もう手遅れかもしれないけれど、また、たまにでもいいから、まれにでもいいから、集まれたらいいんじゃないかなと、私は誰にも届かないことを言った。暗転。