学生時代、病理学でかなり序盤に習う項目として、「炎症の四徴」というのがある。炎症とはなんぞや。
発赤、腫脹、疼痛、熱感。
赤くなって、腫れて、痛みが出て、そこんところが熱くなる。
蚊に刺されたところが腫れて熱を持つとか、豆腐の角に頭をぶつけてたんこぶができるといった、異物・外傷を思うとわかりやすい。ノドの風邪とかを思い出してもよいだろう。
で、この、発赤、腫脹、疼痛、発熱というのを、病理学の講師はやたらと強調するのだが、発赤、腫脹、疼痛、発熱といったって、別に語呂もよくないし、なんか、語呂合わせでも使って覚えるしかないのかなーとか、そういう気持ちで学生たちは特に興味も持たずにスルーしていく。
しかしこの炎症の四徴というのは古代ローマのなんちゃらが言い出したもので、もとはラテン語なのである。
Rubor, tumor, dolor, calor.
ルボール、ツモール、ドロール、カロール。
Rubor et tumor cum calor(e) et dolor. このライムが世の人々を「ひ、ひ、HIPHOP!」と感動させ、それで2000年経っても教科書に残っている、つまり、炎症の四徴というのは、「学術」+「ラッパー的技術」のたまものだと言える。
うまいこと言わないと学術は浸透しないんじゃないかと思う。
ちなみにこの古代ローマのケルススが提唱した四徴は、その後、ケルススよりはるかに知名度のあるガレノスによってツッコミを受けた。「赤くなって腫れて痛みが出て熱を持つだけなら勃起した陰茎も炎症ということになるではないか」みたいなことを言われたようである(一部創作)。炎症と言うからには、その変化によって「機能障害」が起こらなければいけない、とガレノスは指摘した。
発赤、腫脹、疼痛、熱感、機能障害。
Rubor, tumor, calor, dolor, functio laesa.
最後だけめちゃくちゃゴロが悪い。フリースタイルバトルならガレノスはdisられて終わりである。しかしこの、ガレノスの提唱した「炎症の五徴」もまた、後世にしっかりと語り継がれた。これが意味することはなにか。
「ラッパー的技術」<<「本人の知名度」
ということなのだと思う。ガレノスは医療分野において超有名人。つまり、何を言ったかよりも誰が言ったかのほうが重要、という法則が、古代ローマの頃からばきばきにまかり通っていたということになる。せつない話である。