リアリズムとバカリズムのしずかな戦い

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このようなイベントがあり、リアルタイムでは残念ながら視聴できなかったのだがアーカイブをみた。とてもおもしろかった。会話が丁々発止じゃないのがいい。自分と違う理路をたどって違う地元で違うコミュニティを相手にペルソナを形成してきた大人ふたりが、そもそも、対談とか座談会とかトークライブとかいう座組を用意されたとしたら、本来、これくらい言い淀んだり、考えたり、探ったり、自分の中を掘ったりするのが誠実なのだ。しかるに近年そういった「本当に互いの言っていることを自分に取り込めるか、あるいは自分の中のなにかと違うなと感じるかを誠実に検証するじりじりとした時間」を、ウェブのイベントなどで見ることはなくなってしまっていて、このイベントを見て、「ああ、これが本来の人間の対話の速度なんだよな」ということを感じるなどした。


阿部大樹(あべだいじゅ)さんはいわゆるリエゾン精神科医(精神科の病院ではなく、ふつうに身体の病気やけがを扱う病院に勤務する精神科医)で、かつ、翻訳を多数手がけている。けっこうマイナーなほうの人間だなと思ったら案の定、星野概念さんと仲が良いとのことで(この人も図抜けておもしろい人である)、ああなるほどなと思ったし、編集犬とは10年来の付き合いでまだ彼が翻訳もしていなかったころから知り合っていたというし、SNSは5年前に一切足を洗ってもはや何もやっていないという「生粋」の方で、その語りはすごくおもしろく、犬が(付き合いが長いにもかかわらず)どうしても自分の前提と噛み合わない部分があることを隠そうともせずに七転八倒するという、過去見たウェブイベントの中でも一、二を争うほどおもしろい齟齬のエンターテインメントであった。


随筆というものの随意性みたいなものを語っているところもおもしろかったが、書くものにどれだけ「嘘」を入れるか、入れないか、そこの操作を自覚的にどうするかという話が抜群におもしろくて、阿部先生はたしかに犬いうところの外れ値ではあると思うのだけれども、嘘というもののフェイク性ではなくフィクション性、デコラティブな性質を書くものに対してまとわせるかまとわせないかに関する間合いの取り方が抜群にとがっていて、ただし、犬は嘘のファンクションを上手に用いた膨大な著作に愛着を感じるタイプでもあるために、どうしてそこまでして「嘘を排除する」本を書くのか、しかもその本が「自分の子どもを前向きコホート的に生まれてからずっと観察して、子どもが初めて嘘をついた日に原稿を終える」という体裁になっているという見事さに私はぼうぜんと喜んだのであった。


書店B&Bといえば浅生鴨さんが『僕らは嘘でつながっている』という本のイベントをやった場所でもある。私はそのイベントにそれこそ息子と参加して、息子は鴨さんのサインをもらったのであったが、B&Bに限らず書店とは「美しい嘘」を売る場所であり、その場所でイベントをする人間が「嘘に関する上手なことをやっている人々(その中には作家もだが品川庄司のようなお笑い芸人なども入るのがおもしろい)がすでにいるのに、さらに自分が同じことをやっても意味がないと思う」と言って嘘のない記録を書いて出しているということがしみじみと良かった。イベントチケットといっしょに本の注文をし、それがこれから届く予定である。楽しみだ。


『プロポ』(アラン)のことを思う。