子どもたちの世代の負担を減らそうっていう声を最近ぜんぜん聞かなくなったけどみんなどうしたの

詳しい数字は忘れてしまったけれど、札幌市にあるいわゆる「町内会」のたしか70%くらいが、会費を使って業者に頼んで、冬のあいだに一度だけ、町内会の生活道路の「排雪」を行っている。

「除雪」ではない。「排雪」である。市民が、自分ちの玄関や車庫の前などを自分で除雪=雪かきするとき、雪をどこかに積み上げなければならない。その積み上げた雪の山をまとめてもっていくことを排雪と呼ぶ。

町内会の雪をまるごと持っていってもらおうと思うと、業者には何十万というレベルのお金を払わなければならない。春には溶けてしまう雪を冬のうちにまとめてどこかにやるというむなしい作業に、それくらいの手間暇と金がかかってしまうということだ。

そんな額の金を何度もつぎこめる町内会などというものはない(仮に、金持ちがたくさん住んでいても、町内会費をたくさん支払う金持ちはこの世にはいない)。だから、排雪は年に一回こっきりだ。

それでも、あるとないとではぜんぜん違う。「ここの雪を持っていってくれれば、まだなんとか、自力の雪かきで家を保てる!」みたいな、マジでギリギリの頼みの綱。排雪の日を今か今かと待ちながら、雪かきの塩梅を調節。そろそろ歩道側に積むか……? いや、まだ我慢できるか……? うちの裏のスペースにもう少しがんばって積み足すか……? しかし灯油タンクがそろそろ……?

ちなみに残りの30%の町内会は、排雪を頼んでいないらしい。マンションが多い地区なのだろうか? 近くに大きな公園などがあって排雪する場所に困っていないということだろうか? 町内会の面々が数十万円という金額を惜しむケースもありえる。でも、雪はそんなに甘いものではないと私は思う。排雪なしでひと冬すごすと、2月末には狭めの生活道路はほぼ使い物にならなくなる。住人が相当若くて雪を近隣の公園などにがんがん捨てているとか、融雪期の普及率が高いとか、でもあれ、メンテナンスすごく大変らしいけど、うーん、どうやっているのだろう。ふしぎだ。


ちなみに大きな通りは定期的に除雪・排雪が入っており、それはすべて札幌市の税制で賄われている。じつをいうと、もとは生活道路にも、市の除雪部隊がときどき入ってきて、除雪だけでなく排雪まである程度はやってくれていたのだ。

しかし、何年か前に、生活道路にまで札幌市が予算をかけるのはやめよう、除雪機は入れるけど排雪まではやらないことにする、という判断が下された。なぜそうなったのかは知らないが、なんとなく、市民が税金が高い高いと不満をいうのを「そのまま真に受けた」のではないかという気がする。ちかごろの行政は、人が変わるたびに税金の使い道を絞る傾向にあって、それはあたかも前任者が無駄遣いしていましたと揶揄しているかのようだし、まあそういう意味合いもおそらく実際にあるのだろう。そもそも、金も無限ではない。なんでも税金でやるというのは決していい傾向ではない。自分たちでやれる部分は自分たちでなんとかすべきだというのは私自身はよくわかる。

でも生活道路の排雪を市がやらなくなってから、札幌の冬はあきらかに厳しくなった。どこもかしこも道が狭いしガタついていて危ない。影響は大通りにも及んでいる。ふんわりとしか聞いていないけれど、どうも生活道路の排雪をなくしただけじゃなくて、大きな通りの除雪についても予算削減して少しおおざっぱになったようなのだ。走れるには走れる。でもガッタガタだしすごく狭い。片側2車線あった道が雪の山のせいで1車線ずつ削れると、バスは大幅に遅延する。夏、通勤に30分かかっていた人の多くは、冬だと1時間以上車の中にいないといけない。それくらい渋滞もえぐい。

町の反応を受けて、来年あたりからは、ふたたび生活道路にも市の予算を投入しようという「揺り戻し」がくるらしい。いきなり全部をもとに戻すのではなく実証実験をやると言っている。「だから言ったのに!」と喚き立てるのは簡単だ。でも、まあ、そうやって、「ここを削るとどうなるかな。やっぱり厳しいか。お金もないんだけどね。でも、さすがにここは戻します」と、さじ加減をあきらめずにいてくれるというならば、最高とは言わないけれどそこそこいい政治にはなっているのではないかと思う。


私も自分の家のまわりを頻繁に雪かきしているのでその辛さはわかるつもりだ。そして、これから年を経るにつれてどんどん辛さは増していくだろう。そうしたら「なぜこんなに大変なのに札幌市や北海道や国は市民を助けてくれないのか!」と大騒ぎをし出す可能性も十分にある。弱者切り捨てだ! 節約する場所が違うだろう! みんなと肩を組んでネットにがんがん書き込みまくる可能性は十分にある。それが当事者精神というものだし、体感を行動に移すということでもある。

でも、うーん、まあ、自分がもっと腰痛とか膝の痛みとかを激しくかかえてみないとわからないことだから、あまり強くは言わないのだけれど、行政の側もいろいろ微調整を続けて落とし所を探ってくれているのだし、そこにギャーギャー噛みつくのはどうも……。や、そのときになってみないとわからないのだけれども、不満を声高に言えばお上に届いて政治が変わるからどんどん口に出しなさい、みたいなことを言う人の言葉だけが妙に拡散されやすくてそれが正しいってことになりつつあるのは、少なくとも今の私からすると、うーん、本当にそうだろうかと、ごく小声で疑問を呈さざるを得ない。