おかね2000円しか払ってない気がするけど大丈夫だったのか

懇親会の3次会がひたすら寒かった。気分が、ではなく室温が。クーラーが効きすぎていたという話ではない。機能として寒さが必要な場所がまずあって、縁あってそこでたまたまお酒を飲ませていただいている、というシチュエーションである。クーラーの設定は絶妙なのである、ただ、その気温が決して人間向きではないというだけで。すなわち我々が訪れたのはワイン屋だ。左右にうず高く木箱が積み上がっていて、中はワインセラーの温度に調整されていて、本来であれば業者の人間が短時間入ってワインを出荷してまた扉を閉めればいいものを、なぜか、積み上がったワインとワインの間の、隘路とでもいうべきスペースに簡易なテーブルが1つあって、8人くらいなら座れる、みたいなことになっていて、そこにもの好きが座ってワインを飲んでしまうという話なのである。懇親会を企画した大会長はうれしそうに、「寒かったらそこの上着を着たらいいよ」などと言う。果たしてそっちを見てみると、ワインの箱と箱の間に、雪かきするときに着るような大柄のベンチコート的な上着があるので笑ってしまった。今日、昼、気温は35度。しかし今、私、寒い。10度くらいではないかと思う。そのギャップにまた笑ってしまう。笑っているとすこしだけ体温が高くなってちょっとだけ耐えられる。始終笑っていられるようにおもしろい話をする。人間、そう簡単におもしろい話は出てこないが、今の我々は人間ではなくワインなので、おもしろいネタが次々とプルミエしてクリュのだ。ていうかこの店、冬にくれば自分の上着で十分楽しめますけど、夏に来ると地獄ですね。それがいいんじゃないか。なるほど。あっはっは。どれがだ。

同席した病理の教授のひとりはしきりに、「今地震が来たらこの箱が倒れてきて私達は死ぬけどそれも本望だねえ」と言う。本望ではないのでかんべんしてほしいですねといいつつ、私もなんだかちょっと乗せられて、木箱のラベルを気にしてみるけれど、書いてある銘柄はひとつも知らなくて、知らないワインに押しつぶされて死ぬのはいやだなあとひとりごちる。ちなみに私は20代の頃には何度かワインを試してみたけれど、結局いくつになってもビール党なので、こんないい店に来て味わっても本来のワインの底力を感じられるだけの教養がない。ただ仮に、今日の私がワインの達人だったとしても、もう3次会で十分にアルコールは回っているので、どっちにしても味はわからない。めずらしいな、日が変わるまで飲むなんて。今年の3月、大塚製薬の作ったアプリ「減酒にっき」をつけはじめて、平日はお酒をやめてみたらそこからの4か月で体重が5キロ落ちたので、なるほど私はビールで太る体質だったのだなと納得し、ていうか酒ってべつに飲まなくても人生楽しもうと思えばなんとかなるなということもはっきりとわかったが、とはいえたまにこうして出張先で飲んでみるとそれはそれでおもしろくて、人間、からっと悟ったりシャキンと上がったりはできないものだなと思う。しかし出張先で飲むこと自体がよく考えると久しぶりだな。ちかごろは日帰りのほうが多かったもんな。東京ならまだしも、乗り継ぎで訪れた場所から日帰りするのはなかなかしんどいものがある。あと2か月くらいはこのペースで出張を繰り返す。

人生の中で一回くらい、どんなちっちゃなものでもいいからパラダイムをシフトしてみたいよねえ、みたいなことを言う人の横で酒を飲んでいる。分類、定義、手さばき、学問、自然科学と哲学の腐れ縁みたいなことを語れる人の前で飲んでいる。ワインの味はわからないし達人の話もわからない、しかし、強いて言えばどちらかは味わうくらいはできるのではないかと考える、今の私は、達人の話が多少はわかるようになってきた。それはおそらく、ワインはもちろんのこと、ウイスキーよりも、ビールよりも、毎日こつこつと仕事を飲んで来たからで、さすがにこれだけ飲みまくってくれば話のひとつもわかろうというものだし、仕事が大と積まれた倉庫の中にいるときに地震が来て仕事の入った木箱につぶされて死んだらそれはたぶんワインにつぶされて死ぬよりも圧倒的に本望だろうな、みたいなことを一瞬考えたけれど心の中のサンボマスターが、悲しみで花が咲くものかと叫ぶんですよね。