今週末のふたつの講演、ひとつは現地オンリーの学会、ひとつはハイブリッド形式(現地+収録して後日オンデマンドで視聴可能)だった。聴講者の立場からしてみると、所属している学会全部にえっちらおっちら通っていたら、へそくりまですっからかんになってしまうわけで、基本的にはオンライン開催のほうがありがたい。しかし、学会運営の側に回って考えると、なかなかそうもいかない。ハイブリッド形式の運営にはけっこうな金と手間がかかる。先立つもの。夏は金。手間のころはさらなり。闇もなほ。
金集め。金集め。学会の年会費と参加費によってまかなえるほど甘くはない。たいていの学会の大会長や実行委員長は、開催の一年くらい前から、学術的なセッションの構成を考えるのもそっちのけで金集めに必死だ。というか、大会長が学術のことだけ考えているパターンだと本当に金集めが間に合わないので実行委員長の体重が目に見えて減っていくのでよくわかる。士族の商法という言葉が脳裏を反復横とびする。カギとなるのは企業協賛だ。しかし、今の時代、医療従事者に企業がポンポコ打ち出の小槌みたいに金をふりまくわけもなく、彼我の論理がきっちり噛み合わない部屋、何も起きるはずもなく……。
製薬会社や機器メーカーが、湯水のように医師に顎足枕の投資をすっぽんすっぽん大盤振る舞いする下品な時代は終わった。終わってよかった。学会の交流会場に仏閣みたいなドデカブースを建立して参拝客にCOIと印字してあるUSBフラッシュメモリを配って中を見るとグラビアアイドルが薬の宣伝をした動画ファイルがいくつか入っていたなんてこともあったという(『医療の下半身』民明書房刊)。バブル経済のムードといえばそれまでなのかもしれないが、迂闊で粗忽なネットリ寝技の「さじ加減」が診療にも研究にも有効であった側面がかつての医療にはあって、それで回っていた手練手管の半分くらいが現在エビデンスによって殴られ無効化しているのは当たり前体操夏休みスペシャルロングバージョンである。ちなみに、アメリカではいまだに学会のたびに巨額が動いており、学会会場は宣伝合戦、招聘講演の講演料は万ドルのレベルもざらではなく、特に、セッションのどこかにおざなりにIoTとかAIという言葉をかませる(例:AI時代の病理診断(藁)(爆藁)(爆藁ってそれ野焼きに失敗してんじゃん)と、途端に股間に角を生やしたユニコーンがパカラパカラ集まってきて猛烈な勢いでドブを清流に変える角を光らせてバスタブに金を満たして下膨れの男性とグラビアモデル(3名)を放り込んでコロンビアのポーズをさせてポスター貼り逃げで観光に行こうと思っていたアジアの観光医師たちを虜にしてしまう。金がある人が金がある人に治療を施す医療ビジネスのすべてを否定したいとは思わないし、人類のニーズがそこにあるならやればいい、山があるなら登ればいいと思うけれど、それにしても、極端がすぎる。自己肯定感高め医師が「アメリカの学会のありようが理想、学術の発展のためにたくさん集金できないと日本の学会は終わる」みたいなことを平気でSNSに書いているとさすがにすり足で後退りする。塩分とか糖分とか控えすぎて味わいを失ったサラダチキン的人生を金メッキするためにフーターズ化医療を推進するのもほどほどにしてもらいたいものだ。
と、私を含めたたいていの人が思っているせいで、日本の学会の多くは、当然のように素寒貧である。中庸とかないのか。レシピの「適量」にキレるタイプか。今はやりの「選挙前だけ偉そうなことを言っていざ国会に入って政策を提案しようと思うと勉強会で無知をただされて結局減税も増税も簡単にはできないことに気づいてしまう40代若手政治家」とおなじことだ。金満学会を外から否定するのは簡単だ、しかし、実際に学会を運営しようと思うと「じゃあ、どうやって、インがめっちゃバウンドしたこの時代に超高額会場レンタル費を支払うんですか」という根本的な部分で沈黙せざるを得ない。エバー、内蔵電源に切り替わりましたが昨日充電しないで寝ちゃったので活動限界まであと300ミリ秒です。
で、そんなこと、学会運営側はとっくにわかっているのでがんばって金集めをするのだが、これがまあ、なかなかうまくいかない。特に、「ハイブリッド」とか「オンライン重視」の学会は、やばい。どこの企業も協賛することにあまり魅力を感じない。
企業にとって、「現地会場にやってきた医療人に、なんらかの体感を与え、会話をし、薄くても浅くてもいいのでとにかく関係を築く」ことができないなら、それは協賛する意味がないのだ。オンライン中心の学会では、配信の合間にCMを流してもどうせ誰も見ない。協賛金だけ吸われてまったく営業効果がない。どういうことか。話はそれるが哲学者とか批評家はめちゃくちゃ「どういうことか」を使うけれどあれダサいからやめたほうがいいと思いますよ。話を戻すが、どういうことかというと、学会を現地会場オンリーで運営するよりも、ハイブリッドで/オンライン重視で運営したほうが、聴講者は喜ぶがめっちゃ金はかかって、しかも企業は、オンラインの会には金を出したくなくて現地オンリーのほうがまだ協賛しがいがあると考えている。需要と需要がごっつんこ、おでこから血がじゅよぅっとにじみ出る。
まあそんなわけで、金満学術集会なんぞやりたくないのだが、費用の調達を怠る学会はそもそも先行きが厳しいし、現地でやって金をあつめてその分オンラインでがんばるみたいなことはマニフェストとして語るのは簡単だし票も集まるが実現性はないので八方ふさがり、何も起こるはずもなく……。
という、今の時期を象徴するようなふたつの形式、現地オンリーの学会とハイブリッドの学会をはしごして、片方は膵臓の細胞診の話、もう片方は肝臓の画像と病理の対比の話について講演をしてきた。4階席に向かってファンサをしたり会場のウェーブにあわせて私も揺れたりと忙しく、どちらの講演も、きっかり3分ずつ時間オーバーして、私は本当に、いつまで経っても講演がうまくならないなあと思った。