他人が妖怪すべきことではない

声を上げてびっくりだッ、これまでこの免疫染色は、何回も何回も染めてきたけれど、こういうシチュエーションでは一度も陽性にならなかった、幾度もの「もしや!」が、「あやっぱり違うんだ……」、シオシオと消えていった、しかしだッ! ついに染まったぞ! わああ! び、び、びっくりだ! まあ染まると思って染めてるんだけど本当にぜんぜん染まらなかった、けれど今回とうとう、はじめて、染まったッ! わああああ!

ちなみに、免疫組織化学は正確には染色(色素を使って染めるもの)ではなく、抗原抗体反応を利用してから二次抗体を発色させているものなので、「染まったッ!」と書くたびにチクリと胸が痛むんだ。とはいえ「光ったッ!」というのも違う。「そこにあったッ!」もへんだし。「見出したッ!」「とらえたッ!」「よくわかんないけど、なんかわかったッ!」だめだ。ニュアンスが違う。困ったものだ。



朝から頭が重くてそのくせ仕事は何種類も同時にやってきていて、こうやって振り返っている間にも次から次へと新しいメール、診断のチェック、研究の相談、人事の調整、事務作業などがふりかかってくる。これらをマルチタスクとしてこなすのではなく、断片化させて組み替えた直線上の配列として、スイッチングが高速で発生するシングルタスクとして走らせる。これは例えるならばあれだ、天津飯が四妖拳を使ったときに悟空も「ならオラは8本だ!」ってやって、クリリンがびっくりして亀仙人が「ほっほっほ あれはそう見せておるだけじゃ」って言ったやつみたいなもんだ。例えと言いながらワンエピソードごっそり持ってくるのやめてください。例えるならせめてワンフレーズにしてください。

ともあれマルチに活躍するなんてことは本当は人間はむりなのだ。せいぜい、右手と左手でベースラインとメロディとを弾き分けるくらいまでで、それだって左右でぜんぜん違うリズムの曲を奏で続けていたら演奏者はともかく聴衆はぐったりしてしまうだろう。「あまくち」のエレクトーンだと足も使うよね。そういう話をしたいわけじゃない。たくさんの仕事を同時にこなしている人を身近に眺めていると、ひとつひとつの案件に対する集中力が異様に深くて、どす黒くまわりの色が落ち込んでいくような感じでぐんぐん案件にのめりこんでいくようで、深淵に取り込まれそうでハラハラしてしまう。かつ、その深い淵から一瞬でガッと浮上してきて、ぜんぜん違うところにある全く別の沼に次の瞬間には急速沈降しているのだ。それを何度も何度も繰り返すようすを、ぼうっと、なんとなく興味もない感じで薄めで見るといかにも「同時にいくつもの仕事をこなしているように見える」というだけなのである。私もできればそういうことをやりたいなと思ってやっていくのだけれど、高速でタスクを切り替えていくことはなかなか難しく、結果的には「さっとこなすはずだった一つ目の案件に妙なひっかかりを感じて、そのことを頭の片隅に浮かべながらほかの仕事に取り組み、二番目の仕事でも懸念事項をひっかけて、三番目の仕事でも違和感を覚えて……」というように、次々と新しい着物をひっかけた十二単の霧姫(影の伝説)みたいなことになっていく。


ブログを書きながらこのあとの移動のことを考えている。メールにさっと返事をしたけれどあとでこれはもう一度考えなければいけないんだよなと思ってスターを付ける。昨日買ったジャンプをまだ読んでいないので出張用カバンのPCのとなりにしのばせる。新しいトランクを買いたい、なにをたくさん背負っていても、頭の中がごちゃまぜになっていても、保安検査口で中のPCだけさっと取り出せるようなフロントポッケのついたやつがいい。昔は荷物というのは小さければ小さいほどよかったけれど、今は、出張先の空港でぱっと買ったおみやげをしのばせるスペースがない小さなカバンを少し憎むようにもなっている。ところで私のPCは、「四妖拳」を入力するために「妖怪」という言葉を出そうと思うと、

(一度目) ようかい → 容喙
(二度目) ようかい → 溶解
(三度目) ようかい → 妖怪

の順番で変換候補が出てくるのでちょっと変なやつだなと感じる。溶解が上なのはわかるが容喙が一番上なのはおかしいだろ。なに気取ってんだ。



  1. 《名・ス自》
    横から差し出ぐちをすること。
     「他人が―すべきことではない」