MABOROSHI IN MY BLOOD

ビアガーデンに行きたいのだが今年は絶妙に私と妻の予定が合わず、もしかすると久々にビアガーデンなしの年となるかもしれない。まあ、別に、ビールなんて家で飲めばいいのだけれど、ビアガーデンのビールは味とか値段とかとはちょっと違ううれしさがある。ちなみにそれは必ずしも大通公園である必要も夏である必要すらもなくて、たとえばオータムフェストの屋外飲みでも飲んでしまえば同じビールだ、でも、なんだか今年もビアガーデンに来たねえと言ったほうが、言えたほうが、いろいろちょっとだけ豊かなんじゃないなかと思えてならない。クリスマスだとかバレンタインデーだとか、正月だとかお彼岸だとか、月見だとか花見だとか、そういったものに古来ひとびとが絡め取られてきたことを、是ととるか非ととるか、私は今のこの年齢においては是ととっている。おそらく非とすることでSNSでなにがしかのいいねを集めて金にかえたがる人も一定数いるだろう。あるいは単純に人のさだめた定例のなにかにかかずらうこと自体にストレスを覚えるタイプの人もそれなりにいると思うしかつて20代のころの私はたしかにそうだった。嗅神経の感覚が麻痺してきたのかな、と思う。人のにおいというものに鈍感になってきた、あの、かつて感じていた、くさい、くさい、人とはくさいものだ、という強迫観念のような呪いのようななにかは、影を潜めた。それは私にとってはおそらく救いであり赦しであった。歳を取るというのはけっこういいものだ。


とはいえ悲しいのはステーキに対する愛情を忘れてしまったことだ。若い頃は「そうまでして高い肉を食わなくてもいくらでもほかに腹が膨れる方法はある」ということでさほど食ってこなかったステーキ。今は胃のほうで受け付けないので、結局私はこのまま、ステーキのよさを満喫しないままに人生を通り過ぎていく。私という筒にステーキを通さなかったことを、私はいつかいなくなるときに後悔するだろうか、しないだろう。別にどうでもいいもんな、即答できる、けれど、若いころの自分はおそらく、「いつかステーキも気軽に食えたらいいな」くらいのことを、トータルで10日くらいは考えていたはずである。それが叶わなかったことについて、正直に言うと、悔みとか悲しみではなく申し訳無さを感じる。「いつかきっと」を叶えてやれなかったことに。ほか、満漢全席とかニューヨークのミュージカルとかモルディブの高級ヴィラ宿泊など。それぞれ、「食いきれない」「おしっこが我慢できない」「日焼けしてまで海に長いこといたくない」という理由で、今の私には魅力の矢が貫通しない。失敗したなと思う。若いころの自分に送金したい。それがいかに無駄に使われようと、キャリア形成や資産の蓄積になんの役にも立たなかろうと、体験として自分の礎となることなくうっすらぼんやりとした喜びだけでさっさと忘却の波に飲まれてしまおうと、「若い頃に背伸びしてとんでもないことをやった」という記憶に具体的な記述が一切加わらなかったとしても、それはおそらく、私の中の大事なコアをやさしく愛撫してくれたはずである。失敗したなと思う。いや、今は別にもうそれらに魅力は感じていないのだ。そういうことではないのだ。今の私がそれらをやったからといって、ほんとうに、ああ金を使えたなあよかったなあという満足感と、実際に口座の金がギュンと減る辛さと、つまりはそういうアンビバレントの峰のエッジに立つ倒錯的なよろこびこそが大人の嗜みだ、とかいうマジで陳腐な話になってしまうのであって、そんなの激辛タンメンを食べれば98%相同くらいの愉悦を得られてしまう、プラクティカルな喜び、マゾヒスティックな喜び、ブレンド悦楽、「その程度」のものでしかないだろう。でもだ。それでもだ。当時の私にとっては、それらはきっと、単なる形骸的なあこがれなどではなくて、体感するやいなや、as soon as 体感、頭蓋骨がウニの形状にスパークして世のさまざまな情念の放電の避雷針となって、私は長らくエネルのように帯電した。電撃的でありながら持続的なしびれあがり。それを当時の私はあるいはなんらかの手段で獲得できたかもしれなかった、しかしもちろん、しなかった。そのことに対して、わりとまあ、ごめんねという気持ちがある。自分で。自分に。いやあ、やれなかったろうけれど。やらなかったろうけれど。それでもだ。


さあ、私は当時の自分の、理想的ではなく代替的であったろう体験の数々を、すっかり忘れてしまった。剣道は……していたはずだ。旅行は……さほどしなかった。酒は……似たような場所でよく飲んでいた。人の顔が思い出せない。ゲームとか、よくやっていた。なにをやっていたころだろう。ドラクエか? いや、違うようにも思う。具体的になにをやっていただろうか? 私は20代に、いったいなにをしていたのか? いよいよ何も思い出せない。仮に、思い出したとして、それは今の私からすると、満漢全席と同じくらい胃に負担がかかり、ミュージカルと同じくらい前提情報と雰囲気の外圧が厳しく、モルディブのヴィラと同じくらい他人の言葉と他人の資本による体感の押し付けであったろう。つまり、今から見ると当時やっていたこともじつは全部いっしょなのだ、満漢全席とミュージカルとヴィラといっしょなのだ、何もかもが矮小で、腹部膨満感を誘い、自己完結的で、それでいて他者の評価に相乗りするかたちでしか達成度を得られない、愚かな相対化を用いれば対して差のない、乱暴にいえばそれはすべて等価な、私にとっての確かな現実、エビデンスに放屁するエクスペリエンス、理路があちこちつながっていないのにスーパーマリオのように一直線にBダッシュして、「あれでよかった」という一元的なポールに向かってジャンプして旗を降ろして城に入って残り時間をスコアに変えていこう。ああ、そうだ、ライジングサン・ロックフェスティバル、ZAZEN BOYS第一ライブ、笑っちゃうくらいに毎日同じ。あのころの私のどうしようもない繰り返しの、インスタのない時代のインスタ映えしない風景の、SIGEKIがほしくてたまらなかった、何もかもアンコントローラブルな、定型的な、お仕着せの、埋没するような毎日を、それでも愛そう(白ひげ)。やっぱりビアガーデンになんとかして行けないもんかなあ。