アロスタシス

日々忙しいのだが日々暇である。やることはいっぱいあるが、ひとつひとつが2時間以内に「準備、作製、報告、フィードバック」まで終わってしまうようなことばかりで、それはたとえば講義の準備であったり、講演の仕込みであったり、問い合わせに対する返事であったりするのだが、なんかそういう仕事ばっかりやっていると、忙しいんだけど暇、みたいなメンタルステータスに入る。1週間とか1か月とか、年余にわたってじっくり取り組むようなタスクが今はない。異動のためにそういう継続性のある仕事を一時中断している。なにかを常時考え続けているときのプレッシャーというか脳の忙しさ、あれはほんとうにきついが、しかし、充実のタネでもあったようだ。いやなタネだけど。

3時間の映画を1本見るのと、10秒の動画を1080本見るの、の、違いのことを考えている。今の私の働き方というのはTikTokerのようだ。くるくるとよく回って忙しいが、浅瀬で引き返していくばかりでいつまで経っても泳ごうとしない私はやはり暇を持て余している。


1年以上放置している原稿のことを思い出す。本当はあれがあるかぎり、私は暇とは言ってはいけない。四六時中その原稿のことを考えるべきだ。それが私の課題なのだから。でも、実は、ここんとこ、原稿のこともしばしば忘れる。忘れるようにしている。保留。というか脳の中に留め置いていないので保留とも違うか。いったん2軍に落とす感じ。腕が振れない状態のチェンジアップなんていくら投げてもバッターからするといいカモなので、そういう球を投げないように、もっと打者の手元で鋭く曲がるスライダーの切れ味なんかを取り戻すように、期限を決めずに2軍で調整をすすめる、山崎福也に対する新庄監督の采配みたいなイメージ。

次の出張の戻りは日曜日になる。日曜日の早朝便でさっさと帰ってくることにして、午前のうちに空港についたらまずはそこで温泉に入ろう。スーツケースの一角に短パンと無地の白いシャツを入れておいて夏休みの小学生の格好になろう。時間調整してから北広島に移動して昼から野球を見るのだ。シートの指定がないかわりにどこで立ってみてもいいという入場券が2000円で買える、マイルで獲得したクーポンを使えば1000円だ。今年度、エスコンフィールド来場は5回目になるので、タオルをもらえるだろう、そのタオルを首にかけて内外野のどこかの1階席の後方の、立ち見スペースで楽天戦を観戦しよう。金曜日と土曜日に、2つの病院で合計2つの症例検討会と2つの講演を行った帰りだから、たぶん途中で私は失神すると思う、それでも、3時間なにかにかかりきりになる時間が私には必要だ。立ち見で太ももがプルプルすることも、食事やトイレで離脱したらもう元の立ち見スペースには戻れなくなるという緊張感も、私には必要だ。「次の動画」ボタンを押せない環境に身を置くことが、私のクロマチンをリモデリングして、心の増殖活性を高めて、うっかりparadoxical differentiationを来したり脱分化したりするリスクを軽減させてくれるだろう。そう、細胞だって、自分の中のプログラムだけでコントロールされるわけではないということが、最近けっこうわかってきた、細胞でできあがっているところの私たちもやはり、周囲環境との相互作用によってアロスタティックにやりくりしていくわけなのである。野球って勝ったり負けたりするまでの間にだらだらいろんな時間が流れるのがいいんだよな。