御家老

登壇の依頼があり、断りたいと思った。しかし恩人からのオファーである。これまで論文やシンポジウムなどでさんざん世話になっており、ここで断るのは筋が通らない。ほんとうは別に予定が入っていたのだけれど、その、別の予定のほうをリスケジュールして、登壇を引き受けた。それはよかった、と書かれたメールに、発表の時間は12分くらい、とあり少し体から力が抜ける。まあそれはそうなのだ、ふつう、学会というのはそういうものなのだ。しかしこれに登壇するためにほかの予定をわきにずらして飛行機で日帰りするかと思うと視野の時間分解能が低下する。いまさらぐだぐだとあれこれつぶやいても詮無きことだけれど、よく考えると、そもそも私の仕事はすべて恩人からのオファーなのであり、仕事をくれる人にはみな大恩があるのであって、「恩があるから断れない」というならそれはつまり「仕事は断れない」という意味になる。三宅香帆のベストセラーをずたずたに破って石狩川に捨てるような振る舞いだなと思う。正月に傷めた腰が不気味な音を立てる。

語られ尽くしてきたことかとは思うが、現代社会は、いろいろ回って回りすぎて「逆に」、仕事ひとすじに人生を投じていきたい人間に対するケアが足りない。いや、違うか、こちらからケアなんぞ要るかとかなぐり捨てて好き勝手な暮らしをしているのだから今更そんなダブスタなことは言ってはいけないのだろう、でも、ケアまではいらないにしろ、「瞬間的な手当」くらいはあってもよいのではないかと思うのだけれど、私は少なくともこうして仕事に全振りした生活をしている間、ずっと、なにかにマイルドに怒られ続けている。「そんなやりかたで辛い目にあったって自業自得だよ、だってワークライフバランスでワーク=ライフにすればバランスは完璧とか言ってきたでしょ、それでいまさらライフがしんどいって言ったってそりゃだめだよ」みたいなことを延々と言われ続けている。「わかるよ、休みたいよね」みたいな優しさは世に満ち溢れているのに、「わかるよ、働きたいよね」のひとことはめったに見ることがない。今も思わず指先のAI自動運転によって紡いでしまった言葉だけれどまさに「自業自得」ということを言われて言われて言われすぎて、もはや自業家の長男の自業ジトクです(SFマンガではっきり日本っぽいネーミングなのに下の名前だけカタカナにすることで安直に未来感を出そうとする私のわりと嫌いなスタイル)。

編集部から心配をあらわにしたメールが届いた。原稿は大丈夫ですか。ずっと働き続けているのに進捗が進んでいないのだからもはや絶望するしかない。こっそり遊んでしまっているならばまだ進捗を取り戻す算段も付けられたのだが。ああ、私は、ここに及んで、もっと遊んでおくべきだったなあと後悔する、もし、もっと遊んでおけば、今こうして原稿の催促が来たとして、遊びをうっちゃらかして仕事に全振りすることで原稿をすいすい進められたはずなのに。