前の職場を辞める前の5年くらいは、病理解剖の報告書をだいたい3週間くらいで書いていた。一般的に解剖の報告書は3か月から半年以内に出すとまあ合格、くらいの感覚とされていて、私の報告の出し方はすごく早かった。ただ、これは私が優秀だとか熱心だとか神だとかいう話ではまったくなくて、ひとえに、「臨床検査技師が通常の検体と同じくらいの速度で解剖の標本も処理してくれるから」という側面が大きかった。
解剖後、2日で切り出しをして、そこから1週間以内にすべての標本が上がってくるとわかっているからこそ、毎回同じペースで検索をすすめてレポートを書き、写真をとり、パワポをつくり、プレゼンまでまとめることができる。一気呵成の3週間だ。臨床医がレポートを読んで理解して、患者の遺族に説明をしたり、科内で相談をしたりして、だいたい2か月もすると臨床病理検討会(CPC)を開催し、研修医たちを招いてごりごりディスカッションをする。解剖後、3か月くらいの時点でCPCができると、担当医たちが次の勤務先に移動していなくなっているということもないし、何よりみんな、その患者についての記憶が新しいから、議論もすごく深まる。
解剖を十分に活用するにはとにかく早く検討を終えるに越したことはないのだが、ここでおそらく(私にとって)一番大事なのは、「切り出しを早く済ます」ことと、「技師さんがものすごく早く標本を上げてくれること」であった。標本ができてくるのが遅ければ遅いほど、解剖の後に入った仕事に忙殺されて、なかなか解剖関連の業務までたどり着けない。非常にいやな言い方をすると、「すでに亡くなっている人の検索と、今生きていて、これから生き死にに関わる選択をするかもしれない人の検索」だと、後者を優先せざるを得ないところがある。したがって、解剖関連の業務というのは、とにかく大事な部分を一刻も早く、急いで急いでやっていくことが肝心であり、そのスピードを可能にするのは臨床検査技師の強力な支援なのであった。
じゃあ解剖臓器の標本のできあがりが遅い病院は、技師がちゃんと働いていないのか、といったらそういうわけでもない。それはもう、バランスなのだ。バランス。一般的な患者の検体にかんする作業が一日の中にどれほど詰め込まれているかというのは、その病院の検体量と技師の数、さらにはその技師が病理以外の業務にどれだけ従事しているか(生化学や一般検査や細菌検査などのサポートに入っている病理技師も多い、当直もしているかもしれない)、さらに、マンパワーだけでなくマシンパワーの問題もある。病院が大きくて技師がいっぱいいればなんとかなるというものでもなくてとにかく配置とバランスなのだ。前職場で、私が在籍していたころは、検体量は爆裂に多かったが技師の業務が大変うまく回っていて、解剖の標本もきちんとルーティンの業務の中で回せるだけの体制になっていた。だから私はあのスピードで解剖関連業務がこなせていたのだなということがよくわかる。
今はさすがにむずかしい。3か月はかかってしまう。臨床サイドには申し訳ないなと思っている。切り出しもだいぶ早くやったし標本も相当早く出してもらっているが、そこからなかなか先に進まないことが多い。この職場にもう少し慣れたら、もう少し早くなるとは思うのだけれど、慣れる・慣れないなどと甘えたことを医者が言っている間にも、患者は生き、そして死んでいく。申し訳ないなと思っている。