昨晩、Xの、Space(音声放送)を久々に聞いた。わりと知っている人とちょっと知っている人がけっこう込み入った専門的な話をしている。ちょっと知っている人のほうは、自らの興味のない話題に対して、まったく掘りさげようとしない。それがおもしろい。自分がかかわっている話、自分がかかわっている人間たちの話は、問われなくてもたくさん語るのだけれど、自分の守備範囲のちょっと外にある話にはいっさい手を出さない。キッカーが足を振り抜いた瞬間にもう横っ飛びすることをあきらめているゴールキーパーのようだ。そのほうが生涯年収が高くなるんだよ、と、村を長年仕切ってきた古老が言いそうだ。古老? 古くない老いがあるだろうか? わりと知っているほうの人は、違う。自分が興味をさほど持っていない話であっても、ひとまず、相槌で対処をはじめる。だまって聴く、あるいは、相手がしゃべりやすいように聴く。そのうえで、すべてに納得したふりをすることもなく、きちんと感想を述べる。きちんとしているなあ、と思う。そのほうが、生涯年収が高くなるんだよ、と、村の真ん中にそびえ立っている大樹が言いそうだ。そびえ立っている? そびえ立たない大樹があるだろうか? あるか。
ポッドキャスト「いんよう!」の続きをやろうという話が少しだけ出た。いつかはわからない。いつかの話だ。
さあ、豪雪の札幌。外勤、いくつかの買い物、何度かの飯。そのままだと離れて蒸発していく熱力学にあらがって、動き、話し、はたらき、考えて、聞く。この中ではおそらく、聞くことが一番むずかしい。それは、聴くよりもはるかに難しいことだと、私は思っている。