異動して4か月、仕事に慣れた、イメージとしては、これまでヤリスクロスで国道を長距離運転してきた私が、幹線道路とちょっとだけ離れたところで並走する特急列車に乗り換えて移動しているようなかんじだ。
ヤリスクロスは燃費がいい。ヤリスよりちょっと大きくて、4駆であれば冬でもグリップはしっかりしている。いや、べつに、トヨタでなくても、ヴェゼルでもキックスでもいいのだけれど、要はわたしはそういう、ミニSUVユーザー的な「働き方」をこれまでしてきた。自分の体力が続くかぎりで運転し続ける。スマホをBluetoothで接続詞たカーオーディオでPodcastでもradikoでもなんでも聴きながら移動する。気まぐれに道の駅に寄ってもいいし、逆に夜通し走ったってかまわない。
そんな私がとつぜん電車に切り替えた。まず、走行速度が、微妙に違う。信号の数も違う。駅という概念もある。周りに人が載っている。トイレはついている。しかし自分のものではない。アナウンスがかかる。イヤホンをしないと音楽は聴けない。チケットの取扱いにうるさい。線路の外に行こうと思ったら金がかかる。寄り道するのに金と手間とアイディアが必要となる。着いた駅そのものがゴールなわけではない。
おなじ移動手段としても、車と特急とではだいぶ違う。そして、それを、私は、車を止めず、電車も走っているまんまの状態で、飛び移るように移動した。だいぶ大怪我をした。その怪我が治るのに必要だった時間、全治、4か月ということだったのだなと思う。
正月の腰痛と、ここ3か月以上苦しんでいた痔、その両方が寛解した。研究2つがひとまず最初のハードルを超え、まだヤリスクロスにいたころに依頼をうけた総説をなんとか書き終えた。研修医と共に書いていた論文を投稿、2年半以上とりくんでいた本のゲラを著者校了、3か月先までの講演のプレゼンを完成させた。すっ、すっ、と楽になっていく。私はようやく、「特急で普通に移動している人」となった。そんな人間は世の中にたくさんいる。なにも特別なことではない。そう、特別なのは、「走っている車から特急に飛び移ったこと」であり、それは目的地に行くのにあたってなんの関係もない「悪目立ち」でしかないのだ。痛みも、停滞も、すべて、私の軽率な行動にかかったコストでしかない。特急も車もたいして代わりはないのだ、だって、それは移動手段でしかないのだから。ただ私は知っている、世の中には車のオタク(どころかミニSUVオタクみたいなジャンル分けさえある)がたくさんいるし、鉄道のオタク(どころか地域の特急のオタクみたいなジャンル分けさえある)がたくさんいて、それらは別に普段は交わろうともしないのだけれど、私みたいな存在がひとりいると、その両方のオタクがいきりたって襲いかかってくるのだということを。