くまのこ見ていたあまえんぼう

脱字をひとつ直して本登録してから裏側のPCに向き直る。こう書けば私には伝わる。今の職場で、私は向かい合うデスク2つを使って仕事をしていて、真ん中に椅子を1脚おいて日がな一日くるくる180度回転をくりかえしている。診断用のイントラPCと、私物のインターネット用PCとがそれぞれのデスクにおいてあるので、ネットで検索した論文を見ながら診断をしようとすれば後ろ・前・後ろ・前と半回転ずつしながら螺旋のように仕事を進めていく。このスタイルで5か月が経過したがうんざりしている。春にはまた席替えの予定があり、そこで前のような90度ずらしの配置に直すつもりではあるのだが、ただ、うんざりはしているのだけれど、頚椎症にはこれくらいのほうがちょうどいいのかもしれない。たかだか180度の回転であっても姿勢がそのときすこしよくなることで脊髄への負担をすこし軽くできている。誤字をひとつ見つけて無視してから表側のPCに向き直る。

「裏側のPC」といえばAIの作画だ。Copilotという無能なAIにパワポづくりのファーストステップを任せてみた。「周術期の肺検体の取扱い方」というテーマだけ与えて10分くらい待つ。なにかおもしろいイラストでも生成したらそれを使ってやってもいい、くらいの気分で待つ。はたして、雑な項目列挙のスライドが20枚ほど出力された。なかにはいくつかそれっぽいイラストも生成されている。使ってもいいがひとめでAIとわかるタイプのイラストはもう聴衆のほうが飽き飽きしているのでリスクしか感じない。そんなイラストの中に、白衣を来た研究者がこちら側を向いてなにやら調べ物をしている構図があったのだけれど、デスクトップPCのモニタが、研究者に相対するのではなく私たちのほうを向いていて、その中に「CANCER ANALYSIS(癌の研究)」と表示されていた。いや、この研究者、モニタの裏側見てんのかい、となる。イメージイラストだからこうしたほうがわかりやすい、というのがAIの判断なのだろう。しかし、人間としてはこういうイラストをみると「モニタの裏側にそんな眉根をひそめるような情報があるんか?」とおもしろがってしまう。PCの裏側といえばAIの作画。私もひと笑いしたあとで裏側のPCに向き直る。


仕事が増えるごとに機嫌が悪くなる人間というのが全国各地に散らばっている。その機嫌の悪さが低気圧となって上空を覆って地表に雪を吹き付ける。札幌では警報が鳴っている、札幌市LINEがそう教えてくれる。さっきからなんどもブーンブン、ブーンブンと鳴っている。札幌市LINEには返事をしたことがないので、つまり、私は札幌市に対してずっと既読スルーを繰り返していることになる。あるいは通知が来た3時間後くらいにスタンプでもぽんと返してやったほうがいいのかも。「LINEにすぐに返事をするのは中年ムーブ、相手のことをほんとうに考えているという雰囲気を伝えるならば、すこし待ってから返事をしたほうがよい」という、20代後半くらいの青年のコメントをテレビで見て、ははあ、上手に語るもんだなあ、うそつけ、と思いつつ、なんだか私はその現代マナーにちょっと共感するところがある。たしかに返事そのものよりも、返事がかえってくるまでのどっちつかずの時間のほうが、自分をしばっているなあと感じることはある。となればLINEの返事のタイミングこそは、意識・無意識とは関係無しに「そういう計算」の存在をほの見えさせるコミュニケーションの柱となるだろう、それを札幌市相手にやってどうするかという話でもあるが、私は基本的に自治体に対してはツンデレでいるくらいがちょうどいいと思う。つんけんしているけれど心の奥では感謝している。しかしまあそれは相手が自治体のLINEアカウントの赤いアイコンだから許されることで、人間相手にこれをやったら単なる人格破綻者だと思う。そもそも日常生活のベースが不機嫌の人間なんて全員頭がおかしい、ただ、じつは不機嫌がベースなのではなくツンデレがベースだとすると、ぎり許せる。許せるけれどぎりだ。「機嫌悪そうなのは『ふり』で、本当はもっと素直な自分を出していきたいけれど、なんらかの事情とか経緯、つらい過去などによって、そういった真っ直ぐな部分を表出する回路がさびついたまま今を迎えてしまったかなしい人」だと思えば腹も立たない、が、腹がぎり立たないだけで、そういうのは10代で終わりにしてほしい。どいつもこいつもコドナなんだから。人間と生きていくにあたって、上機嫌なペルソナ以外を使っているやつらは、そうやって他人に「じつはデレたがっている深層の自分」を引き出してもらおうとしているあまえんぼうである。SNSで愚痴なんか言うな、毎日ダジャレでも書いとけ、と私なんぞは思うのだが、まあ、みんな、あまえんぼうなのである。