9か月ほど前に梱包した段ボールのガムテープを剥がそうと思ってもうまく剥がれない。糊が浸透してしまっている。爪の先でテープを持ち上げたときの、あの、粘性の下にもぐりこんで引き剥がしていくときの、あの圧が爪にぜんぜん伝わってこなくて、ぺりっぺりっと小範囲で紙が千切れていくだけなので、ちょっとひっかいてもうあきらめてしまった。はさみを持ってきてガムテープの真ん中にあてがってモーゼとなる。長軸方向を切り拓くのはかんたんだが、短軸方向のテープと交わるところでははさみを一度引いたくらいではうまく切れなくなっており、ここでも少し苦労をする。上からあてがったり、下からこすりあげたり、いろいろやってようやくふたが開く、そしてこの段ボールはもう使い物にならないのだ。相次ぐガムテープの貼り付けでへりのところがダルダルになっていて、次になにかをしまい込むにはかなり不格好だし、おそらく湿気とか虫とかさまざまなものを跳ね返せなくなっている。代謝を終えた皮膚のようである。
中にはおかざき真里先生の絵やロロイチさんの線画などが入っている。前の職場を引き払う準備には3か月以上かかったのだが、その、一番最初のころに、幡野さんの写真だとかおかざき先生の額装ジークレーだとかは先に梱包してしまった。次の職場でデスクが落ち着くまでは開けられないだろうなと思ってしばらく家に置いていた。このたび、赴任して半年が経過して、ようやくあらゆる引っ越しが終わったので満を持して絵を壁に飾った。緩衝材がわりに入れておいた複数のひざかけ、ああ、ここに入っていたのか、いそいそと取り出してさっそく太ももを覆う。窓から冷気が降りてきており、部屋は温かくても窓の近くだけは朝晩は寒い。こういうのはなんというのかな、輻射熱、というのもへんだしな、と思ってちょっと検索をかけると、「冷輻射」という言葉があるらしい。たしかにGoogle変換でも一発で表示されるから、AIの作った嘘というわけでもないのだろう。窓になにか、断熱用のシートでも貼ろうか、でもせっかく明るい場所に移ったのだからこのままにしておきたいな。ブラインドを開けることはじつはない。ニコンの連携会社であるホクドーに長年勤めていた、前の職場からずっとお世話になっている顕微鏡担当のSさんが強めに私に注意した。「いいですか先生、この窓開けちゃだめですよ。顕微鏡というのは直射日光はだめなんですよ。特にこの、レンズに直射日光が入り込むと、中を光が通って痛みますから。だからこのブラインドは二度と開けないでください」。明確な注意を私はしっかりと記憶した。このブラインドは私が退職する日まで開くことはない。木漏れ日未満のわずかな線状のあかり、そして、隙間からしっかりと降りてくる冷輻射、この2つは前の職場でも全く同じように体感していた。ただし前は右からだった、今度は左からだ。あるいは私の頚椎症も、今後は左右が入れ替わってくるかもしれないなと思う。
何もしないのに膝が壊れた。PCだったら鼻で笑えたのも今は昔、ちかごろのPCやスマホは勝手にアップデートするから何もなくても壊れるということが普通に起こり得るので、このフレーズは笑えるものではなくなった。つまり、ということは、私の膝も夜の間になにかセキュリティの脆弱性を回避するためのパッチプログラムかなにかをインストールしたのだろう。睡眠とはシャットダウンと再起動に似ている。新しい概念を聞いて覚えたあと、寝て起きると不具合になっているということはままあって、それはおそらく、再起動のときに既存のアプリとなにかで競合してうまく立ち上がらなかったりしたのだろうな、ということをよく考える。