風呂

会議含め8時間くらいを見込んでいたのだが、ふたを開けてみると5時間程度できりのいいところまでだいぶ片付いた。まだ16時台だ! たまには明るいうちに帰ってみるかと思い職場をあとにする。朝は少し遅めだったけれど、祝日なので駐車場には余裕があり、玄関から近いところに車をとめられていて、そんな小さなことにも欠かさずうきうきしてしまう。まずはスーパーに寄って今日と明日の晩飯を調達しよう、明後日からはまた連続で出張があるからあまり日持ちのしない食材は買えないけれど、そうか、今日くらいは晩にビールをつけてもいいかもしれない。ここのところ、とんと酒を飲まなくなったけれど、飲みたくないわけではなくて、ビールまでたどり着かないというか、寝る前の飯としてもりもり野菜を食っているうちにアルコールへの興味を失ってしまっていた。でも今日はいいだろう。なにせ、祝日なのだから。

いつも閉店間際に駆け込んでいるスーパー、早い時間に行くとなるほど野菜が多い。つまりここは1日の仕入れとか管理がしっかりしていて、その日のうちに売り切りたいものをぴったり売り切っているということなのだろうけれど、私にとってはいつまでもニラとかキャベツが買えないのは少し困りものだった。今日は売っている! 帰る! しかし繰り返しになるが今日と明日に飯を食ったら明後日からはまた旅なのだ、となるとニラを2日で食うことになるが、そこまでニラに鋭く依存した2日間を過ごすつもりはないので結局ニラもキャベツも買わずに今日明日で食い切れそうな下味付きの肉と発泡酒を3本だけ買う。

今日のメールはなんだか全員無礼だったけれど気にならなかった。仕事が終わったから機嫌がいい、というよりも、バイオリズム的に最初から調子のよい日だったのかもしれない。ところで私はバイオリズムという言葉は嫌いではないがバイオリズムという言葉をやたらと使うタイプの人は普通に苦手である。まあ得意な人もいないだろうが。

帰宅してもまだ17時だ。なんとなく風呂にお湯を張ってみる。こうするとあがるなりビールのコースになってしまって、夜に本を読むでもなくすぐに寝てしまう気もするけれど、祝日に祝日らしく、予定とか計画とかにあまり左右されずにだらけて寝てしまうというのも一興だろう。自分でこうと決めた計画が崩れるととたんに機嫌の悪くなるタイプの人間のことをふわふわと思い出す。過去だ。忘れてしまってよいだろう。いろいろな人間がいる。かまわず、目配りせず、気配りだけは軽く、それくらいであまりかかわらずに、自分が機嫌のよくなれるところを目指してふらふらと。妻の顔を思い浮かべ、次の旅行で行きたい場所のことをあまり真剣にならないように気をつけながら雑に考えて検索などをしているうちに風呂が沸いた。風呂、飯作り、ビール、肉、本、旅行。今晩このあと仕事がないことに驚き、不安になり、不安とともに暮らしてきたことを思い、不安がないとそれはそれで不安になる人生ではあるなと笑って風呂に入る。