粘膜には陰窩という試験管のような穴がいっぱい空いており、表面積を増やして水分を効率よく吸収できるようになっている。この穴は勝手に空くのではない。生体がこうあるべきとコントロールしている。粘膜の表面や穴の表面をつくっている細胞(上皮という)が、どこでどう増えてどう移動するかがかなり緻密に定められており、それによって穴がきちんとできていく。まあ人体というのは真皮だな、違った神秘だなと感じ入ることになる。
さて、陰窩、穴。通常の粘膜に空いている穴はまあいいとして(よくはないが)、問題は腫瘍である。腫瘍にも穴が空くのだ。魔貫光殺砲で貫通するような穴ではなくてケンシロウが秘孔を付くように粘膜の表面にたくさんのアナボコが空いている、それは腫瘍であっても一緒なのだ。多くの腫瘍は、対応する正常構造のかたちを模倣しながら悪者になっていくので、粘膜から出るタイプの腫瘍の場合、もとの粘膜と同じような構造を、やや乱れた形態で有している。腫瘍における陰窩は正常の粘膜の陰窩とは形がちょっと違う。細胞の動き方も違う。そしておそらく「生え方」も違うよね、このあたり、どうなっているんだろうね、という話をしたのである。
腫瘍が増えていく過程では、ありとあらゆる腫瘍細胞が好き勝手に細胞分裂をするというわけではない。どうも「細胞が増える場所」と「増えない場所」がきちんと分かれている。いや、きちんと、は語弊がある。きちんとは分かれていないんだけれど、でもなんとなく棲み分けはあるなあということが、顕微鏡をみているとわかる。
キール大学でつくられた67番目の抗体だからキール67。これをKi-67と書いて「キーシックスティセブン」と発音する。ルだけ省略すんのかい。いっそルまで発音すれば七五調なのにもったいない。ともあれこのKi-67を使うと、細胞周期がG0(休止期)以外のすべての細胞、すなわちG1-S-G2-Mいずれかの周期にある、今増殖の最中であるところの細胞がぴかっと染まる。簡単にいうと「細胞分裂する気のある細胞はKi-67で染まる」。これを使えば、正常の粘膜だろうが腫瘍だろうが、細胞がどこで分裂している・しようとしているかが一目瞭然。
さて、正常の粘膜の細胞はどこで増えているのかナーとおじさんは胸の高まりを抑えきれずに絵文字のたくさん入ったメールを送る、すると、増殖帯は穴の底にあるということがわかって、おじさん、ちょっと、びっくりしちゃった☆ 上じゃなくて、底なんだね、カワイイネ\(^o^)/。自身の新たなコミュニケーションの可能性に興奮しつつ、細胞の増殖場所が通常と異なる場合、ではこれらの細胞はどのように産まれて、どのように「歩いてたどりついて」、どのように「配置」しているのかという、発生のメカニズムの奇妙さにさらに興奮する。
ボトム・アップで増生する通常の陰窩と異なり、管状構造をとる腫瘍の一部は増殖帯が粘膜の最表層にあって、トップ・ダウンで上から下に向かって細胞を押し出すように増殖しており、その結果、ロケットが爆炎で推進力を得るように腫瘍部の粘膜が外向性に厚みを増していく。これはわかる。しかし、表層で鋸歯状構造を呈するような腫瘍の場合、増殖帯が粘膜の中層にあって、つまり粘膜のうすかわの少し下あたりにおいて細胞が上と下に供給されるような形態をとっていることもあって、この場合、増殖帯の上下で細胞が増えるのはわりと簡単に了解できるのだけれど、「腫瘍が水平方向に発育・進展する理由」がよくわからない。粘膜の真ん中あたりで増殖する細胞がとなりの陰窩にも飛び移ってまたそこで増えるなんてことは許せない。トップ・ダウンならわかるのだ。表層は隣同士つながっているからだ。しかし中層で増える腫瘍というのはいったいどのように水平方向に発育していくのだろう。増殖に関与する細胞がそれ以外の細胞の間をすりぬけるように「移動して」、次の陰窩に異常を伝えていくというのだろうか? ハァ、ハァ、甘いものでも、食べちゃおうカナ!?!?
ちなみにおじさん構文を使っているのは私の脳内の話でべつに先輩がこういうしゃべりかたをしているわけではないのでファンの方は安心してほしい。