思ったより順調に仕事が片付いた。19時から21時までWebで研究会に出て、それから札幌に車で移動して、明日は出張、というタイムスケジュールを当初は考えていたけれど、いやいや、これはもしや、いろいろポチポチ調整をする。今朝は7:00過ぎには出勤していたから、勤務時間を「通常」(8:30-17:15)から「早出B」(7:30-16:15)に変更すれば、時間休をとらなくても16:30には職場を出られる。そうすれば19時の研究会がはじまる前に札幌に着くことができる。そーかそーか。よーしよーし。そうしよう。助かる。これで週末に体力を残せる。早出の調整はすぐに終わった。あとは仕事をきりのいいところまで終わらせることだ。やっかいな電話がかかってこない限り大丈夫そうだ。切り出しも終わった、生検も片付いた、申請書はまだ書き途中だけれど、これはあと1、2時間で書けるようなものでもないから今日急いでもしょうがない。細胞診……に、ちょっと懸念する所見が出た、ので、臨床医に電話をする。おかしなことになっている。でも、これは今日どうこうできるものではない、じゃあまた相談しましょう、と言って電話を切る。暫定的に解決とする。網走から送ってきた封筒を開いて中の書類に目を通してサインをして返送の準備をする。精密機器を他大学に送る準備は機能終わっているから大丈夫。論文の病理の部分に手を入れてくれと言われて送られてきた原稿をあらかた手入れして送り返す。ああ、うん、大丈夫そうだ。
こんないい日もあるのだな。こんなうまくいく日もあるのだな。
フラグにならないように、ならないように、と思っていたけれど、やっぱりそんなにうまくはいかない。車を出したところまではよかった、しかし、深川を過ぎたあたりで日が落ちて路面が暗くなる、それはまあわかっていたことだけれど、驚いたのは猛烈なみぞれだ。これは聞いてなかった。ヘッドライトがみぞれに乱反射してステージの紙吹雪のように乱舞している、私の体感速度は、1.2倍くらいにぶち上がっている、今、うっかり120キロくらい出ているんじゃないかと思う、しかしスピードメーターを見ても105キロのままだ。そういう錯視がたくさん起こっている。そもそも105キロで走り続けるように設定しているのだから、それより早くなることはない。けれどもちょっと怖いなと思う。ハンドルを握る手にじわりと熱がこもり、腕、胸、肩まわりに数秒ごとにスリップダメージが蓄積していく。粒の大きなみぞれがばしばしフロントガラスを洗う状態で、いつもと同じ速度で走るのは無理だ。設定速度を5キロ落として100キロにする、しかし、そこでさらに予想していなかったことが起きた。車の前面についているセンサーにみぞれが付着し、車間距離とか車線との間隔をはかることができなくなったということで、運転アシストシステムが停止してしまった。まあそういう便利を用いずに、自分できちんとアクセルを踏んで速度を保てばいいだけの話だけれど、これが思った以上にしんどい。冬、猛烈な冬、なるべく高速道路なんて通らないようにしていたから、冬の高速運転は久しぶりだ。路面はとっくに解けているからなんの困難もないだろうと思って軽い気持ちでハンドルを握っていたから余計にだ。急にはこころの準備が伴わない。シューティングゲームのアーケードモード(HARDより上)のようだ。弾幕は絶対に避けられない。こちらのバリアがなくなった時点で残機はすべてなくなる。高速道路が橋のような高いところを走っているとき、私は必ず、車が欄干をぶちやぶって放物線を描いて下の川なり田んぼなりに飛び込んでいくところを想像する。
砂川でいったん停まってサービスエリアの担々麺を食べているうちにみぞれがやまないかな、と思ったが天候はさほど変わらない。担々麺というのはなぜこうも気道の変なところに入ってむせるのかと不思議に思う。年を取るとむせやすくなるというのは、年を取ると気道に変なところが増えるという意味だ。変なところとはどういうところなのだろう。隘路だろうか。袋小路だろうか。手術でも解剖でもそのような構造は出てこないが、人体というものは外から手を入れて見ようと思うととたんにわからなくなってしまうタイプの構造をじつはたくさん有している。担々麺が変なところに入ったまま車に戻る。
こんな日になるのだな。こんな土壇場で生きるか死ぬかの心持ちになる日もあるのだな。
残り1時間半くらいかけて移動すれば研究会には間に合う。ぎりぎり間に合わなかったとしても、Webだし、こっそり部屋の後ろから入るよりよっぽど静かに途中参加できるからあまり問題にはなるまい。イグニッションスイッチを押してからもなんだか走り出すまでの気合いがちょっと足りていない気がして、スマホからブラウザを開いてポッドキャスト熱量と文字数のバックナンバーをたどる。この半年、ちまちま聞き進めてきた過去回の、2014年くらいの新番組全部見てみた件(新全件)を再生してからアクセルを踏み込む。ややアニメ的なBGMに合わせてさっそくみぞれがフロントガラスを洗い始める。運転アシストはやはり稼働しないままだ。さっき車を降りているときにいったんセンサーのところを拭いておけばよかったか、しかし、センサーのところが稼働したりしなかったりを繰り返しているところを見ると、次から次へとびしょびしょの氷が付いたり離れたりしているのだろう、こういうのは拭いたところであまり意味はない。
すっかり夜だがはるか遠くの西の空、雲の切れ間にうっすらと、DFS染色のような色味が覗いていて、ああ、だんだん日の入りが遅くなってきてはいるのだな、春はもうすぐそこなのだな、と少しうれしく思う。猛烈な土砂降りの中、江別を過ぎて野幌のあたりで雨脚が弱まり、ようやく少し走りやすくなってきたけれど代わりに交通量が多くなってきて、それはそれで別のストレスだな、ああ、私はほんとうに、運転自体にはさほど興味がなく愛情もないのだな、ということをしみじみ感じる。運転も車も好きじゃないのに延々と運転をし続けている、そういうタイプの運転者もいる。早く自動運転の世の中になればいい、しかし、みぞれごときでセンサーがつぶれるような土地で、いくらAIががんばったからといってそんなに簡単に自動運転が達成できるものなのだろうか。AIというのはいつもそうだ。年末調整とか、学生実習の準備とか、同じ作業を延々と、少しずつアレンジしながらやっていかなければいけないタスクはちっとも自動化してくれなくて、本の細部をつぶしてあらすじだけ出してきたり、イラストの特徴をつぶして最大公約数的な画像だけ出してくる。
札幌に入り、Webの研究会に参加できる某所に移動する道すがら、ドラッグストアに寄る。明日の朝飯とヨーグルトを買う。要らないのにレモンサワーなども1本買ってしまう。車に戻る。そこでほんとうに驚いた。車がぴかぴかなのだ。そんなことがあるだろうか。みなさんもご存知だと思うが、雨だとか雪だとかは、どれだけどしゃどしゃ降っても車がきれいになることはまずない。いろいろはねたりくっついたりして、シャワーのように降り注ぐ中を突進しても車自体はべつにきれいになっていないことがほとんどだ。でも、今日のみぞれは違ったらしい、粘性のためか? わずかにねっとりと車の表面にくっついて、それが速度によって吹き飛ばされて、を適度に繰り返した結果、春先の汚れのついた車がまるで新品のように輝いている。こんな日があるのかよ。こんな目にあったのに最後はなんだかうまくおさまる日があるのかよ。