学会でたくさんの人に会う予定が経っている。このブログが公開されるころ、たくさんの人と会い終わったあとだろう。どれだけ覚えているだろう。がんばって1日でも長く、ふつうの人くらいには覚えていたいと今から脳をストレッチしている。
申請書のストレッチゴールをだいぶ遠いところに設定したことでまた私は先輩からたしなめられるのだろうか?
キャリアプランがわりとしっかりとしている学生さんにたくさん出会うようになった。どこに行って何になりたい、その後、その間、その前、だんだんと逆算していっての今、の人がどちらの方角をどれくらい眉根をひそめて眺めているか、というのはしみじみと興味深い。
目がごわごわしている。目のまわりがごわごわしている。目そのものが疲れているというよりも、目のまわりにある皮膚とかがつっぱっていて、それで目まで疲れているように感じる。あるいは、逆か。まず目が疲れて、ささくれだって、それにまぶたや、まぶたを陰で支えるまわりの皮膚たちが、こわごわ、おっかなびっくり、目に気を遣っているという状態ではないか。つまりこれは目のハラスメントによって心理的安全性を失って固まってしまった皮膚、という状態なのではないか。
相当に疲れてはいるのだけれど、疲れが計算できるようになっており、その結果、精神状況はわりと明るい。研究の先はまだまだ見えないが、診療についてはだいぶ盤石な体制になりつつある。もちろん世に難しい疾病はやまほどあり、珍しい所見の数々に頭を悩ませることも、見逃しや見過ぎの恐怖におびえることもある。けれども私はなんだか病理診断についてはここから丁寧にやっていけるのではないかという算段がだいぶついてきた。そうか、そうか、一人前になった、ということかもしれない。なるほど。医師免許をとるまでの人生と、医師免許をとってからの人生が、ちょうど半々になった今、ようやく一人前なのか。そうか、そうか。じゃあ研究者として一人前になるにはあと何年かかるんだろうな。