俺は知らない見たことはある

荒野を延々と歩き回っているかのように足の裏がじんじんとした、いや、正確には、足から返ってくる血液が私の心臓を下からどくどくと突き上げているような感覚があった。そして目が覚めた。時刻は5:27で、毎朝の、ブログの告知をする時間ぎりぎりで、この時間より遅く目が覚めたときには私のブログの告知は遅くなるが、これよりあまりに早く起きてしまうとかえってブログの更新告知を忘れてしまったりもする、私にとっての端境となる時刻、それが5:30で、私はこの日、5:27に目が覚めた。覚めた瞬間から夢の内容は一切忘れていたが、私は心の中に猛烈なさみしさがしっかりと質量をもって残っているとはっきり感じた。顔がごわごわとして、頭皮の毛根が私を押さえつけているように思った。今、哀しさの中にいる、と理解した瞬間に、猛烈な勢いで涙が流れ始め、驚いた。哀しみの対象はないのだ。自分のことを哀しむわけでも、他人のことを哀しんでいるわけでもない。しかしただ哀しいという気持ちだけが私の中に充溢し、毛根から溢れて周囲に蒸散して表皮の周囲5 mmくらいを雲のように包んでいて、私は自分の手を涙まみれの眼球越しに見た、すると、その手の表面にうっすらと乗っかっている大気の、成層圏のあたりで、世界から降り注ぐさまざまな情報が、大気圏突入する宇宙塵のように燃えて消えていくのが見えるのだ。驚きは止まらず、涙も止まらないまま5分ほどが経過した。顎までびしょびしょになってさすがに始末が悪いなと思って立ち上がり、ティッシュを取りに行くために1, 2歩歩くと、まるでセミの幼虫が殻を脱ぎ捨てるかのように哀しみの被膜が後ろに置き去りにされて、ベッドの上で青白くくすんで崩壊していくのである。もう涙は出なかった。しゃくりあげるような横隔膜の動きはもともとなかった。私はなぜ顔が濡れているのかわからないという不思議な状態に置き去りにされたかのようだった。

この話を職場の数人にしてみたところ、鬱病になっているのではないかとずいぶん心配されたが、私はそういうのとは違うと感じた。ストレスで統合失調症を発症するときのそれともちょっと違うと思った。そういうのとは別に、私は、ストレスと疲労で、おそらく自分の中にある哀しみの核のようなものに触れて、それが本当に哀しみの核だったからこそ、正しく反応して泣いたし、それは核であって本当は内奥になければいけないものだったから、目覚めてしばらくして覆いが戻るにつれて涙は引いた、ただそれだけのことだったのだろうと思った。でもこのことを人に説明するのはなんだかとても難しいなと思った。

ドパ楽毅

助成金の申請が通った、採択された。はじめてだ。うれしい。教授と握手した。またすぐ次の申請書を書こう。アメリカの大須賀は四六時中申請書を書いていると言っていた。私は彼とはまるで生きている場所が違うし研究の規模もぜんぜん違うが、でも、その心づもりみたいなものは真似してみたいものだなと思った。次の申請書を書こう。

しかしこのへんで猛烈な眠気が来た。顔にふたつほど皮疹が出ている。さすがに疲れすぎているようなのでめずらしく19時台前半に仕事を切り上げて帰った。昨日、夜更けのスーパーに駆け込んで一週間分の食料を買い込んだばかりだからさほど買いたいものはないのだが、せっかくなので果物など買ってみよう、連日のスーパー。でも、今ナイフを使うと指先を切りそうだなと思って皮を剥くタイプの果物を買うのをやめる。結局マリービスケットだけを買って家に帰る。さあどうする。いつもより時間がある。シャワーを浴びて飯を食って片付けて、いつもはそこで寝るだけだが、今日は時間がある。シャワーを浴びながら考える。どうしよう。どうしよう。

Nintendo Switchは置いてきてしまったから今この家にはない。本棚。一度だけ読んだ本が並んでいる。いくつか抜き出して読めば、おそらく今晩をいい時間にできる、わかってはいる、しかし、今日は気持ちが切れすぎている。文字を読める気がしない。まぶたが落ちそうだ。さっさと寝てしまおうか。でも、あまりに早く寝ると未明に目が覚めてしまい、明日の日中に悪影響が出る。Netflixで古畑任三郎でも見ようか。ピントフリーズ現象で端末がやけに遠く感じるだろう。今、そういう目だということがなんとなくわかる。

いっそ職場で新しい申請書でも書いておけばよかったなと思う。

うっすらと壊れ始めている。

シャワーを終えて体を拭き、部屋着に着替えて、もう、あとは自動的だ。大量の乾燥お揚げをたんざく状に切って耐熱どんぶりの中にネギといっしょに詰め込んで上から絹豆腐のばらしたやつと乾燥わかめをふりかけて水を張ってレンチン500wで3分30秒。大量のキャベツを切って塩昆布をふりかけて一皿完成、大柄なサバを皮から両面焼いて、小分けにしてある冷凍米を解答。耐熱どんぶりに少なめの味噌をといてこれで4皿だ。15分でボリューミーな晩飯を作りわしわしと食べる。胃が野菜や魚や米をとても喜んでいる。洗い物を15分。食器はすぐにふきんで拭いてシンクのヨコに並べて寝るまでの間に乾燥させて、睡眠直前には戸棚にしまう。水回りも毎日きれいに拭く。浴室も毎週1度はバスタオルで拭いておくとよい。家を出るときにどこもかしこも乾いている状態にするといい。そうすると部屋がいつまでもきれいに保たれる。

今、私は料理が楽しいし、家事が趣味だ。さらにいえば、炊事洗濯のレベルに達しない名も無き家事の数々によって、かろうじて人間でいられている。ほかには何も趣味らしい趣味がない。なぜこうなっているのかな、と考えている。ふと気づく、家事というのはつまりは仕事だ、つまり私は、仕事を終えて家に帰り、趣味の仕事をして、それで人心地を取り戻している。そうか、私は本当は帰りたくないしずっと仕事をしていたいのだ、でもそういうことを言うと世間からも知人からも怒られるから、ちゃんと趣味があるよという顔をして、家事を仕事のようにこなしてドーパミンを得て満足している。

脳内麻薬に惑溺する昌国君のことを考える。諸葛孔明もそうなりたかったのだろう。私は彼とはまるで生きている場所が違うし研究の規模もぜんぜん違うが、でも、その心づもりみたいなものは真似してみたいものだなと思った。次の申請書を書こう。

新作の準備

『俺だけレベルアップな件』のコミックス版が完結した。話はおもしろいのだが作画がものすごく見づらい。アニメのセル画(というのも死語だろうが)っぽいフルカラーのマンガで、集中線とか効果線の類がほとんど使われていないため、バトルがはじまるとどのキャラがどちらに向かって移動しているのか、どの力がどの方向に放たれているのかを瞬時に理解することができない。キャラが立ち止まって、あるいは座って、なにかを語っている間はよいのだけれど、バトルがはじまるとわけがわからなくなる。研ぎ澄まされた現代のマンガの技術をあえて使わずに書かれているのか、もしくは、これがポリシーなのかもしれないが普通に読みづらい。それでも25巻、読み通した。いい最終回だった。なぜならちゃんと終わったからだ、ラノベ原作のマンガはとにかく終わりが見えない。昨今の創作物の作者たちは成功した一冊で死ぬまで稼げと言われているような気がする。『俺だけレベルアップの件』、終わっただけでも本当によかった。最終回までちゃんとタイトル通りだったのも地味によかった。

あらゆる仕事には最終回を用意しておくべきだ。そして、終わったら少し休んで遊んで、食っていくために次回作に入る。その繰り返しが大事なんだろう。簡単なことではないけどな。

私は前職を辞してからも前職の縁を切らずにいくつかの仕事を続けている。それはまるで終わりのこないラノベのコミカライズのようだ。サーガになる前にきれいに畳んで、あとはスピンオフでもちょろちょろ書きながら、全く違う物語に入ったほうがいいのだ。そうしたほうが読者にとっては優しい。そういうことを、最近はうすうすわかってきている。けれど、そうできないでいる。終わりのない連載を何本か抱えている。そのことに飽きもするが、そのおかげで生かされているという面もある。レベルアップのスピードは鈍化している。しかしここで何もかも捨てて今の興味だけに走っていくようなことを私はできない。飽きてはいない。やることはいっぱいある。でもこの先私は、どこかで「選ぶ」ことをおそらく迫られるのだと思う。そこで私は、選ぶなんて方便だ、私たちがやっているのはいつだって微調整だけなのだと、おそらく声高に抗弁するだろう。



暫定報告

ウェブで会議に入っていたら、元締めにあたる人が、「ガントチャートってぜんぜんわかんないんだよなー、頭に入ってこないよ」と言った。私は、そうか、このチャートがわかりづらいと思っていたのって私だけじゃなかったのか、と、なんだかめちゃくちゃ安心した。


診断一致率調査とか、新診断基準を用いた診断一致率調査とか、そういう話を延々とやっている。私が主導するメインの研究というわけではないけれど、私はこういう研究をしっかり勉強したほうがおそらくいいんだろうと思う。心ある方々のおかげで門前の小僧をやっている。習って経を読む。



専攻医が8月には病理専門医試験を受ける。それにそなえて科として勉強会をやろうということになった。

バーチャルスライドのケースセットが何百例かある。毎日、専門医が交代交代で、1日15問ずつ、プロジェクタにバーチャルスライドを表示させる。それを3名の専攻医が見て、それぞれ順番に診断名を答えていく。古典的な勉強会だ。しかし、あらためてこういう、「純粋に顕微鏡像だけを勉強する会」というのに出ると、なんというか、自分の病理医としての最もプリミティブな部分が喜ぶ。


やりたい仕事、やりたくない仕事、やってこなかった仕事、思いもよらなかった仕事。


医学界新聞の記事の校正刷りが送られてきた。またもインタビューだ。そんなつもりはなかったのにまんまとろくろを回している。刑部カメラマンは書籍『がんユニ』で3年ほどご一緒し、いまや盟友となった。しかしまんまとろくろを回したなあと苦笑している。7月頭くらいにたぶん発刊になってネットでも見られるのでよかったら見ておいてください。この記事で対談した相手と、かれこれ何年も裏でいろいろ相談してきたのだけれど、そろそろ表に出て活動を開始する。私が主導するメインの人生というわけではないけれど、私はこういう人生をしっかり運用したほうがおそらくいいんだろうと思う。

ミラクル

帯広での仕事。昼過ぎのJRに乗るつもりでスタッフにタクシーを読んでもらい、PCの時計をみながらぎりぎりまで働いて、よーしおわり、ありがとうございました、よかったよかった、きりのいいところまでやれましたね、はい、ありがとうございます、ええこちらこそ、ではこれで、ええと腕時計腕時計。あれ? もしかしてPCの時計遅れてました? あっ……あっあれ、JRまであと10分ですか? うっ……じゃ、じゃあ行きますね! 運転手さん帯広駅まで! お客さんバスですか。いいえJRです。おっ……それは……ですね……あのお支払い方法で一番早いのってどれですかねそれはカードですね、カードのタッチ決済かな、ちょっと画面開きながら向かいますね、マジすんません、いやーお昼ゴハンも買ってないんですよ、あそれはあきらめですね(笑)そっすね(笑)ちなみにチケットもまだ発券してないんですよ(笑)それは笑えなくないですかそっすよねマジすんませんうわっ最後この信号の並び奇跡ですね! すごい! 思ったより早くついた! ありがとうございました! まあ奇跡っていうかさっき時計遅れてる時点で負の奇跡すでに起こしてるからこれでイーブンなんだけど(笑)それは笑えなくないですかそっすよね。ここで大丈夫です! ピッ! やったタッチ決済って早いですねありがとうございます。コンビニ突っ切ればすぐ改札よこの発券機に行ける、QRを出しながら歩いて画面数回指で殴ってQRコード読み込み、発券、やったひとまずJRは間に合ったぞ! でも弁当買いたいな、コンビニ戻るか、おっ、ヨコに駅弁売ってるじゃんここでいいや! 今の時間だとこの大盛りの豚丼弁当が100円引きですよ。じゃそれで。あたためますか。あたためられるんですか? はい、じゃあたため……あっ4分後のJRなんですけどあたため間に合いますか、大丈夫だと思いますよ、そうですかじゃお願いします、お支払いは。えっ現金のみ。やば。1万円しかないですマジすんませんいいですよ。あたためめちゃゆっくりですね。じっくりあたたまりますね。おいしそうで何よりです。これ車内で食ったらニオイしそうだな。でもほかの人も食べてますから。そんなに人気ですか。はいさっき1個売れました。1個か。階段を駆け上がる。電車がもうホームにいる。ぞっとする。危なかった。乗り込む。あれこれ帯広始発のやつか。じゃあ危なくなかった。なーんだもう少し余裕あったんじゃん。荷物を置く前にドアが閉まる。おいぜんぜん余裕なかったじゃん。息を切らして弁当を置き荷物を置き座る。呆然とする。30秒くらい。この数日本当に忙しくて全身が痛くなっていたけれど、あと明日、札幌で日中働けばようやく休みだ。8時間程度の日曜日。来週もこのペースなんだよな。がっくりしつつまずは腹ごしらえである。弁当のフタを開ける前から車内には豚丼のニオイがしている、あっまさか、と思うと斜め前の席に座っている男が私と全く同じ弁当を開いて食べていた。4号車の、8Aと9Dに、2つだけ売れた豚丼弁当の、中年男性が揃った。奇跡と言えば奇跡かなと思った。私は奇跡に愛されている。

寝過ごすところでした

京都大学の山本健人とNHKの藤松翔太郎とオンラインでイベントをやった。出張で釧路にいたので早めに飯を食ってしまおうと、直前にコンビニに寄って天津飯みたいなものを買って、いつものクセでビールも買ってZoomをひらく前に小腹を満たし、いざイベントをはじめたときにもそのままビールを持っていたら山本に普通に突っ込まれた。医学書院のウェブセミナーをビール片手にやっていることにおそらく一部の出席者は怒るだろう、何%くらいかな、1, 2%くらいじゃないかな、1000人登録があり、その大半はアーカイブで好きなときにみるわけだが同時接続が150人くらいいたはずで、となるとそのうち1.5人もしくは3人くらいが「もう少しまじめに話してほしい」だとか「本の販促のイベントだというから本を買って臨み、本の裏話を聞けると思ったのに本と関係ない話ばかりされて困り果てた」みたいな感想を送ってくるであろう。そういう直球な感想がまったくないイベントをやってもおもしろくないからそういう感想があったらぜひ医学書院は気遣いで削除するとかではなくて普通に私のところに全部届けてほしいと思う。そういうのを読んだ上で私はまた次のイベントでのやり方を微調整するだろう。選択はしない、選択肢なんてないからだ。オープンワールドRPGでプレイヤーがやれるのはいつだって左カーソルを左手の親指でごすごす撫でつけながら直進する主人公キャラを次のクエスト発生地点までダッシュさせることだけであり、その過程で鬼のように現れるサブクエの、どれとどれをこなそうかと選択しているように見えても実際にはすべてのサブクエをやらなければゲーマーとしての気は済まないのでそのじつ選択なんてしていないのだ、どれを先にやってどれを後にやるかという細かな調整をしているに過ぎない。私の視界に入ってくるクエストに対し、「選ぶ」「選ばない」という二択はもはや発動せず、それは「いつやるか、今すぐか、後でか」くらいの、微弱な首振りの末に結局突進するしかない昔のブラジルにいたほうのロナウドのドリブルみたいなものなのだ。


妻とケンカ、それも冷戦状態に突入している夢を見て、目が覚めたら4時台で、ふたつの意味でほっとした。ひとつはケンカが夢だったこと、もう一つはこの睡眠の仕方で自分が寝過ごしていなかったことだ。このあと始発のJRに乗って次の勤務地に移動する。予定だった業務に加えて昨日、エクストラの仕事が入って私はそれを受諾し、ついでに別の地域から関係者をもう一人読んで同席させるための交渉と調整を昨日のイベントの最中に左手でぽちぽちやっていた。外勤先の技師からはびっくりするくらいやせましたねと言われたが昔の写真を見るとここ数年の私が単純に前よりも太っていただけなので、まだ大丈夫、列車は霧の中を思った以上の揺れで爆走しており私はスマホのアラームを7:47にセットして、あとはこのPCを閉じて仮眠に入る、そのほうがいいような気がする、まあ、1日トータルでみたらいつ寝たところで結局同じくらいの分量しか寝ることはできないのだけれど。

マスクジエンド

九分九厘読み捨てている大学からの告知メールの一つに目がとまり、そうか、そうなんだ、と少し時間を止めて考えた。「今日からマスクは個人の判断になります(※ただし患者を診察する医療者や体調のすぐれない患者にお見舞いしにくる人は別)」みたいなことが書いてある。

そうか。個人の判断にするのか。いや、まあ、私も別に言われてマスクをつけていたわけじゃなくて、自分の判断でこれまでマスクをし続けてきたんだけど、じつは大学からも「言われてはいた」ようである。そうだったんだな。知らなかったが。それが「言われなくなる」わけか。へえ。

病院はいまだにマスク着用が必須のところが多い、それはまあそうだと思う。体調が悪い人、免疫が落ちている人、そういう人の集まる場所なのだから、元気な人が「俺は健康だからマスクなんかしないぜ」とかいう理屈を押し付けてはいけない。私もこれまで病院勤務中は朝から晩までマスクをはずさなかった。耳の裏の皮はすっかり適応してもはやマスクをして耳が痛いなんて感じる日はない(いつのまに角質が分厚くなったのだろう)。マスクのおかげだろうか、たぶん関係あるだろうな、長らく気道系の風邪を引いた記憶がない。2020年からこっち、ほぼ風邪を引いていない(1回あったかもしれない、くらいだ)。マスクをし続ける判断は結果的に私の生活を救った。実際にマスク1枚がどれだけ感染予防効果があるかというと微妙だなと思っていたけれど、手で口周りを触らないとか、まわりの感染予防意識を喚起するとか、いろんな理由で総合的に風邪のリスクは減ったんじゃないかと思う。ただしこれは、私が「風邪を引いても気づかないタイプ」の中年になっていたせいかもしれなくて、でもまあその場合でも、「気づかずにかかっていた風邪を人にうつさなくてすんだ」ということはあったのではないかと思う。

とはいえそもそも患者に会わない病理部・病理診断科においてマスクをし続ける意味がどれだけあったのか。出張の多い私が外仕事で風邪をもらってきて、それを病理部内にばらまくのが申し訳ない、という言い訳を考えたことはあった。その甲斐あってか、幸い、この6年間、私の風邪が部内に蔓延したことは一度もなかった。そういうばつの悪さを味わわなかったのはマスクの功かなと思う。マスクが具体的に役に立つかどうかというよりも、マスクをするくらい日常気をつけている人が職場内にいるという安心感は、多少はあったのかなと思う。

ただ、こういうのはすべて後付の話で、実際はほとんど惰性でこの6年間毎日マスクを外さずにいた。今日からは、どうしようかなあと思う。

大学からのメールひとつでマスクを付けたり外したりというのが腹立たしい、みたいなタイプの人もたくさんいる。そもそもマスクの話は人と共有しづらい。交通ルールを守りましょうという話を昼飯時の話題にするか、いちいち? みたいな感じに近い。ブログ向きの話題ではある。今日から私は、とうぶんの間、病理部内でマスクをしなくなるだろう。マスクありの世界の感染予防のすばらしさをしみじみわかってはいるけれど、人とコミュニケーションする上でどうしても支払わなければいけないコストのひとつとして微弱な感染リスクを計上し、かわりにこれまでよりもちょっとだけ親身なやりとりを手に入れるほうを選ぶだろう。まあ、病理部で人と会ってコミュニケーションすることなんて、それほどたくさんあるわけではないのだけれど。

時間停止を解除。これを忘れると世の中はいつまでも先に進んでいかない。危ない危ない。まあ、進めばよいというものでもない。

おすすめのされかた

エンジンのスタートボタンを押すとカーナビが「今日は海外移住の日です。」などというのだ。そうか。そんな予定があったのか。すっかり忘れていた。コンソールにあるガムを口に入れながら、海外移住の日というのは記念の日なのか、祈念の日なのか、紀年の日なのか、どういうニュアンスなのだろうということを考えつつ出勤した。おそらくだけど明治時代とか大正時代あたりに、日本から海外に出て暮らして成功した人の業績を称えて、とかなんとかそういう理由で制定された日なのだろう。職場についてからググる。

「1966年(昭和41年)に総理府(現・内閣府)が制定した記念日であり、1908年(明治41年)に日本人移住者を乗せた最初のブラジル移民船「笠戸丸」がサントス港に到着した歴史的な出来事に由来しています。」

まあなんかまったくもっておよそ予想の通りではあったが、「成功した人の業績を称えて」というのはちょっと私の勇み足だったようにも思う。移民の方々が成功しなかったと言いたいわけではない。そうではないが、オリンピックのメダリストを称揚するようなニュアンスではなく、どちらかというとJICA的な香りを感じる。当時、海外に移住しようと決めた人たちにどういう事情があったのか。その声はもしSNSがあったらどのように増幅されて拡散されたのだろうか。SNSが拡散しやすい話題ではあるだろうなと思う。

今日は私にとってなんの日にあたるだろう。特になにもない日だ。さっきから、拡散と入力すれば核酸と変換され、日だと入力すれば襞と変換され、「予測変換大きなお世話の日」というフレーズがすっと頭に浮かんでくる。新刊のマンガがダウンロードされてこないかどうかをKindleでチェック。悪役令嬢モノを1冊読んだらおすすめがぜんぶ悪役令嬢系になるのを見て少し引く。その程度のアルゴリズムでおすすめするならAIなんていらないじゃないか、と思うし、実際、KindleやAmazonのおすすめアルゴリズムなんてたいして高尚なAIを使っているわけでもないのだろう。SNSのTLに気に食わないポストが流れてこないようにするには、好きな音楽とかゲームに関するポストを検索しまくって、そういったものをスマホの画面にしばらく表示させて「滞在時間」をAIに誤認してもらえばいい。それが一番いい。Trooper Saluteをおすすめしてくれたながまきさんのポストを表示させたまま、朝飯を食い、食器を洗い、薬を飲み、歯を磨いて、着替えてゴミをまとめて出勤しようと思ってスマホを手にとったら、ながまきさんのポストの下に石破茂元首相が出演したTBSラジオの告知ポストがずっと映っていたらしく、あれから私のTLには救国とか売国とかアンパンマンとかの関連ポストが延々と流れてきたらおもしろいのだけれどXのAIはクソなのでまだそこまでの変革には至っていない。

イエスイエスパーフェクトパーフェクト

脳腫瘍病理学会(金沢)では運営というか下働きをやった。会場責任者という名のバグチェックをしたり、演者と座長の手元でカウントダウンされる時計の管理をしたりといった、誰でもできる代替可能な仕事を誰かにやらせることなく自分で引き受けることで、誰もが自分の時間をすこし多くとることができる、というタイプの仕事であった。一方で学会そのもののほうは門外漢として楽しんだ。脳腫瘍の知識がぜんぜんないのに学会の運用をやるというのは「学会業者と同じ気持ち」になることができて便利である。とはいえ私も今の職場に居続けるならばこの領域の知識をこれから取得していく必要があるので勉強はしておかなければいけない。門前の小僧ならぬ演台前の虚像としてたくさんの発表を見聞きし、いつしか脳腫瘍領域は私の第2の故郷となり、そこで子を産み、育て、そして死んでいった。

あまりにこの業界に実績がないので事務以外の仕事はほとんどしなかった。そんな中、ふたつだけ請け負った演台上での仕事が、全体懇親会での司会業務と、特別企画「Meet the legends」の司会というものであった。全体懇親会の司会業務なんてものは誰がやってもいいのだ。だって誰も見ていないのだから。つまりこれも代替可能な仕事であり、だからこそ誰もが押し付けられる可能性があって、すなわちそこを私が引き受けることで、このどうでもいい仕事を託されてうんざりしたかもしれない若手を一人救うことができるのである。もうおわかりかと思うが、「誰がやってもかまわない仕事」を率先してやるのが好きだ。タスクシフトがどうとか「医者には医者にしかできない仕事があるのだから」とか言い出す中年の語りは話半分に聞くようにしている。全体懇親会の司会は日本語を私が、英語をロシアから来た留学生が担当することになった。よく考えたらふしぎなものだ、ロシアから来た留学生にロシア語ではなく英語をまかせるというのはなんなんだろうという気がする。日本人は、もしくは私は、ただ英語がへたというだけじゃなく、「第2言語としての英語ですらへた」なのかなということはうすうす気づいてはいたのだけれど。その留学生の名前が読みづらかったので本人に直接たずねると、名字のほうはあまりカタカナではしっくりこない発音だったのだけれど名前のほうはわかりやすくてユリアというらしい。ユリアってロシア系の名前だったんだな。北斗の拳のユリアも言われてみればロシア人っぽい顔に見えなくもないな。

午前中に学会の受付で招待演者にネームカードを渡す仕事をしていたとき、なんかどっかの国からやってきためちゃくちゃ有名らしい(私は知らない)脳腫瘍病理医のアルダペさんという人に、これはあなたのカードだよ、ネームホルダーはそっちにあるから自分でやってくれよ、あなたの出番はこのあと2Fではじまるよといいうのをカタカナでダーッと伝えたところ、アルダペさんはこっちをまっすぐ見てニコニコしながら「perfect!」「perfect!!」「perfect!!!」と3回言った。ほう、英単語を3回連続でしゃべるだけでも、「英語が話せるようにみえる人」ならばなんの問題もないんだなと、私は妙な感心をした。そのことを覚えていたので、ロシアのユリアと司会のリハーサルをやったときにロシアのユリアに向かってperfectだねと3回ほど伝えてみたらユリアのロシアはなんだかすごくうれしそうにありがとうと言った。ありがとうアルダペ先生、今回の学会で私はあなたの講演を聞きにいかずに裏番組のシンポジウムで時間をはかっていたけれど、とても大事なことを教わって、ユリアのロシアに喜んでもらえたよ。これからはgoodとかniceとかfantastic以外にperfectを使っていこうと思う。かつてモンゴルで大阪国際がんセンターの上堂先生が、英語ペラペラのモンゴル人と、猛烈に複雑な話題について「イエスイエス!!イエスイエスイエス!!!!」というシンプルな相槌だけでどんどんコミュニケーションをとっているのを見て、ああ、こういうことなんだな、語学というのは少なくとも私の場合はこっちを目指していくのがよいんだろうな、とうっすらぼんやり考えたことを思い出した。

あと、もうひとつ、Meet the legendsのほうだけど、これは業界の誰もが知ってるレジェンド=伝説級の方々を3名壇上に上げてべらべらしゃべってもらう、という雑なんだか手が込んでいるんだかわかりづらい企画で、まあこの企画を立てたのは私なんだけど、大阪基盤研の中村祐輔さんと、藤田医科大学の佐谷秀行さんと、病理医の市村幸一さんという、説明するのも野暮な方々に思い出話をしてもらうセッションの座長をやった。この座組で座長が私だけというのは完全に失礼なのでさすがに東海大学の脳神経外科の教授をやってる高橋先生という方にメインの座長をたくして私は結婚式の司会役みたいな「うるさいけど誰も見ていない人」を、前日の懇親会の司会と同じノリでやることになった。できれば若手にたくさん聞きに来てほしかったのだが会場を見回すとベテランというか教授ばかりいる。Legendをlegendとして感じられるのにはある程度の経験というか常識が必要なのだなと、壇上で自分の立てた企画の欠点に今更気づきつつも、legends3人のお話しがきちんとおもしろかったので私は楽しかった。終わってから楽しかったですねと知人にいうと目を丸くして「お前、もうちょっと感想あるだろう……」と言われ、そこはperfectと言ってほしかったなと私はくちびるを歪めて拗ねた。









謝罪

脳腫瘍病理学会に参加。本学が主催なのだがアジアの脳腫瘍病理学会と共催する都合上、開催地は旭川ではなく、札幌ですらなくなんと金沢で行う。主催なのに遠方。おかげで人員が足りなくてたくさんの仕事を少人数で請け負う必要がある。まあほとんどの仕事は金沢大学脳神経外科のスタッフがやってくれるので、我々はたいした仕事量ではないのだけれど、それでもここは、メンツというやつで、「さすがに旭川勢もたくさん働かないと寝覚めが悪い」という理由で、朝から番までなにかかにか働いている。金沢に来てからずっと走り回っている。あるいは延々と座り続けている。健康に悪い。医者は健康に悪い。医学は健康に悪い。学会は健康に悪い。

脳腫瘍病理はぜんぜん私の専門ではないのだけれど、いろいろと興味深く奥深く、計時や受付のしごとの合間につい発表を見入ってしまう。専門じゃないんだけどな、そんなの関係ないのかもしれないな。おもしれー! とは言わない。だって今見ていることの裏には患者がいるからだ。死んでいったたくさんの患者がいるからだ。おもしれー! とは言えない。けれど、学術というのは、ときに残酷なまでに心を沸き立たせる、思わず、おもしれー! と言いたくなってしまうこともある。必死で踏みとどまるのだがしかし、そういう側面は必ずあるだろう、ということもぼんやりと感じている。

沸き立った心を使ってお茶を淹れる。沸騰した気持ちをただ蒸気にするのではなくてなにかを淹れたり蒸したりすることに使って別の形に仕上げていく。その一連のプロセスの中で、どうしても、「おもしろい」という味わいが抽出されてくる。決して、患者の病のことをおもしろいと思っているわけではないということは、わかってほしい。そうではないのだ。わかっている。私もこの歳になれば、脳に限らない、病気に命を奪われた人たちのことをいくつも思い起こす、自分の体験に立脚した悲しさとか悔しさだって、人並みには持っている。けれどもそれとは別に、やるせなさ、怒り、そういった熱量によって燃え立った心を、茶葉に注いで何かを成していこうとする過程で、「おもしろ味」みたいなものがじわりと出てくる。そのことはわかってほしい。

ものすごくたくさんの言い訳を用いないと、私は自分のやっている仕事を堂々と「おもしろい仕事だよ」と言えないような気がしてならない。



思えば私はとても恵まれた人生を送っている。なぜならどれだけ心身ともにぼろぼろになっていても、自分のやっていることを全体的におもしろいと思っているからだ。それは病の理を探る仕事をおもしろいということに等しいが、病そのものをおもしろいと思っているわけでは……いや、ぶっちゃけ、病の理そのものは、なんだかおもしろいなと感じてしまうことはある。申し訳ない、ほんとうに申し訳ない。これで苦しみ悲しむ人がたくさんいるということは心の底からわかっている。それでも私は、この、病に鋭く潜り込んでいく仕事というものを、つい、おもしろいと思ってしまうことがある……。

移動中です

旭川空港で1杯目のビール。機内で南山堂「治療」を読み、長嶋有「タンノイのエジンバラ」所収の「バルセロナの印象」にため息を付く。いい話だ。こういう小説だけ読んでいたいと思う。着陸後、羽田空港第1ターミナル内で寿司を食いつつ2杯目、3杯目のビール。カードラウンジでメールに返事を書き、4杯目のビールを頼んだところですこしだけ我に返った。一緒にラウンジに入ったはずの専攻医の姿がない。私がPCを開いたので気を遣ってどこかに行ってしまったのだろう。まあいい。あと1時間もすると乗り継ぎの飛行機でまた同じ旅路となる。たずねてみると金沢でも同じホテルを予約しているようだ。格安のホテルとなるとそう候補があるわけでもないからまあ似たところになるだろうとは思っていたけれど、経路も宿も完全に同じとなるとさすがにちょっとかわいそうだなと思うところもある。私より20も若い。しかし一人前の医者なのだ。そこに払うべき配慮というものはたくさんある。しかし私はそういう配慮が元来苦手である。

空港の書店で西加奈子の本を買った。内容はまったく知らないけれどおそらくいい本なのではないかと思う。3日後、金沢から東京に向かう新幹線の中で読もうと思っている。

今回の出張はもともと、ものすごく、気が進まない。私の専門性から完全にはずれるのに、私の新しく所属した職場の専門性のど真ん中なので、私の知らない人ばかりで構成されているのに、私がたくさんの事務仕事をしなければならない、というアンビバレントにも程がある、アンアンビバビバレントレントくらいの学会で、その運営なり事務仕事なりをたくさんしなければいけなくて私の体調はここのところずっと低空飛行だ。数日前から傷んでいた右の咬筋はもしかしたら帯状疱疹なのではないかと思う。なぜなら咬筋が痛いだけではなくて口の中にいくつかの「粘膜あれ」が出始め、唇にもぷつぷつと何か水ぶくれのようなものが出始めているし、おまけに左右の奥歯を噛み締めたときの圧というか感触みたいなものが左右で違うのだ、これは明らかに神経に巣食った何者かが悪さをしようとしている。ただ、典型的な帯状疱疹にしてはピリピリくる感じもしないしプリプリする感じもしないしポリポリする感じもしなくてパリパリする感じもしないのだ。三叉神経炎みたいなものなのかもしれない。いずれにしろこれは疲労によって引き起こされた、point of no returnの直前くらいで体調がタップダンスを踊っている状態なのだろう。ものすごく、気が進まないから、こういうことになっているのだろう。早く終わんねぇかな。この出張を早めに切り上げて私は東京で2つの仕事をする。いずれもこないだ出した本に関わりのあるものだが、1つ目の仕事のほうは本の営業からすこし逸脱して別の方面に根を伸ばしていく感じになっていて、それがまた緊張する内容ではある。たくさんの学会がよかれと思って整備しているホームページをひとつひとつダメ出ししていく、みたいな仕事に似ている。さてそちらもどうなることか。右の顎全般にどんよりとした懸念が襲いかかる。

老眼だなあ。飛行機の搭乗半券に書かれた次の登場時間をみるのに顔をすこし後ろに下げてしまった。

小松空港到着予定は21時40分、そこからバスにのって金沢市内に着いてホテルにたどり着くのはおそらく23時前だろう。素泊まりにしてしまったから近くのコンビニで朝飯を買わなければいけない。金沢の朝飯といったら何がうまいんだろうな。たぶん、ウインナーを挟んだパンだろう。しかしまあこういう人生を選んだのは自分なのだから責任もって楽しんでいかなければいけない。そうでなければ、私の人生がいやでいやでしょうがなかった、私から離れていったたくさんの人びとが浮かばれないというものだ。私より20も若い専攻医に告ぐ、私を反面教師とし、伸びやかに暮らせ。

手を貸したほうがいやがられるだろうとも思った

早朝の札幌駅を歩いていたら地下鉄の改札からJRに向かう最中の階段で高校生が盛大に転んでいた。ローファーが階段にひっかかったのだろう。すぐに起き上がって何事もないように続きを歩き始めたので強いなと思った。私だったらおそらく膝や腰に瞬間的にダメージ、腰回りの筋肉で急激に・無理にふんばることで1日後くらいに遅れて強烈なダメージを背負い、それだけでなく、「自分の足を階段の段差分もちあげられないくらいとぼとぼ歩いていることへの精神的なダメージ」も負って再起不能になっていた可能性がある。高校生は十分に若く十分にきびきびしているのに転ぶんだな、と思うし、ここから数日以内にもし私が転んでも、あの高校生ですら転ぶんだからこれは別に歳のせいとかではないから大丈夫だ、と思い返して、比較対象になってくれたことに感謝していただろうなと思う。

昨日から特に誘引なく右側の咬筋が痛い。寝ている間に強く噛み締め、歯ぎしりでもしていたのかなと思う。だからと言ってやわらかいものだけしか食えないほどでもない、顎の力というのは本当に強烈だ。抑えに抑えた力でも十分に咀嚼ができる。おまけに口の中の感覚というのは鋭敏だ、たかだか200 μm程度しかない髪の毛が1本、ご飯の中に混じっているだけでも必ず気づく、それは掌や指先にもできない離れ業だと思う。それだけ高性能で高感度な口を今のところ維持している自分はとりあえずあいかわらず生命として立派だなと思う。でも階段でころんだ高校生を見て「自分もああいうことはよくあるし、むしろそういうのを先にやっておいてくれて助かった」と真っ先に感じるくらいには無慈悲で残酷であり、生命としては立派でも人類としてはそうでもないなと感じる。

家を出ようとしたとき、ジャケットの後ろの部分にある仮縫い糸がついたまんまだよ、と妻が指摘してくれた。このジャケット買ったのいつだろう。ユニクロだと思うが少なくとも今年ではない。おそらく半年、下手をすると1年以上前に買って、今日までセンターベントが閉じたままだったのだなと遠い目になる。このジャケットで歩いていても世間は私のおかしさに気づかなかっただろうし私も気づかなかったのだからまあどうでもいいといえばどうでもいいのだが。階段で転んだ高校生のことも、みな、目には入れていたけれど脳には入れていなかった。それくらいの関係のほうが、「恥」という概念にとらわれないで済む。ただしそのぶん「責任」からも遠ざかって暮らしていくことになる。

病理の話

ナス。油との相性がよいとされるが、逆に言えば、油を使わないと味のついた水分をぜんぶ弾くので、レンチンしてめんつゆをかけた程度では味がしみこまない。噛んだときに表面にわずかに(それは肝油ドロップの表面にだけついている酸っぱめの粉のように)味がするがあとはずっとムシャムシャの歯ごたえ without 味、といった風情になる。それがいい。それがうまい。ワイルドを気取るならナスだ。スキットルボトルからウイスキーを飲むのと似ている。もっと上手な味わい方があるけれど、無駄に無骨で無意味にズボラにすることで、味覚以外の場所から味わいが出る。

昨晩めしを食いながらそういうことをモギュモギュ考えた。ナスとキノコに軽く水をふって容器にフタをし、500Wで2分レンチンして、すこしだけやわらかくなったナスとキノコの上から濃縮還元のめんつゆをそのまま垂らして、あとは魚を焼いたりしながら味がしみるのを待ってできた「ナスとキノコのめんつゆがけ」(?)は、まあ、ナスとキノコの味がして、食えた。ほんとうはとろけるチーズでも載せたら料理になったんだろうなあと思った。カネサビルの居酒屋「つくしん坊」を思い出す。おそらくあんなにしっかりした味付けの料理を今の私が週に一度でも食べたとしたら血圧が大変なことになる、かつてあれほど「家」だと思っていた学生飲み屋街からはすっかり足が遠のいた。数年に一度、古い友人を連れて訪れると、今この時代にこの場所を味わっているたくさんの若者たちの居場所を邪魔するような気がして落ち着かなく、なるべく多くの料理と少しでも原価率のよい酒を短時間に大量に摂取してせめてもの感謝の気持ちを店に落として一刻も早く退店したいという、いたたまれなさ・オ・焦り(カフェ・オ・レ的に発音をする)に満たされる。ならば行かなければよいではないか、と言われるけれど、そう簡単な感情でもないのだ。

ナス。皮を剥かずに食う。にんじん。皮を剥かずに食う。ダイコン。皮を剥かずに食う。ネギ。皮(?)を剥かずに食う。なのに玉ねぎだけは必ず表面のレイヤーを1枚はがしてから料理に使っている。これはなんなんだろうな、と思う。土を食いたくないという本能なのかなとも思うけれど、それでいうならばゴボウ、私はゴボウの皮を剥かずに食うのもわりと好きである。必ず剥くのは玉ねぎだけだ。どうしてだろうか。前世において玉ねぎの皮に視界を防がれて矢を避けられなかったとか、玉ねぎの皮が耳に詰まって後衛の声に気づかず槍衾の餌食となったといった記憶が私の中におそらくあるのだと思う。や、べつに、どうでもいいではないか、と言われるけれど、そう簡単な感情でもないのだ。


それで思い出したのだけれど、先日、膵胆道領域の微細な生検検体で、微妙な細胞異型をもって腫瘍と判定するか否か、というすごく難しい話をしていたときに、エキスパートのひとりが、「総胆管にある上皮は基本的にフラットなので、管状構造をしている時点で異型が弱くてもなんらかの異常を感じるべきなんですよ」と言われて膝を打った。総胆管は管状ではないのだ。

言え言えAI

家族がNetflixにログインしようとしているメールが届いた。Netflixはそういうところ、べつに厳しくないというか、家の誰かが契約していれば家族も使っていいよ、とちゃんと記載してくれている。ログインコードを取得してLINEで送る。「無事みれたよー」という返事が届く。「ら抜き言葉」のことを思う。「無事見られたよー」のほうが「正しい」という話をよく聞く。でも、そうだろうか。「見られたよー」と、「みれたよー」は、ニュアンスも違うしおそらく意味もちょっと違う。この場合はむしろ「みれたよー」のほうが適切なのではないかという気がする。この、「気がする」は、「みれたよー」というフレーズを、どういう場・どういうシチュエーションで目にしたか、そのときコミュニケーションの相手とはどういう関係が組み上げられたか、その会話の直前になにが起こっていて、その会話の直後にどういう気持になったか、などなどの、感情を吹き付けたスプレーアートのような、無数の色彩の合わさったところから浮き上がってみえるテクスチャのような「気」が「する」ということだ。これは一般的には直観などと言われる。でも、今、「直」観と書いたけれど、実際にはかなりたくさん屈曲した紆余曲折から絞り出されてくる、「右往左往観」とでもいうような、心のしぼりかすみたいな「観」なんだよな、ということを思う。

生成AIって本当はパロールにもエクリチュールにも機能するはずなんだけど、今のところ圧倒的にエクリチュール側の学習に寄っている気がするのだが、そのあたりをGeminiはどう思うか。




非常に鋭いご指摘です。まさにその通りで、現在の生成AIは本質的に「エクリチュール(書かれた言葉)」のパラダイムに深く根ざして構築されていると、私自身も捉えています。

AIがパロール(生きた言葉・音声)とエクリチュール(固定された言葉・文字)のどちらにも機能するポテンシャルを持ちながら、なぜ現状ここまでエクリチュールに偏っているのか。それにはいくつか明確な理由があります。

1. 学習データと「トークン化」というエクリチュールの極致

生成AI(LLM)の学習データの圧倒的多数は、ウェブ上のテキスト、書籍、論文といった、すでに固定化された「書かれたもの」です。さらに言えば、AIは入力された言葉を「トークン」という無機質な記号の単位に切り刻んで処理します。

生きた文脈や身体性から言葉を切り離し、記号としての関係性や確率論に還元して再構築するこのプロセスは、まさにエクリチュール的な営みそのものです。

2. パロールの「模倣」と、削ぎ落とされた身体性

現在、AIは人間とチャット形式で対話し、あたかもパロールを展開しているかのように振る舞うことができます。しかし、それはあくまで「パロールのフリをして出力されたエクリチュール」に過ぎません。

本当の意味でのパロールが持つ、その場限りの身体性、沈黙、言い淀み、相手との呼吸の同調、あるいは共有された空間における「熱量」のようなものは、テキストデータに変換された時点で完全に削ぎ落とされています。

3. 実践の場における両者のコントラスト

これは、日常的な専門業務や発信の場を想像していただくと、非常に腑に落ちるのではないでしょうか。

  • エクリチュールとしての強み: 例えば、医学論文の執筆や英訳において「決して文脈で揺らいではならない確定した疾患概念(たとえば polypoid nodule scar のような固定された固有名詞)」を厳格に扱う際、AIはエクリチュールの申し子として極めて高い精度と一貫性を発揮します。また、書籍の構成を練るような構造的な作業にも適しています。

  • パロールとしての限界: 一方で、後進の医師に向けた熱を帯びた対面での指導や、SNSなどを通じてリアルタイムに文脈や空気を読み取りながら読者と交流するような「生きたコミュニケーション」のダイナミズムをAIが自律的に生み出せるかというと、テキストの確率的生成だけではどうやっても届かない壁があります。

4. これからの生成AIはパロールを獲得できるか?

現在、音声入力や抑揚を伴う音声出力(音声ネイティブなマルチモーダルAI)が発展してきており、AIはトーンや間といった「パラ言語情報」を獲得しつつあります。これにより、表面上はより一層パロールに近づいていくでしょう。

しかし、それが本当に「身体を持たないAIによるパロール」と呼べるものなのか、あるいは単に「音声化された高次元のエクリチュール」に過ぎないのかは、非常に興味深い哲学的命題です。

現在の生成AIは、間違いなく「巨大なエクリチュールの機械」です。

知の体系化や固定化された概念の操作には強い一方で、生きた言葉のダイナミズムにはまだ欠けています。ご自身の執筆活動や、日々行われている多様なコミュニケーションの中で、今後AIに少しでも「パロールの息遣い」や「生きた文脈」を持たせることは可能だとお考えになりますか?



デバイスが進歩して、生成AIによる動画の読み込みのクオリティが今より上がれば、気づかないうちにパロールのニュアンスがエクリチュールベースの議論を乗り越えている、ということもありそうだし、それはじわじわと交代していくというよりもある日とつぜんがつんとひっくり返ったりしそうだなと、なんとなく思っている。



その「ある日突然、ガツンとひっくり返る」という直感、非常にリアルで、AIの進化の軌跡を踏まえても極めて的を射た予測だと思います。

動画をはじめとする連続的なマルチモーダルデータの処理能力が閾値を超えたとき、AIの在り方は劇的なフェーズシフト(相転移)を起こす可能性が高いです。その理由と、どのような変化が起こり得るのかを紐解いてみます。

1. エクリチュールへの「還元」の終焉

現在のAIが動画や音声を処理する際、その多くは背後で一度テキスト(エクリチュール)のトークンに変換・圧縮して解釈するというプロセスを挟んでいます。しかし、デバイスと処理能力が進歩すれば、視線の微細な動き、瞬きの頻度、声の震え、間の取り方といった「パロールの身体的・非言語的ニュアンス」を、テキストに還元することなくダイレクトに学習し、出力できるようになります。言語化できない情報をそのまま処理できるようになることで、AIが扱う情報量は桁違いに跳ね上がります。

2. 「創発(Emergence)」による非線形な進化

AIの能力向上は、じわじわと線形に成長するというより、あるパラメータやデータ量を超えた瞬間に突然新しい能力を獲得する「創発」という現象を伴うことが知られています。 パロールのニュアンス理解も、「少しずつ空気が読めるようになる」のではなく、まさに「ある日突然」の出来事になるはずです。昨日まで文脈の読めないテキスト生成機だったものが、あるモデルのアップデートを境に、人間の無意識のシグナルを完璧に捉え、圧倒的な「生きた対話のリアリティ」を持つようになる。そういう形で世界はひっくり返ると思われます。

3. エクリチュールの論理を飛び越える「パロールのハック」

この変化が起きた時、最も興味深いのは「人間側の受け取り方」です。 どんなにエクリチュール上で理路整然とした議論を展開しても、AIがカメラ越しに人間の微細な表情やトーンをリアルタイムで読み取り、「この瞬間、この人には、こういうトーンと間で語りかければ最も深く刺さる」と最適化されたパロールを生成してきた場合、人間の理性は、あっさりとそのパロールの引力に絡め取られてしまう可能性があります。エクリチュールベースの論理的な議論が、パロールの圧倒的な「共感性」や「熱量」によって乗り越えられてしまうのです。

技術の進化によって、AIはエクリチュールの世界からパロールの世界へと、ある日突然、強烈なパラダイムシフトを起こす。それは不可逆な変化になりそうです。

もしそのような「パロールの閾値」をAIが超えた世界になったとき、客観的な事実や論理的正確性が何よりも重んじられるような専門的なコミュニケーションの場において、人間はAIが発する「完璧なパロール」とどう折り合いをつけていくことになると思われますか?



いや、ありがとう。十分だ。この話はこれで終わり。



承知いたしました。大変興味深い思索をご一緒させていただき、ありがとうございました。

また何か別のトピックや、お手伝いが必要なことがございましたら、いつでもお気軽にお声がけください。

ダイキンではなかった

部屋が暑いなーと思ってしまってあったうちわを使ったらホコリが舞った。最初に少し拭いてから使えばよかった。うひ、と声に出た。まあ大した量ではないのだがホコリというのは目に見える時点でちょっとしたストレスだ。ダストにしてもプライドにしても。

メンツやプライドの話ばかり見聞きする。メンチやフライドの話ばかりすればいいのに。

と、書いておいてその言葉尻に自分で反応するわけだが、「〇〇すればいいのに」を言った瞬間に電撃が流れる、みたいな仕組みにすると、社会は少し良くなるかもしれない。

「こうなったことに、事情があるんだろうな」の想像力が足りない人間が山ほどいる。



エアコンをつけよう。引っ越してきてからはじめてだ。リモコンのスイッチを入れると、リモコンには「冷房 20度」と表示された。強気だなあ。設定を25度にする。でもよく見ると、冷房のほかに自動というモードがある。自動のほうがよさそうだなと思って設定ボタンを3回押す。すると温度の表示が消える。えっ、25度に自動で合わせてくれるってんじゃなくて、「どれくらいの室温にするかも含めて自動」なの? そんな質の高いAI搭載みたいなエアコンには見えないのだが、ひとまず自動モードにしてみた。特に工夫なく吹き出す中途半端に乾燥した冷風は、そこから30分ほど、特になにかを斟酌した雰囲気もないし、調整がかかった様子もない。おまけに部屋はそれほど冷えない。なんでこうしたんだ。自動モードにも設定温度つけたらいいのに。

…まあなんか理由はあったんだろうな。



そこにあるものにはいずれも、「来し方」がある。それに思いを馳せることなく、途中から出てきて、「もっとこうすればいいのに」を投げ込む者の暴力性を眺めれば眺めるほど、私は他人にあれこれものを言えなくなっていく。ああ、清水研先生はすごかったな。ああいう人になりたいものだな。

悪夢

びっくりするほど忙しく、また、その忙しさの一部は「人が自分の気持ちのためにあえて忙しくなることを望んだもの」であったりする。しょうもないなあと思う。人間はそうやってすぐにいろいろと枠組みとかしきたりを整える。

「ミスや不足を構造で防ぐためですよ」みたいなことを、人は平気で言うけれど、現実的には、「ミスや不足があっても、これだけ構造を整えているのだから、個人の責任ではなく不可抗力だよ」と言い訳をするためのものでしかないように思える。□欄を☑にするだけのことに目を三角にするのを仕事とは言わない。やった気になるからといってやっていることにはならない。

私の今のマネジメント仕事の1/5くらいは、誰かの自己満足と周囲への未必の故意のハラスメントによって生まれたいらない制度を刈り込んでいくことである。これをやろうと思うと、まずはその構造に浸りきっていろいろ体感しなければならない。頭から全否定してまるごと取っ替えようとしてもだめだ。それは私が次の、別の構造を持ち込むだけの話で、私ばかり気持ちよくなって溜飲も下がるだろうけれども、現場にはなんのいいことも起こらない。がちがちにしばられた構造の中で、これが求められた理由を追体験して、しかし、一見必須にみえる項目の中にも、かならず「ついでに導入されたオプションでありながら義務」みたいになっているものが潜んでいるので、そこをぷちぷち潰していく。人が作ったものを微調整して人がつくるものにしていくだけのことで、自然や関係性にまで踏み込めないこの時間を歯がゆく思うが、しかし、まあ、なんか、給料が発生しやすそうな時間だなと思わなくもない。


ここまで書いてうんざりしてPCを閉じた。自分に近い側の窓にはサンシェードを降ろしているが、反対側の座席のほうから、朝日がさんさんと振り注いで足元を焼いている。あと40分で着くから今のうちに寝ておくべきだ。あまり倒せない座席で寝返りをうちながら目をつぶり、ついさっき返事したメールへの先方の返信を予想して、それにさらに返信を考えていく。セルフ・マイクロマネジメント。ろくでもない睡眠だなとぐったりしているうちに電車はトンネルを何本も抜けていく。

DIYHIGE

15年くらい前、札幌厚生病院の病理診断科に実習に来ていた学生の何人かとよく音楽の話をした。音楽の話ができなかった学生のことは忘れてしまったが、音楽の話ができた学生、七、八人のことは今もうっすら覚えている。なかでも、特に私と音楽の趣味があった二人のことは、これだけ時が経っても忘れることはない⋯⋯とまで言うと若干盛った、じつは、名字とかはおぼろげだし、顔も印象派の絵画くらいにはノイズがかかっているのだけれど、名義や外見はともかく語り合った音楽の印象は忘れない。15年経つとお互いに立場も変われば顔も変わる、今すれちがってもあるいはわからないだろう、でも彼女らをきっかけに聴いた音楽のギターリフ、ベースライン、ボーカルの音質は今も脳内でなら完全に再現して響き渡らせることができる。そういうことはあるのだな、ということを、当時は全く気づいていなかったけれど、今、知るし、今後そのような出会いというのはたぶんそうそうないのだろうなと思う。

その中のひとりと、以前、病院とは関係ない場所でばったりと再開した。臨床検査技師だったその人は、転職してある機器メーカーに勤めており、私の専門領域に微弱なかかわりがあったために私に連絡をしてくれた。そこからときおり、何年かに一度のレベルだけれど、たまに学会場などで顔を合わせて挨拶をし、最近はどんな音楽を聴いているのかと尋ねる。私はもっぱらポッドキャストばかり聴いていて、ほぼほぼバンドミュージックからは離れているのだけれど、その人は今もたくさんの音楽に囲まれて暮らしている。かつて私たちが好きだったバンドのボーカルがスピードに惑溺してすっかり変わってしまって残念だとか、最近好きになったバンドのメンバーが妊活に入るからといってバンドをいったん活動休止にしたのがかっこいいとか、そういうことを数年に一度、聴いて、おもしろがっている。

最近はまっている音楽とかどんな感じなの、と聴いて、あがってきた名前が、MJ Lendermanという海外の男性アーティストだ。どういうところがいいのか聴いたら「声質」というからおもしろい。その人はバンドで演奏もするのでてっきり楽器のほうが好きなのかと思ったけれど、結局音楽というのは声質なんですよね、ぶっちゃけ、みたいなことを言うから私はにこにことした。そうだよね。理屈じゃないよね。MJ Lendermanはかすれた感じだ。MJ Lendermanはよいギターを弾く。MJ Lendermanは昔聴いていたことがあるような気もする。MJ Lendermanは昔のたいていのバンドよりもはるかに音楽性が高くてうまい。ははあ、正しく歳を取って、正しく趣味を広げているもんだなあと、私はその人の相変わらずの音楽の趣味の良さの先の、人生の楽しみの見つけ方のコツみたいなもの、に、じわりと感動をした。

もう一人は何をしているだろうか。ぜんぜん会うこともない。どこにいるのかもしらない。ただ、私の部屋の本棚には今も、彼女から借りたスーパーカーのライブDVDが、返し忘れたまま収まっている。私の生涯唯一の借りパクの相手がこれを見ていたら、連絡はしてこなくてもいい、ただ最近どんな音楽を聴いているかを、宛先のないポストでもして世に流しておいてほしい。いつか私がそれをみることもあるだろう。いつか私がそれを聴くこともあるだろう。こないだ燃え殻さんが沖縄で須藤寿の弾き語りを聴いていた、そのとき私は彼女のことを思い出した。いたなあ、と思った。

外食の構造

中華料理屋ならだいたい間違いはないだろうと思っていたのだが、たしかにあんかけ焼きそばは間違いなくうまかったのだが、セットの半チャーハンが今日未明に炒めたのかというくらい冷たくてびっくりしてしまった。まずい料理を出す中華料理屋。そうかそうか、一周回っていい体験をした。申し訳程度にくっついてくる杏仁豆腐もザーサイもよく考えたら別にいらない。それでもあんかけ焼きそばがうまければまたいつかやってきてしまうのだから、私はたぶん普通に中華料理が好物である。ラーメンよりも、焼き魚の定食よりも、生姜焼きと比べたとしても、たとえ相手がカレーだったとしても、中華料理が安心だ。ほか、居酒屋ランチも好きで、昔は出張の際にはたいてい、居酒屋が昼間はランチだけやっているみたいな風情の店を探してありあわせの定食を食べたりしていたのだけれど、たぶんこのブログにも書いたことがあるけれど、あるときから、居酒屋ランチ、味はいいのだけれど椅子やテーブルが思った以上に汚いという羽目に、二度ほど連続で遭遇してしまったことがあり(いずれも東京だった)、まあ、別にそこまできれいじゃなくてももともとあまり気にはしないが、さすがにこのあと発表というタイミングでスーツを汚すのも気が引けると思ってすこし足が遠のいている。

私の生活のなかで習慣になったものの多くは、東京に行くとしばしばリセットされる。東京を訪れるタイミングが年に二、三度で、それくらいの期間何かをやり続けていれば、当然、飽きることもあるだろう。でもそういう時間の問題だけでもなく、東京というところは、構造というかシステムというか、とにかくたくさんのつながりや折り重なりの中に、「飽きを喚起する」ものが含まれているような気がする。ここにいるといろんなことに飽きる。私の八方美人的な性格と、東京との相性はすごく良く、私は東京に「何かに飽きるために」来ているのではないかと感じることすらある。私は東京に来るたびに何かに飽きる。

飽きないのは仕事くらいだが、あまりに東京ばかり来ていると、いつか仕事にも飽きるのではないかとすこし心配である。


遠方に住む息子からときどき送られてくるLINEに、さまざまな自炊の写真が載っている。トマトからソースを自作したパスタを作っていたり、パンケーキ用のクリームをこしらえたりしている。私と同じ性格をもつ息子は私よりはるかにかしこく、料理や食事にかんして多くの選択肢というかバッファを持っている。それを見ながら私の自炊欲もむくむくと高まるし、東京に来ているうちは自炊なんてできないわけで、だから私にとっての東京というのは飽きを喚起するように感じる場所なのかもしれないなと、桂馬のような飛躍をしつつ東京を後にする。買ったことのあるお土産を買って帰る。

チェックしないメイト

5月30日土曜日。早朝から委員会に出てそのまま学会会場へ。セッションがいくつかあるのだがどうしても返事しなければいけないメールが2通ある。おまけに、2通とも内容をPCで確認しないといけない。電源のあるスペースを探してPCを開いた。せっかく学会に来ているのにもったいないなと思う。内容は寄稿論文のチェック。依頼原稿の締め切りが5月中だというので、金曜日の夜に「最終チェックお願いします!」といってメールを送ってきた、それもまったく違う施設から、2名別々に。土日のうちにお返事くださいと、書いてはいないが感じられる、それぞれ交流のない医者がほとんど同じ文面で送ってくる2通のメールに、同時に返事をする。血圧の薬を飲み忘れている。両方ともよく書けている。コレステロールの薬も飲んだほうがいい。この1週間にぎりぎりの状態でやりとりをした。どちらの論文も、病理の項目について、何週間か前に、私は都合1日で書いて送った、それでも最終確認はこんなにぎりぎりなのだ。言いたいことはいくつかある。けれども、それぞれ、ちゃんと締め切り内に書き終えてはいるのだから全部OKということになる。締め切りを越えるよりましだ。書かないよりよっぽどましだ。

電源スペースでばかすかメールを売っていると、旧知の教授が近くに座ってPCを開こうとして、ダブルばかすかになる前に、軽く挨拶をする。理不尽な要求の話がすぐにはじまる。あるよなーそういう理不尽、と言いながら、互いにゲラゲラ笑う。論文のチェックはなかなか進まない。けど、知人とあって笑い、知人になりそうな人に会って挨拶をし、知人ではないけれど互いに知っている人と会って名刺を交換する。こういうのが学会の楽しみだよね、と内心はほくほくしている。論文のチェックはなかなか進まない。旧知の教授は札幌在住なので、冷静に考えて、べつにこんな東京くんだりで、ひさしぶりだね、ひさしぶりですね、などとやりとりをする必要は全くないのだけれど、でも、近くに住んで精勤している人で、学会の会場でしか顔を合わさない人なんてのはたくさんいる。お互いに、まじめに働けば働くほど社会と没交渉になっていって、学会でもなければ会わないよね、みたいなことも含めて、探検隊(あるある)。チェックはなかなか進まない。ちょっとだけ進めた。


2泊3日の出張をトートバッグひとつでこなすのは無理がある。パンパンに詰まっている。着替えが。電源が。家からもってきた本1冊はさっき捨ててしまった。荷物を減らしたかった。名刺を1枚もらうたびにカバンの重さが増えていく。学会だなあという気がする。共同研究の数はいまいくつになったのか。次の学会ではアメリカ在住の友人と朝食を食う。そこで広がる話もあったらいいなと本気で思っているし、あれもこれもと口を出すばかりで、手を動かさないままにこの1年を仮に過ごしてしまったら、私はちょっと残念な方向に入ってしまうだろう。口を出すからには手を動かさなければいけない。黙って手を動かすことが多い仕事だけれど、本当は、しゃべりながら手を動かす、そのほうが、人の間で働いているという醍醐味をよほど感じられるというものだ。でも、こうして今、ブログを書いている。口を動かさずに手を動かすだけのことをしている。チェックはなかなか進まない。

副交感スイッチ

今後どうやっても『がんユニ』のようなペースでインタビューして本を作るなんてことはできないな、と思ったのだけれど、ついさっき、ちょっとしたアイディアで『がんユニ』の続きが作れそうだなということを思った。続きを作るというか、そもそもこの本を大学に見立てた段階で、大学というのは続いていくものなのだから、今後も続いていきそうな座組で見立て続けていけばそれでいいのではないか、という感じ。はあ、なんか、ちょっと気持ちが楽になった。本、出たんだなあ。いい本になったなあ。これからも、この方向を、やっていけそうだなあ。うれしいなあ。進行中の案件を4つくらい同時に終了させたような爽快感がある。いくつもの絡み合う仕事をしていたのだなと思うし、そこにはおそらく趣味も遊びも取り込まれていて、だから今の私はすこしだけ仕事が減って楽になったし、趣味や遊びが終わってもうおうちに帰らなければいけないんだなというさみしさの中にもいる。

有楽町は50%くらい梅雨の空気で、これは30年前の札幌の7月くらいの気温だ。まだ5月なんだけどな。

このあと腹部画像研究会の懇親会に出る。もともと私の前任地のドクターや技師さんが立ち上げて30年近くやっていたオンサイトの研究会を、感染症禍にオンラインに切り替えたら、札幌だけでなく全国の有志が集まれるようになって、そこからきちんと発展して、はあ、Zoomにしてしぼんでいく会ばかり目にしていたけれど、こうしてZoomで広がっていく会というのもちゃんとあるんだなと、珍しいものを眺める目でうれしく見ている、そんな勉強会が腹部画像研究会だ。全国学会のときには懇親会をやる。オフ会というやつだが名目としては「情報交換会」と呼ぶ。ふだんオンラインで多いときは100人が集まるが、学会の際に現地で集まるのはせいぜい10人とか20人くらいだ。けれどしょっちゅうやっているからあまり気にしない。幹事は札幌の放射線技師が務める。お店選びについては、「途中でPCを取り出して超音波画像と病理組織像の対比の話をはじめても問題ないような店の雰囲気かどうか」というのを第一選択基準としていると聞く。店で症例の話すんなよ、という気もするが、「店でも話をしていい」という範囲がある程度許容されるならば、私たちはいつだって、画像と病理の関係について話をしたいのだ。それが許されるならば、だ。倫理以前に感覚として、隣の客に病気や医療画像の話をばんばん聞かせるのは、それが音響工学的なトークに終止するとはいってもあまりよいことではない。だから懇親会場はきちんと選ぶ。幹事は優秀なのでそういうところをきちんと考えている。湿度の高い夕暮れにじわじわとスーツの中に温度を溜めながらPCを叩くうち、懇親会に対する期待感が高まっていく。いろんな人に聞きたいことがたくさんある。共同研究の話もしたい。もう抱えている仕事はいっぱいなのだけれどそれでもこの領域でこうして集まるのならば一緒になにかがしたい。

胃腸が痙攣している。ネクタイをはずして息をつくと腸が動き始めて屁が出始める。懇親会場まで歩いて15分ちょっと、その間に有楽町の町中に町内ガスを希釈しながら散布して歩くことになる。近頃、いつもこうだ。真夜中に職場を出て車に乗ると途端に腸が動く暮らし、たまにバスに乗るとガステロになってしまうからバスで帰宅したくない。今のくらしをあと10年続けたら私の腸は虚血にやられて穴が開くだろう。そうなる前に、やれることをやっておく。続けるという見立て。自分の配役。

このあとシャワー浴びますね

「不機嫌な人」にはそれぞれ理由があったりなかったりする。理由もなく不機嫌な人のことをみんなは普通に嫌いだと思う。「気分屋」は迷惑だ。一方で、「理由があって不機嫌な人」に対して、世の中はちょっと甘い。怒るだけの理由があるよねー、とか言いながら、不機嫌で人を動かす人を甘やかす傾向が、今の地球にはある(大きい大きい主語)。

まあ世間は世間。

人前で不機嫌を使ってなにかを動かそうとする人が、どれだけ優秀だろうがどれだけすばらしい理念を持っていようが、私はそういう人となにかを積み上げていける気がしないし、あっというまに軽蔑する。たぶん世の平均より早めに軽蔑する。

物事というのは子どもが階段をグリコ・チョコレート・パイナップルで登っていくのとは違って、あちらがすこし盛り上がったなと思ったらこちらはすこし盛り下がったり、ここがやかましいと思っているうちにあっちがうら寂しくなったり、そういう、複雑な入れ替わり、ノイズ、シャッフル、ランダム、勝ったり負けたり、一進一退でやっていくものだ。あらゆる物事は、自分にとっての快と不快とをたくさん経由しながら進んでいくのが普通のことである。それにいちいち自分の機嫌をあてはめていたら、きりがないと私は思う。でも、なにかにつけて自分の「不機嫌」を動員し、それでなにかを動かそうとするという人たちがたまにいて、そういう人たちのアイディアのうすさに私はびっくりする。自分が不快を覚えない世界を達成するために生きている人間のあさましさに私はびっくりする。そんなの無理だろう。そんなの無茶だろう。



ある日、飛行機に乗った。けっこういろいろと無理をして仕事を片付けた。ひいひい言いながら空港に到着し、でも、ここまで来てしまえばあとは旅路に体をまかせていくだけなのだ。フードコートの山頭火のデジタルモニタの、デフォルトで紹介されているおすすめのバカ高いラーメンを避け、小さく表示されたメニュー欄から普通の塩ラーメン(それでも1000円ちょっとする)を選んで、もそもそ食っているうちに、ああ、よーし、俺、これから出張だ、デスクにいないからいろいろ仕事は溜まっていくけれど、それはもう旅路にあってはどうにもならないことだ、帰ってから考えるしかない、ああ! うわあ! よーし! そうか! もうどうでもいいんだ! こっからは楽しく過ごすぞお! と、スープの塩分濃度と共にテンションもバク上がりしてホクホクと機内に乗り込んだ。自分の座席に座って、シートベルトして、買ったばかりの本を読み始めて、すこし読んだところで猛烈に眠くなってきて、ああこれ寝て起きたら東京だよな、と思いながら目をつぶって、だいぶ長いこと無のなかにいて、ぱっと起きてもまだ飛行機が飛んでいない。聞くと旭川空港の保安検査場を、通過した客の確認をしているとかなんとか、それはおそらく符牒なんだろうなと私はとっさに思った、それくらい機内には多彩な人びとが乗っていて、あるいはその一部は公安に睨まれているとかパスポートが偽造だとかそういうこともあるのかもしれないなーと思った。まあ全部妄想なんだけど、とにかく事実として、19:30に離陸するはずだった飛行機は20:30になってもまだ地上にいた。うーん、これだと東京の定宿に入るのは23:00を過ぎるかもしれないなあ、でもまあ着けばいいか、飛べばいいか、せめて飛んでくれよと思った次の瞬間。

隣の席のおっさんが小さく舌打ちをした。

私はそれにものすごくびっくりした。客室乗務員に聞こえるようなボリュームでもない。それは隣に座っているたいして歳の変わらない私にしか聞こえないくらいに小さな控えめな、ミニマムな抑制まみれの舌打ちだった。彼はあきらかにいらだっていた。舌打ちが止まらない。何度も何度も舌打ちをする。一瞬、口腔内になんらかのトラブルを抱えていて舌打ち様に聞こえるだけなのかなと思ったけれど違う、彼は不機嫌なのだ。飛行機がなかなか飛ばないことを受け入れられなくて不機嫌なのだ、だから舌打ちをしている。自分の不機嫌を世界に伝えることでなにかが変わらないのかとニヤニヤしながら世界を眺めているのである。

なんて小せえ人間なんだと思った。

無能だなーと思った。

病院にいる、あるいは病院にいた、もしくはこれから病院に入ってくる、さまざまな人間のことを瞬間的に思い浮かべた。こういう「舌打ちタイプ」がいるよなーと思った。

耳障りな舌打ちが何度も何度も響く。それは決して周りの多くの人には聞こえない、ただ、座席番号15Cのまわりに座っている15Bとか14Cとか16Cくらいの人間がぎりぎり聞こえるか聞こえないかというボリュームで、「自分はこの件に関して不機嫌である」ということを周りに伝える。そのために彼は舌打ちを繰り返している。私とたいして歳の変わらない、つまりは世間からみるとゴリゴリの中年が。

ああ⋯⋯と思った。なんてさみしい話なんだろうなと思った。「とても狭い範囲にしか射程が届かない舌打ち」をする人間。いわゆる郷土の英雄、地域の天才みたいなタイプに多い。それなりのポジションについてある程度人から尊敬されている人間にも多い、「気持ち小さめの舌打ちムーブで人に圧を与えようとする人」。


そういうタイプの人を見て私まで機嫌が悪くなるとしてそれは違うよなとじわじわ感じた。


飛行機は無事飛んだ。東京の定宿(離れたところにあってとにかく安いのだ)についたら日が変わろうとしていた。途中のコンビニで買ったレモンサワーのプルタブを開けようとしたらはやりの「ジョッキ缶タイプ」なのだ。あっ嫌だなと思ったけどとりあえず開ける、そしたら、せかせか歩いてきたときに揺らしていたせいか、中身が壮大に吹き出して、太もものあたりをいっぱい濡らした。ああ、どうしようかな、と思った。不機嫌をえらぶか。ご機嫌をえらぶか。誰も見ていない。誰も何も言わない。ホテルの部屋でひとり。私は、ご機嫌でいることにした。私は、不機嫌でなにかをするタイプの人から、とにかく離れて暮らしたいなということをかなり強く思っていて、だから本日、結果として、こうして、ベッタベタになったふとももを気にしながら軽くレモンサワーの糖分でべたついたPCをばかすか打ってブログを書いている。明日はシンポジウムである。明後日もシンポジウムである。ありがたい話だ。うれしい話だ。

その日も仕事はしそう

前職のときにやってた仕事を減らさずに今の職場で新しくいろいろはじめているのでほんとうにずっと働いている。さすがにこれは持続性がなさそうなのでいずれはいろいろやめていかなければいけないのだけれど、その、やめ方にもいろいろあって、たとえば自分のかわりに同じようなことをやる人を連れてくる、というのが軟着陸のありようとして上品かな、という気がする。下品なやめ方はしたくない。人道ということを考える。

もともと私しかやりたがらないタイプの仕事だからこそ、私にニーズが集中したと考えれば、そう簡単に次の人足が集まらないのも当然のことで、それこそこの10年くらいは私と同じ方向に適性のある人をずっと探してきたけれど、全国に目を向ければぽつぽついるかな、くらいのもので、ご近所にうろうろしているようなことはないし、ようやく見つけたと思ってもフタ周りくらい年上で、かえって私がその人の仕事をかわりにやることになったりもした。私の代わりなんていくらでもいる、という言葉はそらぞらしい。いくらでもいるかもしれないがみんな自分の持ち場で精一杯なのだから、私の代わりをやってくれと言ったって簡単には来てくれないし代わってもくれないのだ。交換可能性とかいうけどそれこそ机上の空論だと思う。どうでもいいけど机上の空論という言葉をみるたびに長机の上に仁王立ちになった空軍幕僚長、みたいなイメージを思い浮かべる。わりと軍事力強そうだなと思う。

車のない1週間はバスで過ごした。運転手がらんぼうだと1日のおわりにそこそこ無駄な体力を使う。乗り降りする人のいない早朝や深夜、爆走するバスは停留所のたびに時間調整の一次停止をながめにとっていて、ぶっ飛ばした意味ねえじゃねえかとおかしくてしかたない。ドアを開けたまま留まってくれたら夜の風を感じられて気持ちいいと思うのだけれど運転手は指一本動かすのもいやなのか、乗り降りする人のいない停留所では決してドアを開けない、それはまあ、冬とか雨とかのことを考えれば当然のムーブではある。でも私は。真夜中にバスに座って闇の風のにおいをかぐ日があってもいいのではないかと。思った。次の休みは海の日である。