今後どうやっても『がんユニ』のようなペースでインタビューして本を作るなんてことはできないな、と思ったのだけれど、ついさっき、ちょっとしたアイディアで『がんユニ』の続きが作れそうだなということを思った。続きを作るというか、そもそもこの本を大学に見立てた段階で、大学というのは続いていくものなのだから、今後も続いていきそうな座組で見立て続けていけばそれでいいのではないか、という感じ。はあ、なんか、ちょっと気持ちが楽になった。本、出たんだなあ。いい本になったなあ。これからも、この方向を、やっていけそうだなあ。うれしいなあ。進行中の案件を4つくらい同時に終了させたような爽快感がある。いくつもの絡み合う仕事をしていたのだなと思うし、そこにはおそらく趣味も遊びも取り込まれていて、だから今の私はすこしだけ仕事が減って楽になったし、趣味や遊びが終わってもうおうちに帰らなければいけないんだなというさみしさの中にもいる。
有楽町は50%くらい梅雨の空気で、これは30年前の札幌の7月くらいの気温だ。まだ5月なんだけどな。
このあと腹部画像研究会の懇親会に出る。もともと私の前任地のドクターや技師さんが立ち上げて30年近くやっていたオンサイトの研究会を、感染症禍にオンラインに切り替えたら、札幌だけでなく全国の有志が集まれるようになって、そこからきちんと発展して、はあ、Zoomにしてしぼんでいく会ばかり目にしていたけれど、こうしてZoomで広がっていく会というのもちゃんとあるんだなと、珍しいものを眺める目でうれしく見ている、そんな勉強会が腹部画像研究会だ。全国学会のときには懇親会をやる。オフ会というやつだが名目としては「情報交換会」と呼ぶ。ふだんオンラインで多いときは100人が集まるが、学会の際に現地で集まるのはせいぜい10人とか20人くらいだ。けれどしょっちゅうやっているからあまり気にしない。幹事は札幌の放射線技師が務める。お店選びについては、「途中でPCを取り出して超音波画像と病理組織像の対比の話をはじめても問題ないような店の雰囲気かどうか」というのを第一選択基準としていると聞く。店で症例の話すんなよ、という気もするが、「店でも話をしていい」という範囲がある程度許容されるならば、私たちはいつだって、画像と病理の関係について話をしたいのだ。それが許されるならば、だ。倫理以前に感覚として、隣の客に病気や医療画像の話をばんばん聞かせるのは、それが音響工学的なトークに終止するとはいってもあまりよいことではない。だから懇親会場はきちんと選ぶ。幹事は優秀なのでそういうところをきちんと考えている。湿度の高い夕暮れにじわじわとスーツの中に温度を溜めながらPCを叩くうち、懇親会に対する期待感が高まっていく。いろんな人に聞きたいことがたくさんある。共同研究の話もしたい。もう抱えている仕事はいっぱいなのだけれどそれでもこの領域でこうして集まるのならば一緒になにかがしたい。
胃腸が痙攣している。ネクタイをはずして息をつくと腸が動き始めて屁が出始める。懇親会場まで歩いて15分ちょっと、その間に有楽町の町中に町内ガスを希釈しながら散布して歩くことになる。近頃、いつもこうだ。真夜中に職場を出て車に乗ると途端に腸が動く暮らし、たまにバスに乗るとガステロになってしまうからバスで帰宅したくない。今のくらしをあと10年続けたら私の腸は虚血にやられて穴が開くだろう。そうなる前に、やれることをやっておく。続けるという見立て。自分の配役。