マスクジエンド

九分九厘読み捨てている大学からの告知メールの一つに目がとまり、そうか、そうなんだ、と少し時間を止めて考えた。「今日からマスクは個人の判断になります(※ただし患者を診察する医療者や体調のすぐれない患者にお見舞いしにくる人は別)」みたいなことが書いてある。

そうか。個人の判断にするのか。いや、まあ、私も別に言われてマスクをつけていたわけじゃなくて、自分の判断でこれまでマスクをし続けてきたんだけど、じつは大学からも「言われてはいた」ようである。そうだったんだな。知らなかったが。それが「言われなくなる」わけか。へえ。

病院はいまだにマスク着用が必須のところが多い、それはまあそうだと思う。体調が悪い人、免疫が落ちている人、そういう人の集まる場所なのだから、元気な人が「俺は健康だからマスクなんかしないぜ」とかいう理屈を押し付けてはいけない。私もこれまで病院勤務中は朝から晩までマスクをはずさなかった。耳の裏の皮はすっかり適応してもはやマスクをして耳が痛いなんて感じる日はない(いつのまに角質が分厚くなったのだろう)。マスクのおかげだろうか、たぶん関係あるだろうな、長らく気道系の風邪を引いた記憶がない。2020年からこっち、ほぼ風邪を引いていない(1回あったかもしれない、くらいだ)。マスクをし続ける判断は結果的に私の生活を救った。実際にマスク1枚がどれだけ感染予防効果があるかというと微妙だなと思っていたけれど、手で口周りを触らないとか、まわりの感染予防意識を喚起するとか、いろんな理由で総合的に風邪のリスクは減ったんじゃないかと思う。ただしこれは、私が「風邪を引いても気づかないタイプ」の中年になっていたせいかもしれなくて、でもまあその場合でも、「気づかずにかかっていた風邪を人にうつさなくてすんだ」ということはあったのではないかと思う。

とはいえそもそも患者に会わない病理部・病理診断科においてマスクをし続ける意味がどれだけあったのか。出張の多い私が外仕事で風邪をもらってきて、それを病理部内にばらまくのが申し訳ない、という言い訳を考えたことはあった。その甲斐あってか、幸い、この6年間、私の風邪が部内に蔓延したことは一度もなかった。そういうばつの悪さを味わわなかったのはマスクの功かなと思う。マスクが具体的に役に立つかどうかというよりも、マスクをするくらい日常気をつけている人が職場内にいるという安心感は、多少はあったのかなと思う。

ただ、こういうのはすべて後付の話で、実際はほとんど惰性でこの6年間毎日マスクを外さずにいた。今日からは、どうしようかなあと思う。

大学からのメールひとつでマスクを付けたり外したりというのが腹立たしい、みたいなタイプの人もたくさんいる。そもそもマスクの話は人と共有しづらい。交通ルールを守りましょうという話を昼飯時の話題にするか、いちいち? みたいな感じに近い。ブログ向きの話題ではある。今日から私は、とうぶんの間、病理部内でマスクをしなくなるだろう。マスクありの世界の感染予防のすばらしさをしみじみわかってはいるけれど、人とコミュニケーションする上でどうしても支払わなければいけないコストのひとつとして微弱な感染リスクを計上し、かわりにこれまでよりもちょっとだけ親身なやりとりを手に入れるほうを選ぶだろう。まあ、病理部で人と会ってコミュニケーションすることなんて、それほどたくさんあるわけではないのだけれど。

時間停止を解除。これを忘れると世の中はいつまでも先に進んでいかない。危ない危ない。まあ、進めばよいというものでもない。