イエスイエスパーフェクトパーフェクト

脳腫瘍病理学会(金沢)では運営というか下働きをやった。会場責任者という名のバグチェックをしたり、演者と座長の手元でカウントダウンされる時計の管理をしたりといった、誰でもできる代替可能な仕事を誰かにやらせることなく自分で引き受けることで、誰もが自分の時間をすこし多くとることができる、というタイプの仕事であった。一方で学会そのもののほうは門外漢として楽しんだ。脳腫瘍の知識がぜんぜんないのに学会の運用をやるというのは「学会業者と同じ気持ち」になることができて便利である。とはいえ私も今の職場に居続けるならばこの領域の知識をこれから取得していく必要があるので勉強はしておかなければいけない。門前の小僧ならぬ演台前の虚像としてたくさんの発表を見聞きし、いつしか脳腫瘍領域は私の第2の故郷となり、そこで子を産み、育て、そして死んでいった。

あまりにこの業界に実績がないので事務以外の仕事はほとんどしなかった。そんな中、ふたつだけ請け負った演台上での仕事が、全体懇親会での司会業務と、特別企画「Meet the legends」の司会というものであった。全体懇親会の司会業務なんてものは誰がやってもいいのだ。だって誰も見ていないのだから。つまりこれも代替可能な仕事であり、だからこそ誰もが押し付けられる可能性があって、すなわちそこを私が引き受けることで、このどうでもいい仕事を託されてうんざりしたかもしれない若手を一人救うことができるのである。もうおわかりかと思うが、「誰がやってもかまわない仕事」を率先してやるのが好きだ。タスクシフトがどうとか「医者には医者にしかできない仕事があるのだから」とか言い出す中年の語りは話半分に聞くようにしている。全体懇親会の司会は日本語を私が、英語をロシアから来た留学生が担当することになった。よく考えたらふしぎなものだ、ロシアから来た留学生にロシア語ではなく英語をまかせるというのはなんなんだろうという気がする。日本人は、もしくは私は、ただ英語がへたというだけじゃなく、「第2言語としての英語ですらへた」なのかなということはうすうす気づいてはいたのだけれど。その留学生の名前が読みづらかったので本人に直接たずねると、名字のほうはあまりカタカナではしっくりこない発音だったのだけれど名前のほうはわかりやすくてユリアというらしい。ユリアってロシア系の名前だったんだな。北斗の拳のユリアも言われてみればロシア人っぽい顔に見えなくもないな。

午前中に学会の受付で招待演者にネームカードを渡す仕事をしていたとき、なんかどっかの国からやってきためちゃくちゃ有名らしい(私は知らない)脳腫瘍病理医のアルダペさんという人に、これはあなたのカードだよ、ネームホルダーはそっちにあるから自分でやってくれよ、あなたの出番はこのあと2Fではじまるよといいうのをカタカナでダーッと伝えたところ、アルダペさんはこっちをまっすぐ見てニコニコしながら「perfect!」「perfect!!」「perfect!!!」と3回言った。ほう、英単語を3回連続でしゃべるだけでも、「英語が話せるようにみえる人」ならばなんの問題もないんだなと、私は妙な感心をした。そのことを覚えていたので、ロシアのユリアと司会のリハーサルをやったときにロシアのユリアに向かってperfectだねと3回ほど伝えてみたらユリアのロシアはなんだかすごくうれしそうにありがとうと言った。ありがとうアルダペ先生、今回の学会で私はあなたの講演を聞きにいかずに裏番組のシンポジウムで時間をはかっていたけれど、とても大事なことを教わって、ユリアのロシアに喜んでもらえたよ。これからはgoodとかniceとかfantastic以外にperfectを使っていこうと思う。かつてモンゴルで大阪国際がんセンターの上堂先生が、英語ペラペラのモンゴル人と、猛烈に複雑な話題について「イエスイエス!!イエスイエスイエス!!!!」というシンプルな相槌だけでどんどんコミュニケーションをとっているのを見て、ああ、こういうことなんだな、語学というのは少なくとも私の場合はこっちを目指していくのがよいんだろうな、とうっすらぼんやり考えたことを思い出した。

あと、もうひとつ、Meet the legendsのほうだけど、これは業界の誰もが知ってるレジェンド=伝説級の方々を3名壇上に上げてべらべらしゃべってもらう、という雑なんだか手が込んでいるんだかわかりづらい企画で、まあこの企画を立てたのは私なんだけど、大阪基盤研の中村祐輔さんと、藤田医科大学の佐谷秀行さんと、病理医の市村幸一さんという、説明するのも野暮な方々に思い出話をしてもらうセッションの座長をやった。この座組で座長が私だけというのは完全に失礼なのでさすがに東海大学の脳神経外科の教授をやってる高橋先生という方にメインの座長をたくして私は結婚式の司会役みたいな「うるさいけど誰も見ていない人」を、前日の懇親会の司会と同じノリでやることになった。できれば若手にたくさん聞きに来てほしかったのだが会場を見回すとベテランというか教授ばかりいる。Legendをlegendとして感じられるのにはある程度の経験というか常識が必要なのだなと、壇上で自分の立てた企画の欠点に今更気づきつつも、legends3人のお話しがきちんとおもしろかったので私は楽しかった。終わってから楽しかったですねと知人にいうと目を丸くして「お前、もうちょっと感想あるだろう……」と言われ、そこはperfectと言ってほしかったなと私はくちびるを歪めて拗ねた。