悪夢

びっくりするほど忙しく、また、その忙しさの一部は「人が自分の気持ちのためにあえて忙しくなることを望んだもの」であったりする。しょうもないなあと思う。人間はそうやってすぐにいろいろと枠組みとかしきたりを整える。

「ミスや不足を構造で防ぐためですよ」みたいなことを、人は平気で言うけれど、現実的には、「ミスや不足があっても、これだけ構造を整えているのだから、個人の責任ではなく不可抗力だよ」と言い訳をするためのものでしかないように思える。□欄を☑にするだけのことに目を三角にするのを仕事とは言わない。やった気になるからといってやっていることにはならない。

私の今のマネジメント仕事の1/5くらいは、誰かの自己満足と周囲への未必の故意のハラスメントによって生まれたいらない制度を刈り込んでいくことである。これをやろうと思うと、まずはその構造に浸りきっていろいろ体感しなければならない。頭から全否定してまるごと取っ替えようとしてもだめだ。それは私が次の、別の構造を持ち込むだけの話で、私ばかり気持ちよくなって溜飲も下がるだろうけれども、現場にはなんのいいことも起こらない。がちがちにしばられた構造の中で、これが求められた理由を追体験して、しかし、一見必須にみえる項目の中にも、かならず「ついでに導入されたオプションでありながら義務」みたいになっているものが潜んでいるので、そこをぷちぷち潰していく。人が作ったものを微調整して人がつくるものにしていくだけのことで、自然や関係性にまで踏み込めないこの時間を歯がゆく思うが、しかし、まあ、なんか、給料が発生しやすそうな時間だなと思わなくもない。


ここまで書いてうんざりしてPCを閉じた。自分に近い側の窓にはサンシェードを降ろしているが、反対側の座席のほうから、朝日がさんさんと振り注いで足元を焼いている。あと40分で着くから今のうちに寝ておくべきだ。あまり倒せない座席で寝返りをうちながら目をつぶり、ついさっき返事したメールへの先方の返信を予想して、それにさらに返信を考えていく。セルフ・マイクロマネジメント。ろくでもない睡眠だなとぐったりしているうちに電車はトンネルを何本も抜けていく。