今度職場で歓迎会がある。いろいろずれこんでしまったが事務担当者ふくめてこれでようやくフルメンバーである。だからこんな季節に歓迎会をやるのだが、うっかり北海道外の大学と研究のミーティングをする予定を同じ日に入れてしまっていた。先日の広島出張の際に話をした東北の人とその場でスマホのスケジュールを見ながらここならいいですよと答えて、しかし、職場に帰ってみるとカレンダーにはしっかり「歓迎会」と書いてあったのでなんでこれをスマホに入れなかったのかなと頭をかかえた。さあここでリスケすべきか、しかし案件の重要性を考えるとこのミーティングはここでやってしまったほうがいい、したがって、歓迎会に45分だけ出て、お酒を飲まないようにしておいて、車で職場か家に戻ってそこでミーティングに出るのがよいだろうという結論に達した。よいもなにも、よくはないのだ、結論というが、それで結していいとも思わない、しかし、この綱渡りはバランスが崩れていてもエイヤッとダッシュしてさっさと渡りきってしまったほうがよいなという決断をしてしまった。決断というがほんとうに断じる感じだ、もっとまとわりつくような思考をしばらく重ねてもいい内容である、が、そこを断じて振り切ってしまう。私以外の人間がけっこう大好きな言葉に「選択」というのがあるけれど、選択というと「選ばれるほう」が主役になるが「決断」というと断って捨てられるほうにスポットライトが当たる。人生における大きな選択、みたいな言葉の使い方をする人は「何を捨てたのか」を語っているわけで、「あそこであれを切ったのが私の人生を決めたんですよね」みたいなことを鼻をふくらませながら言っている人たちを見ていると精神の暴力性が高いなとちょっと引いてしまう。選択なんてろくな行為ではないのだ。そして私は今回、歓迎会とミーティングとをダブルブッキングしてそのまま両方に出るという選択をしたのだから本当にろくな人間ではない。ブルースである(ろくでなし)。
別件に心をとられてしばらく画面から目を離しており、今あらためてこれまで書いたものを読み返すと、気づかないうちに使わなくてもいいカタカナことばをわりと使っている。最近の自分の思考は、AIの提示してきそうなうすっぺらいカタカナ仕様になっている。なにをするにもAIに話しかけるタイプの人間が「壁打ち」という言葉を使うのだけれど私はこの単語をみると、壁に手足を打ち付けられてパチンコの玉で打たれているようなシーンを思い出す。これ元ネタがあったな、なんだっけ……あの……ファミコンのソフトを題材にしたマンガばかりがたくさん載ったアンソロみたいなコミックスで……うーん……
と思って20分くらい検索してたら見つけた。
しかし問題はこれが何に載っていたのか思い出せないことだ。『ファミコンまんが大全集』シリーズにも見覚えはあるがこれではなかった気がする。Vol. 6とか8とかくらいまで出ていたようにも思うけれどタイトルが思い出せない。ツインビーとかキン肉マンとかじゃじゃ丸君とかも載っていて、オチもなにもないおもしろさのよくわからないマンガが多くて、うーん、弟にたずねてみれば何か覚えているかもしれないがこんな用件でLINEをするのもはばかられる。