しゃべるく損

研究費を次々申請したいし次の講演のプレゼンも作りたい。日常の診断ルーティンは増える一方で指導やチェックの役割も右肩上がりだ。だから私は「がんばれゴエモン大集合!」を買うことにした。令和にゴエモンばっかコスんな、とナナシノにたしなめられても構わない。ほんとうはダビスタとかスターフォックスとかもやりたいんだけどまずはゴエモン。こうやって書くとはっきりわかる。私は今、過去に生きている。

過去に生きているよなーと思う。

ちかごろまわりで見聞きする人びとの中で、過去を現在とブレンドしながら暮らすのがダントツに上手だなと思うのは燃え殻さん、より正確にいうと燃え殻さんの書き出している書籍内の燃え殻さんの人格。実際に彼がそのように暮らしているかどうかは私にはわからない。でも、あの、文章上のスタンスこそは、過去を現在と撚り合わせながら生きるやりかたのどまんなかだと思う。

それに比べると私は、ずいぶん前に通り過ぎたゴエモンに拘泥して自分を立て直そうとしながら、来週のために、来月のために、来年のためにと未来のことで頭の中を埋め尽くしている。過去と未来が肥大して、谷間に挟まれた現在が狭小化して、円錐が収束していく先の、点の部分に、うまく視界のフォーカスがあわなくてぼやんとしていて、それで私はいつもあっちを向いたりそっちを向いたり、顔をクルクル右に左に動かしていなければならなくて、DFやCFがちゃんと仕事をしていないときの負荷のかかったボランチみたいなやりかたで、おまけにたまにスペースに走り込んだりもするのでかえってバランスが悪くなってチームの失点が地味に増えていたりする。

現在を肥大させたいものだ、と思うがそれがそもそも間違いなのだ。過去や未来から瀉血して、ふくらんだむくみを解除して、それぞれの時制がひかえめに、あまり主張しすぎないようにしてやったほうが本当はいい。私はこうして、よく、間違いを間違いと認めずに、言い訳でとりつくろってかえって傷を深くして、不良肉芽と化した領域の熱感に自分の免疫の壮健さを思ってちょっと安心するなどしている。