帯広から札幌まで電車に乗っている間ほぼすべて書類をいじっていた。途中トンネルが多いのでしょっちゅうネットにつながらなくなる。が、あまり関係がない。結局のところ自分の頭で考えるしかないのだ。Geminiに聞いても状況は好転しない。
近頃の人間は猛烈ないきおいで進化しているように思う。AIの描いたイラスト全般に対するうっすらとした嫌悪感みたいなものが社会をあっという間に覆っている。ラッセンがうっすら嫌われていたときのものに近い。ゴッホより普通にAIが好き、というネタが人口に膾炙する日が来ればあるいは状況は変わるのかもしれない。
永野がいるのにナガノ名義で創作しようと思ったマンガ家は偉いと思う。
長いメールを書いた。オフラインだからうっかり途中で送信されることもない。病理医とは結局なんなのか、というお題に対して、今の私が思うこと、そして、作中のあの人物ならこう思っているのではないかという私の予測を書いた。読み返してなんだか泣けてきた。私はこういうことを考えていたのか、と思った。挫折、失敗、屈曲、蛇行。ワインドした私のこれまでが詰め込まれたような文面になっていた。心の内腔の鋸歯状の変化は外方に異所性の陰窩の形成を伴った。陰窩のコンパートメンタライゼーションが乱れて、私は不規則に拡張したり変形したり、一部で内反性に陥没したり、表層でふさふさとタフティングしたりした。
そろそろあの原稿が書けそうだなと思った。でも問題は時間がまったくないことだ。休みがない。一息いれるタイミングもない。ずっと緊張している。ゆるむのは腹筋ばかりだ。
毎日は過ぎていく、それはショート動画の倍速再生のように目まぐるしく移り変わっていく、ドーパミンが分泌される間もないほどのスピードで、だとしたら私たちはなんの分泌物も得ないままにこの濁流にもみくちゃになって、それでいったい何を得ているのかと、われにかえって悩めばよいのだがそれすらもしないままにただひたすら流されていく。三軸すべての回転を組み合わせて、宙返りしながら錐揉みするような感じで、上も下もわからなくなって流されていく、直観的に手を伸ばした先に筆の痕がついて何かを描いたような気持ちにさせられる。
ホテルに入る前にセブンイレブンで弁当、それと、「生ジョッキ缶」を2本ほど手に入れた。500 mL。缶ビールにジョッキの快感を求めたいと思ったことがないのでこれまで買ったことがなかった。プルタブを開けると缶の上面が一気に大きく開いて、すこし遅れて猛烈な勢いで泡が盛り上がってきて、私はあわてて泡を吸った。吸っても吸っても泡が盛り上がってきた。疲れ切った夜中にホテルにチェックインして一番おいしいはずの最初のひとくちが泡ばかりになってしまった。なにが生ジョッキ缶だ、二度と買うものかと思った。二種類のルーが入ったカレーを食いながらKindleでウェブ連載がまとめられたマンガをすこし読み、野球の結果だけをチェックしてさっさと飯を食い終えて、二本目の生ジョッキ缶を開けることなく、歯を磨いてそのまま寝てしまった。ホテルでゆっくり過ごすことすらできなくなっている自分に気づいたのは翌朝のことだ。どうもいろいろとよくない感じがする。旅に出たいとも思わない、服を買いたいとも思わない、ただ、息子とがんばれゴエモンでもやったらそれはきっと楽しいだろうなということを、近頃は毎日考えている。