ルーティン

病理解剖をやっている。私も手伝いに行きたいのだが今日はべつの当番があるのでデスクで待機している。オンコールの仕事が終わったらすぐに手伝いに行こう。病理解剖にはやることが多い。直接執刀だけでなく、周辺業務もたくさんあるし、その場に脳をひとつ増やすだけでもだいぶ役に立つ。病理解剖は死者を真ん中に置いたキャンプファイヤみたいな側面があって、みんなが遺体の奥底の事情に思いを馳せながらこれまでの医療やこれからの医療について、解析半分、検証半分、独白半分の、あわせて1.5倍の思考をする。そこには脳がなるべく多く存在したほうがいい、だから私は自分の当番ではなかったとしても病理解剖の様子を見に行くようにしている。

タイムラインにりくりゅうとトクリュウの話が交互に上がってきている。

病理解剖をやっている。まだ自分の役目が終わっていない。デスクで待っている。こういう時間がめったにない。猛烈に眠くなる。やるべき仕事はいくつもあるのだが、今日やるつもりでなかった。空き時間がぽんとできたならば直ちに仕事をここに差し込むべきである。しかしなんだか、ひどく頭がぼんやりとしていて使い物にならない。早く当番の仕事を終えて病理解剖の手伝いに行きたい。

AIに話しかけている。

病理解剖は終わった。結局一瞬しか見に行けなかった。着替えることもしなかった。申し訳ない。しかし解剖は、解剖して終わりではない。ここからの検証がさらに大切だ。その部分にコミットするために、一度だけでも顔を出しておくことができたのは、まあよかった。

AIが毎回ちがうことを言う。

燃え殻さんが、毎朝かならず1200字ずつ書く、と書いていた。私はこのブログでだいたい何文字書いているのだろう。ここまでをカウントするとだいたい700字だった。すごいなと思う。今日の私は、700字くらいでもう、いいかなと思ってしまっている。

AIが毎週月曜日にわたしにリマインドをしてくれるそうだ。8週間以内に迫った各種の研究費・助成金を書け書けと教えてくれるのだという。よろしくと答えた。それで仮に研究費をとれたばあい、それはもはや、私がとった研究費ではなく、AIがとってきた研究費なのではないかと思った。なぜなら人は、「やれやれ」と言いながら立ち上がるときこそ一番人だからで、その、立ち上がる部分をAIに仮託してしまったら、それはもう人として大事なことをひとつ失っているのではないかと思うからだ。